第4話 契機
香は不登校の女子高生であった。
不登校になった原因は、香が投稿サイトに詩を上げているのを知ったクラスの誰かが、黒板にその詩を書き出して、晒し者にしたからだ。
香の不在は暫くの間、買ったばかりのスマホの表面に付着する指紋のように、クラスの中で なるべく触れないように気にされていたが、担任が不倫しているかも知れないと言う新しい話題の登場で、あっと言う間に忘れ去られた。
一郷は誰が不登校になろうと、最初から興味が無かった。けれど、香が不登校になり、気になって読んだ香の詩は妙に心に残った。少なくとも、面白半分にイジっていいような内容の物では無かったと思う。
読んでからは、新しい作品が出るたびに目を通した。
香はペンネームと言うのか、アカウント名と言うのか、まるで別の名前を使って活動していた。その名を『うのめ』と言う。
なので、その詩を書いているのは、香りとは切り離された人格の『うのめ』であって、やがて一郷の中で、香は『不登校の少女』になり、『不登校の少女』もすぐに、その他の『枠からはみ出た生徒』 として一括りになって行った。
香自体の事は、ほとんだ忘れていたが、『うのめ』と言う名前に香りだけは残っていたらしい。記憶に残っている微かな香りが、道端に倒れている香を見たときに蘇った。
行きがかり上、一郷は倒れていた香を助ける。
「何だったんだろうね、アレ?」
「もう、たぶん終わった事だよ、一郷も忘れて、忘れて」
一郷が時折り、思い出したように疑問を口にすると、香は何かを隠すような不自然な態度で、その話題を切り上げようとする。
確かに思い出しても、あまり楽しい想い出ではないので、一郷も深くは追求しなかった。
何が原因なのか分からないが、香が作った『うのめ』名義のアカウントにはアクセス出来なくなってしまったらしい。
香は、新しく『野々 香』名義で投稿を再開し、閲覧回数は順調に回復している。
一郷もコッソリ、堂々と読んでいた。
一郷のアカウント名は本名そのままである。一郷が香の作品に対して感想を言った事はないし、香も感想を求めてきた事は無い。それは香が創作を行うにあたり一郷に求めた不文律であった。敏感に雰囲気を感じ取った一郷は、作品に対して感想を言った事はないが、ある望みがあった。
「ねぇ、長い小説みたいのは書かないの?」
「無理だよ、簡単に言わないでよ」
一郷が背中を押す度に、香りは弱気な事を言うが、一郷が読むに、香は長編向きのような気がするのだ。
香が書く詩は連作になっているものが多い。一編一編、単独でも成立するが、連作として大きな歌として読むと、また新たな感慨を持つ。そう言う作りの詩であった。
単語が熟語になり、熟語が文節になり、文節が詩になるように、詩を書く香も やがて長い物語が書けるのではないだろうか。
—— 書けるんじゃないかな? じゃなくて、読みたいな。
「ねぇ、僕達の物語を作ってみて?」
一郷がそう頼むと、
「気が向いたらね」
香は手をヒラヒラとさせて笑った。
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