第11話 決闘


翌日の朝、学園の入り口でアルクスはリディウスと会った。


 「おはよう!」

 「アルクス、おはよう!昨日の傷はもう大丈夫なのか?」

 リディウスは昨日の事件の後遺症がないかを心配していた。


 「うん、特に大きな怪我もなかったし細かい傷は薬ですぐに回復したよ。」

 アルクスは帰宅後、ネモに事のあらましを伝えると、闘気を活用して自己治癒力を高める方法を教わり傷はすぐに治った。

 その代わり疲労によってすぐに倒れてしまった。

 倒れる前にネモからは咄嗟のことで学友を守ったことは素晴らしいが、弾き飛ばされたことで足腰の鍛錬不足を指摘していた。

 盾の扱い方も含めて最低限の武具の扱い方も少しずつ教えていくか考えるらしかった。


 「あ、アルクス君おはよう!見たところ元気そうね。ちょっと話があるんだけど。」

教室につくなり数人の学生と一緒にいたヘレナはこちらを見つけると走り寄ってきた。


「おはよう。ありがとう、体はなんともないよ。ところで話って何かな?」

「実は相談なんだけど…」


ヘレナによると、昨日改心した3人を含めて数人勉強を苦手とする学生に対して入学前の様に定期的に勉強会を開いて欲しいということだった。

リディウスとヘレナが入学前にアルクスに勉強を見てもらっていたと自慢をしたところで、興味を持った学生達が集まり、それなら任せておけとヘレナが勝手に快諾したところだった。


「そういうわけで、週に1回で良いからお願いできないかしら?」

「あ、あぁ。もちろんいいよ。」

両手を握られ、顔を間近で見つめられて懇願されたアルクスは顔を真っ赤にしつつ、かろうじて返事をすることしかできなかった。


「これで落第する心配もなくなったな!」

リディウスも入学後勉強に関しては若干不安になっていたらしく、乗り気だった。


こうして一部のクラスメイトに対して定期的な勉強会として授業の復習などネモから学んだことを活かしてサポートを行う様になった。

アルクスの人柄を理解してくれる学生が増えたのはもちろんのこと、知識面の優秀さに気付かれて「ウィルトゥース様の再来だ!」といってもてはやす者も現れていた。

特に直接教わった学生達はアルクスの人柄をよくわかっていたため、より素晴らしさを喧伝する様になっていた。




暫くして、アルクスの人気が徐々に上がってくるとそれを兄の七光りだといって気に食わない学生達があらわれた。


 「お前、最近調子に乗ってないか?」

  アルクス達が帰宅しようと際、いきなり難癖をつけてくる学生が現れた。


 「え、どういうことかな。思い当たることがないけど...」

 「うるさい、ウィルトゥース様の再来だとか言われてちやほやされてんだろうがよ!」

 「そうだぞ!本来は伯爵家の御嫡男であらせられるトゥル様がその才能を発揮することで、皆にちやほやされる計画が頓挫して、困っているんだぞ!」

 「うるさい、いらんことを言うな!」

  貴族の跡取りが取り巻き2人を連れてアルクスに難癖を付けてきた。



 「つまり、自分の才能の無さを棚に上げて、アルクスが活躍してむかつくってこと?」

  リディウスがずばりと指摘する。


 「こ、この、私が無能だと!?

  平民に身の程を教えてやるわ!」

  トゥルが懐から何かを取り出した瞬間、周囲に火花が飛び散った。


 「キャアッ...!!!」

 「大丈夫か!?」

  ヘレナや周囲の学生達が衝撃で座り込んだ。


 「イタタタ、ビックリしただけだから大丈夫よ。」

  怪我をしたものはいない様子であったが、転んだりしているものもいた。


 「いい加減にしないか、みんなに迷惑をかける愚か者が貴族だっていうのか!

  僕のことが嫌いなら僕にだけ向ければ良いだろう!」

  アルクスがいつになく声を張り上げて怒りを露わにした。

  リディウスとヘレナは驚きのあまり「アルクス、こんなに大きな声が出せたんだ」と別のことを考えてしまっていた。


 「この私が愚かだと?ふん、平民はよく騒ぐものだな。そうだな決闘でけりをつけようじゃないか!」

  トゥルは青筋を立てたかと思うと急に余裕の表情を見せて提案を行なってきた。


 「決闘!?って何か知ってるリディ?」

 「あぁ、騎士団なんかでは良くあることなんだが、お互いの主義主張がぶつかって折り合いがつかないときに、力で決着をつけようっていうシンプルな方法だよ。」

 「暴力で解決だなんて、貴族って野蛮なんだなぁ...」

 「うるさい、受けるのか!?どうなんだ!」

  トゥルはどうしても決闘に持って行きたいらしかった。


 「わかった、じゃあ受けようじゃないか。いくぞ!」

  アルクスは返事をした瞬間に拳を握りしめて懐に入り込み、トゥルの顔面を殴り飛ばした。


 「グハッ...!」

  トゥルが急に殴り飛ばされ、皆も驚きを隠せない様子だった。


 「い、いきなり始めるバカがどこにいる!決闘には手順というものがあるんだぞ!」

  座り込んで血と涙を流しながら、トゥルが訴えた。


 「いや、僕は決闘のことは力で決着をつけるとしか聞いてないから。どちらが強いか決めるだけなら今ここですればいいよね?」

 「ええぃ、うるさい。月の最後の休日に訓練場で実施するぞ!

  ルールはなしだ、覚悟しておけ!」

  そういってトゥルは取り巻きと一緒に退散していった。


 「いきなり殴るとはな。俺も驚いたよ!」

 「あの顔みた?笑いをこらえるのに必死だったわ。」

 「あいついつも偉そうだったし、ちょっとすっきりしたかも。」

  トゥルがいなくなると周囲で様子を見つつ沈黙を保っていた皆も一斉に喋り出した。


 「だけど、あいつ何か策でもあるんじゃないか?」

 「あいつ、入学前は地元で自分に反抗的なやつは決闘でつぶしてきたらしいぜ。

  さっきみたいに何か特別な道具を使うって聞いたけど...」

  周りの学生達の話によるとトゥルは気に入らないやつを決闘に持ち込み、卑怯な手で潰すのが常套手段らしい。


 「わかった、ありがとう。帰ったら先生に相談してみるよ。」

 「あぁ、俺達に手伝えることがあれば言ってくれよな!」



帰宅後


 「ネモ先生、実は...」

 アルクスは学園で決闘を申し込まれたことを伝えた。


 「ふーん、決闘とはアルクス君も思ったよりも血気盛んな若者だったんだね。ウィル君は学生の時に決闘なんてしてなかった気がするよ。決闘を申し込まれていきなり殴りかかるなんて、ちょっと初めて聞いたよ!」

 ネモは我慢できずに笑い出した。


 「いや、申し込まれた方なんですけど...」

 「受けない方法だってあったはずじゃないかい?」

 急に真面目な顔に戻り、アルクスが考えもしなかったところをついてきた。


 「子ども同士の力比べみたいなものと思ったのかもしれないけど、相手が狡猾な場合、自分に都合の良い様に物事を進められる場合があるから、相手の考える裏を読める様に精進することだね。

  とりあえず決闘の話だけど、聞けば魔道具を使って必ず勝利を勝ち取ってきた狡猾な相手らしいけど、対策として考えられる手はいくつかあるよ。」

 「本当ですか!魔道具ってあまり見かけないですが、あれのことだったんですね。」

 「魔道具は結構貴族が抱え込んでいるからね… さて、全ての対策を仕込んで必ずや君が愚かな貴族に勝利をつかめる様にしよう。」

 この時喜んだアルクスは決闘前日まで地獄を見るとは思ってもみなかった。

 ネモが貴族に良い思いをしていないということを深く理解することができた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


そして決闘の日


訓練場にて

 「よく逃げずに来たものだな。誉めてやろう!」

  トゥルは自信満々かつ余裕の笑みでアルクスを迎えた。


 「あぁ、もちろんだよ。ちゃんとこの日のために特訓してきたからね...」

  対するアルクスは試合の対策のための地獄の特訓で既にボロボロだった。


 「おいおい、アルクス本当に大丈夫かよ?」

 「やめておいた方がよいんじゃない?」

 リディウスとヘレナは最初から疲れた顔をしたアルクスを心配していた。


 「いや、このまま逃げたらもっと恐ろしいことが待っているらしいから...」


  休日の訓練場にも関わらず、多くの見物客出ていた。

  小さいながらも出店が点在していた。

 「ところでなんでこんなに人が多いのかな?」

 「貴様の無様な姿を皆に見せつけ、兄の七光りだということを知らしめてやろうと思ってな。」

 トゥルが自分が人を集めたということを自白した。

 さすがは貴族というところで人脈の豊富さにアルクスは感心した。

 

 そして決闘の時間がやってきた。

 「時間だ。両者揃っているな?ルールなし、時間無制限。

  どちらかが気絶もしくは降参で終了だ。

  禁止事項はお互いを殺すことや気絶した相手に追い打ちをかけることだ。

  わかったな?」


 審判は公平なことで知られているムスク教官に依頼を行なった。

 トゥルもそこに異存はない様子だった。


「では離れて。始め!」


教官の開始の合図と共に、トゥルは懐から魔道具を取り出し先手必勝とばかりに叫んだ。

「身の程を知れ!」


アルクスは敵はまずは魔道具を使用して様子見をしてくるだろうから最初は間合いを開ける様に言われていた。

案の定誰もいない空間に火花と衝撃が走った。


「何、運の良いやつだな。ならばこれはどうだ!」

今度はトゥルから煙が溢れ出してきた。

煙はアルクスの頭に纏わり付き、視界を奪った。


「これで私がどこにいるのかわかるまい。これでも食らえ!」

アルクスのいた場所に再度火花と衝撃が走った。


「また、避けたか。逃げるのだけは得意みたいだな。

 だが、視界が塞がれていれば何もできまい。」

トゥルは己の優位性を確信して、アルクスに近付いた。


「ふゴッ!」

余裕の笑みを浮かべていたところ急に腹部に痛みを感じ、獣の様な泣き声をあげて尻餅をついた。


「先生の言った通りだな。目眩しの魔道具を使って視界を奪われた相手を一方的に嬲って勝利を収めるか。目が見えなくてもウィスを感じ取れれば相手の居場所はわかる。特に動きが遅ければ僕でもお前の居場所はわかる。それに喋ってばかりで自分の居場所を教えている様なものだったしね。」


そう言った後、アルクスは走り出し立ち上がったトゥルに体当たりをした。

想定外の行動に今度は少し吹き飛ばされて蹲る。


「君、魔道具ばかり使ってて体鍛えていないでしょ?

 降参してくれると嬉しいんだけど。」

「バカにするな!この僕の方が偉いんだ!お前なんかにやられるはずがないんだ!」

アルクスの提案に蹲っているトゥルが喚く。


立ち上がると魔道具を我武者羅に使い始めた。

すると複数の魔道具がぶつかり眩い光を放ち始めた。


「おい、なんか危ないんじゃないか?」

「ちょっと、遠くまで離れた方が良さそう…」

見物客達の間で不安に思う声がで始めた時、トゥルの周囲で爆発音が連鎖的に鳴り響き、さらに煙が充満し始めた。


「おい、大丈夫か?止めることはできるか?」

「こ、こんなはずじゃ。そうだこれは夢に違いない!私がこんなことになるはずが…」

ムスク教官がトゥルに呼びかけるも、トゥルの耳には届いていない様子だった。


「ちっ、聞こえてないか。おい、魔道具が暴走してやがる。見物客の避難を頼む。」

「はい、わかりました!」

ムスク教官が周囲で見物していた上級生に見物客への避難指示を呼びかける。


魔道具の暴走と共に、アルクスの頭に纏わりついていた煙は霧散した。

「何が起きているんだ?」

視界が開かれた瞬間に目に映った光景は想像していたものとは異なっていた。


「おい、アルクス聞こえるか?トゥルの魔道具が暴走したらしいんだ!みんな避難しているからお前も一旦離れた方がいいぞ!」

リディウスが現状を説明してくれた。


「魔道具の暴走?それなら試したいことがあるんだ!みんなは先に避難していて!」

「わかった、この前みたいな無理はするなよ。行くぞ、ヘレナ。」

そう言うとアルクスはトゥルの目の前に立った。


「少し借りるよ。」

「ヒッ…」

そう言ってアルクスは魔道具を取り上げると、光を放つ魔石を確認した。


「確かネモ先生が言うには魔道具が暴走した時は、魔石に闘気を叩きつければ止まるって言ってたな。これで良いのかな?エイッ!」

アルクスが闘気を込めて魔道具を殴ると魔石に亀裂が入り、隙間から光が溢れ出した。

激しい爆裂音と共に光の柱が立ち上ったが、すぐさま光は収まり、そこには魔石が砕けた魔道具が転がっていた。


「あー、びっくりした。とりあえず何とかなって良かった…」

アルクスは音と光に驚き尻餅をついていたが、事が収まったことにホッと一息ついていた。


「おい、アルクス大丈夫か!?」

爆音と閃光に気付いたリディウスとヘレナが戻ってきていた。


「あぁ、見ての通り何とかなったよ。」

「心配させるなよ…」

「また、アルクス君が怪我したのかと思った…」

ヘレナが泣きそうな顔で訴えかけてきた。


「ごめん、まだ決闘の途中だし話はまた後でね。さぁ、続きを始めようか!」

アルクスがトゥルに向き合うと、トゥルは既に戦意を喪失した様子で呆然としていた。


まだ決闘を続けようとしていたアルクスを見つけたムスク教官が近づいてきた。

「あのー、教官。これはどうしたら良いでしょうか。」

「あー、こいつはもうダメだな。お前の勝ちだアルクス。

 この決闘はアルクスの勝利だ!」

急に大きく響き渡る声でムスク教官はアルクスの勝利を告げた。


「やったー!」

泣きながら走ってきたヘレナが抱きついてきた。

「やったな!」

遅れてリディウスが到着した。


途中で魔道具の暴走という混乱も発生したものの、決闘はアルクスの勝利で終わった。

「あ、そういえば魔道具壊してごめんね。でも暴走してたし弁償しなくてもいいよね。」

「あぁ、魔道具の暴走は罪とは言わないが、それ相応の罰がある。2つも暴走させたから伯爵家の継承権は失うだろうな。」

「うへぇ、自分で招いたこととはいえそれはご愁傷様…」

アルクスの謝罪に対して、ムスク教官がトゥルには罰が下るであろうことを教えてくれた。

リディウスは苦笑いをしていた。


「とりあえず疲れたし、今日はもう帰ろうか。頑張った甲斐があって良かったよ。」

「本当に心配ばっかりさせて!」

ヘレナが力ない拳でポコポコとアルクスを叩く。

「しかしアルクスが決闘で勝つとはな。俺も負けてられないぜ…」

リディウスは熱く闘志を燃やしていた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


翌日


 「アルクス君昨日はすごかったね!」

 「すかっとしたぜ!」

 アルクスが学園につくなり急に同学年の面々に囲まれた。


 「これであいつに怯えなくて済むんだ...」

 「お前、昔からあいつに目を付けられていたもんな。」

 トゥルの素行が以前からあまり良くなかったことを口々に学生達が呟く。

 

 「しかしあれだけやっておいて、自分のことばかりで罪の意識も全然なかったらしいぜ。」

 「魔道具が暴走した時、本当に怖かったわ…」

 「あいつの父親かなりの人格者だけど何であぁなったんだろうな?」

 「小さい頃はあんな感じじゃなかったらしいけど...」

 トゥルの性格は以前から悪かった様子ではあるものの、環境ではなく何か別のきっかけが疑われる。


 学生達が決闘に関して様々な話を繰り広げていると、教官がやってきた。


 「皆おはよう、昨日の決闘の話は聞いたな。

昨日の決闘をもとに教員間で話し合いがもたれ、各学年で統率する学生を1人、それを補佐する学生を2人あてようという話になった。学生間の状況や悩みなどを吸い上げて教官とよりよい学園を作るための担当だと思ってくれればよい。

まぁ、決闘なんかせずに可能な限り話し合いで解決して欲しいってことだな。

特に報酬があるわけではないが、誰かやってくれる者はいないだろうか。」

 先程までのお喋りが鎮まり、急な話に皆驚き黙ってしまった。


 「はい、アルクス君が良いと思います!」

 「確かに、俺もそう思う。」

 ヘレナとリディウスが唐突にアルクスを指名した。

 その後、俺も私もそう思うという声が次々に挙がってきた。


 「そうだな、お前なら適任だろう。

  同じ様な騒ぎが起きない様に皆をまとめて欲しい。

  どうだ、アルクスやってくれるか?」

 

アルクスは皆に面倒事を押し付けられている様な気分になったが、兄の七光りなどと言われないためにも一歩を踏み出して実績を作る必要があった。


 「はい、僕でよければぜひやらせてください。

兄様には及ばず未熟な点ばかりですが、皆の学園生活がより良いものになる様に頑張ります!

あと補佐はリディウスとヘレナにお願いしたいと思います。」

 「そうか、やっぱりそうなるわよね。」

 「アルクスの手伝いなら構わないぜ!」

 「ではアルクス、リディウス、ヘレナ頼んだぞ!」


 皆の拍手と共にアルクスは第1学年の統率担当となることとなった。

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