第8話 泣く女と首なし女 ~バンシーとデュラハン~
ある日の深夜。バーデン=バーデンの町のある商家の近くで「ガラガラガッシャ―ン」という凄まじい騒音がした後、女のすすり泣く声が聞こえてきたという。商家の家族は恐怖で縮こまって過ごしたが、その翌日、病気で寝込んでいた子供の容態が急変し亡くなってしまった。
同様の事件が散発的に発生し、その女は死神か何かなのではないかという
その話が広まると、町の人々は同様の怪異があっても決して外を
それからも同様の怪異は散発的に続き、町の人々は次に自分の番がくるのではないかと恐怖に怯えるのであった。
◆
そんなある日。フリードリヒがギルドを訪れるとモダレーナが手招きしている。
何か嫌な予感がする。こんなときは
しかし、(モダレーナさんにはいつも世話になっている)と思ってしまうフリードリヒ。
仕方なく、フリードリヒはカウンターへ向かう。
「アレクさん。ありがとうございます」
「また
「いや~。よくおわかりで…」
「で、何なんだ」
「最近町で夜泣き女の怪異が続いていることはご存知でしょうか?」
「町から直接の依頼で、その女の正体を突きとめ、もし死神ならば討伐して欲しいというのが今回のクエストです」
青ざめた顔をしているヘルミーネ。お化けの類が苦手なのだろうか。
ベアトリスは「これはアレクさんからホーリーを習うチャンスです」と目を輝かせている。
闇系のローザとヴェロニアは全く動じていない。ミーシャもだ。基本、猫は夜行性だからか。
ネライダも平気なようだ。森には妖怪の類がいっぱいいるから慣れているのかもしれない。
若干1名を除いて問題なさそうだ。
「わかった。とりあえず。引き受けよう」
「さすがアレクさん。頼りになります」
その日は早めにホーエンバーデン城へ戻り仮眠をとって夜に備える。
そして夜。
「ヘルミーネはいやだったらパスしてもいいんだぞ」
「いやよ。私も行くわ」
強がらなくてもいいのに。妖怪・妖精の類ならば、物理攻撃は役に立たないからヘルミーネは戦力にはならない。
「ベアトリスは妖精や幽霊は視えるのか?」
「いいえ。そこまでは修業できていません」
「そうするとホーリーは難しいかもしれないな。気配だけでも感じられると良いのだが」
「ええっ。そうなんですか。ならば気配を感じられるよう頑張ってみます」
モダレーナの説明を聞いた限りでは、怪異の発生場所に法則性は見いだせなかったので、あてもなく町を巡回する。その日は空振りに終わった。
そして3日後。
「ガラガラガッシャ―ン」
騒音が聞こえたが少し遠くだ、
首のない2頭の馬が引く馬車に騎士が乗っているが、その騎士にも首がなく、頭を左手に抱えている。これはあの有名なデュラハンだ。またしてもケルトの妖精か。
傍らに少女がいて目を真っ赤にして泣いている。おそらくこっちはバンシーだ。
警戒されないようにそっと近づいていく。
ヘルミーネは青ざめた顔で最後尾からおっかなびっくりついてきている。
人外娘たちには妖精2人が見えているようだ。
バンシーはすすり泣いている。目は泣き腫らして真っ赤だ。が、結構な美少女だ。
フリードリヒがバンシーに話しかけようと近づいた時、デュラハンが剣を抜き間に割って入ってきた。鋭い剣筋で切りかかってくる。
ベアトリスは異様な気配に「えっ。誰かいるの?」と驚いている。
フリードリヒはデュラハンの攻撃を的確に受け流していく。彼の剣は魔法がエンチャントされているので、妖精の類の攻撃でも受けることができるのだ。
「バンシーに近づくな!」
デュラハンが警告している。声からすると女だ。そういえば来ている鎧も胸の部分に膨らみがある。
誤解されることも多いが、デュラハンは女騎士だった。
これでは
フリードリヒはすかさずデュラハンの手を後手に
「荒っぽいことをしてすまない。危害を加えるつもりはないのだ。事情を聞かせてもらいたい」
「…………わかった。あなたの腕なら私を滅することなど簡単だろうからな。信じよう」と言うとデュラハンは抵抗を止めた。
フリードリヒも拘束していた手を離す。
フリードリヒはバンシーに話しかける。
「お前はバンシーだろう。バンシーは本来偉大な者が死すときにその死を予告すると聞く。それがなぜ一般庶民の家に現れるのだ?」
「私はとっても泣き虫で、庶民の方でも死ぬとなると泣けてきてしまうのです。なので仲間たちからは出来損ないだと白い目で見られて…。
それでいずらくなって数か月前にこの地に流れてきたのです。
デュラハンさんは古い幼馴染で私のことを心配して付いてきてくれました」
「そのことは理解した。しかしこの地ではケルトの伝承は風化していてな。お前たちは人を呪い殺す死神のようなものだと誤解されている。それで私は町に依頼されて調査にきたのだ」
「そんな。呪い殺すなんて…」
「町の人々からすれば、泣き声がした後、必ず人が死ぬのだからそうも思うだろう」
「そんな…」
「放っておいても泣き虫が直るといいのだが、それは難しいだろうな」
「私も自信がありません」
さて、どうするか。フリードリヒは思案する。
「お前、私の店で働いてみる気はないか」
「えっ。人族に混じってですか? それは怖いです」
「そういう人見知りなところから直していけば、泣き虫も改善されると思うのだが…」
「でも、人族には私が見えません」
「実体化はできないのか?」
「私程度の妖精には難しいです」
「では、私の眷属になればいい」
「えっ。あなたの…。そう言われてみるとあなたからはとても綺麗な魔力を感じます。それを少し分けてもらえればできると思います」
「じゃあ。決まりだな。旦那はこう見えてやさしくていい人なんだぜ」ヴェロニアがタイミングよくバンシーの背中を押す。
「わかりました。よ、よろしくお願いします」
「では、名前は『コルネリア』でどうだ」
「はい。いい名前だと思います」
「待て。バンシーを眷属にするなら私も眷属になる」とデュラハンが口をはさむ。
「それは構わないが、その姿では店で働くのは無理だぞ」
「それは承知のうえだ」
「では、お前は剣が使えるから、冒険者活動でも手伝ってもらうことにするか」
「なんだか。前衛職ばかりが増えていく。本当は俺も前衛やりたいのに」と内心当惑するフリードリヒ。
「了解した」
「名前は『カタリーナ』でどうだ」
「それでかまわない」
フリードリヒは魔力を持っていかれる感覚を覚えたが2人分でもたいしたことはなかった。すぐに回復できそうだ。
「では2人とも実体化してみてくれ」
2人の気配が濃くなっていき実体化していく。成功だ。
それを見ていたヘルミーネとベアトリスは驚愕している。特にデュラハンの姿を見て、警戒している。ヘルミーネに至っては剣を抜いて構えている。
「おい。待て。2人とも。この者たちは無害な精霊だ」
「えっ。そうなんですか」とベアトリス。
「とてもそうは見えないけど」と疑うヘルミーネ。
「そこは私を信じてくれ。」
「まったく。視えねえ。聞こえねえってのも不便だな」と愚痴をこぼすヴェロニア。
「えっ。ヴェロニアさんたちには視えるんですか?」とベアトリスはが驚く。
「ったりめえだろ」
「今、私の修行不足を痛感しました」とベアトリスが反省の弁を述べる。
「そういえば、コルネリアとカタリーナは昼間はどうやって過ごしていたんだ?」
「森の暗がりに潜んでいた」とカタリーナが答えた。
「コルネリアは商会の寮に入ってもらうこともできるが…」
「私はカタリーナと離れるのはいやです」とコルネリアが抵抗する。
「では、城への渡し橋の下の暗がりを2人のねぐらにしてもらおう」
かの阿部清明は一条戻り橋の下に式神を住まわせていたというし、これもありだろう。
「主殿の近くに控えることができるならそれがいい」カタリーナが賛同した。
「私もそれで」コルネリアが続く。
◆
翌日。コルネリアをタンバヤ商会のハント氏に紹介し世話を頼む。
「人見知りで、泣き虫なところのある娘だが面倒を見てやってくれ」
「承知いたしました」
その後。ギルドのモダレーナのところへ報告に向かう。
「怪異の正体は死神ではなく、ケルトの妖精だった。人々の死を予期し、それを悼んで泣いていたのだ。呪っていたのではない。妖精にはよく言って聞かせたので、今後は怪異が減っていくと思う」
「そうですが。悪い存在ではなかったのですね。そうすると何をもってクエスト完了とするか問題ですね」
「そこは任せる」
「それでは町と相談してみますね」
フリードリヒの采配は功を奏したようで、その後怪異は減っていった。
時折、勲功のある騎士や実績のある大商人が亡くなる前に女の泣き声が聞こえることがあったが、ギルドから「あれは妖精が偉人の死を予期して悼んでいるのだ」という話が広まり、人々が恐怖することはなくなっていった。
数か月して、クエストの報酬は無事支払われた。
一方、コルネリアは意外なことに商会の売り上げに貢献していた。
彼女が接客した客は、彼女のいかにも泣きそうな様子を見て、これをなだめるために次々と商品を買っていくのだそうだ。
いかにも
その人気が高じて、店からあがるコルネリアをつけ回す不届き者が現れ始めた。しかし、決まってホーエンバーデン城の渡し橋のあたりで姿を見失ってしまう。
これは隠し通路があって、「コルネリアは城の誰かのもとに通っている通い妻に違いない」ということになり…。
そうすると「犯人はあの魔性の男のフリードリヒに違いない」ということで、結局、コルネリアはフリードリヒの通い妻だというまことしやかな噂が町に広がってしまった。
「城に通っているのは事実だが、その妻というのはどこから出てくるのだ」と憤慨するフリードリヒなのであった。
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