黎明の翼 -龍騎士達のアルカディア-
八束ノ大和
第1章 王国編
第1話 黎明
10年前のことだった王国の都に魔物の大軍が押し寄せてきた。
防壁が崩れ落ちるかという時に王国軍が甚大な被害を負いつつも、
多数の魔物を撃退した。
その時だった、地を揺るがし迫り来る小山にも似た巨大な魔獣が現れた。
防壁が崩れ、人々が神に祈りつつも皆諦め始めたころ、どこからか空よりもなお青く、輝ける龍がやってきた。
その威圧は魔獣を押さえ込み、目映いばかりの龍の息吹の後、巨大な魔獣はその存在すらも消え去ってしまった。
青き龍はその後、瓦礫をどけ瀕死の母に抱かれて泣く赤子を見つけた。
母を癒し、赤子ともども安全な場所に移した後、閃光を放った。
人々からは龍の記憶は消え去り、魔獣に蹂躙された傷跡のみが残された。
遠方から王都を監視していた他国の間者達からも龍の記憶だけ消えて、王国は魔獣を圧倒する程の力を手にしたとみなし、それぞれの国へと伝達へと走った。
その後、帝国は王国の混乱を好機ととらえ、攻め込んだものの、国境付近の海流が大嵐となり、撤退せざるを得なかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ハァ、ハァ、ハァ...逃げないと...」
何カラ?
「わからない、でも奪われてはいけないんだ...」
何ヲ?
「とても大切なものなんだ...」
何故?
「神様がくれたから...」
ナラモット大切ニシナイトネ
「あ...」
大事に抱えていた光り輝くソレは、いとも簡単に何かの手の中に飛び込んでしまった。
君ニコレハイラナイヨ
というと何かはソレを噛み砕いた。
何かは目映い光を放ち翼を持つ巨大な姿となり、僕の体の中に入り込んできた。
「うわぁっ!」
突然飛び起きると、外は明るく彼は夢を見ていたことに気付いた。
「なんだ、夢だったのか…」
少年が目覚めると同時に、扉が開いた。
「アルクスぼっちゃま、もう朝ですよ。起きてください。」
メイドのモラが部屋に入ってきた。
「あら、お目覚めでしたか。おはようございます。」
「あぁ、おはよう。ふわぁぁ...」
寝ぼけ眼を擦り、背伸びをして起きあがる。
― とても不思議な夢を見ていた気がするが、思い出せない。
あれは何だったんだろうか。―
少年・アルクスがぼーっと考え事をしている間に、モラはテキパキと着替えさせていく。
「また遅くまで読書をされていたんですね。お勉強も大事ですが、健康と成長のためにも早く寝てくださいね。」
数年前、アルクスの父親に連れられこの家に来た頃のモラは緊張でガチガチだったが、最近ではすっかり慣れた様子で、少しお小言を言う余裕も増えてきた。
「本日は教会に行く日ですから、急がないとお父上にまた叱られてしまいますよ。」
「あぁ、わかっているよ。」
支度が終わり、重い足取りながらも家を出て近くにある教会へと足を向けた。
アルクスの父親はこの国の国教である創造の神クレアを崇める宗教「ゲネシス」の僧侶であり、僧兵達の教育官を担っていた。
「気合いが足らんぞ!」
教会の裏にある広場から怒号が響き渡る。
今日は週に数回ある僧侶達の鍛錬日であり、教官であるアルクスの父が声を張り上げていた。
広場に足を踏み入れると来訪者に気付いた教官が振り向いた。
「おぉ、アルクスか。今日はちゃんと来たな。さぁ、皆と共に存分に鍛えるが良い。」
「おはようございます、父さん。はい、皆さんよろしくお願いします。」
僧侶達の輪の中に入り、鍛錬に加わる。
「創造神様の教えを実践するためにはまずは、健全な肉体を得ることである!」
アルクスの父親、クレメンテクスは破戒僧ならぬ、破壊僧として、国賊達を叩きのめし、腕っ節だけで騎士爵を授かった、国内の僧侶の中でも豪傑として有名な人物であった。
「はぁっ、はぁっ...」
室内で本を読むことが趣味のアルクスだが、クレメンテクスからはそんなことでは駄目だと定期的に教会に呼び出されて鍛錬に参加しているが、体力が無いためいつも倒れそうになっている。
「アルクス、お前は兄のウィルと違い、体力も才能もない。だがそんなものは努力でなんとでもなるものだぞ!」
ウィルとは騎士団の中でも期待の若獅子として尊敬を集めるアルクスの兄、ウィルトゥースのことである。
クレメンテクスは教会ではいつも口癖のように「努力は裏切らない!創造神様はいつも我らを見てくださっている!」と教えている。
若い頃は教会内の武闘派として王国や教会に仇なす数多くのならず者達を滅し、数多くの人達をその力で救っていた。
怪我で前線を退いてからは、今度は後進の育成に励む様になった。そして努力と信仰こそが救いの道だと若い僧侶を鍛え、日夜人々を救おうと邁進している。
クレメンテクスは自分の人生を振り返り、子ども達には自身のような危険なことをさせまいという考えを持っていたが、息子のウィルトゥースが騎士団に入隊してからはそれも諦め、危険が迫った時に抗う力を身につけさせようと、アルクスにも「兄の様に頑張れ!」という期待のまなざしとともに日々の鍛錬に連れ出すようになった。
弱者達を救おうと無償の愛を注ぐ変わりに、力で全てを解決して来たため、体の強くない自身の子ども達との距離感の取り方がうまく図れず、鍛錬意外で接する時間をあまり取れていなかった。
アルクスは鍛錬により体がヘトヘトになりつつも、頭は常に冴え渡っていて考え事をしていた。
素晴らしく尊敬する兄ウィルトゥースと自身を良く比較しつつも、鍛錬ばかりの父親のクレメンテクスからは期待されているのか期待されていないのかはよくわかっていなかった。
そんな愛情表現に不器用な父親のため、小さい頃に優しくしてくれた母親の愛を恋しいと思うこともある。
アルクスの母は昔から体が弱く、アルクスの妹が生まれた数年後に流行病で帰らぬ人となった。
アルクスにとっては忘れられない、無償の愛を注いでくれた存在であった。
昔はよく兄の素晴らしさを語るアルクスに共感し、それに対して何もできずに悔しがる彼を慰めていた。
アルクスには兄と比較せずに自分らしく生きていけば良いと教えていたが、その時彼はまだその言葉を理解できていなかった。
母が心配しない様にと頑張るものの、日々の鍛錬にはまだまだ体が慣れない様子であった。
朝の鍛錬も終わり、家に戻るとモラが出迎えに待っていた。
「お帰りなさいませ。朝食の準備ができていますよ。既にお嬢様もお待ちです。」
アルクスの妹のルーナは普段は伏せりがちだが、アルクスが鍛錬の日だけは食堂でアルクスが帰宅するのを楽しみに待っていた。
「おはようございます、お兄さま。お帰りなさいませ。」
「おはようルーナ。ただいま。今日は体調はどうかな?」
「今日はとても元気です。朝食後は頑張ってお勉強しますね。」
アルクスの妹のルーナは生まれた時から体が弱く、家にいることが多かった。
ルーナは生まれた時に神託を授かり、教会からは将来の聖女候補と認定をされていた。
その小さな体に宿る力はいずれ王国に繁栄をもたらすと言われ、体調の良い日はアルクスから勉強を教わり、教会の僧侶達から将来に備えて様々な知識を授かっていた。
アルクスは期待してくれている父親のために頑張ろうとする一方で、年相応に母親に甘えたい気持ちもまだあったが、母や兄が自分に優しくしてくれた様に妹に優しく努めようと頑張り愛情を注いでいた。
「朝の鍛錬お疲れ様でした。少しは慣れましたか?」
「ありがとう。なかなか慣れなくて体がついていかないね。」
「でも、ちゃんと続けられていてえらいですわ。」
「僕はルーナの兄だからね。いざという時には守ってあげられる様にならないといけないからね。」
「ふふ、頼りにしてますわ。」
朝食の何気ない会話ではあるが二人にとっては至福の時間であった。
朝食後はテラスで読書に耽るのがアルクスの日課になっていた。
「アルクス、また読書をしているのかい。」
ふいに庭の方から声が届く。
「ウィル兄さん!」
騎士団で若獅子と呼ばれる長兄ウィルトゥースがそこにいた。
「騎士団の仕事は?」
「あぁ、父さんに用事があって教会まできたのさ。そう言えばアルクスも最近鍛錬を頑張っているそうじゃないか。」
ウィルトゥースが騎士団に入団してからは騎士団の寮で暮らしているため、アルクスも顔を合わせる機会は月に数回程度しかなかった。
「兄さんからしたら大したことじゃないけどね。僕だっていざという時にはルーナの兄として守ってあげないといけないからね。」
「良い心がけだ。創造神様も努力する者には必ず素晴らしいアルカナを授けてくれるに違いない!」
アルカナ、それはラピスと共に神様から授かる特別な能力と言われている。
しかし、資格がない者には詳細は伝えられておらず、ただその時がくればわかるとだけ教えられていた。
「さて、用事も済んだしアルクスの元気そうな顔も見れたことだ。団に戻るよ。またな!」
「はい、兄さんもお気をつけて。」
ウィルトゥースは落ち着く暇もなく、騎士団へと帰って行った。
ウィルトゥースは小さい頃から天才と呼ばれ、王立学園に入ってからはその才能をさらに磨き上げ、学園卒業と共に若くして王国騎士団へと選ばれた。
一定の修練を修めた学生のみ受けられる選別の儀で、過去に類を見ない程の特別なアルカナとラピスを授かり、次世代の希望・未来の英雄だと教師達は騒いでいた。
ウィルトゥースが騎士団に入った時、アルクスは自分のこと以上に喜んでいた。
だがその時から弟であるアルクスに対して、周囲から兄の様な成果を出すことに対する期待も高まっていった。
母親がいなくなった後、その穴を埋めるかの様にウィルトゥースはアルクスに優しくしていたが、学園に入って以降は多忙を極め、今のように話をする時間もあまり持てなくなっていた。
「はぁ、再来年には学園かぁ...」
アルクスも2年後には学園に入学することになる。
学園に入学すると、今まで矢面に立たずに上手いこと避けていた、優秀な兄との比較が如実に増えていくことは目に見えていた。
アルクス自身は王国内でも特に優秀な子女が集う兄と同じ王立学園ではなく、一般市民の通う商業に特化した学園か教会の運営する神学校に通いたいと考えていたが、周囲からの期待を裏切ってはいけないという思いもあり、その願いを口には出せていなかった。
少しずつ近づいてくるその時に対して、目を逸らすことしかできていなかった。
ウィルトゥースに対して不安を相談した時は「アルクスならちゃんとやれば大丈夫だ。僕なんかより努力家だからね。」と言い、ルーナに少し愚痴をこぼした時は「お兄様なら心配なさらずとも大丈夫ですわ。」とやはりアルクスに対する期待値が高く、彼の悩みを理解してくれる者はいなかった。
アルクス自身は特別優れた才能があるわけではないものの、優秀な家族に囲まれていることに対して周囲の期待とプレッシャーに負けないために、努力をしてきた自負はあった。
だが、そのために周囲からは努力家ととられてしまったのは悩ましいところである。
そんな中、クレメンテクスだけは息子の不安を察したのか、朝の鍛錬後に一つの提案を持ちかけてきた。
「アルクス、ちょっといいか?お前のために教会の中でも選りすぐりの家庭教師をつけることにした。ウィルも以前師事したことがある方だ。教育者としての実力は間違いからな、お前の得意・不得意な点をしっかり見た上で伸ばしてくれるだろう。次の月から来てくれるからな、頑張れよ!」
有無を言わせない迫力で一方的な提案ではあったものの、普段あまり話す機会が多くない中でちゃんと自分のことを見てくれているという実感をアルクスへ与えた。
そして一月後、件の家庭教師がやってきた。
「やぁ、はじめまして。君がアルクスだね。僕の名前はネモ。ドクトル・ネモと呼んで欲しい!これから頑張っていこうね。」
ドクトル・ネモとの出会いから、穏やかだったアルクスの人生は少しずつ動き始めていった。
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