第12話 演習
アルクスが統率担当になってから数ヶ月が経った。
学生間での細かい諍いに対して統率担当として悩むことも多かったものの、ヘレナとリディウスに助けられ、特に大きな問題も起こらずに平穏な学園生活が続いていた。
何故急に統率担当ができたのか3人が疑問を持っていたところ、ムスク教官が教えてくれた。
「以前、お前の兄ウィルトゥースが学園にいたころの話だが、ウィルトゥースは個人としてとても優秀で1人飛び抜けていたため、皆それに後からついていく形で統率がとれていた。
大体過去の歴史を見ても何人か飛び抜けて優秀なやつはいるもんだ。
だがお前達の学年はこう言っては何だが飛び抜けて優秀な奴がいないんだ。
そのため、強い統率力を持って率いる者がいないから問題が起きているのだという結論となった。現にお前達の上の学年は優秀なやつらがいるから安定している。
だが、お前達が開催している勉強会だったか、それのおかげで学力・能力が低い学生が少なくなっているため、平均的な能力は高い。
お前が兄と違うところとしては皆で輪になり、お互いの足りないところを補ったり、能力を伸ばす支援に優れているのだろう。」
第1学年にも安定感が生まれたことで、アルクスはそこを評価されていた。
そして統率担当の先輩方や教官からも少しずつ様々なことを頼まれることが増えていった。
「はぁ、やることが終わらない...」
アルクスが書類の山を前にぼやいていた。
「それだけ皆に頼られているってことよ」
ヘレナがフォローを入れるも彼女の前にも書類が積まれていた。
「平穏な毎日が続くためには、裏で並々ならぬ努力が必要だってことがよくわかったよ。」
「アルクスが色々と整えたからこそよ。あなたの功績として誇っていいわ!」
アルクスは入学早々に味わった慌ただしい日々ではなく、平穏な日常を築くために様々な仕組みを作り出していた。
カリスマで人を率いるウィルトゥースとは違い、カリスマのない自分は苦労することが多いなという思いは強かったがなんとか周りに支えられて進めることができていた。
決闘事件の後から同学年の皆が協力的になってきたというのも大きいことであった。
以前は何か事件があった時に目を背ける学生も多かったが、最近ではちょっとした問題が起きると、皆自ら解決に乗り出したりアルクスに相談を持ちかけている。
人任せではない問題解決の輪が広がり、皆が次第に人間として成長していっていた。
やはりきっかけは決闘事件らしく、皆声を揃えてウィルトゥースの再来みたいな表現をしていた。
「アルクスはウィル様と違って、能力が特に秀でているわけではないし、ついて行きたいと思うカリスマがあるわけじゃないけど、いざという時に出す勇敢さが皆を引きつけているんじゃないか?お前が頑張っているから俺も頑張ろうという気持ちにさせてるみたいだし、それもまたカリスマなんじゃないかな。」
リディウスはアルクスにもカリスマがあるという。
「お前は前線で戦う将軍よりも参謀とか軍師とか宰相とかそう言うのが向いているかもな。俺はもちろん前線で戦うけどな!後ろから支援してもらえたら安心して戦えそうだぜ!」
「人を動かし、能力を引き出して、勝利に導くってことかな。確かに前で戦うばかりが全てではないし、そういう戦い方もあるのか...」
アルクスはウィルトゥースの後を追うことばかり考えて、追いつけないことに日々焦りを感じていたた、兄とは違い自分なりの道があるのかもしれないと思うことで気持ちが楽になっていた。
そして、意外と人のことをよく見ている親友に感謝の念を覚えていた。
帰宅後、アルクスはネモにも同じ様な話を切り出した。
「自分は兄様の後を追うことばかり考えていたのですが、人を動かしたり、周りの能力を引き出すことに適性があるのではないかと友人から言われました。
そういった力はどうやったら伸ばすことはできますでしょうか?」
ネモは少し考えると口を開いた。
「なるほど、自分の進む道を見出したってことかな。素晴らしい!
でもまだ若いからこそ決めつけるのは良くないけどね。君の可能性を広げるためにもこれからは戦略・戦術なども教えていく様にしようか。お勧めの本があるから今度持ってくるよ。
それはそうともうすぐ学園で野外演習が始まるって言ってたよね。日々の訓練もしっかりと仕上げて、その後に新たな勉強を始めまようか。」
「はい!宜しくお願いします!」
アルクスは自分から相談したことだが、どんどん学ぶことが増えて行くなと内心苦笑していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さて、諸君。以前から言っていた様にこれから野外演習を始める。とはいってもいきなり魔獣を倒すというわけではなく、野外での訓練から小動物を捕らえての野営だ。
これから向かうところは特に危険はないし、安心して臨むと良い。」
ムスク教官の指示により、野営用の道具を背負いつつ第1学年の皆は複数人の班単位で王都を出て直ぐの平野へと向かった。
「特に何もなさそうだな。指定の場所で狩りをして野営地へ集合か。」
「少しは気を引き締めなさいよ!門を出たら何があるかわからないって教官も言ってたでしょ!」
「そう言われても何もないのに何に気をつけたら良いんだよ...」
リディウスとヘレナはいつも通りの様子であった。
「剣を持ちたかったんだけどなぁ…」
「まぁ、まだ皆が皆剣を扱えるわけじゃないからね。間違えてお互いを斬っちゃうよりは棒で叩く方がマシなんじゃないかな。」
リディウスは剣を扱いたかった様子だが、支給されたのは細長い棍棒だった。
「あの...」
小さな声で後ろからテレサが声をかけてきた。
「ん、どうしたの?」
「なんだか風がいつもと違う様な気がして…
その、気のせいだと良いんですけど...」
テレサは普段から大人しいが普段から気配などには敏感だった。
「テレサがそういうのなら、普段とは何かが違うんだろうと思う。
緊張して何もできなくなるのは良くないけど、何が出てきてもすぐに対応出来る様に心構えだけはしておいて。」
「わかった。」「わかったわ。」「わかりました。」
アルクスの指示に班員の皆が同意した。
「きゃあーー!」
突如悲鳴が前方から聞こえてきた。
「別の班に何かあったのかもしれない!警戒しつつ、急ごう!」
悲鳴が聞こえるやいなや、アルクスは班員に指示を出し、悲鳴のあった方向へと向かった。
悲鳴のあった場所に行くと、別の班が角兎に襲われていた。
どうやら一人負傷し、それによってパニックに陥ってしまったらしい。
「助けに来たぞ!」
「落ち着いたら下がっていて!」
アルクス達の言葉で少し、冷静さを取り戻したらしく黙って頷いていた。
「よし、囲むよ。リディウスは右から、ヘレナは左から頼む。テレサは後方から支援をお願い!」
「任せろ!」
「わかったわ!」
「は、はい…」
ネモから学んだことを活かす場がさっそくやってきたとはやる気持ちを抑えきれないアルクスであったが、そんなことはおくびにも出さずに落ち着いて班の皆に指示を出す。
急に囲まれた角兎は逃げ場を失い、「ブー!」と威嚇をしてきた。
「一斉に行くよ!」
合図とともに全員で一斉に殴りかかった。
角兎は暴れ回ったが、ヘレナとテレサが上手いこと動きを妨害したところで、リディウスの一撃が良いところに当たり気絶した。
「ふぅ、緊張したわね。アルクス君、傷はどう?」
暴れる角兎の体当たりを受けたアルクスだったが、あまりダメージを受けた様子はなかった。
「ちょっと血は出たけどそんなに深くないから大丈夫だよ。」
「俺の知ってる角兎よりも少し凶暴だった気がするな。」
「そうよね、角兎って大人しいって本に書いてあったわ。」
「あぁ、軽い気持ちで倒そうとしたら急に飛びかかってきて負傷してな。
それでみんなパニックになってしまって。」
パニックに陥っていた班のリーダーが落ち着いたのか話しかけてきた。
「いや、大したことがなくて良かったよ。野営地も近いし教官に報告しに行こう。」
野営地に向かう道すがら会話をしつつも緊張を維持する様に努めた。
「何もないと思ってたんだけどな。」
「だから言ったでしょ、気を引き締めなさいって!」
「次出たら今度こそ俺が一人で退治してやるぜ!」
「もう...」
リディウスが威勢の良いことを言っているが、皆何も出ないことを期待していた。
その後、緊張したものの何も起きず、日が高いうちに野営地にたどり着いた。
「教官、第一班と第五班です。道中第五班が角兎に襲われて、軽傷ではありますが2名負傷しました。
傷は浅かったため治療済みです。
こちらが獲物になります。」
「おぉ、ご苦労。負傷したとのことだが大丈夫か?
角兎は普段襲ってくる様な獣ではないんだがな…
負傷者は誰だ。傷は大丈夫か?どれ見せてみろ。」
角兎と怪我を負った2人の患部を教官に見せたところ、渋い顔をし始めた。
「うーん、これは角兎じゃないぞ...
角が黒いし捻れているな。これは角兎が魔獣化したホーンラビットだ。」
教官の「魔獣」の一言で周りがざわつき始めた。
「魔獣の中では最弱クラスとは言え、この辺りに魔獣が出るとは...」
「事前の調査では魔獣は基本的に見当たりませんでしたが…」
「となると急に発生したのか?他にも魔獣が発生していないか、至急調査班に連絡を!」
本来はこの辺りにいるはずのない魔獣だったらしく、教官達は急に慌て出し調査の指示を出していた。
「すごい暴れてたけど、魔獣だっていうのなら納得ね。」
「じゃあ、俺達4人で魔獣倒したってことか?まだまだだけどこれが第一歩か…」
「ま、魔獣だったなんて…」
魔獣を倒したアルクスの班員達は思っていなかった事実に思い思いの感想を抱いていた。
「そういえば魔獣を倒すと強くなるみたいな話を聞いたがあるけど、みんなは何か変わった?」
アルクスは魔獣を倒すとそのウィスを取り込むことで力が強くなるという話を以前書物で読んだことがあった。
「いや、どうだろう。強くなった実感はないな…」
「わたしも。特に変わったことはないと思う。」
「あの…、多分それはもっといっぱい倒さないといけないと思います…」
「テレサは何か知っているの?」
アルクスは好奇心を隠せない様子を見せて問い詰める様な質問をした。
「は、はい…魔獣を倒すと力が強くなるのは事実ですが、それが実感できるのは数多くの魔獣を倒した時に急激に強くなる実感があるらしいです…ですので、私達ももっといっぱい魔獣を倒さないとそれは実感できないんじゃないかと…」
「なるほど、それは良いことを聞いた。ありがとう!となると今後強くなるために魔獣討伐も視野に入れた方が良さそうだね…」
「早く強くなりたいしな!」
「もう、あんまり危ないことしないでよね!」
思いもしない新情報にアルクスとリディウスは興奮していた。
そうすると全班が集合したらしく教官から連絡があった。
「学生諸君、野外演習早々で不安な気持ちにさせてしまいすまない。
しかしながらいずれは通る道ではあるので教えておこう。
魔獣とは我々同様に魔術を使うことを覚えた獣のことを指す。
特に身体強化の魔術を使う獣が多いが、知恵があると炎の魔術などを使ってくる場合などもあり、手強いことが多い。
また、毒や麻痺などの体調に異常をきたす攻撃を使ってくる奴もいる。」
不測の事態が起きたものの、教育の良い機会と捉えたムスク教官は魔獣に関しての基本的な知識を教えていた。
学園の上級生は魔獣討伐の演習があるため、第1学年には少し早い話ではあるが知っておいて損の無い内容であった。
「あいつ、毒持ってなくて良かった...」
さっきまで威勢が良かったリディウスは軽傷とは言え、傷を負っていたため安堵していた。
「魔獣が出る場合は基本的にどの様な能力を持った魔獣か事前の調査が重要となる。
毒などを持っていた倒しても準備さえしておけば対処のしようがあることが多いからな。
今回はただの軽傷で済んだが、被害がなかった者達も胸に留めておくように。
現時点を持って野外演習は終了とし、帰還する。
魔獣の出現要因に関しては別途調査を行うため、皆は気にせず帰路に集中することだ。」
せっかくの野営の準備が無駄になったが、魔獣が出現したとあっては文句を言う様な学生はいなかった。
今までの生活で触れることのなかった魔獣と言う存在が皆の中で大きくなっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます