閑話9 妖怪小豆洗い? ~仮面の幼女~

 ここはバーデン=バーデンの町郊外にある小さな農村。


 ゼップルは水車を使って粉ひきをする粉ひき小屋で今日も仕事に励んでいた。

 この小さな村にはパン屋はない。粉ひきのほかパンを焼くのも重要な仕事だった。村の人々は数日に一度粉ひき小屋へ行き、物々交換か金銭を支払ってまとめてパンを調達するのが普通だった。焼き立てパンなど望むべくもなく、カチカチになった黒パンをスープに浸して食べるのが当たり前のことだった。


 夜が近づき、ゼップルが後片付けをしていたところ川の方から「シャカシャカシャカ」という妙な音が聞こえる。「何だろう」と思いながらもその日は放置して過ごした。


 それから数日後、また「シャカシャカシャカ」という妙な音が聞こえる。今度は小屋の外へ出て様子をみるが、人の気配はない。

 念のため「誰かいるのか」と声を発してみるが返事はない。


 その後も不定期に音は続き、次第に頻度も増しているように感じる。

 ゼップルは不安になってきたので、領主が村に派遣する執事が村に立ち寄った時を見計らって相談してみることにした。

「………ということなのですが。不安で」

「しかし音だけで何の被害もないのだろう。そのような些細なことはご領主様にいちいち報告していられないな」

 と冷たくあしらわれてしまった。


 その後も音は続き、ほぼ毎日という状況になってしまった。ゼップルとしては不安がつのるばかりである。

 こうなったら冒険者ギルドに頼むしかない。

 粉ひき小屋の仕事は休めないので、ゼップルはなけなしの金をはたき、ギルドへの依頼を友人に託した。


 しかし、依頼の請け手はなかなか現れない。

 ゼップルは我慢の限界に達しようとしていた。


    ◆


 そんなある日。フリードリヒがギルドを訪れるとモダレーナが手招きしている。

 この感じは…まただな。話だけでも聞くか。

 フリードリヒはカウンターへ向かう。


「アレクさん。ありがとうございます」

「また碌でもないクエストか?」

「いや~。でも今回はそんなに大変じゃなないですよ。たぶん…」

「で、何なんだ」

「郊外にある小さな村にある粉ひき小屋の近くで毎夜「シャカシャカシャカ」という奇妙な音が聞こえるそうです」

 まるで日本の妖怪小豆洗いのようだ。


「それで?」

「それだけです」

「は?それ以外に被害は何も出ていないのか?」

「はい。粉ひき小屋の勤め人の依頼で、その音の正体を突きとめ、何とかして欲しいというのが今回のクエストです。本人は不安で夜も眠れいないそうですよ。何とかしてあげてください」

「報酬は?」

「銀貨が5枚です」

「それでは村への往復と宿泊費だけで足が出てしまうではないか。そんなクエスト誰が請けるか」

「そう言わずに。人助けだと思って」


「主様………。」ネライダがウルウルした目でフリードリヒを見ている。

 ネライダはやさしい娘だからなぁ。

「ミーシャも可哀そうだと思うにゃよ」

 ミーシャも苦労人だからなぁ。人の不幸を見過ごせないのだろう。

「よしわかった。請けよう。だが足が出ないよう速攻でかたずけるぞ」


 その日の夕刻少し前。現場に行くことにする。

「ターゲットはおそらく幽霊か妖怪の類だ。報酬が少ないから経費節約も必要だし、少数精鋭でいく。ローザ、ネライダ、プドリス、ベアトリス、パールは着いて来てくれ。残りは留守番だ」

 苦情が出そうだったので、フリードはさっさとテレポートで現場に向かう。


 小さな村だったので粉ひき小屋はすぐにわかった。

 小屋のドアをノックする。

「冒険者ギルドの依頼で来たものだ」

 ドアを開けて依頼主の男が出てくる。

 風采の上がらない気の弱そうな男だ。


「あっしはゼップルと申します。もう来てくれないかと思いました。助かります」

「早速だが、現場を案内してもらえるか」

 現場は粉ひき小屋のすぐ近くの河原だった。

「この辺りです」

「では私たちは少し離れたところから見張ることにしよう。ゼップルさんは小屋で待機しておいてくれ」

「承知しました」


 小一時間して、日も暮れた頃。

 河原で薄明かりがボーっと光り。その中から少女が現れた。奇妙な模様の入ったお面を着けており顔は見えない。背格好からすると6・7歳くらいの幼女だろう。

 気配が少しおかしい。普通の幽霊ではない。幽霊が長い間を経て妖怪化した感じだ。

 幼女は河原に入ると、ザルのようなもので河原の砂をすくい、「シャカシャカシャカ」と音をさせて砂を濾し始めた。


 フリードリヒは、そっと近づいて会話を試みる。

「君は何をやっているんだい」

 幼女は振り向いて少し躊躇した後、「砂鉄を採っているの」といった。

 妖怪小豆洗いならぬ砂鉄洗い?


「なぜ砂鉄を採っているんだい」

「いっぱい取って帰るとね。お父ちゃんが褒めてくれるの」

「そうかあ。でもこの川の砂鉄は採りつくされちゃったから無理じゃないかな」

「ええっ。そうなの。前砂鉄を取っていた川で取れなくなっちゃったから新しい川を探してここに来たのに…」

 幼女の声は寂しげだ。


 事実、町から近い川の砂鉄は取りつくされていた。近くであるとすれば、黒の森の中を流れる川くらいか。あそこは危険だから酔狂で砂鉄を取ったりする者はいない。


「お兄ちゃんが砂鉄の採れる川まで連れていってあげるよ」

「えっ。本当。うれしいな」

「じゃあ。早速行こう」


 フリードリヒは幼女の手をとると黒の森の川までテレポートした。他の2人と1匹も一緒だ。

「さあ着いたよ。そこの河原で採ってごらん」

 幼女はうれしそうに河原へ小走りで行くと、「シャカシャカシャカ」という音とともに砂鉄を採り始めた。

「本当だ!いっぱい取れる!お兄ちゃんありがとう」

 幼女は夢中で砂鉄を採り続けている。


 この辺りは中位下位妖怪のテリトリーだったはず。ならばやつに世話をさせるか。

「おい。一つ目。いるか!」

 呼びかけると白い煙がわき上がり、中からさえない感じのおじさんが現れた。目は大き目な一つ目が中央についているが、それ以外の見た目は人族と変わらない。

「これはフリードリヒ親分。私をお呼びとは珍しいことですな」

「頼みがある。新しい仲間を連れてきたから面倒をみてやってくれないか」

「そこにいる娘っ子のことですかな」

「ああ」

「フリードリヒ様の子分なので?」

「そういったところだ」

「ならば我が兄弟も同然。この一つ目。責任を持って面倒を見ましょうぞ」

「頼む」


 フリードリヒは幼女に話かける。

「君は困ったことがあったら、このおじさんに助けてもらうんだ」

「うん。わかった。お兄ちゃんは助けてくれないの?」

「もちろん私でもかまわないさ」

「ありがとう。お兄ちゃん。大好き」

 幼女はフリードリヒに抱きついてきた。

 フリードリヒは幼女の頭をやさしく撫でる。


「じゃあ。お兄ちゃんは帰るから。砂鉄採り頑張ってな」

「うん」そう言うと幼女は河原へかけていった。

「主様はお優しいのですね」ネライダが涙ぐんでいる。他の女子連中もつられてしまったようだ。

「では、粉ひき小屋へ戻ろう」


 テレポートで粉ひき小屋へ戻りゼップルに顛末を告げる。

「音の原因は取り除いた。詳しくは…まあ聞かない方が身のためだろう。10日ほど様子をみて音がしなければクエスト完了ということでいいかな」

「わかりました。本当にありがとうございました」

「では」


 ホーエンバーデン城へテレポートで戻り。

 翌日、モダレーナに完了の報告をした。

 モダレーナは「ええっ。もうですか」と驚き、「これじゃあ『白銀』じゃなくて『神速』のアレクですね」とフリードリヒを持ち上げた。


    ◆


 それからしばらくして。

 フリードリヒが寝ていると「お兄ちゃん。助けて」という声がして目が覚めた。

 この声は例の砂鉄採りの幼女の声だ。


 取りも直さずテレポートして黒の森へ向かう。

 見ると、ぬめぬめとした山椒魚のような大型の妖怪が暴れていた。

 妖怪の縄張り荒しか。珍しいな。

 フリードリヒは即座にレインオブファイアを放ち妖怪を針鼠のようにすると妖怪は逃走して行った。


「お兄ちゃん。ありがとう。来てくれた。えーん。怖かったよー」砂鉄幼女は泣き出してしまった。優しく抱きかかえ、頭を撫でて心を落ち着かせる。


 一つ目がフリードリヒのもとに近づいてきた。

「親分。面目ない」

「縄張り荒らし自体珍しいが、今度は頼むぞ」

「へい。わかりました」


    ◆


 そんな出来事も忘れかけていたある日の夜。

 『お兄ちゃん。お兄ちゃん。』

 あの幼女の声が聞こえる。危機感のある感じではないな。なんだろう。

 テレポートで例の河原に行ってみた。


「やったぁ。お兄ちゃん。やっぱり来てくれた」

「それで、どうしたのかな」

「あのね。砂鉄がいっぱいになったんだけど。お父ちゃんがどこにいるかわからなくて…」

 ──げっ。切ない。まさか「お父ちゃんはたぶん死んでるよ」なんてとても言えない。どうする。


「お父ちゃんは鍛冶屋さんなのかな」

「うん。とっても腕のいい鍛冶屋さんなんだってお母ちゃんが言ってた」

「名前は何ていうのかな」

 名前がわかれば、墓くらいは見つかるかもしれない。


「う~~ん。えへっ。忘れちゃった」

「そうか。それだと探すのは難しいな。困ったね」

「じゃあー。お兄ちゃんが貰ってくれる?」

「ありがたいけど。いいのかな」

「うん。お兄ちゃんが貰ってくれるとうれしい」

 ──はーーーーーっ。こんな幼女に物を貢がせるなんで、どこの鬼畜野郎だ。


「じゃあ。ありがたく貰っておくよ」

 手つかずの川だけあって、上質の砂鉄だ。

「やったあ!あたし頑張って砂鉄を採るね」

「ああ。今日はどうもありがとう」

「じゃあ。またねー」

「ああ。また」


 フリードリヒはこれから幼女に貢がせ続けるのかと思うと気が重かった。しかし、砂鉄取りが高じて妖怪にまでなってしまった彼女だ。今更、「子供らしく遊んで暮らしなさい」と言っても通じないだろう。

 これはこのまま放置して、適当に付き合ってやるしかないか。


 もらった砂鉄はありがたくその一部を利用させてもらうことにした。

 ローザ、ヴェロニア、ヘルミーネ用に武器を新調したのだ。

 金属魔法で純度100%の鋼鉄にして鍛冶屋に材料として渡したら。驚愕していた。


 3人の反応は悲喜こもごもだった。

「ローザ。君の武器を新調してみた。貰ってくれるかな」

「あら?突然どうしたの。もしかして何かして欲しいのかしら」

 ──いや。そんな下心ないから。

「特に理由はない。たまたま良い砂鉄が手に入っただけだ」

「そうなの?」

 ──なんだ。そのちょっと残念そうな顔は!


「ヴェロニア。お前の武器を新調してみた。貰ってくれるかな」

「やったぜ。旦那の愛は本物だってことだな。一生の宝物にするからな」

「いや。そんな大層な物じゃないぞ」

「何言ってんだ。旦那。照れるなよ」

 ──いや。本当に深い意味ないから。


「ヘルミーネ。君の武器を新調してみた。貰ってくれるかな」

「あら。貰って差し上げてもよろしくてよ」

「…………」

「よろしく頼む」

「仕方がない人ね。わかりましたわ」

 ──なんだこの展開。ちょっとむかつく…がまあいい。


 武器をもらえなかったミーシャ、ネライダ、ベアトリス、プドリスの機嫌がちょっと悪い。

 これは別途埋め合わせが必要だな。

 どうするか悩むな。


    ◆


 今日、フリードリヒ様から新しいレイピアをいただいた。一目見て非常に上質な鋼鉄製だとわかった。相当な大枚をはたいたにちがいない。


「ヘルミーネ。君の武器を新調してみた。貰ってくれるかな」

 プレゼント?私のことをちゃんと女の子として見てくれているの?

 私の心臓はバクバクし、顔が赤らむのを必死に耐えながら答えた。


「あら。貰って差し上げてもよろしくてよ」

 あ~っ。私のバカ、バカ。なんで素直に「ありがとう」って言えないの。


「よろしく頼む」

 フリードリヒ様もそこでなんで素直に応じるのよ。

「仕方がない人ね。わかりましたわ」


 ああ。素直になれない私。わかってはいるのだけれどなかなか直せない。

 それにしても、このプレゼントは、もしかしてフリードリヒ様は私のことがす、す、………なのかしら。きゃーっ。恥ずかしい。


 その夜、一晩中妄想を繰り広げる私だった。

 しかし、翌日。ローザとヴェロニアも武器をもらったと知り、急に熱が冷めた。


 どういうこと?もしかして私、遊ばれてる………訳ないわよね。フリードリヒ様。

 信じていますわ。

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