第4章 国主編

第1節 戦乱のロートリンゲン、そして2度目の結婚

第60話 モゼル公国救援 ~ヘルミーネの出自~

 神聖帝国北部、すなわちドイツの西部に位置するロートリンゲン公国には現在大公が任命されておらず、地方領主どうしが権力争いをするさながらプチ戦国時代の様相を呈していた。

 ロートリンゲン地方のライン川上流部の上ロタリンギアにあるモゼル公国のモゼル公爵は地位といい、実力といいその中で一際ひときわ抜きんでた第一人者である。


 そのモゼル公国に危機が迫っていた。


 権力争いをしていた各地方領主が連合してモゼル公国へと攻め入ってきたのである。

 一位の者を追い落とすために、二位以下の者が連合して対抗するのは様々な分野でよく見られる戦略だ。


 モゼル公国を滅ぼしたあとの勢力図はモゼル公国攻めの働き如何いかんによることになるだろう。


 地方領主連合軍はその数5千を超えていた。

 これに対しモゼル公国の戦力はトータルで2千である。


 数的不利を考慮してモゼル公は籠城戦ろうじょうせんを決意した。


    ◆


 暗黒騎士団ドンクレリッターを拡充するに当たり、フリードリヒが懸念していたことがある。

 それは仇敵きゅうてきである天使と悪魔が同じ部隊の中で共存できるかということだ。


 ミカエルと悪魔代表でベルゼブブを対面させる。

 まず、ミカエルが話を切り出した。

「おぬしベルゼブブじゃな。本来ならば即に成敗してくれるところだが、今は旦那様のしもべなのであろう。ならば成敗するのは保留してやらぬこともない。せいぜい旦那様のために尽くすことだな」


 ベルゼブブが返す。

「それはこちらの台詞せりふだ。おまえはあるじ殿の愛妾あいしょうなのであろう。もはや堕天使だてんしと大差ないではないか。おまえこそあるじ殿のためにせいぜい尽くすがいい」


 二人とも火花が散りそうな感じでにらみみあっている。


「さすがに仲良くせよとまでは言わないが、争うことだけは避けてくれよ」


「旦那様の願いならばかなえよう」とミカエルが答える。

あるじ殿の命令ならば致し方ない」とベルゼブブが答えた。


 とりあえずはなんとかなりそうだ。

 全面戦争でもされたら世界が滅びかねないからな。


    ◆


 フリードリヒのもとにタンバヤ情報部のアリーセが報告にきた。


「モゼル公国が地方領主の連合軍に攻められているとのことです」

「双方の数は?」


「連合軍はおよそ5千です。これに対して公国側が2千ということです」


「戦況は?」

「モゼル公爵は籠城戦ろうじょうせんを選んだようです。今のところ耐えているようですが、敵は2倍以上ですからいつまで持つかわかりません」


 以前からロートリンゲンはきな臭い感じではあったが、地方領主も思い切ったことをしたものだ。


 さて、これに対し皇帝はどう反応するかな。

 普通に考えればモゼル公爵を救援するのが筋だが…


 ロートリンゲン地方は石炭と鉄鉱石の産地であり、モゼル公国にはタンバヤ商会の製鉄所を設けている。これが被害を受けるようなことがあればフリードリヒ的にも大損失だ。


 そこにヘルミーネが飛び込んできた。

「フリードリヒ様。モゼル公国が攻められているというのは本当なの?」

「ああ。本当だ」


「お願い。お父様を助けて!」

「お父様?」


「私、モゼル公爵の娘なの。お願い!」


 これまでひたすらに出自を隠し通してきたヘルミーネだったが父の危機とあってはなりふり構っていられないということか。

 貴族の娘かもしれないとは思っていたが、それにしても公爵の娘とは…


「わかった。私からも働きかけてみよう」


 フリードリヒは、近衛騎士団長のコンラディン・フォン・チェルハを訪ねる。チェルハはちょうど出かけるところだった。


「団長。モゼル公国の件ですが…」

「あいかわらず情報が早いな」


「内戦を放置したとあっては陛下の沽券こけんかかわります。ここは至急モゼル公に援軍を送るべきです。その際はぜひ第6騎士団をお願いします」

「それはそうだが、陛下がモゼル公をどう思っているかが問題だな。とにかく貴殿の考えはわかった。善処しよう」

「ありがとうございます」


    ◆


 皇帝の館では、皇帝のフリードリヒⅡ世、軍務卿のハーラルト・フォン・バーナー、近衛騎士団長のコンラディン・フォン・チェルハ、副団長のモーリッツ・フォン・リーシックが集まってモゼル公国に対する対応を協議していた。


 チェルハが話を切り出す。

「内戦を放置したとあっては皇帝の地位も揺らぎかねません。ここはモゼル公に援軍を出すべきかと」


 フリードリヒⅡ世は答える。

「あやつはオットーと争っていた時はずっと中立を保って知らんふりをしておったからな。ここはいい薬になるのではないか?」


 チェルハは食い下がった。

「これを放置しておけば、ロートリンゲン地方はますます混乱してしまいます。また、力で領土を切り取るような行為が他の地方にも飛び火しかねません」

「チェルハ。冗談だ。ここは形だけでも援軍を出さないと皇帝の立場を疑われてしまうな」


「つきましては、第6騎士団が援軍を志願しておりますが、いかがなものでしょう」

「また、あの小僧か…どうしたものか…」


「モゼル公国は籠城ろうじょうで持ちこたえているようですが、敵の数が多いためいつまで持つかわかりません。一刻も早い援軍の派遣が必要です」

「それには足の速い小僧が適任ということか…やむを得ない。援軍を出す以上、間に合わなかったではすまないからな」


「承知いたしました」


「軍務卿もそれでよいな」

「異存ございません」


    ◆


 フリードリヒは皇帝の命を受けてモゼル公国の救援に向かうことになった。

 ことを急ぐので、今回も時空精霊のテンプスの魔法陣を使ってモゼル公国までショートカットする。


 天使軍団と悪魔軍団は正体がバレると大騒ぎになるので、人族に変化へんげさせている。皆が変化へんげできるだけの上位の天使や悪魔だということだ。


 とりあえず籠城ろうじょうしている城から5キロメートル離れた場所に陣をいた。


 セイレーンたちに指示を出す。

「マルグリート。君たちと配下の鳥たちで上空から伏兵がいないか探ってくれ」

「わかったわ」


「私はちょっと城の様子を偵察してみる」

「お気をつけて」と副官のレギーナ。


 フリードリヒは魔法の杖にまたがると空中に飛翔ひしょうし、城を目指した。


 敵は据え置き式の大型弩砲おおがたどほうであるバリスタや平衡錘へいこうすい投石機であるトレビュシェットで城を激しく攻撃している。

 城は既に城壁が崩れかかっているところが多数あり、もうボロボロな状態だ。

 城壁の上から必死に弓で反撃しているが、いつ敵の侵入を許してもおかしくない。


 ──これは急ぐ必要があるな。


 フリードリヒは陣へ戻ると、敵が視認できるところまで部隊を前進させた。


 そこへマルグリートが戻ってきた。

「城を囲んでいる兵以外に伏兵はいないみたいよ」

「そうかご苦労だった。引き続き空の上から見張りを続けてくれ」

「わかったわ」


 敵は突然の援軍に驚き、右往左往している。

 寄せ集めの烏合うごうの集だから統一した指揮系統がないのだ。


「ネライダ。フランメ。まずは君たちで上空からバリスタとトレビシェットをつぶしてくれ」

「「了解」」


 ペガサス騎兵と魔導士団がペガサスに乗って出陣していく。

 その羽音に敵は驚き、弓を上空へ向けて放ってくるが、重力に逆らっていては届かない。逆に味方の上に矢が落ちてくる始末だ。


 ネライダが命令を下す。

「バリスタとトレビュシェットを狙え。炸裂弾さくれつだん投下ファーレン!」


 激しい爆発音に人も馬も驚き、特に馬は制御を失って多くが走り去っていく。


 投下位置に近かった者は爆風や破片を浴びて血まみれになって助けを求めている。


「よし。バリスタとトレビュシェットの射手を狙え。撃てファイエル!」


「ダダッ」という自動小銃の発射音を聞き、敵が空を見上げている。

 バリスタとトレビュシェットの射手たちが弾丸につらぬかれ、次々と血を流していく。


「いったいどうなっているんだ? 魔法か何かか?」

 弾丸が目にとまるはずもなく、味方がどんどん倒れていく姿に敵は当惑している。


 フランメが命令する。

「よし。僕たちはバリスタとトレビュシェットを燃やすよ。

 炎よ来たれ。火炎の矢衾やぶすま。レインオブファイア」


 バリスタとトレビュシェットに炎の矢の雨が注ぐ。これらは木製だからあっという間に燃え上がった。


「いったん退け」

 フリードリヒはペガサス騎兵と魔導士団をいったん退かせた。


 攻城兵器を破壊したことで、城の危機はとりあえず去った。

 あとはゆっくり料理してやろう。


 ホルシュタインのときは恐怖で敵を威圧した。もう一度やってもいいが新しい仲間も入ったことだし、違う方法を試してみるか…


 フリードリヒはミカエルに小声で指示を出す。

「××××××××××××××」

「わかった。それは面白そうだ」


 さあ。結果はどうでるかな…

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