第6話 関係

 香が大崎と話しをしている。

 一郷はそれを見ていた。


「––––だから、昔は自然災害だったり、人が乱心したりするのは妖のせいだとしたんだ。説明は出来ないけど、説明できないままだと気持ち悪いだろ? そうすると モヤモヤと気になってしまい、悪い気ばかりが溜まって行ってしまう。そこで昔の人は『ガス抜き』の装置として、妖を生んだんじゃなかって僕は考えているんだよ」


「あぁ! はい、私も考えても分からないんで、目を背けてました。でも確かに、たまに思い出して、思い出すと、その時していた事に集中できなくなったりします」


 香が考えても分からないと言っているのは、あの奇妙な出来事のことだろう……


「そうそう、集中できなくなると、それでまたイライラする。負の連鎖だ。そうしてストレスを抱えて行くんだ。……例えば、そのストレスがフィジカル面にも影響が出るほどの状態で、人の屍体を食い漁る動物を見る」


 大崎はそこで、一郷の淹れたお茶を飲んで喉を潤した。

 香と一郷は、大崎がお茶を飲む姿を見せられる。


「僕は『鵺』なんて言うのは、そうやって生まれた妖怪なんじゃないかと思うんだ。ホラ、昔は戦とかがあって、人間の屍体が放置されていたりした訳だろう? その肉を野生の動物、猿っだったり狸だったりが食べているのを人間が見た。……恐怖だけが膨らんだんじゃないだろうか」


「なるほどぉ、猿は猿だし、狸は狸だけど、人の恐怖心が野生動物を獣に変えて、やがて妖に変えて行ったとお考えなんですね」


「そうそう、うちのボンクラな学生より察しがいいね。……香ちゃん? だっけ」


 大崎は一郷を見たが、答えたのは香だった。


「はい。野村 香です、でも、なんで猿や狸なんですか? 猿や狸って屍肉を食べますっけ?」


「? ? ……あぁ、鵺は、猿の顔に、狸の胴体、虎の手足で尾っぽが蛇。そんな風に描かれる事が多いんだよ」


「そうなんですか、ヌエって たしか漢字に鳥が入っていた気がしたので、化鳥けちょうの類かと思ってました」


「香ちゃんは目の付け所が良いね。確かに鳴き声は、鳥のような鳴き声だとされる事が多い。鵺の原型は、古くは万葉集にも出てきてね……」


 一郷は大崎に対して、臆する事なく話す香を見て、尊敬と嫉妬を持たされる。こそこそ隠れながら詩を投稿して、不登校になった少女とは思えない。



「……おい、一郷。一郷?」


 香の存在が突然 遠くに思え、ボーっとしていた一郷は、呼ばれている事に気がつかなかった。


「一郷? 香ちゃんはウチの大学を受けないのか?」


「えっ?……あぁ、どうだろう?」


 一郷がみっともなく答えあぐねていると、代わりに香が質問を引き受ける。


「私は今、不登校で卒業も怪しいんです」


 堂々としたものだ。


「そうなんだ、でも頭が良いから、大検を受ければ受験の資格なんてすぐに取れるでしょ? 取って、ウチの大学へおいでよ」


 大崎はそう言って、香の手を握る。

 香は大崎の目を見て、しっかりと握手に応じ、失礼なく手を離す。


「私はバカですよ、勉強は一郷くんが教えてくれてるから、ついて行けていると思いますけど」


 そうやって一郷に微笑む。


「ふうん、そうなんだ、二人は仲が良いんだね」

「はい、付き合ってますから。私は一郷くんの彼女です」


 その瞬間、心に何が広がったのか 一郷には分からなかった。

 分からないが、はっ、として顔を上げると、香が一郷を見て頷いている。


「そうなんだよ、僕は香の彼氏なんだ、進学するかどうかも知らないけどね」


 一郷は大崎をからかうように、香の言葉の後に、そう付け加えた。

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