第2話 教師
1月前
「アルクス、突然だがお前に家庭教師を付けようと思う。」
アルクスは父からの急な提案に驚きを隠せなかった。
「ウィルも学園に入ってからは忙しくなり、特に騎士団に入ってからはお前と過ごす時間が取れなくなってしまったと嘆いていた。お前も再来年には学園に入ることだし、事前に準備をしておくに越したことはない。本来であればウィルから学ぶのが一番なのだが、さすがに騎士団が離してくれなくてな。
そこで次の月からお前のために教会の中でも選りすぐりの家庭教師をつけることにした。ウィルも以前師事したことがある者だ。今は違う街にいるが次の月には王都に来れるらしい。」
兄が師事したというところにアルクスは非常に興味を持った。
「兄様も師事したことがある方なんですね!僕、頑張ります!」
「うむ、その意気やよし。ウィルの弟と言うだけでお前の想像以上に皆期待しているんだ。励むんだぞ。」
アルクスの想像通り、周囲は勝手に期待値を上げていたが、未だなんら実績もない彼からすると、重荷でしかなかった。
アルクスは兄に以前家庭教師がいたという話しを聞いたことはなかったが、兄が優秀になった秘訣を教えてくれるに違いないと思い、期待を募らせていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして一月後
アルクスは家庭教師の先生が家に来る日を今か今かと、楽しみに待っていた。
「そんなにお兄様に想われる家庭教師の方が羨ましいですわ」
ルーナからも指摘されるくらい、アルクスは自分が期待にワクワクしていることに気付いていなかった。
「アルクス、いるか。」
「はい、父様」
クレメンテクスが一人の男性とともに扉を開けてアルクスの部屋へと入ってきた。
「彼が話してあった家庭教師のネモ君だ。これからしばらくの間、学問・格闘術・魔術など一式を教えてもらう予定だ。あ、もちろん教会の鍛錬にも参加するんだぞ」
クレメンテクスの後ろから細身で長身の男性が顔を出してきた。
「やぁ、はじめまして。君がアルクス君だね。僕の名前はネモ。ドクトル・ネモと呼んで欲しい!これから頑張っていこうね!」
アルクスは想像以上に明るい人柄に驚きつつも、兄が師事したということに納得感を覚えた。
「こちらこそ、よろしくお願い致します。兄に負けないように頑張りたいと思います。」
「お、良い心がけだね。ウィル君を超えるのは生半可なことではないけれど、その熱意やよし!」
実績のある家庭教師というだけあり、ネモはアルクスの兄に対する思いが成長のポイントだと即座に見抜いた。
「では先生は長旅から着いたばかりなので、少し休んでいただいてから今後の話をさせてもらおうか。アルクスは少しここで待っていなさい。」
「じゃあ、また後でね!」
クレメンテクスとネモは別室へと移って行った。
ネモに対するアルクスの所感として、表面上は砕けた友好的な雰囲気を出しつつも、時折見定めるような鋭い視線を感じ、表面に見えるものが全てではないと思わせられる不思議な存在感を感じ取っていた。
バタンと扉が開く音が響いた。
「では、そういうことで。後は頼みましたぞ!
アルクス、ネモ先生に話はしておいたので後は彼に聞くと良い。とりあえずは一日おきに来てもらう約束となったから教会での鍛錬は休みの日だけで良いぞ。教会の仕事で私はしばらく家を空けることになるから後はモラに任せておいた。戻ってきた時に成果を見せてもらうからな。しっかり励むんだぞ!」
クレメンテクスは一方的に言いたいことだけ言うと、早々に出かけていってしまった。
アルクスはいつものことながら父親と話し合うことはなかなか難しいなと思いつつ、振り返ると目の前にネモがヌッと現れて、悲鳴を出しそうになった。
「クレメンテクスさんは相変わらず賑やかだね。じゃあ今後の話をするから、こっちの部屋で話そうか。」
ネモからクレメンテクスと話していた別室へと招かれた。
「さて、少し聞いたと思うけど、これから一日おきに君に学問・格闘術・魔術を教えに来ます。基本的には教えたことを復習し、繰り返し練習して、習慣にしていってもらえると良いかな。そうするとすぐに身に付くはずだよ。あぁ、もちろん君の習熟速度にあわせて教えていくからそこは心配しないで大丈夫!」
「あの、質問をよろしいでしょうか。」
アルクスは目の前の細身の人間が只者ではないと思っていたが、どれだけの実力があるのかもわからなかった。
「もちろん、どうぞ!わからないことは早めに解消しないとね!」
「学問はわかったのですが、格闘術や魔術などは一般的な僧侶の方々は普段から使うものなのでしょうか?」
クレメンテクスとの鍛錬を行っている僧侶達は見るからに逞しい肉体をしていたが、アルクスは他の教会の僧侶達は普段鍛錬を行わずに闘いとは縁がないことも知っていた。
「なるほど、確かに僕は見た通り細いし、魔術はともかく、格闘術に秀でている様には見えないね。特にクレメンテクスさんやウィル君のような恵まれた肉体を見慣れているのであればそう思うのも当然だよね。僕が何をできるのか一度見ておいた方がわかりやすいと思うし、外に出ようか。」
ネモはそう言うと、アルクスを連れ、以前ウィルトゥースが家にいた頃に稽古をしていた庭へと向かった。
「昔はウィル君にここで色々と教えたんだよ。彼はあの頃から才能に溢れていたけど、彼だって最初は何もできなかったからね。ウィル君は才能にあぐらをかかずに熱心に努力していたものだよ。
さて、昔話もほどほどにして、まずは魔術からお見せしようかな。」
アルクスは兄の過去に関して興味津々だったが、また別の機会に聞こうと意識を切り替えた。
「じゃあ見ててご覧」
そう言ってネモが意識を集中し始めると急に周囲が静寂に満ちた。
その後、彼から見えない何かが放出され、空気が震え出したような印象を与える。
「風よ、刃となりて、敵を切り裂け」
その言葉と共に、風の刃が生まれ、近くに生えていた植木が動物の形に刈り込まれた。
「これは風の魔術だよ。基本的な魔術なら適性がなくても最低限は使えることが多いから、他にもこんなことは簡単に出来るよ。」
ネモが小さな声で呟く度に、指先に火を灯したり、水球を生み出したりしていた。
アルクスは今までに魔術を見る機会があまりなかったため、純粋に驚き興奮していた。
「さて、より疑念を持っていた格闘術に関しては… アルクス君、この石を壊すことはできるかな?」
「岩よ、出でよ」
ネモは胸元くらいまである大きさの立方体の岩を作り出した。
「大人の力で槌があればできそうですが、僕の力だと難しそうですね…」
アルクスは自分の背よりも大きな岩を壊すイメージができなかった。
「では見ててご覧」
ネモが腰を落とし呼吸を整えたかと思うと、その直後に岩は粉々に砕けていた。
「え、一体何をしたのですか!?」
アルクスは何が起きたのか理解ができなかった。
「これが格闘術だよ、すぐにできることではないけどね。他にもこんなこともできるよ」
ネモは近くにあった木にそっと手を添え、急に息を吐き出した。
その瞬間、急に木は音を立てて倒れ始めた。
「さて、これが僕の力の一部だよ。どうかな、信じてもらえたかな?」
ネモの力の一端が垣間見え、アルクスは彼が想像以上の実力者だということを理解し、どれだけすごい人物かを見誤っていたことに気付かされた。
「あの、僕も先生の様に強くなれるのでしょうか?」
アルクスにはいつか兄を超えたいと思う気持ちは強いが、ネモは天才の兄よりもっと先にいるように感じ取れた。
「そうだね、君が僕の授業についてきて、僕がいなくなった後も教えたことを続けていけば、いずれ追い越すことは出来るかもしれない。でも、僕は僕の選んだ道の結果で今ここにいる。君もこれから君の道を行く際に、何故力が欲しいのか、何故その道を行くのかを常々考える様に心がけて欲しいね。」
そう言われて、アルクスは何故兄に追いつきたいのか考えたこともなかったことに気付かされた。
「どうやら思うところがあった様子だね。他には何か質問はあるかな?」
「そう言えばなんで格闘術なんでしょうか?兄のいる騎士団などですと武器を使うのが一般的だと聞いたのですが」
「それはクレメンテクスさんからの要望でね。アルクス君はウィル君のように体が強くないからいずれ武器を使うにしろ、まずは基礎となる肉体を作り上げて欲しいって言ってたよ。まぁ体ができていないのに武器を使おうとしても武器に振り回されるだけだし、間違ってないよ」
アルクスはなるほどと思いつつ、父に強制させられていた鍛錬なども自分の将来のことを考えていてくれていたのかと少し嬉しくなった。
「じゃあ今日はこんなところにして、明日から本格的に始めようか。まずは自分が何を知らないかを知ることから始めていこうかな。」
「はい、先生!これから宜しくお願いいたします。」
「はは、ウィル君以上の成長を期待しているよ!」
アルクスはこれからネモに師事していけば兄に近付けるかもしれないという期待と、自分は何故兄に近づきたいのかという疑問を胸に、これからの学習を楽しみにするのであった。
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