◇16.裏社会の皆さんに感謝されたんですけど。


「ただいま……って、何だこりゃ……」


 素材の採取から帰ってきた俺は、家の前に置かれた荷物を見て、あぜんとした。


 荷物というか、贈り物らしき箱の山がうず高く積まれていた。

 入り口の扉が完全に隠れてしまっている。

 どの箱も綺麗にラッピングされて、誰かの私物でもないようだが……何故店の前にこんなものがあるのか。


「プレゼントっぽいけど……まさかうちに送られたものじゃないよな。俺が貰える心当たりがないし」


 いや、俺じゃないならリリアか。薬屋の看板娘みたいな感じでファンでもついたのだろうか。

 なるほどそっちなら有り得るかと思いつつ、品物を端にどけていると、リリアが裏口から回り込んでやって来る。


「カイトさんっ。こ、これっ、さっき配達屋さんが持って来てくれたんですけどっ……」


「おお、リリア。人気者になると色々と大変だな。ま、俺としてはそのおこぼれにあずかれるから大歓迎なんだが」


「何言ってるんですか。私だけじゃなくて、カイトさんにもですよっ」


「……え?」


 否定しつつも彼女が見せてくれた配達票には、確かに俺たち二人の名前が宛名として記されていた。

 そして、その下には『ミランダ・ロザネス』という送り主の署名が。


「ミランダ、って……この前来た包帯の女性か……?」


 確認のため、箱のうち何個かを開けてみる。

 それらの中には稀少な薬剤や高級食材、年代物の酒類などが入っており、いずれも並の値段では買えないものばかりだった。


「あの人……何者なんだ……?」


 その疑問は彼女が店を来訪する一か月後にわかることになる。







「こんにちは。ちょっと前に荷物を送らせていただいたけど、ちゃんと届いたかしら?」


 空になった魔石に魔力を詰め直すため、再びミランダがやって来た。

 彼女の全身を覆っていた包帯は取れ、まだ少し痕は残るものの、以前とは違い元気そうだ。どうやら経過は良好らしい。


「お久しぶりです。魔石での処置は効果あったみたいですね」


「ええ、おかげさまでね。お化粧で痕を隠してる部分もあるけど、そんなに目立たないでしょう? 他の術士さんに皮膚の再生もお願いしてるんだけど、お化粧も再生も、新たな火傷ができないからこそ可能なのよ。だからこの魔石とあなたのおかげよ。本当にありがとう」


 そう言って、嬉しそうにミランダは笑った。

 素顔の彼女は、なんというかエレガントな女性だった。

 波打つ金髪と赤い口紅が美しく映え、とても艶がある。

 ただ、貴族の身分のようには見えず、どこか凄みもあるたたずまいで、野趣みたいなものも感じさせる。

 もっとも、それは彼女自身のみならず、付き添いの男たちが屈強なせいもあるのだが。


 この日も彼女は付き添いの男性を連れており、しかも前回より人数が増えていて、彼らは全員が顔に傷のある、いかつい風貌の男たちだった。


「薬師殿、我らが主人の傷を治癒していただいたこと、一同を代表して、ここに感謝の言葉を述べさせて下さい」


「ど、どうも」


 先月もミランダといっしょだった長身の男性が頭を下げる。

 彼女の夫には見えないが……。丁寧な言い方なのに、威圧感がすごい。


あねさんが治って本当に良かった……! 俺ぁもう、姐さんの身体がずっとこのままなんじゃないかと、怖くて怖くて……!」


「こら、外で『姐さん』はやめろって言ったでしょ。恥ずかしいじゃないの」


「へい。すいません、姐さん」


 すぐ後ろについていた別の男が感涙にむせび泣いていた。

 ……姐さんって。ほんとにどういう人なんだ、この人たち。


「あの、たくさん贈り物をいただいて、こちらこそありがとうございました。お礼状を出したかったんですが、住所がわからなくて……。今後のこともありますし、よければお住まいやご職業を教えてもらえますか」


 俺がそう尋ねると、ミランダたちはどこかためらうような表情を見せ、それから仕方ないと言いたげに全員が小さくうなずき合った。





 結論から言おう。

 ミランダは裏社会の元締めだった。

 森の東から一番近いところに存在する小規模商業都市国家リッケス。そこを陰で牛耳る『ロザネスファミリア』という組織の女頭首。

 実のところ、彼女は俺の国の医者に診てもらおうとしていたのだが、その素性ゆえに今まですべて断られていたらしい。

 俺が元いた国グラフィアスは、医学も含めて魔術関連は発達しているが、多分に権威主義的なところがある。反社会的勢力などお断りという魔術医も珍しくない。

 この店に来たのは、ある意味最後の望みを託すような面もあったのだろう。


「まあ、こんな経歴だから色々と融通が利かないのは承知してるわ。周りから疎まれてることもわかってる。でも、自分の生死に関わることはさすがに断念するわけにはいかなくてね……。あなたも、こんな女の治療を続けるのは嫌かもしれないけど、できるだけ迷惑がかからないようにするから、どうか治療を続けてもらえないかしら」


「何言ってるんですか。そんな馬鹿みたいな理由で治療を拒否するわけないじゃないですか」


 間髪入れずにそう答えると、男たちがにわかにざわめいた。


「に、兄さん。いいのかい」


「俺も人を選り好みできる立場じゃないですし、する気もありませんし。何より、一度治療を引き受けたんですから、それを途中で投げ出したりはしません。安心して下さい」


「お、おおぉ……」


「……ありがとう。本当に……恩に着るわ」


「お代はいただいてるんですから、そこは着なくていいですって」


 まあ、肩書だけじゃなく、実際にその人たちと接してみないことには、良いとか悪いとかわからないしな……。

 そんなことを思って診察と魔力の充填を終えると、帰り際に付き添いの男たち全員から直立不動で敬礼されてしまった。


(裏社会というよりは……なんだか統率の取れた軍隊っぽいな、この人たち)


 敵として戦いになったらかなり厄介なのではと、俺は彼らを見送りながら、どうでもいいことを考えてしまうのだった。

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