◇34.一対一の戦いなんですけど。


 戦いは思った以上に長引いていた。

 暗殺者フリューは数本の短刀を武器とし、いくつかを投擲しつつも格闘戦を仕掛けようと俺に近づいてくる。

 一方、俺は身体能力に自信がなく、距離を取ったうえで攻撃魔法をぶち込みたい。

 だから遠隔操作できる闇魔法の帯と紙片カードで壁を作りつつ、鋭利化させたそれらを使って死角から攻めていく。

 しかしフリューはそれをことごとくかわし、隙あらば間合いを詰めようとしてくる。


 俺が退がると、フリューは寄る。

 退がって魔法陣の場から離れていくのはいいのだが、あまり離れすぎると、多分こいつは反転してアンリエッタたちを狙いに行く。

 そうさせないためにも、ある程度の近さを保ったうえでこの暗殺者と戦わなければならなかった。


(強いな……さすがに王宮に単身潜入するだけあって、かなりの使い手だ。だが……)


 それでも一進一退。戦況は膠着している。

 だが、どういうわけだか、攻撃がまるで効いている気がしなかった。


(何かがおかしい……。かすり傷一つ付いてないのは、どういうことだ……?)


 妙な違和感のせいでこちらの手数は少なくなる。

 少なくとも、何発かは確実に当てていた。それなのに相手はまるで平気な顔をしていた。

 その違和感が表情に出ていたらしく、フリューは俺を見て「くふ」と笑った。

 暗殺者は口元に手を当てながら言う。


「……ようやく気付いた? 私が無傷であることに。いくら攻撃を当ててもダメージがゼロである理由……製作者・・・であるあなたなら、思い至るんじゃないかしら」


「お前……まさか!」


 悪寒を覚えて俺は声を上げる。

 フリューは口の端をつり上げながら、自らの上着のボタンを外すと、その腹部をあらわにした。

 それを視界に入れ、俺は瞠目する。

 そこには俺が作った身代わりの影布が、サラシのように何重にも巻かれていた。


「まったくいいものを作ってくれたわねぇ。どんな攻撃も代わりに引き受けてくれるアイテムなんて! そうよ、あなたのお店で売っているこの『身代わりの影布』! これのおかげであなたの攻撃は全部無効化されていたのよ!」


 ……そうか。そういうことだったのか。


「この布はただ身に着けているだけで、接触箇所じゃなくても攻撃を遮断してくれるのよね? お腹だけじゃない、腕と足にも何枚か巻かせてもらっているわ。一方、見たところあなたは一枚の布も身に着けていない。つまり、いくら攻撃を重ねても私は無傷で、あなたは一発で致命傷に至る! 自分で開発した魔法で自滅するなんて……なんて滑稽なのかしら! こんな哀れな話が他にあって?」


 もはや勝利を確信したかのようにフリューは笑い声を上げる。

 低い声の女言葉が耳に障った。

 とはいえ、確かに勝ち誇るのも無理はなかった。

 あっちが言うように俺は影布を全部配ってしまい、自分では一片たりとも身に着けていない。

 ……だが。


「さあて。種明かしも済んだことだし、そろそろ終わりにしてあげましょうか」


 その通りだ。ネタは明らかになった。ならば対処することはできる。

 影布はどんな攻撃も一度は弾いてくれる。それを何枚も着けていれば、確かに無敵に近い状態といえるだろう。


 ──それでも、完全な無敵などこの世には存在しない。


「──『射殺せペネトレイト』!」


 ザザザザザシュッ!


「……あ……?」


 俺の詠唱とともに、フリューの口から鮮血が流れ落ちた。

 腹部や両腕、両足からも。血がじわりと湧き出て、その衣服を紅に染めていく。

 フリューは眼球の動きだけで首から下を見る。

 そこにあったのは真っ黒な無数のとげ──すべての影布が漆黒の槍となって、彼の体を貫いていた。


「……ど、どういう、こと……」


 がくりと膝をつき、上体から地面に倒れ込む。

 数秒の間を置き、俺は反撃の可能性がないことを確認すると、そこでようやくフリューに近づき、影布の刺突形態を解除した。


「……あんたは知るよしもないことだが、この布は俺の影から生成したもので、俺の魔力によって自在に形状を変えられるんだ。つまり、さっきまでこっちが攻撃に使っていたのと根本的には同じものでな。位置を把握できれば、俺の手を離れていても棘状にして刺し殺すことが可能なんだよ」


「な……?」


「初めて聞く情報だったか? そりゃそうだ、今まで売主である俺を襲おうなんて奴は一人もいなかったからな。言う必要はなかったし、こういう状況でもなけりゃ、俺自身こんな使い方をするつもりもなかった」


「そん、な……」


 フリューは焦点の定まらない瞳で俺を見上げたが、それ以上攻撃することはできないようだった。


 正味な話、これはラッキーでつかみ取った勝利だった。

 相手が残機を計算に入れず、負傷覚悟で襲い掛かって来たなら、身体能力の差で俺はやられていただろう。

 今まで出会った人たちが、この暗殺者のように悪人でなかったことも幸いした。

 影布を悪用しようとする人がいなかったからこそ、俺はこの情報を秘匿することができていたのだ。

 言うなればこの結果は、偶然の積み重ねがもたらしたものだった。


 ふぅ、と息を吐く。

 直後、ヴォン、と空の色が変わる。

 夕闇の空が少しだけ濃くなったようになった。

 それは結界の色だ。

 つまり、アンリエッタたちが魔法陣の場にたどり着き、結界を張り直したということ。


 やったか、と俺は安堵する。

 まだ国内に魔獣は残っているにせよ、これで新たな脅威にさらされる恐れはなくなった。

 黒幕も倒し、あとは掃討戦に入るだけ。これ以上、俺がここに留まる必要もない。


 しかし、そう思って、きびすを返してリリアを迎えに行こうとしたところ──フリューが俺の足首を強く掴む。


「な!? お前っ……」


「油断したわ……油断した。この戦いは私の負けよ……あなたに、勝ちを……譲りましょう」


 息も絶え絶えに、もはや死は免れない状態のはずだった。

 けれど、それでも掴む力は強く。足首から手が離れない。


「それでも……ただでは終わらないわ……。あなたの命と……そうね、ヨハン王子……。せめてそれくらいは道連れにしないと……私も……祖国に申し訳が立たないのよ……」


(動けない……! だがこいつ、何を考えてるんだ……!?)


 この状態からどうやって反撃するのか。足を掴まれながらも俺が身構えると、フリューは最後の力で口元に手をやり指笛を吹く。

 すると、上空を旋回していたワイバーンが一匹、こちらに向けて急下降してきた。


(──! そうか、魔獣を操って結界を突破したのもこいつの能力か……! このままワイバーンを突撃させて、自分もろとも……!)


 やられる──邪竜が迫り、死を覚悟したその瞬間、真っ赤な一本の線が空を駆け抜ける。


 ズバアアアッッ!!


 その線はワイバーンを一刀両断に切り裂いた。真っ二つになった邪竜は、重力に惹かれて地面に落下する。

 続いて赤い線は音速の速さで付近の邪竜をも一掃すると、ぐるりと弧を描いた後、ゆっくりこちらへと羽ばたいて降りて来た。


 大きな翼、赤い鱗の巨大竜。

 それはすなわち、俺のパートナー──リリアである。


『──カイトさん! ご無事ですか!?』


 もはやこれまでと思った状況から一転、聞き慣れた可憐な声に力が抜けそうになる。


「やあ……助かったよ、リリア。こっちも……今ちょうど終わったところ、かな」


 ふと足元からの掴む力がなくなったことに気付く。

 眼下のフリューを見やると、すでに事切れていた。


 俺は安堵しながらも、格好悪いところだけは見せまいと、何とか笑顔を作ってリリアへ向けたのだった。

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