第10話 防衛

訓練場にて


 「さて、闘技の授業であるが、武器を持つつもりのものはどれだけいるか?」

 半分以上の手が挙がった。


 「甘い!結果をみてわかったと思うが、一部の者以外は戦う以前の能力しかない!

まずは基礎体力を上げることが第一だ!その後、得意な能力を活かして、班を分ける。」

 闘技の授業といいつつ、最初は基礎体力向上の授業と同じ様子であった。


 「教官、質問よろしいでしょうか!」

 一人手を挙げている学生がいた。


 「なんだ?発言して良いぞ。」

 「ありがとうございます!初日に演説いただいたウィルトゥース様は入学時はどれくらいの能力だったのでしょうか?」

 「ふむ、良い質問だな。やつは入学時からずば抜けておった。まさに圧倒的だったな。

筋力も敏捷性も持久力も飛び抜けておった。」

 「やっぱり...!」

 「だが諸君等も追いつけないわけではない。自分の得手を見極めれば、追い抜くことも可能であろう。現在を見て諦めずに未来に向けて頑張って欲しい!」

 

 そうして基礎体力づくりの授業が始まった。

 走る・避ける・持ち上げると基本的な訓練をこなしていく。

 アルクスはというとやはりウィルトゥースと比較すると凡庸らしく、ムスク教官も「頑張って良い未来を掴もう!」などと励ましてきた。

 周りの学生も最初は期待の眼差しが強かったが特に普通なアルクスの姿を見て興味を失ったらしい。


 その後、皆に疲れが溜まって来た頃、数人の学生がムスク教官の目を避けて訓練なんて怠いと言ってふざけ始めていた。


 「あー、怠いな。訓練なんてしなくても俺は強いっての。」

 「だよなぁ、あんなことやってられないよ。」

 「早く強くなるために学園に入学したっての。」


 訓練場の近くで3人は訓練用の魔獣の厩舎を見つけた。

 「おい、こいつの鎖を外したら面白いんじゃないか?」

 「確かに、おいお前、遊んでやるからちょっと逃げてみろよ。」

 そう言って大人しく鎖に繋がれていた、魔獣の拘束を解いてしまった。

 


 「学園の訓練は楽だな。親父の訓練の方がきついぜ。」

 「確かに。僕も先生との訓練の方がきついかな。」

 リディウスとアルクスは若干余裕を持ちつつも訓練を続けていた。

 そんなとき、遠くから悲鳴が聞こえてきた。


 「助けてくれ~!!」

 先ほどから姿が見えなかった学生3人が息も絶え絶え、走ってきている。


 その後ろを小型の魔獣が追いかけてきている。

 あまり動きは速くない様子だが、よく見ると3人の体には傷がつき、少ないながらも出血がが見られた。


 「ブフー!」

魔獣の鳴き声が聞こえた後、徐に前足で地面を掻き始めた。


 「危ない、あれは突進の予備動作だ!魔獣の前に立つな!」

 突進の準備を行う魔獣に気付いたムスク教官が、皆に逃げる様に叫んだ。

 

 他の学生達は逃げたが、3人は恐怖のあまり腰を抜かしていて、立てない様子だった。

 「おい、アルクス危ないぞ!」

 アルクスはこのままでは危ないと思いリディウスの制止する声を無視して、近くの壁に立てかけてあった盾を片手に咄嗟に彼らの前に出た。

 咄嗟のことではあったが、授業で習った自己強化魔術を脚に使って深く腰を落とし、魔獣が突進してくる方向に対して斜めに盾を構えた。


 「ブフォー!」


 魔獣の叫び声と共に衝撃が体に響き、「よし、耐えた!」と思った瞬間アルクスの体は宙を浮いて吹き飛ばされた。

 地面に落ちて衝撃で意識が飛んだが、少しして気が付くとすぐに立ち上がった。

 その時、アルクスが目にしたのは近くの巨木にぶつかり転倒している魔獣であった。

 腰を抜かしていた3人はその場にいたが、無事だった様子であった。


 「おい、アルクス…!」

リディウスの声を聞いて、ほっと安堵した表情を見せた後、アルクスは気を失って倒れた。


アルクスが目を開けると、そこには天井が見えた。

 「あ、アルクス君が起きたよ。」

 「あれ、僕は一体… あ、みんな大丈夫だった?」

 魔獣から3人を庇った後の記憶がないことに気付く。


 「他のみんななら大丈夫よ。あなたもちょっと気絶してたみたいね。学友を守るために魔獣の前に立ちふさがるなんてすごいじゃない。でも勇敢なのも良いけど危険な時は逃げることよ。

 じゃ、体に傷もないしもう帰って大丈夫よ。」

 医療担当の教官に勇敢さを讃えられつつも、窘められた。

 

 その後の話によると、どうやら転倒した魔獣はムスク教官よってにもとの厩舎に戻され、腰を抜かした3人はこっぴどく叱られたらしく、罰として精神を鍛え直される(倒れるまで筋力トレーニングの刑)らしい。


 本日の授業は既に終了となっていたため、アルクス、リディウス、ヘレナの3人は帰路についた。

 「そうそう、あんなことがあったから今日はもうみんな帰るみたいよ。」

 「あぁ、俺も逃げることばかり考えてたよ。いざという時に動ける様に鍛えないとな!」

 「アルクス君、かっこよかったね!」

 リディウスとヘレナは気絶したアルクスを見つつ、今日の出来事を語り合っていたらしい。


 「どうして急にあんなことをしたんだ?」

 アルクスは問われて何故自分があんなことをしたのか良くわかっていなかった。

 「危ない!って思ったら体が動いた感じかな?兄様だったらそうするだろうし。」

 「へー、すごいな。確かにウィル様だったらそうしそうだな。

  俺はまだまだそういう領域には達してないな、自分のことで精一杯だよ。

  結構盾を扱う訓練をしてるのか?」


 アルクスは思い返してみると型や基礎は短い期間でネモにみっちりと叩き込まれていたが、盾を扱ったのは先ほどが初めてだった。

 「いや、結構体を使った訓練はしているけど盾を扱ったのは初めてかも。」

 「すごいな、じゃあきっと体がどうしたら良いか理解して自然に動いたんだろうな。」

 「アルクス君の表情を見る限り、相当大変な訓練だったのね。」

 ヘレナに心配されるほど、辛かった思い出が顔に出ていたらしい。


 3人が歩いていると前方に先程の騒動を引き起こした3人が立っていた。

 アルクスと目が合うと急に平伏して、

 「「「すまなかった!」」」

 と謝罪をしてきた。


 「ふざけてやって良いことではなかったし、お前のお陰で命を助けられた!」

 「お前のことをウィルトゥース様の七光りと思っていたけど、そんなことはなかった。

  英雄の卵に相応しい勇敢さだった。」

 「俺達を庇って吹き飛ばされていたが怪我はないか?」

  3人は次々にまくし立ててきた。 


 「あぁ、うん大丈夫だよ。ちょっと気を失っていただけでなんともないよ。」

 「そうか、良かった。」

 「俺達のせいで何かあったらと気が気でなかったんだ。」

  こんなに心配されたのは初めてだとアルクスは困惑する。

  ネモとの訓練の方が過酷だったため、心配されるほどのこととは露程も思っていなかった。


 「君達も怪我したみたいだし、罰があったんだよね?

  僕のことは良いから早く帰って休みなよ。」

 「なんという慈悲。俺達は罵倒されても仕方ないというのに。」

 「これが次代の英雄か。」

 「おぉ、俺達は英雄の誕生の瞬間に立ち会ったのだ!」

  この状況に耐えられず、早く切り上げようと思ったら逆に感謝をされてしまった。

  罰の成果なのか、1日と経たずに性格まで変わっている様に感じられた。

 

 「じゃ、じゃあまた明日ね!」

 「「「はい、また明日宜しくお願いします!」」」 

  3人は深々とお辞儀をして、アルクス達を見送った。


 「なんだかあの3人すっかり変わってたわね。」

 「教官殿の地獄のトレーニングは半日で人を変えるって噂だぜ。」

 「まぁ、みんなが無事なら良かったよ。」

  アルクスは地獄のトレーニングとネモの訓練、どちらが過酷なんだろうかと考えていた。


 「でも、これでアルクス君のことをウィル様と比較する人も減るんじゃないかな。」

 「そうだな、アルクスの良さをもっと皆にもわかってもらいたいぜ。」

  リディウスとヘレナもアルクスがウィルトゥースと比較されていることを気にしていたらしい。 


 「ありがとう。そうだね、僕にもできることがあるんだって思えた。少し、自信がついたかもしれない。」

 「自信なんていきなりつくものじゃないし、少しずつ頑張ろうぜ!」

 「私もお姉ちゃんと比べちゃうとなぁ...全然自信はないや。」

  アルクスは自分だけ自信がないんだと思い込むことが多かったが、皆が思い思いの悩みを抱えていることがわかり、そしてそんな中一歩前進できたことで少し気持ちが楽になった。


 しかしながら、魔獣が衝突した瞬間に自己強化魔術ではなく、闘気が上手く使えていたら吹き飛ばされずに耐えられたのではないかという反省点もあった。

 ネモに相談して咄嗟の対応が出来る様にならねばと心に誓ったアルクスであった。

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