第9話 純潔な乙女 ~処女のサキュバス~

 ある朝。フリードリヒが目覚めると股間に冷たいものを感じた。確認すると…。

 げっ。夢精しているではないか。

 最近は不定期だけどリャナンシーが処理してくれていたから、こんなことなかったのに…。


 メイド(特にリーゼ)には死んでも見せたくなかったので、こっそりと自分で洗うフリードリヒ。別に悪いことをした訳ではないのにコソコソする自分がなんだか滑稽だ。


 よく覚えていないが、昨晩はエロい夢を見ていたような…。結構リアリティのある夢だったな。

 まさか…………サキュバスか。昨晩のエロエロのお姉さんはサキュバスだったのか。油断した。ちくしょう。そういえば、頭に羊みたいな角があった気がする。もう油断しないぞ。


 サキュバスとは、性行為を通じて男性を誘惑するために夢の中に現れる女夢魔である。


 それからしばらくは何の問題もなかった。

 そしてあの恥ずかしい思いをした記憶も薄れかけた頃。


「あのう。すみません」

 フリードリヒは覚醒した…いや違うこれは夢だ。夢であると自覚しながら見ている明晰夢めいせきむってやつだ。

「はっ!君は…。サキュバスじゃないか。もうだまされないぞ」

「えっ。だますだなんて…」


「サキュバスの目的は決まっているだろう。私は応じられない」

「そんな~。しく、しく、しく、しく……」

 サキュバスっていちおう悪魔だろう。人族に泣かされる悪魔って………何なんだ? しかし、そこは種族を越えて女に甘いフリードリヒ。


「泣くなよ。いったいどうしたっていうんだ」

「実は…私、処女なんです」

「は?」


 フリードリヒには即座には理解ができない。

 処女のサキュバスって…。まあ、誰だって最初というものはあるといえばあるが…。


「男の人って、いつも私のことをいやらしい目で見るんです。でも、その目が怖くていつも逃げ出してしまって…」


 そこはサキュバス。そのグラマラスな体でそんな扇情的な恰好をしていたらそうなるであろう。


「それでサキュバスとしての仕事ができないと?」

「そうなんです。それで私が処女なことがついに族長様にバレてしまって…。それで、1週間以内に男の精液を持ってこなかったら一族から追放するって言われて…。え~ん。しく、しく、しく、しく……」


「そう泣かれてもだな…」

「あなたは優しそうだったから、お願いしても大丈夫かなと思って…」


 頼られて悪い気はしない。が、この間のお姉さんと違って、この娘は見た目12歳くらいだ。前世の記憶をもつフリードリヒとしては、罪悪感がプンプンする。だが、夢ならいいのか。しかし、また夢精してしまったら…。


「やっぱり無理だ。諦めてくれ」

「そ、そんな~。しく、しく、しく、しく……」

 断ったものの、後味が異様に悪いと感じるフリードリヒなのであった。


 そして、一週間後の夜。


「えへっ。追放されちゃいましたー」

 フリードリヒは覚醒した…というかまた明晰夢めいせきむだ。


「また君か。何でそんなにうれしそうなんだ?」

「だってもう行くところがないから…」


「それが何でうれしいんだ?」

「あなたのせいだから責任をとってください」

「はあっ?」


「時間はあったんだから、他のやつから搾り取ればよかっただろう」

「だってみんな怖かったから…。可能性があったのはあなただけなんですぅ」

「それを私の責任というのか…」


「それにぃ。見ましたよ。あなた精霊さんたちをいっぱい眷属にしてますよね。闇の精霊さんまで。」

「それは否定できないが」

「闇の精霊さんが眷属にできて、悪魔ができないなんておかしいです」


「君を眷属にしたところで、俺には何のメリットもない。また義母上にいやな顔をされるだけだ」

「私、エッチなことは苦手だけど、闇魔法は得意なんですよ。あなたを守ってあげられます」


「いや。闇魔法の使い手はもう充分だから、これ以上は無理」

「そ、そんな~。しく、しく、しく、しく……」


 翌朝起きてみると、サキュバスは俺の部屋の片隅で小さくなって泣き続けていた。

 サキュバスは人族には見えないし、ここは心を鬼にしてスルーしよう。そのうちあきらめるだろう。


 しかし、一週間経ってもサキュバスはフリードリヒの部屋に居座り続け、相変わらず泣いている。


 ネライダが話しかけてきた。

「主様。お気づきのことと思いますが、サキュバスが主様のお部屋で泣き続けているのですが、なぜ放置されているのですか。闇の種族とはいえ、可哀そうで見ていられないのですが」

「それはいろいろと事情があるのだ」


 あの口数の少ないオスクリタも話しかけてきた。

「主様。サキュバス…ずっと泣いてる…可哀そう。闇の先輩として…見過ごせない。主様は…本当は…優しい方の…はず」


「旦那の部屋のさ、泣き声がうっとうしいんだよ。どうせ旦那がいじめたんだろ。どSもたいがいにしてくれよ」とヴェロニアに苦情を言われた。


(なんでみんな俺を責める。おれは被害者だ)と思うフリードリヒ。


 結局、女性陣の後押しもあって、フリードリヒは折れた。


「わかったよ。眷属にしてやる」

「えっ。いいの。やったー!」


「君。切り替え早いな。まあいい。それで名前だが『プドリス』でどうだ。「純潔」って意味なんだが」

「私っぽくていい名前。それがいいい」

 魔力を少し持っていかれるがたいしたことじゃない。


「実体化してみてくれ」

「うん。初めてだけどやってみるね。う~ん」


 プドリスの気配が濃くなっていく。成功だ。

 角は生えているが、ぱっと見は羊角族にみえるだろう。だぶんサキュバスなことはごまかせる。


「まずその恰好はなんとかする必要があるな。義母上がそれを見たら失神してしまう」


 フリードリヒは侍女のコンスタンツェを呼び、無難な衣装を用意させたが、プドリスの恰好をみて驚いていた。心中ではどう思われたやらしれない。


「君には冒険者パーティメンバーになってもらうか、メイドをやってもらうか迷っているのだが、どちらをやりたい」

「メイドの仕事はよくわからないから、冒険者をやりたいかな。主様を守ってあげるんだ」


「そうか。魔法は闇だけなのか?」

「火魔法も使えるよ。一族の中でデュエルは私だけだったんだ。凄いでしょ」

「それは頼もしい」

 というかそれを早く言って欲しかった。


 しかし、ベアトリスは光と水、プドリスは闇と火とちょうど補い合う形になったな。それはそれで都合がいい。


 それはいいのだが、このパーティって、俺自身をどう位置付けるか難しくなってきている。フリードリヒがいなくてもピースがかみ合っている感じがする。


    ◆


「義母上、実は…」

「また増えたんでしょ。しかもまた亜人なんて…」

「義母上、亜人もまた貴重な労働力なのです。領主としては、差別などせずに有効活用することで領地が栄えるというものです。そのためには、まずはツェーリンゲン家が手本を見せなくては…」


「なんだかもっともらしい理屈だけど、要は愛妾でしょ」

「いえ。彼女は…」


「もうこれっきりですからね。頼みましたよ」

「はい」

 ああ。毎回ドキドキする。


    ◆


 私はサキュバスのプドリス。名前は主様につけてもらいました。

 私はサキュバスなのにエッチなことが苦手で、男の人が怖くて、結果処女のままでした。

 結局それが族長様にバレて一族を追放になってしまって…。


 でも、私は主様を見つけました。主様の魂はとっても澄んでいて、他の男の人のように怖くない感じがするんです。

 でも主様はちょっと意地悪で、眷属にするのを何度か断られちゃいました。

 でも最後は眷属にしてくれて…。根はやさしい人なんです。


 私は未だに処女ですが、主様なら…。

 というか、他の男の人は怖いので、主様しか考えられません。ずっとお仕えしたいです。

 こんな出会いを与えてくれた運命の女神様に感謝です。でも、悪魔が神に感謝っておかしいのかしら?


    ◆


 メンバーが増えたので、例によって連携訓練のため黒の森に来ている。

 整理すると次のような構成だ。

●斥候

 ミーシャ(猫耳族)

●前衛

 ローザ(アークヴァンパイア)

 ヘルミーネ(人族)

 カタリーナ(デュラハン)

●中衛

 アレックス(フリードリヒ)(人族)

 ヴェロニア(人狼)

●後衛

 ネライダ(ハイエルフ)

 ベアトリス(人族)

 プドリス(サキュバス)

●遊撃

 ニグルパール(従魔)(闇精霊)

 こうしてみるとずいぶんと増えたものだ。しかも何気に人外が多い。


 よって、今回、フリードリヒは獲物の相手は基本的に仲間に任せ、ピンチのときの救援に徹することにした。


「私はできるだけ手出しを控えるから、皆で連携しながら頑張ってみてくれ」


 フリードリヒがミーシャに獲物の釣り出しを頼む。メンバーが増えたので多めが望ましい。

 ミーシャがビッグウルフの群れの釣り出しに成功した。20頭近い群れだ。最初の連携訓練にしては少し多めな感じだ。


 近づいてきたところで、後衛のベアトリスとプドリスがアイスアローとファイアーアローで牽制けんせいを始める。続いてネライダが弓で牽制けんせい攻撃。既にビッグウルフの何頭かは傷つき、押し寄せる勢いが弱まってきている。


 前衛がビッグウルフと接敵した。

 ローザは相変わらずの怪力とクレイモアという武器の威力もあって、一撃で重傷を負わせている。大振りなだけに隙もできやすいが、そこはカタリーナが上手くフォローしている。初めてにしては上出来である。

 ヘルミーネもフェンシング式のレイピアの技に慣れてきているようで、着実に相手にダメージを与えている。


 回り込もうとする敵もいるが、ミーシャとパールが上手く牽制けんせいしている。

 程なくしてビッグウルフの群れは全滅した。


「私が手出しする暇がなかった。初めてにしては、なかなかやるではないか」とフリードリヒは皆を称賛する。


 皆、それぞれに手ごたえを感じ、満足している表情をしている。

 この調子ならば、後は連携の精度を高めていくだけだ。

 今後のパーティの仕上がりに期待するフリードリヒだった。


    ◆


 今日またパーティメンバーが増えました。

 サキュバスのプドリスさんという方で表向きは羊角族ということになっています。


 主様は「魔術師が手薄だから補強するのだ」とおっしゃっていましたが、私はプドリスさんが主様の部屋でずっと泣いていたのを知っています。私も主様になぜ放置しているかと聞いたのですから。


 なぜ、最初からメンバーに勧誘しなかったのでしょう?


 男の子は好きな女の子にいじわるをしたりするといいますが、もしかしてそういうことですか。

 ローザさんやミーシャさんは主様がドSだといいますが、ドSっていじわるってことですよね。


 そうするといじわるをされたことのない私って…。


 いや。こんなことを考えるのはよそう。

 私は主様の従者なのだから、どう思われているかなんて関係ない。主様が立派な英雄になられるまで、ただ従順にお仕えするだけだ。


 ただ、それだけ…。

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