◇29.身代わりの影布の上位版なんですけど。
アンリエッタを助けた日の夜、つまり昨晩の話になる。
彼女が眠りについた夜中に、俺はメルフィナから身代わりの影布の上位魔法を教わっていた。
何となく、近いうちにそれが必要になるような気がしていた。
実際、リッケス都市部を助けるに際しその魔法が役に立つわけだが、まさか次の日に使われることになるとはさすがに思いもよらず。
「──婿殿が影布と呼んでいるこれは、まさに術者の影を切り取っているようなものでな。あなたの影が素材の一部になっているのだが、影というものは光ある限り無限に存在し続けるから、この布も魔力が尽きない限りは無尽蔵に生み出せるんだ。そして、切り離した影は本人に代わってダメージを引き受けてくれるのだが……今から教える上位術は、その影が自動で迎撃する効果も持っている」
メルフィナは術のやり方を教示する前に、そうやって魔法の由来や性能について詳しく説明してくれた。
「影が迎撃っていうと……布みたいな装備品とは違うのか?」
「ああ。この術は布のように持ち運べるものじゃない。術をかけられる者の影に魔力を混ぜ合わせ、分身のように影を立体化させるんだ。対象者の影が立ち上がり、それが敵の攻撃から守ってくれる。そして、自立的に敵への攻撃も行うから、影はめったなことでは消滅せず、対象者は自分の影とともに二人分の強さで戦えることになる」
「二人分って……」
「影の強さは対象者とほぼ同等だ。単純計算で二倍の戦力ということだな」
「……それ、強い奴にかけたら……かなり反則級の性能なんじゃないか?」
さらに補足すると、その影による攻撃は、対象者の武器をも具現化してくれるらしい。
たとえば、対象者が剣士なら刀身部分の影も黒く実体化し、同じ太刀筋で剣を振るうというように。
とはいえ、その魔法で消費する魔力はかなりのもので、並の魔術師ではすぐに魔力切れを起こしてしまう。
逆に言えば、魔力の量だけは人より多い俺にぴったりの術であり、今回のように皆の安全を第一に考える戦いでは、これ以上ない効果を発揮するものといえた。
そして俺は、ミランダの事務所内で戦闘員たちにその魔法をかけていく。
ミランダ配下の者のみならず、エイラたち冒険者や、街に住む男衆など、リッケスの住民全員の影に魔力を送り込み、彼らの影を立ち上がらせる。
「──よし、これで完了だ。行っていいぞ、エイラ」
「お兄さん、影が立体化するって聞いたんですけど……こんなんでいいんですか? これ、あたしの隣に黒い蜃気楼みたいなのが見えるだけで……。手で触れられないし、思ってたのとはちょっと違うみたいな」
「ああ、普段はエネルギーの消費を防ぐためにそういう幻影の状態になっているらしい。敵との接触時にはちゃんと実体になるから大丈夫だ。でも、気を付けろよ。影が消滅したらすぐに引き返して来るんだぞ。また魔法をかけ直すから」
「あいあい。わかってますって。ありがとうございます、お兄さん!」
エイラとその仲間たちは俺に敬礼のポーズをして部屋を出て行く。
俺は部屋の外にいる分隊長に声をかけ、順番を待っている次の人に入ってもらう。
そんな感じで街の皆に魔法をかけ続け、同時に負傷者の治療も行う。
前線に立って格好良く敵を一掃する──なんてことは、俺にはできないし、するつもりもなかった。
大事なのは皆の安全を確保すること。それを第一に考え、この場は後方支援の役割に回らせてもらっていた。
その代わりと言ってはなんだが、逆にリリアをはじめとした女性陣は、前線でかなりの働きを見せてくれていた。
リリアのみならず、メルフィナたちダークエルフ、それからアンリエッタも。
リリアとアンリエッタは聖属性の広範囲魔法で魔獣を薙ぎ払い、ダークエルフの三人も魔法剣で屍の山を築いていく。
他はともかくとして、アンリエッタは戦闘の経験すらも多分ないだろう。
けれど彼女たちはミランダや街の人たちと上手く連携して、その力を遺憾なく戦いで発揮してくれていた。
結局、こちらの防衛線は一度も突破されず、陽が落ちる前に事態は収束する。
「──街に入り込んだ魔獣はすべて掃討したわ! 家の中のみんなも、もう出てきて大丈夫よ!」
事務所の外からミランダの声と歓声が聞こえてきて、俺は戦いの終わりを知る。
そうやって俺たちは、モンスターの群れから街を守り抜いたのだった。
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