◇35.リリアは俺の嫁なんですけど。
リリアは俺の無事を確認すると、そのまま旋回してグラフィアスの上空を飛び回った。
それは結界内に残っているワイバーンを掃討するためだ。
炎を吐き、爪と翼で敵を切り裂いていく。
数の差はあれど、そこそこの大きさ程度のワイバーンでは神竜の末裔に歯が立つはずもない。
みるみるうちに邪竜は駆逐され、やがてもとの平穏な空が戻ってくる。
しばらく空中での戦闘が続いた後、リリアは人の姿に戻って帰還すると、ここに至るまでの経緯──俺と別れた以降のことについて話してくれた。
「──私とアンリエッタさん、二人で一緒に結界を張ったんです」
すっかり失念していたが、アンリエッタの魔力は聖女として十分でなく、たとえ結界を張り直しても、それがまた破られる可能性があった。
リリアはそのことも見越したうえで、最初からアンリエッタを助けるつもりで転移に同行したらしい。
(そういやそうだったな……。というか、もともとリリアは聖女として召喚されたんだっけか。竜の姫巫女とかいう別の呼び名ではあるけど……。いわば、本物の聖女ってことになるのか)
聖女の適性ある者が二人同時に魔力を送り込み、結界を再展開する。
おそらくこれまでにない早さで魔力が充填され、かなりの短時間で結界が完成したに違いない。
「それで……思ったより早く結界ができてしまったので、それなら付近の魔獣をやっつけてしまおうと思って。そしたら、カイトさんに向かっていくワイバーンが見えたので……」
「ああ、それであのタイミングで間に合ったわけか」
間一髪ではあったけど、最初から竜化していたおかげで助けられた。彼女自身もその幸運に感謝して、俺たちは互いの無事を喜びあう。
「リリアがいなけりゃ死んでるところだったな……。本当、ありがとうな」
「いえ、カイトさんにお怪我がなくて良かったです」
俺が礼を述べると、リリアは嬉しそうにはにかんだ笑みを返してくれた。
「──魔術師さま! リリアさん!」
そして、結界を張り終えたアンリエッタが魔法陣の部屋から戻ってくる。
彼女の後ろには数名の護衛騎士が控えており、リリアの説明によると結界の再展開においては彼らが二人を護ってくれたとのことだった。
その騎士のうち、隊長格らしき男が前に出て俺に頭を下げる。
「お初にお目にかかります。我々は王族特務騎士隊、第二王子フリッツ殿下直属の近衛騎士です。このたびはそちらの女性……リリア殿のおかげで助かりました。おそらく、これ以降の掃討戦はかなりの早さで進むものと思われます」
その隊長が言うには、リリアがワイバーンの群れを蹴散らしたことは、対空戦に弱い騎士たちの大きな助けとなったそうだ。
彼らを含めた騎士隊は、ヨハンと懇意にしている魔術師隊と折り合いが悪く、防衛での連携が取れていなかったが、リリアの助勢が上手い具合にそれを補うことになったらしい。
「空からの攻勢がなくなれば、我々騎士隊も本領を発揮できます。リリア殿、結界の再構築もそうですが、あなたのおかげで国が救われたと言っても過言ではありません」
「そんな、私なんて……」
「それから、魔術師殿も。間者の手からアンリエッタ様を守っていただき、感謝の言葉もございません」
「いや、別に……。守ったっていうか、成り行き上そうなったようなものだし……って、あ!」
そこで俺は肝心なことを思い出す。
守るといえば、ヨハン王子はどうなったのか。
いや、あんな奴を守るつもりもなかったけど、それこそ不本意ながらもそんな感じになってしまった。
腹パンして以降気にも留めていなかったが、辺りを見回しても姿が見当たらない。
仕方なくそこにいた全員で王子を探すと、彼は戦闘があった廊下のすぐ隣の部屋で、頭を抱えてうずくまっていた。
「殿下、もう出てきても大丈夫ですよ」
アンリエッタが穏やかな声で言うと、ヨハンはおそるおそるといった感じで顔を出す。
王子はフローラの死体を目にして背筋を凍らせつつも、殺される心配がなくなったことがわかると、いつもの尊大な態度に戻って威張り散らした。
「そ、そうか。フローラは敵国のスパイだったのか。あまりにも無遠慮にすり寄ってくるから、僕もどこかおかしいと思っていたんだ」
……本当かよ。
一方、アンリエッタは今までのいきさつを王子にも話していく。
特に、自分の力が足りない分をリリアが補い、彼女のおかげで結界を張り直せたことを強く述べ、俺とリリアに相応の恩賞を与えるように王子へ訴えた。
しかし、王子はリリアを見やると、浮足立ったようにそちらへと歩いていく。
アンリエッタには答えず、まるでどうでもいいかのように背を向けて。
「君が僕の国を守ってくれたということなんだね。ええと……リリア、だったかな?」
「……はあ」
「聞けば君は、あの時召喚された竜だそうじゃないか。ああ、これはまさに運命だ。そうとしか言いようがない。君もそう思わないか?」
「は? あ、あの……どういう意味でしょうか」
……おい。王太子。
妙に演技がかった口調で、何を言ってるんだこいつは。
「つまり、本来選ばれるべき聖女は君だったということさ。知っての通り、アンリエッタは魔力が足りない、いわば半人前の未熟な聖女だ。それを僕の権力で何とか形だけは保たせていたのだけど……。しかし、呼ばれたのが君のような美しい女性なら、最初からアンリエッタを推す必要などなかったわけだ!」
「……えっ?」
「って、殿下っ!?」
「聖女はね、この国の王妃になることが代々定められているんだよ。すなわち、君が僕の妻になるということさ! 魔力だけじゃない、容姿も美しく、出で立ちも気品に満ちている。君以外に僕の妃は考えられない! そうだ、この戦いが終わったら、さっそく式を挙げようじゃないか! 新しい国主と国母の誕生を知れば、疲弊した民たちもきっと活気を取り戻すに違いない!」
喜々としてヨハンはリリアに説明する。いかに彼女が自分の妻にふさわしいかを。
それを後ろで聞いていたアンリエッタは、最初は怒りで顔を紅潮させ、続いて感情の色がだんだんと消えていった。
プルプルと拳を震わせていたがそれも次第に収まり、最後は家畜でも見るかのごとき表情になる。
(あーあ……しーらね)
まあ、アンリエッタも愛想が尽きたと言っていたし、彼女にとっても縁を切るいい機会だろう。
この国の第一王子がアレなのは気の毒だと思うが……すでに国民じゃない俺にはこれ以上何かする義理もない。
ただし。
「あのっ……」
リリアが俺の方へと振り返った。
心底嫌そうな表情、こちらに助けを求める瞳で。
王子が横暴だろうが無能だろうが、俺には関係のないことだ。
ただし、この子を──リリアを巻き込もうとするなら話は別だ。
ましてや厄介者の竜として追い出したくせに、それが可愛い女の子とわかった途端、妻にするとか。クソ野郎にもほどがある。
俺は静かに王子の背後へ歩いていくと、そのまま馬鹿の股間を思い切り蹴り上げた。
ドゴッ
「おごぉ!?」
奇声をあげ、しなしなと股を抑えて崩れ落ちる王子。
俺以外の、その場の全員があっけにとられる。
「なぁ、次気に障ること言ったら股を蹴るって言ったよな、王子様」
王子はあががと身悶えしながら振り返る。
彼は死にそうな顔になりながら、何とか俺を見とがめると、こちらをにらんで抗議の声をあげた。
「な、何でだ……。これは僕とリリアの問題であって、君には関係ないじゃないかっ……。ぼ、僕にこんなことをして……ただで済むと思ってるのかっ」
ただで済む? 知るか、やれるもんならやってみろ。
それより、関係ならある。大いにある。今の言動、黙って見ているわけにはいかない。
何故なら。
俺はリリアをかばうように立ち塞がり、王子に向けて強く言い放った。
「この子は──俺の嫁だ。誰がお前みたいなヤツに渡すかよ」
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