◇08.闇魔法が商品として売れそうなんですけど。


 三日後。


「お兄さん! お兄さんいますか!?」


 先日の女剣士さんが店に飛び込んできた。

 彼女は肩で息をして、大急ぎという感じで俺のもとに駆け込んでくる。


「……どうかしましたか?」


 何かまずいことでもあったか、もしやあの布におかしな不具合でも生じたのかと身構えるが、彼女はどこか嬉しそうに俺の手を取って言う。


「あの黒い布、すっごいですね! あたし、あの布のおかげで命拾いしちゃいましたよ! あれ個別に売ったりしてないんですか!?」


「え、ど、どういうこと?」


 わけがわからない俺に、女剣士──彼女はこの時エイラと名乗ってくれた──は、興奮した様子でその時のことを語ってくれた。





「……それでうっかりゴブリンの矢を脇腹に受けちゃったんですけど、あの布が吸い付くように矢に引き寄せられて、布ごと矢が消滅しちゃったんです。パァンって」


「布ごと……矢が消滅した?」


「はい」


 彼女が言うには致命傷を受けそうになったところ、あの闇属性の布が身代わりのようにダメージを引き受けてくれたらしい。


「この布って……一体何なんですか?」


 エイラは興味津々に尋ねる。

 ただ、俺は説明する前に彼女に謝らなければならなかった。


「実はこれ、実体化した闇属性の魔力を薄く延ばしてたもので、厳密には布じゃないんです。きちんとお話しして、回収しておくべきでした。本当にすみません」


「……何言ってるんですか?」


「え」


「もしこれ返してたら、あたし死んじゃってるじゃないですか。もー、怖いこと言わないで下さいよー」


「……いやでも、闇属性ですよ? こういうの触るのすら嫌がる人、いると思うんですが」


「あたし、魔法のことよくわかんないですし……。そもそも闇属性って、何か良くないんですか?」


「俺もまだ研究中なんですけど……前の職場だと、呪われた属性みたいな感じで嫌がられてたので」


「えー、でも、あたしが身に着けてても呪われるってわけじゃないんですよね? だって、危険なものだったら、こんなふうに無造作に置きっぱなしにするわけないですから」


「え、ええ、まあ」


 結構冷静に観察されていた。

 実際、闇属性とはいうものの、ぶっちゃけた話、宮廷ではなんとなく昔からの慣習で忌避されているようなもので、今まで調べた限りでは何か副作用が生じるわけでもない。

 彼女はそんな迷信じみたものにとらわれる性格でもないようで、逆にらんらんと目を輝かせて俺に頼み込んできた。


「ね、店主さん。これ絶対売れますって。ていうか、売って下さい! これ身に着けてたら、みんなの生存率ものすごく上がると思いますから!」


 つまり、この布は身代わりのお守りとして使えるということらしい。

 そういえば、リリアの身体にまとわりついていた雷撃もこれで相殺できていたし、本当にその性質を持っているのかもしれない。

 まだ引き受けられるダメージの上限など、正確な効果範囲を調査する必要があるものの、これが使えるアイテムである可能性は高いように思われた。


(この未開の属性……研究のしがいがあるとは思ったものの、まさか商品として売ることになるとはな……)


 人生何が起こるかわからない。俺は予想もしていなかった魔法の使い方に、ちょっと笑ってしまったのだった。

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