第3話 逢瀬


(女の子って、不思議だよな)


 会うたびに、付き合う日々が重なるほどに一郷はその想いを強くした。

 出会いが——、一郷と香はクラスメイトだったが、お互い存在を知っている程度で、あの奇妙な出来事が起こるまでは、言葉を交わした事が無い。二人がどんな性格で、どんな人間なのか、それを認識するくらいの出会い。—— それが強烈だったので、逆に想いは薄れて行くだろう。若くして老成したような一郷は恋に惑わされず、そんな事を思っていたが……


(ヤキモチを焼くなんて思ってもみなかった)


 今日、一郷が学校を終えて家に帰ると、先に来ていた香の声が『離れ』から聞こえた。

 一郷が学校から帰るより先に、香が一郷の家に来ることは しばしばであったし、ウチに来る事は予めメッセージが届いていたので 驚く事ではないのだが、聴こえて来たのが香の楽しげな笑い声だったので驚いたのだ。


 一郷の父親は厳格な父親で、まだ高校生の二人が付き合う事に諸手を上げて賛成はしていない。母は父に従う人だった。

 一郷に兄弟はいないので、一体だれと話しているのだろうかと不思議に思いながら『離れ』へと向かう。


(まさか、気がふれた?)


 あんなに屈託なく正常な笑い声なのに、『離れ』を覗いてみたら香が一人で笑っている。そんな想像をして、一郷の足取りは早くなった。

 覗いて見れば何てことは無い、香は一郷の親戚で若くして大学の助教授になった、

大崎 ゆたかと話しあっている。

 香の気が、触れているか、いないか、では、なんて事が無く。一郷は胸を撫で下ろしたが、自分の中に芽生えた嫉妬に驚き、持て余している間は、ただじっと 二人を見ている事しか出来なかった。


(僕以外にもあんな笑顔を見せるんだ……)


「なんだ、一郷、帰って来てたのか」


 結局、持ち切ることの出来なかった嫉妬をどこへ仕舞へば良いのか分からないまま、先に向こうから声を掛けられてしまう。


「あ、一郷。おかえり。来たら大崎さんが居たから、先に少し話し聞いてた」


 一郷に向けられた香の笑顔には、何の後ろめたさも感じられない。それどころか、一郷を見た時に さらに明るくなったような気がして、一郷は嫉妬した自分を恥じた。

 

 大学で文化人類学、特に各地に伝わる民話や伝承を専攻して研究している大崎に 香の身の上に起きた出来事を話したら、会って見たいと言われた。香も専門の人ならば相談してみたいと言うので、一郷が仲介して二人の連絡先を取り持ったのだった。

 香から、今日ウチに来る事の連絡はあったが、用事が大崎と会う事だとは教えてもらっていない。

 香は大崎と会う約束などしていないので、教えようが無いのだが、一郷はそう勘違いした。


 今日の香は、白いブラウスの上に茶色と濃い緑色のチェックのセーターを着て、丈の長いコートを羽織って来たようだ。コートは綺麗にたたまれて、床の上に置かれている。立ち上がって、一郷に近づくときにチャコールブラウンのロングスカートが楚々とゆれた。

 秋口あきぐちにはオカッパだった髪型は、今も前髪はパッツンのままだったが、肩にかかるくらいまで伸びており、それを後ろで一本に束ねている。


 『離れ』の窓辺に立つ香を、一郷は見上げた。

 そこに立つのは、女の子ではなく、一人の女性だった。

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