◇15.包帯だらけの患者さんが来たんですけど。


 ある日、閉店間際になった時間帯に、一組の男女が店にやって来る。


「いらっしゃい……ッ、ませ」


 その二人の姿を目にして、俺は一瞬言葉に詰まってしまった。

 というのは、男性の方は普通の格好だが、女性は包帯で全身をぐるぐる巻きにしており、かなり痛々しい姿だったからだ。

 歩くのにも難儀しているようで、男が支えて何とか店内に入ってくる。

 包帯の隙間からは、火傷の痕のようなものが見えた。


「遅い時間帯にごめんなさいね。こんな成りだから、あまり人目に触れたくなくてね……。ちょっとご相談に乗ってもらえないかしら」


「あ、あの、どうぞ席にかけて……いや、それより奥に診療台がありますから、そこに横に……じゃない。ええと、うちよりも街の病院に行かれた方がいいのでは……?」


「あぁ、大丈夫よ。これは別に今した怪我ってわけじゃないから」


 「街の大病院でも手に負えないのよ」と述べる彼女を、奥の診療室に案内する。

 俺も正規の魔術医ではないので、診察に関しては正直自信がなかったが、どうやらこの女性はわざわざここに来ようとした理由があるらしい。

 彼女はミランダと名乗り、辛そうな様子を見せつつも、自らの症状を説明してくれた。


「……まあ、一言で言えばこういう体質なのよ。私の魔力は聖属性なんだけど、自分でそれを抑えられないというか……。若い頃はそうでもなかったんだけど、だんだんと歳を取るにつれ、自分の魔力が制御できなくなってね。近頃だと、一度焼かれると、治癒するより先に魔力が漏れ出して……体力もなくなるから、こんなふうに治らないままなのよ」


「焼かれる……ですか。でも、外から受けた傷ではないんですね……」


 歳を取るにつれ、と彼女は言った。

 しかし包帯の上から見た限りでも、それほど老齢には見えなかった。


(俺と同い年か、二、三歳上くらいか……。それはともかく、自分の魔力を抑えられないとは……大変だな……)


 包帯はそのままで、ざっと魔力の流れを見させてもらう。

 彼女の言う通り、質的にかなり強い魔力が体内に秘められているように思われた。

 量よりも質というか……圧縮されている。体の中を魔力の激流がはしっているイメージが近いだろうか。


(けど、聖属性の魔力なら、同じ聖属性を使えるリリアが診た方がいいんじゃないか……?)


 そう思って備え付けの呼び鈴を鳴らす。

 リリアを待つ間、ミランダ女史は付き添いの男性に命じ、ふところから一枚の布を取り出させた。


「あ、それ」


「ええ。あなたのところで売ってる闇属性の布よね。これを使わせてもらったら、私の魔力が相殺されて、少しだけ楽になったのよ」


 それでわざわざ医者でもない俺のところに来たということか。

 だが、この布は一回分のダメージしか消すことができない。

 たとえ何十枚と使ったとしても、常に魔力が漏れ出ているのなら、悪いが気休め程度にしかならないだろう。


「ご期待に添えず申し訳ないんですが、これは永続的にダメージを軽減させるものでは……」


「失礼します。カイトさん、お呼びですか?」


 言いかけたところ、リリアが入ってきた。

 仕切り直して、今までの経緯をリリアにもかいつまんで説明し、話に加わってもらうことにする。

 ちなみにリリアは包帯だらけのミランダを見ても、ぐっと抑えて表情を外に出さなかった。ぶっちゃけ、俺よりえらいなと思う。


「……というわけで、何とかしてこの人の魔力を抑えたいんだが……何かいい方法はないだろうか」


 俺が一応聞いてみると、リリアは何かを思い出したように小さく声をあげた。


「カイトさん。これって、この間のクリアライトダイヤ……使えるんじゃないでしょうか」


「え、どういうことかな。あれって確か無属性だったんじゃ……」


「ええ、ですから。聖属性と対になるのはカイトさんの闇属性です。魔力を抑えるのではなく、あのダイヤにカイトさんの闇属性の魔力をこめて、それで相殺すれば……」


「ああ、なるほど。その手があったか!」


「ええと、ごめんなさい。私にも説明していただけるかしら」


 テンションを上げる俺たちを尻目に、よくわからないといった様子でミランダ女史がこちらへ尋ねた。



 要するに、彼女の魔力があふれる都度、闇属性で相殺し続ければ体が傷つくことはない。

 身代わりの影布の場合、それはすぐに尽きてしまうが、魔力の貯蔵量の大きいあの魔石を代わりに携帯してもらえば、その間は継続して相殺が可能ということだ。

 幸い魔力の大きさだけは俺も自信がある。魔石にめいっぱい魔力を込めて渡せば、それで一月くらいは持つだろう。

 魔石の中身がなくなったら、また店に持ってきてもらって入れ直せばいい。

 そんな提案をミランダにしたところ、付き添いの男性ともども安堵した顔になりつつも、彼女はどこか気まずそうに言った。


「でも、こんな高価な魔石を使わせてもらっていいのかしら……」


「いえ、むしろ謝りたいのはこちらの方なんです。だってこの魔石、さっきまで暖炉の灰の中にあったんですから。こんな汚いものをお渡しすることになって……あの、ちゃんと洗ってありますけど、このことは他のお客さんには内緒にしてくださいね」


 冗談めかして俺が言うと、彼女はくすりと笑みを見せる。

 こういう場合は話題をそらして勢いで押し付けてしまうに限る。

 暖炉の薪にするよりもよほど効果的な使い方ができそうだと、俺は逆に礼を言いたいくらいだった。

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