第5話 不知

 しばらくしてから、……1ヶ月前くらいだろうか、香のページに新しいエピソードが投稿された。それは完全な新作であり、詩ではなかった。

 

 一郷の願いは叶ったのだ。香は二人のことを書き始めた。もちろん完全なノンフィクションでは無く、所々盛られているし、ディフォルメして表現されているが、一郷が予想した通り、香は長文の方が上手かった。

 

 話しの内容は、ある投稿サイトで知り合った二人の男女が、サイト内の公開チャットで親睦を深めて行くところから始まる。その内にチャットでのやり取りが、本文よりも人気を博すようになり……


(このあと、どうなるんだろう?)


 香の書き方は、現実であるチャットの会話と、虚構である物語が入れ替わって行くような気配を漂わせている。


(やっぱり、物語の世界に転生しちゃうのかな?)


 となると かなり現実の二人、つまり、一郷と香からは乖離した話しになってしまうが、それはそれで、香が楽しく書けていれば一郷は構わない。


 信号待ちの間にチラッと、香の新作に目を通してスマホをポケットに戻そうとした時に、一郷はふと思う。


(そう言えば、『うのめ』名義のページはどうなっているのだろう?)


 ページにアクセス出来ないと 香から聞いて、一郷は何も考えずに『うのめ』のページは消えたものだと考えていた。

 香が『うのめ』だった頃は、元クラスメイトの自分にフォローされているのが分かったら、香は嫌がるだろうと思って フォローしていない。

 なので、香が改名してから後、同じサイトを開く事は何度もあったが『うのめ』の動向がどうなっているかは、サッパリ分かっていなかった。


 思い付きに従って、あまり深く考えずに『うのめ』と入力したあと、虫眼鏡のアイコンをタップする。

 それはいとも簡単に、そのページへと変遷された。


(あれ? 繋がるじゃない)


 しかも、新しい作品が幾つも公開されている。


(僕に嘘をついた?)


 香がそんな事をする筈がないと思いつつも、疑念が過ぎるのを止められない。

 何はともあれ、新しく公開されている作品を開いてみる。


 最初のエピソードは文字化けして、何が書いてあるのか読めなかった。何か判読できる部分はないか探してみたが、まず、そもそも文字がなく記号ばかりである。


(気持ちる)


 一郷はそう思いながらも、エピソードを読み進めた。少しすると文字が出てきたが、意味を為すような物ではない。

 やがて熟語になっている言葉が出始めてきたが、それでもぶつ切りの単語ばかりである。

 もう少し読めば、何かしら意味のある文章が出て来そうで、捲るページを止められなかった。

 次のページをタップする。

いきなり画面いっぱいに、

『思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思いで思い出思い出思い出思いで思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い出思い』


 と現れた。


(なんだよコレ、気持ち悪い)


 家に着いてから香に連絡すると、香は電話の向こうで怯えた。


「私の方からはアクセス出来ないんだけど、本当? ……からかってる?」


「ホントだよ、閲覧回数も伸びてる。ランキングに反映されてないの?」


「ん〜、されてないみたい」


「乗っ取られてるんじゃない? 大丈夫? 運営に連絡した方がいいんじゃない?」


「でも、なんて? 他人のアカウントは実は私のです。乗っ取られたので、止めて下さいって? 証拠は?」


 一郷は、どうすれば良いか分からず、黙る。


「……ねぇ、前に知り合いで、そう言う奇妙な事を研究している人が大学に居るって、言ってたよね?」


「あぁ、うん。親戚の……」


「会わせてくれない?」


 そうして一郷は、一週間くらい前に香と大崎を引き合わせる仲介をしたのだ。


 

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