第22話 採集

「着いたわよ。あ、みんなもう集まってるわね。アルクスは初めてだしとりあえずみんなが何しているか見ててちょうだい。じゃあ採集開始ー!」

森の入り口に孤児院の中でも年長の子ども達が集まっていて、アリシアの号令と共にみんなで森の中へと入っていった。

森の中と言っても入り口なだけあって、木の密度もそんなに高くない明るい森だった。


「この辺りはねぇ、孤児院のみんなで遊びに来たりすることもあるんだ。今日は採集に来ているけど、果物とかもいっぱいあるからお腹が減った時とかには良いの。みんな食べ盛りだしね。」

アリシアは色々と普段の暮らしぶりを教えてくれた。

僕はここに来て話を聞いたり、みんなを見たりするまでは辺境の地とはどれだけ辛い場所なのだろうか、皆惨めな生活をしているのだろうかと考えていた。

だけど、実際に暮らしている皆はとても明るく楽しそうに生きていて、王都が悪いわけではないけど王都にいる人達よりも幸せそうに見えた。

本で色々な知識を得ていたけど、読んで知ったことと実際に見て知ったことはやっぱり物凄く違うなと痛感した。


「あ、あそこにいいの見っけ。よっと!」

僕が考えごとをしている間にアリシアは果物を見つけたらしく、高く跳躍してもぎ取っていた。


「え、今跳んだ高さおかしくなかった?」

そう、アリシアは僕の3倍の高さはあろうところにある果物まで軽々と到達していた。


「ん?これくらい普通だよ。みんなもっと高いところまで届くし。そうだね、私はあそこが限界かな。」

そう言ったアリシアの指差す先を見ると、商会の建物のてっぺんよりもより高く跳そうだということがよくわかった。


「あ、でも兄さんだけはさっきの果物も届かないかな。体が重いみたいで全然高く飛べないの。その分力も強いし、頑丈だけどね。」

僕は王立学園にいた1年間で第一学年の中でも優秀な方だという自負があったけど、辺境初日にして井の中の蛙で世界の広さを全然知らないんだなということを思い知らされた。


「みんな自己強化魔術使えないんだよね。どうやったらそんなに跳べるんだ…」

「うーん、あのね。足にグッと力を入れると光ることがあるんだけど、上手く光ったらできるようになるかも?」

「え、それは闘気じゃないの?」

「闘気?みんな上手く力を入れるとよく光ってるよ。」

なるほど、闘気の使い方が上手いのか。

今まで戦いで使うことしか考えたことがなかったけど、そんな使い方もあるのか。

僕なんて1年間かけてやっと使えるようになって来たのに…


「アルクスはどれくらい高く跳べるの?」

「僕は戦いでは使ったことはあるんだけど、跳躍となると自分の背の倍が良いとこかな。」

「戦いって魔獣とか倒したりするの?」

「うん、何度か戦ったことがあるよ。」

「えー、すごい!私達は魔獣が出てきたら逃げるようにしてて戦ったことがないから、本当にすごいと思う!」

アリシアに褒められて悪い気はしない。

確かに王都でも普通の人は魔獣と戦うことはなかったな。


「キャアァー!!」

アリシアと話していると、少し離れたところから悲鳴が聞こえてきた。


「何かあったみたい、先に行ってるね!」

アリシアは得意の跳躍力を活かして、声がした方に飛ぶように向かって行った。


「僕も急がないと!」

アリシアの後を全力で追いかけた。


「兄さん、大丈夫!?」

「あぁ、大丈夫だ。お前達は早く逃げろ!」

「で、でも兄さんが…

僕が現場に着くと、バルトロ兄さんが猪型の小型魔獣を抑えていた。

何人かの子ども達が怪我を負ったらしくうずくまっていて、他の子ども達も魔獣に怯え動けないでいた。


「とりあえず動ける子は2人で1人を抱えて逃げて!アリシア、バルトロ兄さんのことは僕に任せて。」

「わ、わかった。」

なんとか子ども達は少しずつ動き出して、逃げはじめた。


「く、くぅぅ。これはなかなかきついな…」

バルトロ兄さんが少しうめき声を上げたところ、魔獣はここぞとばかりに兄さんを振り払い、木に向かって叩きつけた。

「ぐっ…」

「兄さん!」


「ブフー!」

魔獣はバルトロ兄さんが離れた隙に、徐に前足で地面を掻き始めた。

そして、逃げ遅れた子どもに向かって突進し始めた。


「危ない!」

僕は咄嗟のことで魔獣の前に飛び出し、足に闘気を込めて魔獣の突進を受け止めた。

「みんな大丈夫?ちょっと離れていてね。昔は吹き飛ばされたけど、僕だって成長しているんだ!」

そのまま腕にも力を込めて、魔獣の牙を捻ると魔獣は天を仰いでひっくり返り、元に戻れなくなった。


「アリシア、俺は大丈夫だ。アルクスのところに行ってやってくれ。」

「うん、わかった。アルクス、大丈夫なの!?」

バルトロ兄さんは無事だったらしく、アリシアが駆け寄ってきた。


「まぁ、これくらいなら大丈夫だよ。念のためトドメをさしておかないとね。」

そうして起き上がれなくなった魔獣にトドメをさすと、魔獣から出てきたウィスが体に流れ込んでくるのを感じた。

「あれ、なんだろ。そんなに強い魔獣じゃなかった気がするけどなんだかいっぱい流れ込んで来たな。以前は実感湧かなかったけど、魔獣を倒すと力が強くなるってこういうことだったなのかな?でも急激に強くなった感じはしないし…」

「おい、アルクス。こいつは孤児院に持ってくぞ。手伝ってくれ。今日は肉食い放題だな!」

僕が考え込んでいるといつの間にかバルトロ兄さんが魔獣を棒にくくりつけていた。

そうして2人で魔獣を担ぐと、皆で街へと戻った。

怪我をした子ども達も大きな怪我はなく、大事には至らなかった。


街へ戻って孤児院に魔獣を置いた後に報告のために商会に顔を出した。

叔父さんにことのあらましを伝えると、子ども達を守ったことを感謝された。

「皆が無事で本当に良かった、アルクスありがとう。しかしあそこに魔獣が出るなんて、何か悪いことの前触れじゃないと良いが…」

メルドゥースの街の有力者間で南の森外縁に魔獣が出たという情報は共有され、今まで警戒が薄かった南の森に対する警戒態勢が組まれるそうだ。

街には南の森の奥地を狩場とする探索者達もいたため、探索者協会との間で森の奥で何か起きていないかなどの情報共有も頻繁に行っていくそうだ。

そういえば馬車で一緒になった探索者の人もしばらくは南の森で狩りをするって言ってたっけか。


叔父さんへの報告を終えて孤児院に戻るとバルトロ兄さんが指示を出しつつ、皆は魔獣の解体に取り組んでいた。

「バルトロ兄さん、もう体は大丈夫なの?」

「あぁ、あれくらいならなんともないさ。他の皆みたいに跳んだりするのは苦手だが、俺は体が頑丈だし、少しくらいの傷ならすぐ治るんだよ。」

「多分闘気を上手く使っていると思うんだけど、傷が治りやすいなんて聞いたことはないしなぁ。そういえばみんな魔獣の解体なんてできるんだ、すごいね。」

「いや、子ども達はあまりやったことがない。俺とアリシアは大人達の手伝いで少し経験があるから皆にやり方を教えているところだ。せっかくいただいた命だ、余すところなく使わないとな。」

「なるほど。僕も今後のために慣れないといけないかな。ちょっと手伝ってくるよ。」

魔獣を倒すことは考えたことはあったけど、解体のことなんて考えたことはなかった。

確かに魔獣とは言え命を奪ったのだから、肉も皮も牙も魔石も全部利用しないともったいないか。

そう言えば、以前魔獣と戦った時はそんなこと考える余裕なかったな…


「あ、魔石取れたよ!はい、アルクスお兄ちゃんどうぞ!」

1人の子が魔石を見つけ、綺麗に拭うと渡してくれた。

「え、いいのかい?」

「当然だよ!アルクスお兄ちゃんが倒した魔獣なんだから。探索者の人も良く倒した魔獣を自慢してるんだ!僕も大きくなったら探索者になっていっぱい魔石集めるんだよ!」

初めて自分の手で獲得した魔石かと思うと少し胸が熱くなるものがある。


「よし、解体は大体終わったな。皮はこの後は商会の職人の人達に任せよう。牙はそうだな、また魔獣に遭遇した時に備えて、武器でも作ってもらおうか。アルクスは武器の使い方はわかるか?」

物思いに耽っているとバルトロ兄さんから質問が飛んできた。

「そうだね、学園で習ったから最低限の使い方なら教えられると思うよ。」

「よし、武器ができたら年長組はアルクスから武器の使い方を教わろう。いざという時にみんなを守れるようにならないとな!」

「兄さんは木を切るのが得意だし、斧で戦ったら良いんじゃない?」

「確かにそうだな。斧も武器になるか。まぁおいおい考えよう。それよりも肉を焼こう!」

「やったー、肉だー!」

バルトロ兄さんが肉を焼くというと子ども達が喜び出した。


「みんなそんなに肉が好きなの?」

「そうね。叔父さんのお陰で食べ物に困ることはないけど、お肉は探索者の人達が魔獣を討伐した時に分けてもらう以外はそんなに食べることはないかな。海が割と近いから普段はお魚とかが多いわ。あ、私もお肉は大好きだよ!」

 王都にいる時は色んな食材を満遍なく食べていたが、あれも各地で採れたものが集まっていたからだったのか。考えればわかることだけど、普通に暮らしていると考えなくなるもんだな。


アリシアと食べ物の話をしているとバルトロ兄さんを中心にみんなで楽しそうに肉を焼いていた。

「よし、できたぞ。まずは今日の肉の功労者のアルクスが一番良い部分だな!」

バルトロ兄さんはそう言って、焼き上がった巨大なステーキを僕に渡した。

脂の香りが胃袋を刺激する。

一口大に切り取って、口に運ぶとガツンとした魔獣の力強さが舌に伝わってくる。


「美味い!」

思わず声をあげてしまった。

皆、嬉しそうに僕を見つめていた。


「よし、アルクスも食べたし、皆食べるぞー!

「おー!」

そうして肉祭りが始まり、子ども達は「もう食べれないー」と言うまで一心不乱に肉を食べていた。


「兄さん、今日は良く喋ってたね。アルクスに会えたのと、魔獣の肉がとっても嬉しかったのね。いつもは今日の半分も喋らないのよ。いつもこれくらい喋ってくれると私も楽になるんだけどね。」

確かに以前会った時よりもよく喋るから叔父さんとアリシアに影響されたのかと思っていたが、そういうことだったのか。

「そう言ってもらえると嬉しいよ。この街に来て1日目からなんだか慌ただしかったけど、なんとかやっていけそうで良かったよ。」

「まだまだこれからよ!この街のことまだ全然教えていないもんね。時間はいっぱいあるし焦らないでいいよ。ゆっくりやりましょ。」

アリシアと話していると肉を食べ終えたバルトロ兄さんがやって来た。


「あー、もう食べれない。今日は良い日だった。みんなアルクスにお礼を言うんだぞ!」

「アルクスお兄ちゃんありがとう!」

子どもたちからお礼を言われて少し気恥ずかしくなった。

「うん、これからよろしくね!」


今日あったことを早速ルーナへの手紙に書こう。

王都の時とは全然違う生活が始まったが、なんとか自分のペースでやっていけそうだし、過去にとらわれず、1日1日生きることを頑張っていこうと思えた。


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