◇33.「ここは俺に任せて先へ行け」なんですけど。


 俺たちは転移魔法で一瞬にしてグラフィアスへと到着した。

 瞬きすれば王宮内へと即座に景色が切り替わる。

 陽が落ち始めた夕刻だが、あちこちから火の手が上がっており、窓の外には無数のワイバーンが飛び交っているのが見えた。

 状況のまずさは一瞥しただけで明らかだ。


「あぁ……あんなに綺麗だった城下町の景色が……」


 アンリエッタが惨状を目にして失意の声を漏らす。


「嘆いてる暇はないぞ、お嬢さん。今からでもやれることはある。あんたが結界を張り直して、これ以上魔獣が入り込むのを防ぐんだ」


「婿殿、私は適当な場所に隠れて待っていようと思う。その女を送り届けたら、リリア様と一緒にここまで戻ってきてくれ。三人揃ったら帰還する」


「わかった。ありがとう、メルフィナ」


 メルフィナをその場に残し、俺はリリアとアンリエッタを先導して、二人とともに王宮の廊下を駆ける。

 幸い王宮内の魔獣は少なく、俺たちが行く通路では一匹たりとも遭遇することはなかった。

 しかし、このまま何事もなく魔法陣へたどり着くかと思われた矢先、角を曲がったところでヨハン王子が飛び出してくる。


「たっ、助けてくれえっ!」


「うわっ、何だっ!?」


「殿下!?」


「あ、アンリエッタ!? 今までどこに……い、いや、そんなことより、フ、フローラが!」


 へっぴり腰で四つん這いになりながらも、こちらに逃げて来る王子。

 その向こう側から、異国の軍服をまとった怪しげな雰囲気の男が歩いてくる。

 女性のようなしなを作った歩き方ながら、背は俺よりも高い。

 そして、切れ長の目は氷のような冷たさを思わせる。

 短刀を逆手に持ち、そいつが王子を殺そうとしているのはどう見ても明らかだった。

 

「……誰だ、こいつ……?」


 その雰囲気の異様さに、思わず率直な感想を口にしてしまう。

 続いて、アンリエッタが戸惑いながらも男に向かって言う。


「あなた……フリュー……? いえ、違う……彼はもっと若くて……それに、その服装は……」


「なかなか勘のいいことね、お嬢様」


 男は楽しげにアンリエッタに言った。


「私はフリューでもあり、フローラでもあるの。というか、驚いたわ。あなたにはそれなりの手練れを差し向けたはずなのに。まさか生きて戻ってくるなんてね」


 その言葉で俺は理解する。国中を巻き込んだ今回の騒動、こいつが一番の黒幕だと。

 おそらくはどこかの国のスパイなのだろう。魔獣によって国が混乱をきたした隙に、他国が攻め入りグラフィアスの領土を奪い取る。おそらくこの男はその尖兵というわけだ。

 

 だとすると、ヨハン王子も含め、こいつの裏の顔を知ってしまった俺たちをこのまま生かしておくはずはない。

 少なくとも、結界を再展開させることは望まないはずだ。


 そう、ここは──戦うしかない。


「お嬢さん、この場は俺が食い止めるから先へ行ってくれ。それとリリア、君もだ。ここから先は君にお嬢さんの護衛を頼めるか」


「えっ、私が……ですか?」


「ああ。細かいやり方は君の好きにしてくれて構わない」


「……ええ。わかりました。信頼してくれてありがとうございます、カイトさん!」


 リリアは満足げな様子で応諾の返事をする。

 一方、アンリエッタは戸惑いの表情で俺を見た。


「でも、魔術師さま、それではあなたが」


「早く行け! アンリエッタ! 時間がないんだろうが!」


「行きましょう、アンリエッタさん。カイトさんなら大丈夫ですから!」


 リリアとアンリエッタが走り出す。

 他国の間者──フリューが二人に襲い掛かる刹那、俺は体当たりしてその行く手をさえぎった。


「馬鹿ね、私に肉弾戦で勝てると思ってるの!?」


「思ってねえっ!」


 フリューの声が殺意を込めたものへと変わる。

 俺は敵の身体を蹴飛ばし、足で突き放すようにして距離を取った。

 こいつはやばいという感覚が肌から伝わってくる。

 身体に充満した魔力の高さだけじゃない。その視線、足運び、身のこなし。

 そこには一切の無駄がない。この男はいくつもの修羅場をくぐり抜けてきた、一流の暗殺者だ。


 走るアンリエッタの背に向けて、ナイフが投げつけられる。

 俺は闇魔法の紙片カードを飛ばし、その攻撃を遮断した。


 パァン!


「ひいいぃっ!」


 カードがナイフに刺さって爆ぜ、ヨハン王子が悲鳴を上げる。


「たっ、助けてくれっ! お、お前、確か宮廷魔術師のサイトだったよな! あいつを倒してくれたら、褒美に金貨百枚を与えよう! だっ、だから、僕を守ってくれっ!」


 王子はへたり込みながら俺の上着を引っ張ってくる。

 というか、『元』宮廷魔術師だし、カイトだ。名前間違えんな。


「き、聞いているのか! おいっ、お前──」


「うるさい」


 ドッ


 俺は王子の腹にパンチを入れる。

 ヨハンは「あっが」と形容しがたいうめき声を上げて、その場にうずくまった。


「戦いの邪魔だから騒ぐな。服引っ張んな。あんたはその辺の隅に引っ込んでろ。次に気に障ること言ったら、今度は股ぐら蹴り上げるからな」


 俺の言葉に王子は「ひょっ」と震えあがり、股を閉じると這いずって通路脇へ向かう。

 ずいぶんと器用な動き方をするもんだと思った。

 感心しつつもフリューへ向き直ると、暗殺者はあきれたように笑った。


「トップが無能というのは重罪よね。心中お察しするわ」


「その考えには同意だが……俺は別に、この国に何の責任もないぞ。というか、俺が国を追われたのも、もしかしてお前らの企みの一環じゃないのか」


「さぁ、どうだったかしらね。覚えてないわ」


 フリューは余裕の笑みを崩さず、構えを取る。

 少しばかり前がかり気味。目線の高さは同じなのに、大きく上から覆いかぶさられるような圧迫感があった。

 短刀の刀身が傍の篝火できらめき、対峙し合ったまま数分が過ぎる。

 ……アンリエッタたちは魔法陣の場に着いただろうか。

 どちらにしろ、この暗殺者をここで倒さない限りは彼女たちの安全を確保できない。

 勝てるかどうかはわからないが、やるしかないと思った。


(なんか……『借りを返す』とか、『ここはまかせて先に行け』とか……。俺って死に役が言うような台詞ばかり言ってるな……)


 戦いの最中だというのにふとそんなことを思ってしまい、俺は微かに笑みを漏らすのだった。

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