◇20.ダークエルフたちがひれ伏したんですけど。


「その真紅の魔力、竜人族の姫巫女とお見受けいたします。私はこの村のダークエルフを束ねるスィーリア。竜の巫女よ、なにとぞここは御身をお引き下さい」


 スィーリアと名乗ったダークエルフは持っていた杖を置くと、うやうやしく片膝をつき、頭を垂れた。

 その女性の所作を目にして、他のダークエルフたちも慌てて同じようにひざまずく。


「我らが配下の者が剣を向けたるご無礼、一族を代表してここに謝罪を申し上げます。なにとぞご寛恕のほどを」


 古風な物言いだが、見た目は二十代後半くらいの美女だ。

 もっとも、エルフと名のつく種族は長命らしいから、実際はもっと歳がいってるんだろうけど。


(それにしても……リリアが竜だとわかったから従ったってことだよな、これ。まさに九死に一生って感じだが……。そうだとすると、竜人族って思ってた以上にすごい種族ってことなのか……?)


 神に近しいとか色々評判は聞いていたけど、見知った竜人族はリリアだけなので正直半信半疑だった。

 大仰なうわさは、てっきり尾ひれがついたものとばかり思っていたが……素性が知れただけで場の全員がひれ伏すとは。


 ひょっとして俺、とんでもない子に店番をやらせちまってるんじゃなかろうか。

 そうでなくても王族とか言ってたし。


 ちらりとリリアを見やると、彼女は不安げな様子で俺を見下ろしており、目が合った。

 不安げというか、気が動転している感じだ。

 俺の怪我も心配なんだろうだが、おそらく急にダークエルフたちにひざまずかれて、どう応答すべきかわからないのだろう。


(とりあえず、敵対されることはなくなったみたいだから……。今はこの流れに乗ってしまおう。リリア、彼らに命令するんだ)


 そんな感じで、左手の人差し指を突くように『GO』のジェスチャーを出してやると、意思は伝わったらしく、リリアは胸を張って強い調子でスィーリアに告げた。


「頭を下げるよりも先にすべきことがあるでしょう。まずはカイトさんの怪我の処置をして、どこか休めるところに運んであげて下さい。私のことよりも、彼が優先です」


「この人間を、ですか」


「そうです。早くなさい!」


 リリアが声を張り上げると、遠巻きに見ていたダークエルフたちも含め、全員が背筋をピンと伸ばし、彼女の命令に従った。







 そして、俺は村の中心部にある長の家で手当てを受け、容態が安定するまでそこで休ませてもらうことになった。

 治癒の魔術をかけられて、傷は急速にふさがってゆく。

 あとは体力が回復するまで一日くらい寝ていれば問題ないとのことだ。

 その間、リリアが応対して、俺たちの関係などを村長むらおさであるスィーリアに説明してくれていた。



「まさかこのような僻地に竜の姫巫女様がいらっしゃるとは思いませんでした。知らぬこととはいえ数々の非礼、どうかお許し下さい」


「いえ、これ以上危害を加えるつもりがないなら、私もことさら咎めるつもりはありません。ただ……私に対してかしずくというのであれば、カイトさんにも同じ態度で接して下さい。それがこちらが求める唯一にして絶対の条件です」


「失礼ですが、あの人間は何者なのですか……? 差し支えなければ、教えていただきたいのですが」


「彼は……ええと、その」


 枕元から薄い戸を一枚挟んで、リリアたちの会話がこちらにも聞こえてくる。

 リリアはスィーリアの問いに妙に口ごもってしまっているが……十数秒沈黙が続いた後、彼女はどこか自分に言い聞かせるように、ゆっくりと答えた。


「彼は……私の主人です」


「主人、といいますと……。あの、まさか、人間に従属なさっているので?」


「え、や、そういう意味の主人じゃなくって……どちらかというと、夫と奥さんの……って、と、ともかく! 大事な人なんです! 命を助けてもらって、私がわがままを言って住まわせていただいているんですっ。だから、カイトさんには私にするとのと同じように、敬意をもって接して下さい。無礼なことをすれば、今度こそ許しませんからっ」


「しょ、承知しました。村の者全員に、固く申し付けておきます」


 そんなやり取りの後、足音が一つ遠ざかっていく。

 多分スィーリアが今の内容をエルフたちに伝えに行ったのだろう。

 その予想は合っていたらしく、今度はもう一つの足音がパタパタと近づくと、引き戸が開いてリリアが俺のいる部屋へと入ってきた。


「あの、カイトさん。とりあえず、カイトさんにも粗相をしないように、村長さんに言っておきましたから……」


「ああ、ありがとう。意外と演技派なんだな、リリア。なかなか堂に入ったしゃべり方だった」


「えっ、き、聞こえてたんですか……?」


「うん。ここの家、戸が薄いっぽいから」


「え、じゃ、じゃあ、も、もしかして、私の、しゅ、主人だって言っちゃったことも……?」


「まあ、全部聞こえてたけど……どうした?」


 そこまで俺の言葉を耳にすると、リリアはボッと顔を紅潮させ、さっきまでの態度が嘘のように体を縮こまらせた。


「すすすすすみませんっ! わ、私っ、調子に乗って、勝手なことをっ……!」


「いや、結構良い案だと思うぞ。今後トラブルが生じないようにするためには、俺にも何らかの肩書きがあった方がいいだろうし。君は不本意かもしれないが、主人ということにしておいてくれるなら、こちらとしても色々助かる」


「ごめんなさいっ、今から訂正するようすぐに言ってきますから……って、え? い、いいんですか?」


「君さえ良ければだけど。何故か知らないけど街でも薬屋夫婦として広まっちゃってるし、この際それで通すのも悪くないと思う」


 俺がそう提案すると、リリアは大きく目を見開く。

 彼女は一度身体をぶるりと震わせると、「は、はいっ、それじゃあよろしくお願いします!」と輝くような笑顔で返してくれた。


 実際のところ、ダークエルフだけでなく、俺の元いた国の奴らにリリアが見つからないためにも何らかの擬装はしておくべきだと思った。

 そういう意味で夫婦というのは割と盲点だと思う。あいつらも、竜が追放した魔術師と結婚してるとはまさか思わないだろうからだ。

 ただ、それなら俺も開店時から偽名を名乗るべきだったんだが……まあ、今さら変えるのも変に思われるから、そこは勘弁してもらいたい。


 そんな感じで、俺たちは拉致から一転、ダークエルフの村で歓待を受け、傷の完治後は彼らの転移魔法でとんぼ返りすることになる。

 魔力を封じられることもなく、平穏無事に。

 闇魔法の使用も正式に認められ、さらには新たな種族とのつながりもできた。

 それらすべてはリリアのおかげだと、俺は彼女に深く感謝したのだった。

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