◇18.ダークエルフに闇魔法を使うなと言われたんですけど。
薬屋を始めて以降、俺たちの生活は順調といってよかった。
知り合うお客さんはありがたいことに皆、好意的だ。
人が人を呼んで、口コミで人脈が広まっていく。
身代わりの影布のせいか、その中でも特に冒険者パーティの知り合いが増えたように思う。
最近ではダンジョン探索に誘われることもあり、恒常的に誰かと組むことはないが、都合がつく場合はゲストとしてスポット参戦させてもらっている。
ダンジョン探索は実戦で闇魔法の効果を測るまたとない機会だ。
それ以外の魔法ができない俺としてはパーティの足手まといになってはいけないので、あらかじめそのことを伝え、その上で色々と使用法を試させてもらっていた。
不思議なことに、それでもこちらを誘ってくる冒険者は多い。
リリアは「それはカイトさんに人徳があるからです」と言うが、自分としてはあまりピンと来ない。
とはいえ、日々は充実しており、追放されたのは怪我の功名、順風満帆かと思っていたのだが……やはりすべてが上手くいくわけもなく、トラブルも舞い込んでくる。
その日、店にやって来たのは、ダークエルフの女性が三人だった。
褐色の肌に銀色の髪。いずれの女性も細身の体躯で、見惚れるほどの美貌である。
彼女たちはどこか高圧的な態度で、単刀直入に用件を切り出した。
「この店では、闇魔法を商品として扱っていると聞いたが本当か。それが事実なら、即刻使用を取りやめてもらいたい」
「……どういうことですか」
さすがに驚いて聞き返してしまった。
すると、三人のうちの一人が声を張り上げて言う。
「我らの尊厳を踏みにじる重大な盟約違反だ! そもそも人間が闇魔法を用いるなど言語道断! 恥を知るがいい!」
……何かすげえ怒ってるし。
こっちとのテンションが違いすぎて、綺麗な人なのにもったいないな、などとのんきなことを思ってしまった。
「えーと……理由をお伺いしても?」
「言わねばわからんのか、この──」
と、前に出そうな彼女を、寸前でもう一人が留める。
「やはり知らなかったか。ならば仕方のないことだ。だが、聞いた後は我々に従ってもらうぞ」
そう言って、メルフィナと名乗ったリーダー格らしき女性は、俺たちに詳しい事情を話し始めた。
◆
そもそも数百年前の人間たちは、闇魔法を普通に使用していたらしい。
ただ、やはりそれほど重用されていたわけではなく、あくまで聖属性の対になるものとして、儀礼的なものにしか用いていなかったという。
それで、今の時代と同じように、人々は闇という属性を忌避し、遠ざけようとした。
それゆえ闇を崇拝し、闇を生活の中心に置いているダークエルフは人間を嫌い、「ならば今後一切、闇魔法を使うな」と、当時の人間たちと盟約を結んだそうだ。
自分たちがあがめているものを当て馬のように使われたのだ。腹が立つのもまあわかる。
そして、ここからは俺の推測だが、人間たちは闇属性の存在だけは覚えたまま、代替わりなどでその盟約を忘れていったのだと思う。
……とはいえ、そんな昔のことを持ち出されても、俺としては正直どうなのかという感じだ。
その約束は、世界中の人間と結んだわけでもないだろうに。
俺の出身は別の国だし……今も追放されて、半ば無国籍みたいな状態だし。
何より困るのが、闇魔法を禁じられるとミランダの治療が続けられなくなることだ。
売り上げが減るのは他でカバーできるが、彼女に関しては命に関わる。
そう思って事情を説明したのだが、やはりというかダークエルフたちは首を縦に振ってはくれなかった。
隊長のメルフィナはともかく、他の二人は嫌悪を隠そうともせずに言った。
「何を下らんことを。これは我々の種族の沽券にかかわることだ。たかが人間一人のために例外を認めることなどできん」
「じゃあ、俺の代わりにそちらのどなたかが闇属性の力を魔石に込めていただけませんか。それなら、俺が力を使わなくてもミランダさんを助けられる」
「ふざけるな。そもそも我々は人間という種族を忌み嫌っている。こうやって警告に来てやったのは、いわば最大限の譲歩だ。人間を助けるダークエルフなどいない」
「隊長、こんな男に情けをかける必要はありません。我々の村に連行して、早々に魔力を封じてしまいましょう」
「……もっともだな。私もいささか甘さが抜けないようだ。そうさせてもらおう」
二人のダークエルフが急かすと、メルフィナは首肯し、ふところから一枚の札を取り出した。
封じる? 確かに口約束だけでは心もとないのはわかるが、まさか魔法そのものを封じてくるとは思わず、俺はとっさに身を退いて構える。
だが、メルフィナはその場から動くことなく札からの魔力を展開した。
彼女の周囲を魔法陣が取り囲み、同時に空間がぐにゃりと歪み出す。
(って……連行ってのは、縄でもかけて連れていくんじゃなくて、魔法でかよ……!)
そこから逃げ出す暇もなかった。それは強制的に場所を移動させる転移の術式。
俺の国ではめったにお目にかかれない、召喚魔法に勝るとも劣らない高位魔術の一つだ。
みるみるうちに周りの景色が塗り替えられていき、俺たちは言葉すらもない。
気が付けば、俺とリリアは彼女たち三人とともに、紫の瘴気に包まれたダークエルフの村に飛ばされてしまっていた。
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