◆17.王子の傍に別の女がいるんですけど。


 王宮内の私室にて。

 王太子ヨハンは、少しばかりの苛立ちを交えながら不満を吐き出した。


「まったく……どういうことなんだ。せっかくの休み、彼女のために時間を空けておいたっていうのに」


「彼女……アンリエッタ様ですか?」


「ああ。何故か知らないが僕との予定を無しにして、アンリエッタは司祭のところに行くと言ってきたんだ。しかも用件は、結界の補強の要請らしい。確かに真面目なのは彼女の美点だけど……そんなことのために僕との時間を差し置くなんて、最近のアンリエッタは、僕が優しいからって少しわがままが過ぎると思うんだ」


「そうですねぇ。殿下はお優しいですものね」


「君なら僕の気持ちを分かってくれるよね、フローラ」


「もちろんですわ。わたくしはいつも殿下の望まれるようにと思っておりますもの」


 ヨハンの傍には、伯爵令嬢のフローラ・パルヒュムがいた。

 この令嬢は、近頃急激に台頭してきたパルヒュム伯爵家の一人娘であり、王宮内では王族の侍女として奉公している。

 同伯爵家はアンリエッタの聖女擁立に賛同し、娘の彼女もヨハンとアンリエッタの仲を応援することを表明していたので、ヨハンはこのフローラに特段警戒心を抱いてはいなかった。


 それどころか、最近などはつれないアンリエッタの代わりに率先して彼に寄り添っているので、ヨハンは彼女のことを憎からず思っているくらいだ。


 出しゃばることなくほどほどに。いつも「殿下のため」と口にするフローラは、今のヨハンにとってアンリエッタの代わりともいうべき存在になりつつあった。


「司祭様は、確かアンリエッタ様が聖女になることに反対されていましたよね。わざわざそんな方のところに足をお運びになるなんて。アンリエッタ様、大丈夫なのでしょうか……」


「そうなんだよ。アンリエッタはまるで自分から聖女を辞めようとしてるみたいなんだ。他にも、サイモン卿、デーライト卿、僕の弟のフリッツあたりにも面会を申し込んだらしいんだが……」


「それらの方々も、聖女を召喚してそちらに任せるべきだと主張されていた方たちばかりですね」


「サイモンはすでに買収したし、デーライトは力もなく没落寸前だ。フリッツなんて僕と違ってろくな人脈もないただの引きこもり。だから問題はないと思うけど……。唯一気がかりなのは、マレク司祭くらいか……」


 不安気味にそう言葉をこぼすヨハンに、フローラは静かに近づき、上目遣いで言う。


「その点に関しては心配ないと思います。たとえそうだとしても、新たな聖女を召喚することもできないのですし。どちらにしろ、アンリエッタ様がお役目を果たさないといけないのですから。殿下が励まして差し上げれば、アンリエッタ様もきっと自信を取り戻すはずですわ」


「なるほど、確かに……。アンリエッタが聖女でないといけないのは、変わらないものな」


「ですけど、万が一、司祭様が心変わりさせるようなことを吹き込むかもしれません。そうならないためには……」


「……そうだな。また以前の魔法陣の時みたいに、何か考えておいた方がいいかもしれないなぁ」


 そう言って、ヨハンはニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。


 一方、フローラは優雅な笑みを崩さずに、ヨハンの賢さを褒め称える。

 実のところを言えば、魔法陣を書き換えて聖女召喚の儀式を妨害しようという策は、彼女の発案だった。

 だが、王太子は誘導させられたことに気付いていない。

 魔力の足りないアンリエッタを聖女に推すことも、真の忠臣なら諫言が入れられてしかるべき場面だったが、逆にフローラは王子の身勝手さを後押しした。

 その理由は定かではないが、彼女はそうとは気付かせないように、王子の望みが叶うことが自分の幸せであるともっともらしい言葉を彼にささやき続け、さりげなく王子を破滅の方向へと導いていた。


 まるで、この国が滅んでも構わないかのように。

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