第6話
やっぱイタリアンだったかー。
ま、好みがわからない女性を食事に連れて行くには無難だもんね。
怜雄くんとテーブルをはさんで向かい側に座った私は、まだ熱々で立ち上る湯気がはっきりと見えているきのこのリゾットをスプーンでつついていた。実は猫舌なのだ。
正直、パスタって食べるのが難しいなと個人的には思う。フォークで綺麗に巻く技術に自信がないと、とてもじゃないが誰かと一緒に食事をする気になれない。
その点、彼が選んでくれたレストランは、パスタの他にもピザやリゾットのメニューが豊富だったから助かった。
ちなみに怜雄くんのほうは、綺麗すぎるくらい綺麗にミートソースパスタをフォークにくるくると巻いて口に運んでいる。あまりにも完璧だから、腹が立つくらいだ。
彼が食べる姿をじっと見ていると、目が合った。
「何?」
「別に、何も。リゾットが冷めるのを待ってる」
待ち合わせ場所の駅前で落ち合ってから、怜雄くんはいつの間にか敬語が取れてタメ口になっていた。妹の同級生という微妙な相手に距離感を測りかねていたけれど、年下の向こうが敬語をやめてくれると、こっちも吹っ切れて気楽に接することができるからありがたい。
「熱いの苦手?」
「苦手」
「ふうん。俺、平気」
しれっとそう言って再び食事に戻られても、反応に困るんですけど。リゾットも少しは冷めただろうか。スプーンでひとさじ救って慎重に口に運ぶと、熱いもののなんとか食べられる程度にはなっていた。
しばらく、お互い無言で食事をする。
ほらやっぱり、話題がない。だけど前回と同様、気まずくはない。変に心地よい空間が出来上がっている。なんだこれ。
この人いったい何なんだ、と思いながらリゾットを完食する。食後のコーヒーが運ばれてきたところで、怜雄くんがぽつりと言った。
「理加子さん、こないだ俺がまた会っていいですかって訊いたとき、めんどくさいって思ったでしょ」
ばれている。一応、そんなことないよーと答えてみるけれど、嘘じゃんと笑われた。
「また会うのかよって顔してた」
「じゃあなんで誘ったのよ」
「ここで誘っとかないと、もう一生会わない気がしたから」
間髪入れずにそう答えてくる彼に対して、まあそうだろうなと思う。あそこで誘われなければ縁も切れて、一生会わなかっただろう。いや、未華子つながりで案外、顔を合わせることはあったんじゃ?
どうでもいいけど、そんなに必死になってまた会おうとするほど貴重な人間ではないと思うのだが、私は。
「だって、たぶん良い友達になれるよ、俺たち。ここで終わるのはもったいない」
「え、うーん。どうだろう」
心の底から疑問に感じて首を傾げる。
目の前の彼は、ファミレスで初めて会ったときと比べるとチャラさが抜けていた。
スポーツしてますって感じの日焼けはもうしていないし、中途半端に長かった髪も、すっきりとした長さに整えられている。爽やかな好青年という雰囲気。
大人になってから印象はかなり変わったけれど、やっぱり私が友達になるタイプの人間ではない気がする。
例えば、右耳に控えめに光っているピアスだとか。私の友達にピアス穴があいているような人はいない。そういうところがこの人はどちらかというと、やっぱり未華子側の人なんだと思う。
華やかで、人とちょっと違う個性が似合って、周囲の人を惹き付けるタイプ。平々凡々の私とは正反対な。
「なんか気が合うって直感で思ったんだけどなあ。次会うとき、どこ行く?」
「……え?」
低い声で疑問形の返事をついしてしまうと、彼は困ったように笑った。
「まためんどくさいって思った?」
「いやー……」
「そんな嫌がらずに。今度は映画観に行くのは? お互いが好きなものを一本ずつ見て計二本コース。相手のことは考えないで本当に自分が見たいやつをチョイスする。そしたらお互いの好みがわかるし」
それでお互いの興味のすり合わせを行いたいというわけか。私は少し意地悪をしてみたくなって、薄く口角をあげて尋ねた。
「それ、もしも私が、萌えキャラがたくさん出てくるようなアニメ映画をチョイスしても付き合ってくれるの?」
「……理加子さんが本当にそれをチョイスするなら」
明らかに嫌そうな顔をしている。今のはただの冗談だ、アニメは好きだけど。満足した私は、次の日曜日に映画を観に行くことを承諾した。
結局、私は萌えキャラが出てこない、青春ファンタジーもののアニメ映画を選んだ。映像が美しいことで有名な監督が手がけている、わりと色々な層が観に来ている作品。これなら私はもちろん楽しめたし、怜雄くんも抵抗なく観てくれたみたいで悪くない選択だった。エンドロールでふと隣を見ると、よっぽど感動したのか彼はちょっとだけ涙ぐんでいるように見えた。
怜雄くんのほうは、探偵が出てくる推理サスペンスの吹き替え洋画だった。普段、あんまり洋画は見ない私だけれど、犯人は誰なのか気になって、最後までどきどきしながら観てしまった。
お互いが選んだ作品が運良く外れなかったことで勢いがついた私たちは、調子に乗って三本目に突入した。もう上映期間が終わりかけでその日に一回しか上映していなかった、海外の美術館を巡るドキュメンタリー。
結局ほぼ一日映画館にいてわかったのは、共通の話題はアニメと洋画の両方に出ていた声優についてと、美術館について。
私はアニメとゲームがそこそこ好きで、ある程度声優の名前がわかるし、彼のほうは洋画好きで声優に詳しい。美術館は、お互いに偶然一致した好きな場所だった。
一日でこれだけわかれば、なかなか上出来じゃないだろうか。
「理加子さん、次も会ってくれる?」
帰り道、以前よりは自信ありげにそう尋ねてくる彼に対して、私は多少の悔しさを感じつつ、小さく頷いた。
「怜雄くんと私の予定が合えばね」
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