第56話 結界

 エルフに残されていた資料を読み込んだところ、結界の張り方は空間術と転移術を組み合わせることで出来るものだった。

ハイエルフの人が起きていたら教わることもできたのだけど、先へ進むためとはいえ自分が壊したものなので、なんとかやって見ようと思う。


結界を張るため地点には魔力を持つ何かを埋め込む必要があったため、討伐した魔獣達から得られた魔石を集めて圧縮してもらった。そして、結界を張る地点を深く掘り、地中深くに埋め込んだ。

大森林にいる精霊達にも手伝ってもらう必要があるため、見返りとして最上級の供物を作るため、エルフの皆に協力してもらった。


『それではここが結界を張る地点ですね。僕の準備は整いましたが、精霊の皆さんの協力は大丈夫そうでしょうか。』


事前にフルーとナトゥも召喚しておいた。僕自身もフルーとナトゥの2柱と契約しているため、精霊の気配を感じ取ることはできるが、契約していない精霊全てを見たり意思疎通したりということができるわけではない。


『あぁ、大丈夫だ。皆準備できたらしい。』


エルフ達の長の返答を確認し、これから結界を張り始める。


『では始めます。』


 まず龍気を込めて、目の前に立方体の形をした不可視の空間を作り出す。そしてそこに転移のための楔を打ち込む。


『お願いします!』


僕の一声に合わせて、精霊達が協力して楔と僕自身との繋がりを剥がし、楔を龍脈に馴染ませる。

不可視の楔が龍脈の力を吸い始め、しばらくすると周囲に霧が立ち込めてきた。


『おぉ、これは…』


空間と楔が接続し、結界として完成した様子である。


『はい、おそらくこれで完成したと思います。ではどなたかこの境界を超えてみていただけますでしょうか。』


近くに落ちていた木の棒で、地面にここを超えると転移するという線を引いた。


『では私が。』


自警団の隊長が手を挙げ、境界へと歩みを進めた。

周囲の皆がごクリと固唾を飲んで見守っている。


そして、その一歩を踏み出した瞬間、隊長はその場から姿を消した。


『おそらく成功だと思いますが、まだ判断はつきません。戻ってくるまでに時間もかかるでしょうし一度戻りましょう。』


その後自警団の団員が数名程、隊長の下へ向かうと言うので境界を超えていった。

残った者達は各自アルフグラーティへと戻っていった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 最初に長達と会った大樹へと戻り、残っていた長達に結界を張り、とりあえず転移までは成功した旨を伝えた。


『これで自警団の隊長が無事戻ってきたら、龍王様の住まう渓谷への道を教えよう。

 だが他言無用で頼むぞ。今となってはエルフの中でも一部の者しか知らないのでな。

 あとは次にアルフグラーティへ来る時に結界を壊されないように、結界を抜ける方法を教えておこう。』


『いえ、大丈夫です。自分で作ってみてどういう原理なのかは分かりましたので。龍脈沿いにある以上、自力で抜けられます。』


『そうか、残りのお二方も大丈夫かな?』


『念の為、教えてもらえますか?』

『アルクスみたいに器用じゃないもので…』


隊長達が戻って来るまでの間、今後のことについて話し合っていた。

そうしてしばらくすると、自警団の隊長以下数名がアルフグラーティへと帰還した。


『境界を超えたのち、無事テルミヌスの目の前に転移しました。

 その後の各結界の転移も通常通りに動作しておりました。』


一連の報告を完了すると、自警団の面々は仕事があるのでと言って去っていった。

 

『この結界があると魔獣もアルフグラーティの中まで入って来れずに転移してしまうのでな、これで我が国の安全が保証された。では龍王様への道を教えるとしようか。』


『すいません、あの私もアルクスさん達と龍王様の下へと向かっても良いでしょうか!』


『クリオか。着いていっても良いかどうかはアルクス殿達に聞くが良い。エルフがアルフグラーティから出ることは禁止されていないからな。』


クリオがじっと見つめてきた。


『えぇ、もちろん大丈夫ですよ。龍王様のところに行く道や現地で何が起こるかはわからないですし、仲間は多いに越したことはないですよ。よろしく、クリオ!』


『ありがとうございます!アルクス、よろしくね!』


「そういえば勝手に決めちゃったけど良かったかな?」

「アルクスがいいならいいよ。」

「あぁ、魔術の使い手が仲間に加わるのは良いことだろう。」


少しだけアリシアの反応が冷たかったが、こうして旅の仲間が増えた。

そういえばクリオはどこまでついて来るつもりなんだろうか。


『ではこちらへ着いて来るが良い。』


長に連れられて来た先はアエテルの大樹だった。


『この大樹の下に、渓谷へと繋がる道がある。』


そう言って長が大樹の根本に触れると、一本の根が動き地下へと繋がる道が開けた。


『龍王様のところまでは一本道なので迷うことはないであろう。これは龍王様への貢物だ。空間術の使い手であればそう苦労することはないだろう。ぜひ持っていってくれないだろうか。』


長の一言の後、数人のエルフ達が大量の果物などを運び込んできた。


『では龍王様によろしく頼んだぞ!クリオ、失礼のないようにな。』


『大丈夫です。お任せください!』


クリオが皆に別れの挨拶を済ませている間に、貢物の収納は完了した。


「アルクス、もしかしてしまえる物の量増えた?」

「よく気付いたね。最近少しずつ龍気を使う機会があったし、成長したのかもしれない。」

「コツコツとした訓練が成長に繋がる良い例だな。」

「そのうち家とか収納できるようになったら、旅も快適になりそうだね。」

「家かぁ…」


アリシアは何かを想像している様子だった。

そして、エルフ達に別れを告げて、大樹の地下を通る道へと降りていった。


じんわりと淡く青い光を放つ苔が生えていて、幻想的な光景であった。


『この道は魔獣とか出て来るのかな?』


『私もこの道は初めてだけど、アエテルの大樹には魔獣が近寄って来ないっていうし、多分大丈夫だと思う。』


クリオの言う通り、魔獣が出る気配はなく、黙々と歩を進める静かな時間が過ぎて行った。


『魔獣はいないけど、なんだか近くに何かがいるような気配があるな。

 クリオの精霊かな?』


アルフグラーティにいる時は気付かなかったけど、確かに1柱の精霊が僕達の近くを浮いていた。


『こんにちは、僕達に何かようかな?』


精霊ははっきりと見えないながらも、否定の意思を表した。


『アルクス、ツイテク』


精霊はついて来るというも、本当について来れるのだろうか。

フルーとナトゥを召喚して2柱に聞いてみることにした。


「コイツモリカラツイテキタ」「アルクスキニイッタッテ」

「マリョクオイシソウダッテ」「ワカル」

「コイツクサノセイレイ」「イロンナハッパスキ」


皆僕の魔力目当てなのだろうか…

まぁ仲間の精霊が増えるに越したことはないか。

それに色んな葉っぱが好きってことは薬の材料に使える葉っぱをくれるかもしれない。


『契約する?』

『ウン』


以前の龍の試練の時のメモ帳を見返して、地面に魔法陣を描き出した。

そして、龍珠に溜まっている力に意識を集中し、力を込める。


「草の精霊よ、我が恵を糧に新たなる絆を育みたまえ

 ―契約―」


『よし、お前の名前は今日からヘルバだ!』


『ヤッター、アリガトウ!イツデモヨンデネ!』


ヘルバとの契約を見計らってたのか、フルーとナトゥがヘルバの前にやってきた。


『オレタチガセンパイダカラナ!』『ナンデモキイテクレヨ!』


ヘルバとの契約が完了するとフルーとナトゥが先輩風を吹かせ始めた。


『センパイヨロシク』


2柱は満更でもなさそうだった。


仲間も増えて安心だと思ってたらクリオが驚愕の表情でこちらを見ていた。


『どうしたの?』


『精霊様とそんな簡単に契約するなんて…』


『何かおかしいことあったの?』


『普通はこんな簡単に精霊様と契約なんてできないんです。

 それこそ、何年もかけてやっと契約できるのが普通ですよ。』


『龍気のお陰なのかな。相性良い精霊がいたらクリオも契約できると良いね。』


『そうですね。ハイエルフともなれば精霊の1柱や2柱くらい契約していないとですよね。

 私、がんばります!』



新たな仲間もでき、しばらくアエテルの大樹の地下を進んでいくと道が土で埋もれている様子で行き止まりに当たった。


『マカセテ』


ナトゥが周囲の土をどけると急に前方が明るくなり、光の元へ駆けていくとそこには広大な渓谷が広がっていた。


『すごい…』

『王国じゃあ見られない光景だな…』

『大森林を抜けたの初めてだけど、これは忘れられない…』


雄大な自然を前に言葉を失くした面々だった。

そして、僕は谷底から溢れ出る竜脈の力を感じとり、龍王様の居場所に近づいている実感とともに、歩を進めていった。


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