第21話 食客の充実とフリードリヒ私兵団(3) ~ペガサス~

 私兵団整備の宿題は残すところペガサスだけとなった。

 しかし、そこはバイコーンの時のように上手くいかない。


 族長の居所がわからないのだ。

 だだっ広い幻幽界をやみくもに探しても見つかるはずがない。


 風精霊のアネモスに聞いてみる。


「アネモス。ペガサスの族長の居所を知らないか?」

「さあ。私の配下ではないから知らないわ。ごめんなさいね」


「手がかりだけでも心当たりはないか?」

「同じように空を飛ぶセイレーンやグリフォンなら知っているかも。そもそもペガサスを捕まえて族長のところへ案内させるのはダメなの?」

「う~ん。無理矢理言うことをきかせて族長を怒らせるのもまずいしな」


 結局、決定打に欠けたまま時間張りが過ぎていくのだった。


    ◆


 フリードリヒは、アウクスブルクの町へ来てからも黒の森シュバルツバルトへよく狩にいくため、ちょくちょくバーデン=バーデンに来ていた。

 獲物の濃さもアウクスブルク周辺とは違うし、慣れた狩場の方が効率は違うからだ。


 そんなわけで黒の森シュバルツバルトをパーティーメンバーとともに進んでいくと鳥のようなものが勢いよく飛んできた。

 よく見るとピクシーだ。


「お兄さん助けて。乱暴者のグリフォンが僕たちをいじめるんだ」


 そう言うとピクシーはフリードリヒの陰に隠れた。


 グリフォンは、わしの翼・上半身とライオンの下半身をもつ生物で、その気高さから紋章などでよく使われる。


 そのうち叫び声をあげながら逃げ惑うセイレーンたちの姿が見えた。


 セイレーンは、上半身が人間の女性で下半身は鳥の姿で背中には翼があり空を飛ぶ。歌声で魅惑して人間を惑わせ殺して食べるともいわれている。


 それを追いかけるグリフォンの姿も見えた。


「はっはっはっ。我の偉大さをみたか」とわめいている。


「あいつは。何をやっとるんだ!」


 フリードリヒは杖に乗り飛翔するとグリフォンめがけて高速で飛んでいき、脳天に空手チョップをかました。


 グリフォンは昏倒こんとうして墜落していく。


 セイレーンがやってきて礼を言う。


「ありがとう。お兄さん。怖いことがあったらまた助けてくれるかな?」

「もちろんだとも」


 と言いつつ、フリードリヒは目のやり場に困っていた。セイレーンは服を着ておらず、乳房を丸出しだったからだ。


「じゃあ私を眷属にしてくれない。小さな群れのリーダーで頼りないかもしれないけど…」

「わかったよ。君たちを保護するかわりに、私に助けが必要なときは協力してくれるかな?」

「もちろんよ」


「名前はマルグリートでどうかな」

「いい名前ね。気に入ったわ」


 フリードリヒは軽く魔力を持っていかれる感覚を覚えるが、いつものことだ。


「ところで君たちは服を着ないのか。胸をさらけ出して挑発していたら良からぬやからが寄ってくるだろう」

「それはたまにフォーンなんかが言い寄ってきて面倒ではあるけど、服を着ると飛びにくいのよね」


「わかった。ではせめて胸だけでも隠してくれ」


 セイレーンたちにはタンバヤの商品からストラップレス・ブラ型の胸を隠す衣装をプレゼントすることにした。


「ところでピクシー。おまえも保護してやるから私の眷属になれ。でないと、そのうちプチッとつぶされるぞ」


「えっ。お兄さん。いいの?」

「ああ」


「じゃあ。お願い」

「名前はピッコロでどうだ。可愛い名前だろう」

「うん。いいねいいね」


 一段落ついたところで、グリフォンを叩き起こす。


「おまえは何をやっているんだ。気高きグリフォンが弱い者いじめをするとは」

「あれは我の偉大さに恐れをなした者たちが勝手に逃げていただけだ」


「何を言っている。明らかにおまえが追い回していただろう!」

「そ、それは…」


「グリフォンの評判を落とすぞ。少しは反省しろ」

「我は族長になったばかりでな。そのうれしさにちょっとばかり浮かれておったのだ」


「おまえが族長…………」

 あきれて言葉がでない。


「よし。おまえも私の眷属になれ。性根を叩き直してやる」

「人族の眷属など…」


「また痛い目にあいたいか!」

「わかった」


「名前はトーマスでどうだ」

「好きにしろ」


「君たちに聞きたいことがある。ペガサスの族長の居所を知らないか」


 グリフォンが答える。


「ああ。空を飛ぶ族長仲間だから知っている」


 ──こんなやつでも役に立つことがあるのだな。


 幻幽界には幽体離脱していくからパーティーメンバーは留守番だ。ちょっと不満そうな顔をしていたが、あとは適当に狩をしながら帰ってくれとなだめた。


「では、早速今から案内してくれ」


 フリードリヒは杖に乗って飛翔しながらグリフォンのあとをついていく。


 ペガサスの族長の居場所は幻幽界の高山の一角にある岩場だった。


「グリフォンよ。人族を連れてくるとはどういう了見か?」

「それはその…。我はこの人族の眷属となったのだ。お主も眷属となれ」


「なに!誇り高きペガサスが人族の眷属などあり得ぬ」


 そこでフリードリヒが口をはさむ。


「まあ。そう言わずに。あなたには見せたいものがあるのだ」


 そういうとマジックバッグからイージスの盾を取り出した。


 ペガサスの始祖は、ポセイドンの子を身ごもったメデューサが英雄ペルセウスによって倒された際、メデューサの首の傷口から生まれたとされている。


「こ、これは…母上の首…」


 ペガサスは感慨深そうにメデューサの首をみつめている。


「なぜおまえがこれを持っている!?」

「これは私がアテナ様から正式に借り受けたものだ」


「あのアテナ様がそれだけおまえを信用しているということか」

「そういうことになるな」


「それにおまえには人ならぬ気配も感じられる。おまえの正体はいったいなんなのだ」

「私の母はガイアだ」


「なるほど。あの原初神の血を受け継いだ者ということか、合点がいった。わかった。眷属になろう。」


「あなたに名前をつけるのもおこがましいからな。名前はペガサスと上書きでよいか」

「かまわない」


 今度もかなりの魔力をもっていかれた。ペガサスの始祖ともなると能力が高いのだろう。


 これで懸案となっていたペガサス問題に方がついた。


    ◆


 これで軍隊の編成はなんとかなりそうだが、フリードリヒは食客館も改修したいと思っていた。


 小規模とはいえ軍隊が駐留するとなると、不意に襲撃されたときの備えもしておくべきと考えたのだ。


 館の周りには簡単な堀を巡らせ、高い塀を設置する。日本の武家屋敷みたいなイメージだ。


 あとは警備役を置きたいのだが、これについてはフリードリヒに考えがあった。


 タロスという鍛冶の神ヘパイストスによって作り出された青銅製の自動人形がある。タロスは、通常の戦闘能力も高いが、身体から高熱を発し、全身を赤く熱してから抱き付いて焼くこともできる。

 それに自動人形だから不眠不休の警備任務につかせるにはうってつけである。


 この製造法をヘパイストスから聞き出すべく、フリードリヒは神界に向かった。


「おお。よく参った。貴殿の噂はよく聞いておるぞ。神界でいろいろ学んでいるそうじゃな」

「恐れ入ります」


「今日は何の用だ?」

「実は私の所有する館の警備にタロスを使えないかと愚行いたしまして、その製造法をご教授願えないかと…」


「貴殿ならば悪用はしまいから教えるのはやぶさかではないが、難しいぞ。理解できるかな?」

「私は錬金術や鍛冶もそれなりに学んできておりますので、なんとかついていけるよう努力いたします」

「そうか。ならやるだけやってみるか」


 それからヘパイストスにタロスの製造法を講義してもらったのだが、工学的な精密機械で、かつ、錬金術や魔術も組み込んだ非常に高度なものだった

 フリードリヒは前世の知識と現世で学んだ知識を総動員してなんとか理解することができた。


 タロスのプロトタイプは青銅製ということだが、これだと耐久性に劣る。フリードリヒとしては、鋼鉄製でもいけると判断した。


「何とか理解できました。心から感謝いたします」

「何と理解の早いことだ。感心したぞ」


「恐縮です。ヘパイストス様には他にも鍛冶のことなど教えていただきたいのですが、また出入りされていただいてもかまいませんか?」

「貴殿ならば大歓迎だ」


 それから地上に戻り食客館の改修工事を行った。

 ずいぶんと物々しい感じになってしまったが、それも外部に対する示威の一環と考えることにしよう。


 特に門前に控えるタロスは町の人間には興味津々だったらしく、見物客が多く、観光名所のようになってしまった。

 だが、これで名前が売れるのも悪くないだろう。

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