第23話 獣人

 メルドゥースにやって来てからあっという間に半年近く経過した。

商会の仕事を手伝いながら、子ども達に勉強を教え、そして年長組には武器の扱い方を教えてと毎日やる事には事欠かなかった。

叔父さんには計算能力や知識量を買われて、割と重要な仕事を任されることも増えてきた。

そのため、近隣の街まで交渉に出かけることなどもあった。


孤児院の子ども達の吸収能力は素晴らしく、大体の子が以前の学園の同期達と同じくらいのところまで学習を進めた。

逆にバルトロ兄さんとアリシアなどの年長組の方が苦戦している様子だった。

反面、年長組は元から身体能力が高かったため、武器の扱い方を教えるとあっという間に上達した。

バルトロ兄さんは斧や大剣などの巨大な武器を振り回し相手を近づけずにここぞという時に振り下ろすというシンプルながらも対処が難しい立ち回りを好んだ。大盾で守りながら、隙を見て振り下ろす一撃はなかなか防ぎ切れるものではなかった。

それに対してアリシアは跳躍力を活かして跳び回りながら離れたところから投擲武器で攻撃したり、すれ違い様に両手に持った短剣で斬りつける攻撃が得意だった。

バルトロ兄さんが守りながら、アリシアが少しずつ相手を削っていき、弱った相手に対して最後にバルトロ兄さんがトドメを刺すという兄妹ならではの息のあった連携が強かった。


そうして王都にいた頃とすっかり生活は変わったものの、しっかりと辺境の暮らしには溶け込めているように感じた。

学園にいた頃とは違って刺激は少ないけれども、穏やかな時間を過ごしていた。


たまに商会の仕事で探索者の人達の手伝いをして、たまに小型魔獣を狩ることがあった。

探索者の戦い方は大体が少し離れたところから射撃魔術で弱らせて、付与魔術で強化した近接攻撃でトドメをさすというのが一般的な様子だった。

僕が闘気を使って一撃で倒したりすると、よく驚かれた。

一緒に探索者をやらないかと誘われることもあったけど、僕が不授だと伝えると言葉を濁されることがほとんどだった。

不授で探索者をやるのは難しいのかと聞いてみたところ、王国内だと不授の探索者はほとんどいないらしかった。大体が成長する前に早々に魔獣に殺されてしまうからだそうだ。

やはり魔術の有無による差は大きかった。

しかし、帝国内では獣人など肉体的に優れている種族の不授の探索者は多いらしく、いつか会ってみたいものだと言っていた。

僕も探索者をやるなら一度獣人の人に会って話を聞いてみたいなと思っていた。


そうすると、思いがけないことにその機会は割とすぐにやって来た。


叔父さんに呼ばれて商会に向かった。

「アルクス、商会の仕事とは少し違うんだがお前に頼み事があってな。帝国から探索者のチームが来ているのだが、言葉も少し違う上に文化も違うから意思疎通に困ることが多くてな。実はお前に街のみんなとの橋渡し役を頼みたいのだが…」

帝国の探索者か、一度話を聞いてみたいと思っていたところにちょうど良かった。

帝国の文化も言語も知識の上では知っているけど、実際がどんなものかは気になっていたんだ。

ぜひにでも自分に任せてもらわないといけないと思ったが、どんな問題が起きているかは聞いておかないといけない。

「わかりました、ぜひお任せください!今のところ街の人達とどんな問題が起きているのでしょうか?」

「おぉ、そうかそう言ってくれて助かる。そうだな探索者協会から相談されていたのだが、詳しくはまだ聞いていないから、直接行って聞いてきてもらえるか?」

この人は何もわからないのに、僕に丸投げしようとしたんじゃないだろうかと思ったが、いつも世話になっている手前、ぐっと飲み込んだ。


探索者協会に出向いて、受付のお姉さんに用向きを伝えた。

「すいません、帝国の探索者の方々の件でメルティウム叔父さんに言われてやって来ました。」

「あ、アルクス君。来てくれたのね、ありがとう!ちょっと待っててね。」

お姉さんは慌てて奥へと行くと、すぐに戻ってきた。


「こっちの部屋にお願い!」

どうやら奥の部屋にいるらしい。

部屋に入ると5人の獣人が座っていた。

「アルクス君、こちらが帝国の探索者チーム「雷吼狼牙」の皆さんよ。」

『よろしくお願いします。メルティウム商会のアルクスと申します。今回はどういったご用件になりますでしょうか?』

そういえば今まで会った探索者の方々はチーム名なんてなかったな。

ちょっと格好良いかもしれない。

帝国側の喋り方はこんな感じで大丈夫かな。


『では、私から話そう。先程の喋り方を聞くに、君は帝国の言語に詳しいというで大丈夫かな?私の名はヴォルナー、雷吼狼牙のリーダーをしている。普段は見ての通り帝国で探索者をしている。見たところ若いようだが、獣人族に会ったことはあるかな?』

『いえ、初めてです。』

『そうか、では獣人族の特徴を簡単に伝えておくと、王国にいる人族と異なり獣人族内でも違いが大きい。私は灰狼族の獣人だが、私の仲間を見てわかるように白虎・黒豹・赤隼・緑犀と見た目も大きく異なるし、生活習慣も異なる。帝国内では同系統の種族ごとに纏まって暮らしているが、同系統といっても私のように狼の特徴が強く出ている者もいれば、体の一部だけに狼の特徴が出ていて人族と大して変わらない見た目のものもいる。

種族によって細かい文化は異なるから、獣人族に会ったら都度何が禁忌事項かを確認した方が良いだろう。基本的には皆誇りを持って生きているため、侮辱することはオススメしない。ちなみに私は頭を撫でられたり、尻尾を触られるのが好きではない。食事に関しても割と種族ごとに違いが多いな。

あとは王国ほど信仰に篤くないからか、不授の者も多い。だが帝国では力さえあれば不授だからと言って差別されることはないな。

大体こんな感じのことを理解しておいてもらえると嬉しい。』

とりあえずは以前本で読んだ内容と大きく違いはなさそうだ。

ちゃんと言葉も聞き取れたぞ。

頭を撫でたり尻尾を触ったりしなければ大丈夫とのことだが、まぁ流石にそんなに密着することはないだろう。

もふもふしたらいけないのは残念だけど…


『ご説明ありがとうございます。では本題を続けてもらえればと思います。』

『あぁ、実は今回は依頼で南の樹海にあると言われている薬草を探しに来たのだ。だが王国に来てわかったのだが、我々の言語や文化の違いを理解してもらうのがなかなか難しくてな。理解がある者がいるのであれば、滞在期間の支援を頼みたくて協会に相談したんだ。』

なるほど、今までやって来た通りにやっても皆に理解してもらえなくてストレスが溜まっているのかな。

知識面でしか役に立てないかもしれないけど、帝国の人達と話す良い機会だし頑張ってみよう。


『そういうことでしたか、それであればこの街では僕が一番適任そうですね。滞在中にお困りのことがありましたら、何でも僕に相談いただけますと。』

『あぁ、宜しく頼む。ところで、君は私達のことが怖くないのか?』

『へ、なんででしょうか?』

獣人と言っても顔は狼、つまりは犬みたいなものだからむしろかわいい部類だと思うのだけど。


『いや、王国に来てからというもの、皆我々の姿を見るだけで怯えてしまっていてね。さらに言葉も通じにくいため怖がられてしまってね。』

『なるほど。僕は言葉が分かりますし、特に見た目を怖いとも思わないですから。』

『それは頼もしいな。それではしばらくの間よろしく頼むよ。』

『こちらこそよろしくお願いします。』

僕はヴォルナーさんと握手をして、その場を後にした。

細かい契約内容は協会側と商会でまとめておいてくれるらしかった。


こうして僕はこの街における「雷吼狼牙」の交渉担当となり、宿や飲食、様々な買い物に至るまで間に入って交渉を纏めた。

特に面倒だったのが食事だ。

帝国の食文化と王国の食文化の違いにより調理方法だけでなく、調味料の扱いなども違ったため、宿屋の親父さんと一緒に「雷吼狼牙」の面々が納得できる調理方法の確立に苦心した。

「雷吼狼牙」が満足するようになった頃には僕も帝国の一般的な料理を一通り作れるようになっていた。

その過程で親父さんから王国の料理も教えていただき、食文化と調理技術の勉強になった。

「いやー、帝国の料理も面白いな。こんなに大量の油を使うなんて考えたこともなかったよ。」

親父さんが言うように王国の料理では焼くか煮るが多いが、帝国では油で揚げるという調理方法が多いらしい。


最初は南の森の入り口近辺での果物や薬草の採取や調査を主にしていた「雷吼狼牙」だったが、

食生活が安定してからは積極的に奥に入り始めた。

この1年で他の探索者のチームについて、森の奥の方の情報もある程度把握していたため、もちろん僕も同行することになっていた。

「雷吼狼牙」の面々の戦い方は王国の探索者と違い、魔術を使わずに闘気を用いた戦い方が中心だった。

何故魔術を使わないのかとヴォルナーさんに聞いたところ、

『本当に強い戦士になるためには、神に与えられたラピスを使うよりもまずは自らの肉体を隅々まで使いこなすことだ、と小さい頃から教わっていたからだな。使えないことはないが、まずは闘気を極めることを目指している。』

と答えてくれた。


確かに小型の魔獣であれば大体が一撃で倒してしまっているため、彼らからしたら強くない魔術を使うよりは闘気を使って戦った方が全然強いのだろう。

僕はラピスがなく闘気を使って戦うしか選択肢がないので、彼らの戦い方は非常に勉強になった。


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