第56話 フリードリヒの結婚 ~結婚式と初夜~

 婚礼衣装の準備などあわただしく時間が過ぎた。


 実は、花嫁・愛妾あいしょうたちの衣装作りに当たっては、ヴィオランテにデザインを担当してもらった。

(自分の結婚式でもないのに、悪いことをした)とフリードリヒは思っていたのだが、彼女はなぜか張り切っていた。


「私の時の予行演習になって助かるわ」とまで言っている始末だ。心が広いというか、天然というか、大物というか…とにかくフリードリヒは彼女に頭が上がらなかった。

 前世の紅葉くれはもそうだったが、彼女は他人をひがむという心を持ち合わせていないらしい。


 そして今日はいよいよ結婚式である。


 少し整理してみよう。

 予定外の側室が増えてしまい、結局、次のようになった。

正妻:ロスヴィータ・フォン・バードヴィーデン

側室:ベアトリス・フォン・ヴィッテルスバッハ

  :レギーナ・フォン・フライベルク

  :コンスタンツェ・フォン・グナイゼナウ

  :グレーテル・フォン・ショーダー


 マインツの司教座で式が始まる。

 まずは、大司教が入場。続いて花婿であるフリードリヒ・エルデ・フォン・ツェーリンゲンが入場する。


 参列者席の最前列には愛妾あいしょうたちがドレスを着飾って陣取っている。式は挙げてあげられないが、せめて雰囲気だけでも味わってもらいたいと思ったのだ。


 新婦たちがエスコートする実父等と共に入場し、中央通路を進み、エスコートする者が新婦たちを新郎たるフリードリヒに引き渡す。

 続いて、聖歌、聖書の朗読があり、いよいよ神前での誓約だ。


 大司教がおごそかに述べる。

「新郎フリードリヒ・エルデ・フォン・ツェーリンゲン、あなたはロスヴィータ・フォン・バードヴィーデン、ベアトリス・フォン・ヴィッテルスバッハ、レギーナ・フォン・フライベルク、コンスタンツェ・フォン・グナイゼナウ、グレーテル・フォン・ショーダーを妻とし、すこやかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

「はい。誓います」


「新婦ロスヴィータ・フォン・バードヴィーデン、あなたは、フリードリヒ・エルデ・フォン・ツェーリンゲンを夫とし、すこやかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、妻を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

「はい。誓います」


 他3名の側室も同様に誓いの言葉を述べた。


 大司教から祝福の言葉がある。

「宇宙万物の造り主である父よ、あなたはご自分にかたどって人を造り、夫婦の愛を祝福してくださいました。

 今日結婚の誓いをかわした夫婦の上に、満ちあふれる祝福を注いでください。

 夫婦が愛に生き、健全な家庭をつくり、子供に恵まれますように。

 喜びにつけ悲しみにつけ信頼と感謝を忘れず、あなたに支えられて仕事に励み、困難にあっては慰めを見いだすことができますように。

 また多くの友に恵まれ、結婚がもたらす恵みによって成長し、実り豊かな生活を送ることができますように。

 わたしたちのしゅイエス・キリストによって」

「「「「アーメン」」」」


 結婚誓約書への署名、婚姻簿への記入を済ませると、結婚指輪の交換だ。


 結婚指輪はこの時代ダイヤモンドを付ける習慣はないので、鉄製に銀メッキをしたもので、それぞれのイニシャルが彫ってある。


 花嫁たちは皆真剣そのもので顔が強張こわばっている。


「そんなに緊張しないで。これはおめでたいことなんだから」

とフリードリヒはロスヴィータたちに小声で言うと順番に左手の薬指に指輪をはめ、手の甲に触れるか触れないくらいの軽いキスをした。


 こうして緊張の中に式は終わった。


    ◆


 続いて結婚披露パーティーだ。


 面倒だが、型どおりの挨拶あいさつをする。

「本日、私たちは神の前で婚姻を誓いあったことをご報告いたします。

 これから先、幸せなときも、困難なときも、お互いを愛し、助け合いながら幸せな家庭を築いていきます。

 不束ふつつかな者たちですが、皆様のご指導・ご鞭撻べんたつのほど、よろしくお願い申し上げます」


 会場から祝福の拍手が沸き起こる。

 妻たちは祝福を受けて嬉しそうな顔をしている。


 さっそくツェーリンゲン家の者たちがロスヴィータのところへ挨拶あいさつに来た。


 フリードリヒは現当主の祖父から順番に紹介する。

 兄弟が多いので名前を覚えるのもたいへんそうだ。


 姉のクリスティンが「陛下に無理やり結婚させられるというからどんな人かと思ったけど、綺麗な人じゃない。この幸せ者め」と辛辣しんらつなことを言った。

 ロスヴィータは「綺麗だなんて…」といって照れている。


 ロスヴィータはルイーゼに話題を振る。

「ルイーゼさんの本は私も読ませてもらいましたわ。とてもよく書けていると思いました。才能がおありなのですね」

「いやあ。それほどでも…フリードリヒ兄さんが面白い話題を提供してくれただけです」


「あの本はルイーゼさんの創作もだいぶ入っているといううわさですけれど、本当のところはどうですの?」

「えっ。そんなうわさが? あれは全部本当に起こったことをもとに書いています」


「えっ。そうなのですか…」

 ロスヴィータは驚いてフリードリヒの方を振り向いた。

 フリードリヒは無言で肯定のうなずきを返す。


 確かに竜やダークナイトを使役するなんて想像の上を行っているから、普通はおとぎ話と思うだろう。


 ──これで少し怖がられてしまったかな…


 兄弟の会話が盛り上がる一方で、兄のヘルマンⅤ世の妻と姉のクリスティンの嫁ぎ先の旦那が所在なさげにしている。

 まだツェーリンゲン家の人間とは打ち解け切れていないのだろう。


 続いてベアトリスに挨拶あいさつする。

 ベアトリスはバーデン=バーデンにいたことがあるから、4年ぶりの再会なのだが、妹たちは「綺麗になったわね」と感心していた。


 パーティーには軍務卿のハーラルト・フォン・バーナー、近衛騎士団長のコンラディン・フォン・チェルハ、副団長のモーリッツ・フォン・リーシックも出席してくれていた。


 バーナー軍務卿が祝福の言葉を述べた。

「ホルシュタイン伯。このたびの結婚、心から祝福させてもらう」

「ありがとうございます。遠路はるばるご参加いただき心から感謝申し上げます」

「可愛い第6騎士団のためなら何処どこへでもいくさ」


 ──可愛い? 普段はこき使っているくせに…


 出席してもらえるとは、少し意外だったが、ホルシュタイン伯となり、政治的な力も格段に増したということで無視はできなかったということなのだろう。


 続いて、チェルハ団長が祝福する。

「ツェーリンゲン卿。おめでとう。美人ぞろいの奥さんばかりでうらやましい限りだな」

「ありがとうございます」


「ロスヴィータです。夫がいつもお世話になっております」

「いやあ。お世話になっているのはこちらのほうさ。なにせ第6騎士団は近衛騎士団の虎の子だからな」


「そうなのですか?」ロスヴィータがフリードリヒに問う。

「自分で言うのもなんだが、そんなところだ」


 ──だったらもっと大切に扱ってほしいものだが…


 続いて副団長のリーシックだが…

「ツェーリンゲン卿。このたびのご結婚。心から祝福する」

「ありがとうございます」


 相変わらず、感情を外に出さない人だ。何を考えているか読めない。


 横を見ると、今度はレギーナがツェーリンゲン家の人間に質問攻めにあっている。

 確かにレギーナは初対面だからいろいろ聞きたいのだろう。


    ◆


 そんなことで披露パーティーは終わった。


 あとは新婚初夜という大イベントが待っている。

 それも5人も相手にしなければならない。


 当初、日をずらして順番にとも考えてみたが、初夜という特別な日にこそ意味があると考え直し、一晩で全員を回ることにする。


 そもそも処女の破瓜はかに伴う痛みは相当なもので、時間をかけて行為を楽しむなどということはもっと慣れてきて初めてできることだ。適当な時間で切り上げて回れば5人でもなんとかなるだろう。


 最初にロスヴィータのところへ向かう。

 ロスヴィータはベッドの上に正座してガチガチに緊張していた。


「そんなに緊張しないで、リラックスするんだ

 私は10歳のころから教育を受けているから、すべて私に任せて…」

「わ、わかりました」


「まずは深呼吸しようか。それで落ち着いてきたら徐々に普通の呼吸に戻すんだ」

「わかりました。

 はーっ。はーっ。はーっ。はーっ。…………」


「すこしは落ち着いたかな?」

「はい。なんとか…」


「では、ベッドに横になって」

「は、はい」

 ロスヴィータは素直にそれに従う。


「怖かったら目をつぶっていてもいいから」

「では、そうします」


 フリードリヒはロスヴィータの隣で横になると。

 軽く抱きしめ、優しく髪をなでる。


 ロスヴィータの表情を注意深く見ながら緊張が解けていくのを待った。

 頃合いを見計らって、軽くキスをする。

 いきなりディープなことはしない。相手の反応を確かめつつ無理のないようにやさしく、最新の注意をもって…

 そして…


 行為は終わった。たぶん痛かったと思うが、最小限になるように努めたつもりだ。

 ロスヴィータが疲れて寝入るのを確認すると、続くベアトリスのところへ向かう。


 フリードリヒが部屋へ入ると、ベアトリスは「ひえっ」という悲鳴を上げてびっくりしていた。

 長時間待たされて緊張が極限に達していたのだろう。


「なんだよ。別に鬼でもなんでもないんだから」

「これは失礼しました。でも怖くって…」


「とにかくリラックスするところから始めよう」

「わかりました」


 ここからは似たようなことの繰り返しだ。

 でも、2回目だからちょっと上達したような気がする。


 次はレギーナだ。

「ごめん。待たせたかな」

「いえ。そんなことは…」


 これはベアトリス以上に緊張している。

 時間をかけて緊張を解くしかないか。


 しかし、3回目とあって。意外に順調に事は進んだ。


 続いて、コンスタンツェだが、彼女は意外に肝がすわっていた。

 もう覚悟はきまっていると言わんばかりだった。しかし、緊張がない訳ではない。


 そんなことで、レギーナ以上に順調に事は進んだ。


 最後にグレーテルだ。

 もう処女に対するような気を使わないで済むと思うと安心した。


 しかし、今日は新婚初夜という特別な日だ。

 それはそれなりのやり方があるだろう。


「グレーテル。待たせてすまない」

「皆さん大丈夫そうですか」


「ああ。なんとか…」

「私は気を使ってもらわなくて結構ですから」


「そうはいかない。今日は特別な日なんだから…

 二人で愛を確かめあうのだ」

 フリードリヒは言っていて恥ずかしくなったが、女性というのはこういう雰囲気を大事にするものだ。


 フリードリヒはグレーテルを優しく抱きしめると、グレーテルは目をつぶった。

 フリードリヒは最初は軽く、徐々にディープにキスをしていく。


 そして…

 グレーテルはいつになく積極的だった。その分回数もそれなりに…


 グレーテルが満足して寝入ったのを見計らい、ロスヴィータの寝室へ戻る。本当はこのままグレーテルの部屋へ泊るのが楽なのだが、いちおう正妻の立場に配慮する必要があるだろう。


    ◆


 翌朝。

 ベアトリスはレギーナを見かけたので声をかけた。

「レギーナさん。痛いですよね」

「ああ。まだ何か入っているような痛さだ。油断すると蟹股がにまたになってしまいそうだ…」


「こんなことでこの先やっていけるのでしょうか?」

「確かにそうだな。ここは大先輩のグレーテルに聞いてみるのがいいんじゃないだろうか」


 グレーテルの部屋へ向かうと、すでにロスヴィータが来ていた。

 3人で話を聞く。


 それによると、これは女が通ることが避けられない通過儀礼のようなもので、異常ではないということ。

 回数を重ねることで、徐々に痛みはやわらいでいくということだった。


 ベアトリスが質問する。

「徐々にって、どのくらいなんですか」

「私は1週間くらいだったと思うけど、個人差があるから長い人だと10日くらいは覚悟しておいた方がいいかもしれないわ」


 このあと愛妾あいしょうたちにも同じことをしなければならない。


 ──これは一段落するまでたいへんだな…


    ◆


 一段落して、フリードリヒは神界にいる実の母親ガイアに結婚の報告をした。


「フリードリヒ。おめでとう。心から祝福するわ」

「母上。ありがとうございます」


「でも、あんなに人数が多いとはびっくりしたわ」

「自分でも予想がつきませんでした」


「頑張って子孫をたくさん残してちょうだい」

「はい。わかりました」


 その後。アテナのところへ寄った。

「アテナ様。このたび人族の女性と結婚いたしました」

「ああ。見ていたから知っている」

 ずいぶんと機嫌が悪い感じだ。嫉妬しっとしてくれているのか?


「しかし、私はまだアテナ様のことをあきらめていません。引き続き精進に努めますので、どうかご承知おきを」

「それはかまわないが、いったいいつになるのかな?」


「それは一刻も早くとしか…」

「まあ。期待しないで待っておくさ」


 この怒りよう。これは触らぬ神にたたりなしだ。


「ぜひ、よろしくお願いいたします。

 では、失礼いたします」


 ──でも、へそを曲げた神というのもそれはそれで可愛いものだな。

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