◆10.聖女の魔力が足りないようなんですけど。
公爵令嬢アンリエッタ・ヴァネストの頬を冷や汗が流れた。
彼女は今、王宮の中心にある大型魔法陣の上で聖属性の魔力を練り上げている。
ここから結界を展開し、国土全域に魔力のバリアを張り巡らせるのである。
とはいえ、すでに結界は歴代の聖女たちによって張られているので、正確には結界に聖の魔力を充填するといった方が正しい。
(でも、魔力が……全然、足りないわ……)
魔法陣に組み込まれた術式によって魔力が増幅されるといっても、結界のキャパシティのまだ三分の一にも達していなかった。
その分バリアの層は薄くなってしまう。
確かに聖女候補に擁立されるくらいにアンリエッタの魔法は秀でていたが、十分というわけではない。
そのことは彼女自身もわかっていた。
しかし、それを王太子が自らの権力を使って「次の聖女が見つかった」と強引に押し通したのだ。
アンリエッタは彼が優遇してくれることは嫌ではなかったし、課された役目も手を抜くつもりはなかったが、やはりこのままでは聖女の責任を果たせないと思い直す。
今の中途半端な状態から聖女の座を下りれば、家や自分の立場が悪くなるかもしれないが、それでも国のためには代わりになる者を据えてもらうべきだと考えた。
だが。
「何を馬鹿なことを言っているんだい、アンリエッタ」
王子は能天気な顔でそれを否定する。
「ですが、殿下」
「大丈夫だよ。別に結界に穴が開いたとかじゃないんだろう? あの結界の術式は何百年も前のご先祖様が構築した大魔術で、ちょっとやそっとのことじゃ破れたりしないのさ。多少魔力が少なくたって、並の魔術師じゃヒビ一つ入れられやしない。王家の秘宝の一つなんだよ」
「それならなおさら、私なんかが担当するわけには……」
「自信を持って、アンリエッタ。そもそも結界は他国に対する威嚇としての役割の方が強いんだ。外から見た限りじゃ弱まったかどうかなんてわからない。つまり、君が結界を張って、結界がそこにあるというだけで、十分聖女の役目は果たされているんだよ」
その返答に、ああ、ダメだ。と、アンリエッタは落胆した。
王子は色々とフォローの言葉を述べるが、その目は彼女を見ていなかった。
口調は優しい。けれど、彼が欲するのは人形のように言うことに従ってくれる女であって、そもそもアンリエッタの抗議を真剣に聞く気はないようなのである。
(悪い人ではないと思っていたけど……根本的にどこかズレているのよね……)
いや、そもそも呼び出した竜を魔術師ともども追い出して、それで終わりにしている点からして倫理観が欠如している。
国防について真剣に考えているとも思えず、いずれ国のトップに立つ人間の認識としては、あまりにも危うい。
(少なくとも私以上の術者か、可能なら本物の聖女を探して連れてこないと……。もし本当に他国から攻められた場合、きっと私の魔力では防ぎぎれないわ……)
アンリエッタはこの後、宮廷魔術師たちにも現状を訴えに行く。
だが結局、事態を重要視していない者ばかりで、誰も彼女の話に真剣に取り合わなかったのだった。
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