◇19.俺が斬られて、リリアが怒ったんですけど。
「……で、俺をどうするつもりだ」
俺は動揺を悟られないように、なるべく声を低くして言った。
メルフィナは表情を変えずに淡々と答える。
「見たところ貴様の魔力は並外れて大きいようだ。おそらく我らだけでは封じ切れんだろう。村に伝わる魔法陣の力を借り、魔術師総出で抑えさせてもらうことにする」
「ずいぶん高く評価してもらって光栄だが……別にそんなに強かないぞ、俺」
「それは貴様が決めることではない」
「心配するな、魔力を封じた後のお前は、それこそただの凡人だ。謙遜する必要もなくなるのだからな」
一方、後ろの二人はどこか得意気な顔で俺に言った。
(なんか……えらいことになってきたな……)
このままなし崩しで魔力を封じられてしまうのだろうか。
そもそもダークエルフという種族に会うことすら初めてで、そこから有無を言わさず村まで連行されるとか、かなりの急展開で頭が追い付いていない。
やばい状況なのに、まるで他人事の感覚だ。
そうやってどこかぼんやりと今の状況を眺めていると、後ろからくいと服を引っ張られた。
振り向くとリリアがぴったりと俺にくっつき、上着の裾をつまんでいた。
「あ、あの、カイトさん……」
「心配するな、リリア。俺が反抗しなけりゃ、あっちも手荒な真似はしないはずだ。少なくとも君に危害が加えられることはない。そう怖がらなくていい」
「でも、カイトさんが……」
そうだ。この子がいるのだから、馬鹿みたいに呆けている場合じゃなかった。
俺はともかく、リリアに危険が及ぶことだけは避けなければ。
とりあえず、焦って逃げようとしたり、むやみに戦ったりするのは避けた方がいいだろう。
(まずは安全を確保することを最優先に考えないとな……)
そんなことを思っていると、メルフィナがリリアに気付き、何故か驚いたように声をあげた。
「……おい、どうしてその娘まで付いてきている!? どういうことだ!」
「え? あ、あの、どういうことって、私……」
「我らはこの男のみを転移させたはずなのに……貴様、まさか闇魔法で我らの魔術に介入したのか!?」
「は? 何言ってんだ。知らねえよ」
「おのれ、無駄な抵抗をするつもりか!」
「気付かぬうちに転移を妨害するとは……やはりこの男、捨て置けん!」
三人ともが急に身構え、腰の剣を抜き払った。
なんだなんだ。いきなり剣呑な雰囲気になってるが、どうなってんだ。
「ま、待って下さい! 私たちは逆らうつもりはありません! どうか剣を収めて下さい!」
リリアが俺より前に出て訴える。が、ダークエルフたちはどこか恐れすら抱いた様子で、こちらに刃を向けてきた。
「魔力札による転移術は、封印術と同様に我らの力によるものではない。あらかじめ札に貯め込んだ膨大な魔力で行使するものだ。上位存在でもなければ介入できない魔術が、何故妨害などされた……? 男に覚えがないのなら、娘よ、さては貴様の仕業か!?」
「えっ……?」
「ちょっと待て。リリアは関係ない。あんたらは俺の魔法を封じたいんだろうが」
「問答無用! 危険は排除するのみだ!」
「ひっ……!」
「おい、やめろ!」
俺はリリアの前に立ち、剣と彼女の間に体を割り込ませた。
それでもメルフィナは俺にかまわず、どこか焦った様子で刃を振り下ろす。
危ないと思うと同時に、こちらの身体がとっさに動いていた。
ザンッと刃がはしる音とともに、鮮血が飛ぶ。
「ぐぁっ……!」
「カイトさん!」
肩口を斬られ、吹っ飛ばされた。
身代わりの影布も持っていなかったため、直でダメージを食らい、右肩から血が流れる。
(痛ってぇぇ……。てか、熱い……!)
「カイトさん! カイトさん、しっかりして下さい!」
リリアが涙目になりながら駆け寄ってくる。
「大丈夫だ……見た目ほど深手じゃない。当たったのは、力が乗らない剣の根本の部分だから……っ」
息も絶え絶えな俺だが、とりあえずこちらの無事を確認してリリアはホッと安堵する。
だが、彼女は立ち上がると、怒りの形相でダークエルフたちを睨みつけた。
「……許さない」
その声に、一瞬空気が震えた。
か細い小さな声だったのに。張り詰めているような、どこかひりひりと痛いくらいの圧を肌に感じた。
急な変化で最初はわからなかったが、それは彼女から発せられている膨大な魔力のプレッシャーだ。
「り、リリア……?」
「あなたたち……絶対に許さないから」
ゴォンと大地が揺れたような錯覚にとらわれた。
リリアの背中から紅いオーラが立ち上る。
それはだんだんと竜の姿を形作り、その竜が目の前の三人に向かって牙をむき、叫びをあげる。
ギシャアアアア!!
「──うぉっ!?」
「りゅ、竜……?」
「まさか、この娘……い、いや、この方は……!」
「竜人族……神竜の末裔の……そんな馬鹿な……!」
リリアの身体が強く光り出す。雄々しく。神々しく。
それを見て、俺の頭に死という一文字が浮かんだ。
守られている俺でさえそうなのだから、ダークエルフの三人は果たして何を思っただろうか。
まさに逆鱗に触れた竜の怒り。すべてを消し去る神獣の咆哮。
リリアの中に秘められた力は、それほどまでに強大なものだった。
そして、彼女が竜に変化し始め、体表の赤が天を覆うばかりに広がりを見せようとしたその時──
『──そこまでです。竜の巫女よ、どうか牙を収めて下さい』
凜としたテレパシーの声に、その場の全員が振り返る。
声を感じた方角、村の入り口を見やると、おそらくは彼女らの長であろうダークエルフの女性が、杖を持って立っていた。
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