第64話 航海


 船大工の皆は船を作っている時は真剣そのものだった。

今まで見てきた彼らとは違う、職人としての気迫は凄まじくあっという間に船が出来上がっていった。


その間、アルクス達は何もすることがなかったため町中で困っていることがないかを聞いて、力仕事を手伝ったり、町の近くで魔獣を狩って素材を振る舞うなどして過ごしていた。

港町だけあって普段魚介を主に食べているせいか、肉の提供はとても喜ばれた。

お礼にと言うことで倍以上の新鮮な魚介や干物をもらったので龍珠の中の空間に溜め込んでおいた。

食材を扱う時は時間が経過しない空間の利点を最大限に活用できている気がする。


そういえばアーラは龍樹の中から自在に出入りしているけど、やはり龍族だと法則を無視できたりするのだろうか…


町の人達の依頼を受けている間に旅船が出来上がった。


『ありがとうございました。お陰でアウレアンへ向かうことができます。』


『へっ、良いってことよ。むしろ礼を言うのは俺達だ。エルダートレントなんていうとんでもない貴重な木材を使わせてもらったしな。余った木材も大量にあるし、しばらくは休んでられないぜ!』


エルダートレントの木材で作った船は頑丈なことはもちろん、凪の時などに用いられる推進用の魔導具を使った場合、他の木材と比べてかなりの推進力が出るらしかった。

そのため、造船所には金に糸目をつけない時間こそ命な商人達からの依頼が急に増えたらしい。


『また連邦に来たらここに寄ってくれよ!』


『また帝国風料理作ってくれよ!』


船大工達の胃袋も掴んでしまったようだった。


出来上がった船は旅船兼商船だったため、アウレアンへ向かう商人が大量の積荷を載せていた。

船のオーナーである商人からは貴重な木材を入手したことや近隣の魔獣討伐による素材提供を大変感謝された。

アウレアンでは魔獣が出ないらしく、魔獣の素材は希少価値が高いとのことだった。

連邦の各港町とアウレアンの間で交易をしているらしく、アウレアンから他の港町に行くことがあれば便宜を図ってくれると言う。


そしてついに船が出港した。

皆見えなくなるまで手を振り別れを惜しんでくれた。


旅の別れとはいつもこうありたいものだ。


船はアウレアンへと旅立った。

道中は風もゆったりとして穏やかな航海だった。

時折アリシアが上空を飛んでいる海鳥を射ち落として船内を湧かせたり、のんびりと釣り糸を垂らして気分だけ味わっていたバルトロ兄さんが大物を釣り上げたり、そうして手にした食材をアルクスが調理して皆の舌を楽しませたりした。


『やっぱり揚げ物はどこに行っても人気だね。』


『だって美味しいもの。』


『あぁ、油を大量に使うからそんなに頻繁にはできない分、価値がある。』


『ちょっと私には重いかも…』


クリオだけは揚げ物が苦手というが、大体の人が気に入る味である。

確かにこれが毎日続いたら重いかもしれないから、アウレアンについたら帝国の各地域の郷土料理については調べておいた方が良いかもしれない。


のんびりとした船旅が続くかと思いきや、アウレアンと思われる島が見え始めた時に嵐が吹き荒れる。


『この辺りはいつも嵐なんだ、俺達に任せておけば大丈夫だぜ!』


船長が乗客を安心させ、船員達がきびきびと動いていた。

任せておけば大丈夫かと思っていたその時、海中から巨大な触手が伸びてきて船員に襲いかかった。


『危ない!』


咄嗟のことであったが、触手を斬りつけたところ弾力で弾かれたものの船員は無事だった。


『ク、クラーケンだ…』


助けた船員はその威容の全貌を目にして怯えていた。


『クラーケン?』


『あぁ、船乗りなら知らないものはいない、海で出会ったら真っ先に逃げないといけない魔獣だ。

 だが、出会って逃げられるものはごくわずかとも言われているがな…』


船長は落ち着いた様子だったが、その表情には諦念が浮かんでいた。


『僕達がなんとかします!だから船長は逃げることだけ考えてください!』


触手を払いつつ、船尾の方にいる魔獣の本体へと向かった。

そこでは既にアリシアとバルトロ兄さんがクラーケンと戦っていた。

アリシアが弓を射るも弾力のある皮に弾かれている様子だった。

触手による叩きつけはバルトロ兄さんが上手いこと受け流して被害は出ていない様子だった。

だが、あまりもたもたしていると被害が出るかもしれない。


『喰らえ、水迅穿!』


超高圧力の水流で触手に穴を開けることができた。

海にいる魔獣は水の魔術による攻撃には強いかもしれないが、ものすごい強い突きに強いわけではないのでこれならいけそうだ。


クラーケンは自分の体に傷がついたことに動揺して触手を振り回し始めた。


『キャアッ!』


僕とバルトロ兄さんが受けることでなんとか耐えられたが、その隙に後ろで魔術により船員を守っていたクリオが触手に捕まってしまった。


『クリオ!』


触手に斬りかかるも弾かれてしまい、切り落とすことができない。


『うっ、くぅっ…』


その間にも触手はクリオを締め上げていた。


『水迅穿!』


クリオに巻きつく触手の根本に穿たれた水流は大きな穴を開け、触手は力を失った。

気を失ったのか落下するクリオに向かって跳躍し、横抱きに抱えるも別の触手によって叩きつけられ、クリオを離すまいと抱きしめたまま海へと落ちてしまった。


『アルクスッ!!』


アリシアは船から身を乗り出して、アルクスを追いかけようとした。


『アリシア、追うな!今はコイツをなんとかしないと!』


『でもっ!』


『俺達がアルクスを追ったらこの船は確実に沈む。それはアルクスが望むことか?

 まずはこいつを倒して生き残ることを考えるぞ!』


バルトロに止められたアリシアはその言葉で考え直し、今何をすべきかの覚悟を決めた。


『わかった!こんなやつに負けてたらアルクスの仲間だって胸を張れないもんね。』


『あぁ。なぁに、アルクスなら大丈夫に決まってるさ。先に島に着いて待っていようぜ!』


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


『うーん…』


気がつくと砂浜に寝そべっていた。


『ここは…?はっ、クリオは大丈夫!?』


近くを見渡すと少しだけ離れたところにクリオが倒れているのを見つけた。


『クリオ!どうやら息はしているみたいだし、水は飲んでいないのかな…?

 とりあえず起きれるかどうか確認しないと。』


倒れているクリオに近づき、呼吸を確認した後、意識が戻るかどうかを確認した。


『うーん、ここは…?』


『クリオ!良かった、大丈夫だったんだね。』


『アルクス!私、クラーケンの触手に捕まって…その後助けてくれたの?』


『助けた後に一緒に海に投げ出されちゃったけどね…無事で良かったよ。』


『ありがとう。でもごめんね、私がヘマしちゃったから…』


『いや、いいんだ。それよりもここがどこかはわからないからまずはこの島を調べないと。』


『わかったわ。とりあえず水なら魔術で出せるから、水の心配はいらないわ。』


『ありがとう、食料も龍珠の中の空間に溜め込んであるからしばらくは保つはずだよ。』


2人で当面の対応を話していると、アーラが龍珠の中から出てきた。


『ピー!』


『アーラ、どうしたの?なんだか機嫌がいいね。あ、もしかして。』


目に力を集中すると足元全体から光が立ち上っているのが見えた。


『ここには龍脈が流れているみたいだ。だから外に出てきたんだね。』


周囲を見渡して見ると島だけではなく、海の底にも龍脈が繋がっているように見えた。


『近くの島と龍脈が繋がっているのかな… まぁ、とりあえずはこの島を探索することにしようか。』


アリシアは頷き、2人で島の奥へと向かっていった。


その時、島の奥からは唸り声の様な地響きの様な低い音が聞こえてくるのであった。


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