第7話
そうして彼とかなり頻繁に会うようになったのと同時に、私は転職活動を本格的に再開した。外出するとそれなりにお金が必要なのだ。食事代なんかは怜雄くん側が出してくれることが多いとしても、服とか、その他諸々。
いくつか面接を受けて決まったのは、公共ホールの管理事務の仕事だった。身分はひとまず契約社員だけれど、しばらく勤務して問題なければ正社員に登用されるらしい。
新しい仕事に対して未華子は「なんかやりがいなさそうだけど、いいの?」と妙に心配された。
そりゃあ、未華子は会社の中でも企画部でクリエイティブに働いているし、怜雄くんもやりたかったアパレルの仕事をしている。そういうのに比べたら、私はなんて地味な仕事を選んだのだろう。でも、やりがいとかいまいち理解できないし、やりたいことも特にない。
「いいんじゃないの。こつこつやる縁の下の力持ちだよ、そういう業務は。理加子さんに向いてると思う」
怜雄くんは、未華子と違ってそう言った。平日の夜、お互い仕事が終わって夜のことだった。私はまだ、初出勤から一週間も経っていない。平日にフルタイムで働くのも久しぶりで、慣れない。
そんな中、私と怜雄くんは美術館にいた。いつもは夕方五時には閉館するけれど、週末だけ、夜遅くまで夜間開放されているのだ。
夜の展示室は、人がまばらで静かだ。設置されているベンチに二人並んで腰かけていると、目の前を通り過ぎて行った知らない人の足音が、こつこつと耳に響
く。
「俺、右から二番目がイケメンだと思う」
怜雄くんが座ったまま、目の前の展示ケースを指差した。
そこには、江戸時代に描かれた浮世絵が整然と並んでいる。全部、当時の歌舞伎の役者絵だ。
私は右から二番目の絵をじっと見つめた。それから視線を左にスライドさせる。
「いや、私は左から三番目。あれが一番かっこいい」
「なんで」
「目つきが色っぽい」
「あー、まあ。言われてみれば、だな」
納得したように怜雄くんが胸の前で腕を組み頷く。彼に同意をもらえて、なんとなく勝った気分になった私は口元が緩む。怜雄くんって横からよく見ると睫毛長いな、なんて余計なことも考えながら。
「ていうか、俺ら、何の話してたんだっけ」
「私の仕事の話だよ」
自分からどれがイケメンだとか話題を変えて、元の話題を忘れてしまったらしい。彼はあーそうだったと頭を軽く掻いた。
「ま、そういうことで。仕事頑張ってください」
「あ、はい」
帰ろっか、と立ち上がる彼にならって自分も立ち上がりながら、この人は私の何をわかって「理加子さんに向いてると思う」なんて言葉を口にしたのだろうと思う。
友達と言っていい関係ではあると思う。だけど付き合いはまだ短くて浅い。私が何に向いているかわかるほど、自分のことを打ち明けてはいない。
私の選択を肯定してくれた嬉しさと、私のことを簡単に理解したように言わないでほしい苛立ちが、ないまぜになって胸のあたりでくすぶる。
少し前を歩く彼の背中に小走りで追いつくと、美術館の出口を通ったところで怜雄くんはふいと振り向いた。
「今度会うの、いつにする?」
「え? うーん」
「相変わらず面倒そうな顔するよね」
「ごめん、根が引きこもりだから。今度の日曜、うちに来るのは? DVD見るのは? 未華子も誘って三人で」
渋った返事をしたことは私だって悪いなと思っている。出不精ですまない。もうこの性格は直せないしどうしようもないから。
代わりに私なりの提案をしてみたけれど、怜雄くんは、あ、と顔をしかめた。
「その日さ、未華子ちゃんの撮影手伝う予定なんだよね。だから未華子ちゃんも外出してていないと思う」
「……そうなんだ」
無機質な私の声が、自分自身の耳にも入ってくる。
忘れていたけどこの人は、私の友だちである以前に未華子の友だちだった。急速に胸のあたりが冷えていく。
「ごめん。じゃ、じゃあ、その前日は? 土曜日」
私が怒っているように見えたのか、怜雄くんは小さな声で謝った。別に怒ってはいない。ただ少し、冷静になっただけ。
「私はいいよ。あとは未華子が部屋に来ていいって言ったらね」
「あ、いいんだ。いつもは予定が合えばねーなんて塩対応なのに。まあ、なんだかんだ断られたことないけど」
「未華子がいいって言ったらだよ」
「はいはい」
だって、少しだけ不安になったから。
私から誘いを断ることはあっても、この人から断られることはないだろうなんて、おごった考えをいつの間にか抱いていた。相手にだって都合があるし、そんなはずはないのに。未華子を優先することだってあるのだ、彼は。だって、元々は未華子の友達だから。そう思うと、塩対応をできる余裕などなかった。
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