第13話 襲来

野外演習から1月後


 王都の近隣で魔獣が出現したことにより、王国騎士団の王都防衛部隊が忙しなくしている。

 隊長になったウィルトゥースは調査のために王都を空けることが増えている様子だった。

 

 アルクス達は第1学年の終わりが近づき、少しずつ初めての選別の儀も近づいていた。

 学年内に緊張感が高まりつつあるものの、敏感な者はそれとは別にその日はざわざわするものを感じ取っていた。

 動物達も落ち着かないのか鳥の群がいつもと違う方角に飛んでいったり、街中では小動物が走り回っていた。

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 王都城壁にて


 「最近なんだか魔獣が多いな。」

  少し気の抜けた顔で衛兵がぼやいた。


 「なんとなく嫌な雰囲気がするんだよな...」

  神経質は衛兵は疲弊した顔でつぶやいた。


 「森から逃げていく動物を最近よく見かけるぜ、森の中に何かいるのかな。」

 「まさか、王都のそんな近くに大層な魔獣がいるわけがない。」 

  衛兵同士が答えのない雑談をしていると一匹の獣が王都に向かって走ってきていた。


 「おい、なんか獣がこっちに一匹走ってきたぞ。あれはホーンラビットか?」

 「任せておけ!紅蓮の炎よ、燃え上がり、敵を焼き尽くせ!」

 「ぴぎぃっ」

 炎の柱が立ち上り魔獣は燃え悲鳴を上げそのまま黒焦げになった。

 

 「さすがだな、爆炎のマギ。」

 「あれくらいは寝ててもできるぜ。お、また来たぞ。」

 一匹、また一匹と仕留めていると走ってくる魔獣の数がどんどん増えていく。


 「なんだ?群でもまとめてやってきているのか?」

 増えて行く魔獣を爆炎で対処していくが、魔術が追いつかなくなってきた。


 「おい、討ち漏らし始めたぞ。放出魔術が得意なやつと弓の得意なやつを集めてくれ。手の空いてるやつは民間人を避難させろ!」

 カンカンカンカンと鐘が鳴り、城壁の近くにいた商人達が城の中に入ると城門が閉じられていく。


 「何があったんだ?」

 「魔獣の群れが現れたらしいわよ。」

 「まぁ、騎士団の衛兵がなんとかしてくれるだろう。」

 「そ、そうよね...」


 「私、怖いわ...」

 「大丈夫、いざとなったら僕が守ってあげるよ!」

 「素敵、頼りにしてるわ...」


 民衆達は突然の鐘の音で不安になり、ざわめき始めていた。


 その時「ドンッ」と壁に何かがぶつかる音がした。

 

 「うわっ、何か落ちてきたぞ。」

 ドサッと音がした方を見てみると、城壁で奮戦していた衛兵が虫の様な魔獣にたかられている。


 「キャアアアーー!」

  衝撃的な光景に悲鳴が響きわたり、民衆に不安が伝染する。

 

 「た、大変だ逃げろ!」

 「に、逃げろったってどこへ?」

 「とりあえず城の方へ逃げろ!早く騎士団を呼べ!」


 王都に向かって迫り来る魔獣の群れに対して、城壁を閉じるもすり抜けた小型の魔獣や飛行する魔獣が王都に入り込んでしまった。

 城壁近くでは民衆が逃げ惑い、家屋に入り込んだ魔獣が暴れたため火が出始めているところもあり、混乱が広がっていた。



その頃アルクス達第一学年は前回途中で中止となった野外演習を再度行うため、王都の外に出ようとしていたが、危険を知らせる鐘の音で再度中止になり城壁の近くの訓練場で待機しているところだった。


 「何だよ急に。」

 「せっかく久しぶりの野外演習だったのにね。」

  リディウスとヘレナが残念がっているとテレサが申し訳なさそうな顔をしつつ、口を開いた。


 「あの…前の演習の時みたいに風がざわついていて…

  多分気のせいじゃないです…

  きっと何か危険なものが迫っています…」

  テレサは怯えつつもはっきりと危険が迫っていると口に出した。


 「大丈夫だよ!危険が迫ったとしても王国騎士団に兄様がいる限り、僕らに危険が及ぶことはないさ!」

  アルクスはそう言って不安になるテレサを慰めた。


 「そうよ、ウィル様がいたら魔獣なんて大したことないわ!」

 「俺ももっと強ければ…魔獣討伐に参加したいのに…」

  

皆不安を打ち消す様に口を開いて騎士団がいれば大丈夫だと語り合っていたところ、情報を集めたムスク教官がやってきた。


「鐘の音で不安になっているかと思うが、どうやら東の森から出てきた魔獣の群れが王都まで到達したらしい。衛兵達が応戦しているため、すぐに殲滅できるだろうが一部の魔獣が王都の中にまで入り込んだらしい。

皆はここで待機しておけ。

念のため、野外演習で用いる予定だった武器を配る。

殺傷能力は低いが、最低限の身はこれで守る様に。」


教官の言葉により、学生達は魔獣に対する不安や恐怖が少しずつ膨らみ始めていた。


 「魔獣だって、怖い...」

 「何言ってるんだよ、騎士団に入ったら何度も討伐するんだぜ?」

 「この前のホーンラビットみたいなやつかな?」

 「大型の魔獣だったら、もっと恐ろしいやつに決まってる…」

 「うぅ、この前の傷が痛み出した...」

 「おい、大丈夫か?」


不安になる者が増える一方で冷静な者達は各自嬉々として武器を選んでいた。

前回の棍棒以外にも剣、槍、弓など様々な武器が置いてあった。

 

 「オレはやっぱり剣にするぜ!」

 「私は直接殴ったりは避けたいから遠くから攻撃できるものが良いわ。この前怖かったもの。」

 「わ、わたしも...」

 「僕は少し長い武器が良いかなぁ。」 

 リディウスは剣を、ヘレナは弓を、テレサは投擲用の短剣を、そしてアルクスはグレイブを選択した。

 武器を持ち、魔獣の襲撃に怯えつつもアルクスが訓練通りやれば、この前の様に小型の魔獣なら大丈夫だと言い聞かせ、皆の心を落ち着かせる。

 「そうだよね、この前ホーンラビット倒したもんね。」

 「あぁ、俺達ならなんとかなるぜ!」

 「わ、わたしは後ろから応援してます…」

 不安になる者も多かったが、アルクスとその友人達は比較的落ち着いて待機していた。 



 しばらくした後、外から「ぎゃああ」と言う声が聞こえ、皆の顔が恐怖にひきつった。

 その直後に「ドンッ」と言う音がして入り口の扉を突き破り、訓練場の中に魔獣が一匹入り込んで来た。


 「あ、あいつはマッドボアだ。突進して牙で突き上げてくるから正面に立たなければ大丈夫だって本に書いてあったぞ!」

 誰かの叫ぶ声が聞こえたが、皆恐怖により硬直してしまっていた。

 そんな中、リディウスが前に出る。

 

「へっ、こんなやつオレがやっつけてやるぜ!」

自分の背と同じ高さの中型の魔獣に対して、勇敢にも立ちはだかった。


「リディ、正面に立ったらダメよ!」

「わかってるって!」


「リディが気をそらしているうちに、動ける人は動けない人を連れて魔獣の突進が届かない高いところや遮蔽物に隠れるんだ!」

アルクスが指示を出すと、アルクスの勉強会メンバーが中心となり腰が抜けて動けない学生を担いで移動した。

魔獣は避難しようとする学生達が気になったのかリディウスを無視して、そちらに走り出した。


「させるか!」

リディウスが立ち塞がるも勢いが出ていないとは言え、魔獣の突進を止めることはできなかった。


「きゃあっ!」

「うわっ!」

魔獣の突進を受けた学生達が吹き飛ばされる。


 「これでも喰らえ!」

 このままではまずいと、魔獣の意識をそらすためリディウスが勇ましく剣で切りかかるも硬い毛皮にあっさりと弾かれる。


 「か、かてぇ...」

 「これならどう!」

 「わ、わたしも…」

 離れたところからヘレナが弓を射ち、テレサが短剣を投げるもやはり弾かれた。

 硬い毛皮で弾かれて、3人の攻撃は全く歯が立っていなかった。


 「リディ、避難は完了したよ!」

 3人が攻撃をしている間になんとか、避難は完了した。

 吹き飛ばされた怪我人も応急処置でなんとかなり、命には別状はなかった。


 「これくらい想定内だぜ…」

 リディウスが落ち着き、余裕を見せようとした瞬間、効いてはいないものの苛立っていた魔獣がかち上げを行い飛ばされてしまった。

 軽装で体重も軽かったため、大きなダメージはなかったが、地面に落ちた衝撃でリディウスは気を失ってしまった。


 「させない!」

 気絶をしたリディウスに追撃を狙う魔獣の前にどこで見つけたのか、大型の盾を持ってアルクスが立ちはだかる。

 突進してくる魔獣の衝撃を斜めに上手くずらすことで以前の様に吹き飛ばされずに済んだ。

 直後に持っていたグレイブで足払いをかけて、転倒させる。


 「ヘレナ、テレサ、目を狙って!」

 アルクスの声で我に返った2人は


 「わ、わかったわ!」

 「は、はい。もう一度!」

 再度弓を射ち、短剣を投げた。


 見事命中して、片目に傷を負わせる。

 「「や、やったー!」」

 ヘレナとテレサがダメージを負わせたことに喜ぶ。 


 「まだ、魔獣は生きているから気を抜かないで!」

 片方の視界を失った魔獣が起き上がり、怒りの咆哮を上げる。


 「ヒィッ…」

 遠くに離れていた、他の学生達は恐怖で体がすくんでいた。


 「2人はそこで伸びているリディウスを遠くに運んでくれないか。」

 「わかったわ、でもアルクスはどうするの?」

 「とりあえず、時間を稼ぐよ。」 


 ヘレナとテレサがリディウスを運んでいると、勉強会メンバーがやって来てリディウスを連れて行ってくれた。



 「これでどうだ!」

  目元に向かって渾身の一突きをするも、少しずれてしまい弾かれた。


 「やっぱり目以外は硬いのか、他に攻撃できるところは...」

 魔獣の周囲をぐるぐると円形に動きながら考えていると怒り狂った魔獣が突進してくる。


 盾で衝撃を逸らそうとするも、衝撃を逸らしきれずに軽く後ずさる。

 「くっ...」


 魔獣が向きを変えて再度突進してくる。

 今度は避けつつ、グレイブを振ると口元にぶつかったためか、若干の血がついていた。

 「これは...」


 再度魔獣がこちらに向かって突進してくる

 どうやら片目が見えないくらいでは問題ない様子であった。


 「失敗したら確実に弾き飛ばされるけど…」

 アルクスはおぼつかないながらもグレイブを構える。

 「これでどうだ!」


 タイミング良く魔獣の口元に渾身の一突きを行った。

 刃が肉を抉る感覚に成功を喜ぶも、突進の威力にこらえ切れず後ろに吹き飛ばされた。


 「痛てててて...ま、魔獣は?」

 アルクスが吹き飛ばされた後、なんとか起きあがると、魔獣は体の奥までグレイブが刺さり倒れていた。

 静けさの後、アルクスが魔獣に近付き様子を伺った。

 「死んでる…やった、倒したぞ!」


 アルクスが魔獣の死を告げると皆喜び歓声をあげた。


 「やったー!」

  ヘレナが抱きついてきた。

 「やったやったやった、アルクス、私達魔獣倒したのよ!」


 「痛てててて、あれ、魔獣は?」

  大声で気付いたのか、気絶していたリディウスが目を覚ました。


 「アルクスが倒したのよ!」

 「ちぇっ、今度はアルクスの手柄か。オレも活躍したかったな。

  まだまだ訓練不足だな...」

  リディウスは心の中で改めてアルクスをライバル認定していた。

 

 「皆、大丈夫か!?」

  歓声の直後、少しだけ血を浴びたムスク教官が戻ってきた。


 「大丈夫だったか。先程ここに魔獣が突入したという報告があってな。」

 「教官も血だらけですが大丈夫ですか?」

 「あぁ、これは魔獣の血だ。」  

  教官の血だらけの姿に皆動揺するも、返り血と聞いてほっとしていた。


 「魔獣ならアルクス君達が倒しました!」

 「ヘレナちゃんの弓もすごかったよね。」

 「俺、足がすくんで動けなかった...」

 「怖かったよー」

  皆、教官が戻ってきてほっとしたのか昂っていた想いから急に賑やかになり、泣いてしまう者もいた。


  ムスク教官はその間、魔獣の亡骸を調べていた。

 「こいつは...マッドボアか。硬い毛皮で剣や魔術を使える大人でも手に余ることがあるというのにな...」

  ムスク教官は驚き、そして感心した様子を見せていた。


  アルクスは魔獣を倒した瞬間の感覚が手に残っていた。

  盾で受けた衝撃、肉を抉る感覚、恐怖、そしてわずかながらの快感を覚えていた。

  「これが、本当の戦いか...」

  今まで味わったことのない感覚に混乱していた。

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