◇38.エピローグ


 魔獣の大発生とその防衛戦から約一か月が過ぎた。

 新たな問題が起こることもなく、俺たちは平和な日々を過ごしている。

 影布をはじめとした商品の売れ行きも上々、店の収益も上がり調子で生活は順調といっていい。


 店の客経由で聞いた話だが、グラフィアス王国も魔獣の撃退が完了して何とか混乱は収まったそうだ。

 それに貢献したのは、ご存じ聖女アンリエッタ。

 結界での防衛のみならず、彼女の指示のもと王宮の騎士たちが見事な働きを見せ、モンスターを残らず掃討したらしい。


 なお、騎士隊と折り合いが悪い宮廷魔術師隊は、この件で逆に評価を落とした。

 ヨハン王子との癒着もうわさされ、以前から評判はあまり良くなかったのだが、今回逃亡者や火事場泥棒が多発したこともあり、隊員の多くが降格、左遷、あるいは逮捕されたそうだ。

 俺とリリアの追放に関わった者たち──たとえば召喚長を兼任していた魔術師隊の連隊長なども、誰も行きたがらない北方の僻地に飛ばされたという。


 それから、ヨハン王子については逮捕というわけにはいかないが、実質的に身柄を拘束され、座敷牢のような王城の一室で一生外部と関わらない生活を送ることになったらしい。

 彼の弟であるフリッツ第二王子は無能を装いつつ逆転の機会をうかがっていたようで、今回の騒動に乗じてヨハンの罪科の証拠を次々と挙げ、王位継承権を奪い取ったそうだ。

 騎士隊の活躍も、フリッツ王子がアンリエッタの指示に従うよう裏から手を回したとの話もある。

 つまりそれは権力闘争の一端ではあるのだが……そうなると、アンリエッタはその第二王子と結婚することになるのだろうか。

 まあ、あのお嬢さんなら、いずれにしてもきっと上手く立ち回ることだろう。


 あと、他国の間者について。

 あのフリューという暗殺者が隠れ蓑にしていた伯爵家は解体されたとのことだ。

 俺にはどうでもいいことだが、フリューの背後にいたのがどの国であるとか、他にもスパイが忍び込んでいないかとか……多分そのあたりの調査も内々で進められているのだろう。


 ま、要するにそんな感じで。

 天下泰平、世は事も無しというやつだ。

 この日は店が定休日で、俺とリリアも朝の遅い時間まで、二人してベッドでぐっすりと眠っていた。


「……んぅ……? カイトさん……?」


「あ、悪い。起こしちまったか、リリア」


 そうやってぼんやりとしつつ、窓からの日差しと景色を眺めていると、リリアが寝ぼけ半分の可愛い顔を見せてくれた。


「えへへ、おはようございます。今日もいいお天気で、素敵な一日になりそうですね」


 言うまでもないことだが、俺とリリアは夫婦として暮らしている。

 その肩書はこれまで対外的なものにすぎなかったが、先日の一件があってからは名実ともに本物の夫婦として、彼女との仲も色々と進展していた。


 ……そう、色々な面で、夫と妻として。

 ぶっちゃけた話……その……そういう意味で、やることはやっていたりする。

 俺も一人の男なので。


 そもそも好意を寄せてくれるのが、こんなにも可愛い女の子なのだから。

 彼女の求愛を拒むなんて、逆に罰が当たろうというものだ。


 だからというわけでもないが、ここ最近の休みの日は起床も遅く、二人して寝床の中で……なんというか、多少いちゃつかせてもらったりもしていた。

 

(……やっぱり、可愛いな)


 俺が髪をなでてやると、リリアは嬉しそうにその手に頬をすりよせてくる。

 くぅんと鼻にかかった可愛らしい声とともに。


 ……いや、本当に可愛いな。

 竜化してる時にそんな仕草を見せてくれたことはあったけど、人間形態でそれをやられると……これは、かなり……破壊力が高い。


(リリア……もしかして今、自分が人間の姿ってこと忘れてないか……? まあ……いいんだけどな。ここには俺しかいないし。それだけ心を許してくれてるってことは、俺にとっても嬉しいし……)


 ただ、素の表情を惜しげもなくさらしてくれるのはとても光栄なのだが。

 朝からこんな愛らしい仕草を見せられて、平常心を保てるかというと……理性の面でなかなか難しかったりする。


「えーと、あのさ、リリア。あんまりくっつかれると、俺も抑えが利かなくなるんだけど。もう日も高くなってきてるし、そういうのは、その、夜にした方がいいんじゃないか……?」


 と、その言葉を聞いた直後に。

 リリアはにっこりと笑顔を作り、「えいっ」と俺の上に覆いかぶさってきた。


「お、おい」


「だめですよっ、カイトさん。我慢は体に毒ですから。抑えが利かないのなら、私でいっぱい発散しちゃって下さいっ」


「え、ちょ」


「それともー……カイトさんが遠慮しちゃうんなら……私の方から食べちゃいますよ? 私はこれでも竜なんですから。カイトさんが拒んだって、がおーっていっちゃいますからっ!」


「って、リリア!?」


 そう言いながらも彼女は期待に満ちた表情で、俺の次の行動を待つ。

 ほんのり頬を赤らめつつ、こちらから一時も視線を外さずに。


(いやいやいや、ちょっと待て! そりゃ女性の方から積極的なのは俺も嬉しいけどさぁ……! こんな朝からっていうのは、さすがにまずいというか、その、いいのか……?)


 というか、リリアは貞淑そうな外見の割に結構肉食系というか、こういうことには乗り気らしく。

 実を言うとここ数日、俺の方が体力ギリギリだったりする。


「カーイトさんっ」


「リ、リリア……」


(……ああっ、もう!)

 

 そんなこちらの内心など知らない小さな天使の誘惑に、一瞬にして理性のタガが外れてしまう。


「ったく、知らないからな。どうなったって……!」


 どうにでもなれと身体を起こし、彼女を逆に押し倒す。

 それと同時に「きゃあん」と嬉しそうな声があがる。

 そして、俺が彼女の首元に唇を寄せようとしたその時──


「魔術師さまー! リリアさーん! ごめんくださいませー! 遅くなりましたが、お礼のご挨拶にうかがいましたー! いらっしゃいますかー!?」


 家の外から、アンリエッタの声がした。

 彼女は従者を伴って、謝礼の品々を自ら薬屋へと届けに来てくれたのだが──いいところで中断させられたリリアは、この後ふくれっ面でアンリエッタを出迎えることになる。


「……あ、あの、私、何か粗相でもありましたでしょうか……?」


「いーえっ、何でもありませんっ」


「はは……まあ、気にするな。それよりお嬢さん、近頃王都はどんな感じなんだい。さっそく話を聞かせてくれないか。ゆっくりとお茶でも飲みながら、さ」



 ──そうやって、俺たちの薬師としての日々は続いていく。

 森の奥にある小さな店で、今日も影から生まれた布を織りながら──




<了>

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