◇07.お客さんが来たんですけど。
森の屋敷で暮らし始めてから、十日ほどが経った。
薬屋は一応開店させたが、近くの町などに下りて宣伝はしていないので、誰かが店を訪れることはない。
材料となる素材がまだ十分に集まっておらず、売る物が揃っていないからだ。
当面は採取を主で行って、それなりに薬が出来上がってから、近隣へ挨拶に行くつもりだった。
コンコンコン
「すみませーん。ここ、やってるんですかー?」
……などと思っていたら、いきなりお客さんがやって来た。
ノックを受けて「どうぞ」と返事をすると、二十代くらいの赤髪の女性が入ってくる。
髪をポニーテールに結わえて、明るい笑顔が印象的な、活発な感じの女の子。
腰に長剣を差し、軽装の鎧を着こんだ格好からして、剣士の冒険者のようだった。
「あれぇ、新しい店主さんですか? 確か以前は、魔女のおばあちゃんがお店をやってましたよね」
「ええ。師匠は数年前に亡くなって、俺は彼女の弟子なんです。今までは王都の方にいたんですが、つい最近越してきて、今はこちらで店を継がせてもらってます」
「あ、そうなんですかー。ずっとお店が閉まってて、今日通りかかったら草木の道が通れるようになってたから、やってるのかなってのぞいてみたんですよ。開いててラッキーだー」
「一応営業はしてるんですけど、まだ準備が十分じゃなくて。なので、お探しの薬がないかもしれませんが、ご注文いただければ優先して作りますよ。何をお求めですか?」
「えーと、一般的な固形の回復丸薬なんですけど。できれば二十粒くらいの瓶詰めが欲しいなって……ありますか?」
「ええ、それなら」
回復丸薬。
ポーションよりも効果は劣るが、固形のため、携行性に優れた東方由来の回復アイテムだ。
一番オーソドックスな商品なので、それはすでにストックがあった。
俺は店の奥からリリアを呼び、それを持ってきてくれるように声をかける。
「カイトさん、これでいいですか?」
「ありがとう。じゃあそれを瓶に詰めて……って、あれ。空の小瓶は、どこにあったかな……」
「へぇー、お二人でお店をやってらっしゃるんですね。お兄さんと、そちらのお嬢さんは……ご家族さんですか?」
「あ、あの、私たち……どう……見えますか?」
しゃがみ込んでカウンターの内側を探っていると、彼女の問いにリリアが応対する。
……って、何を聞き返してるんだ、リリア。
だいたいお兄さんって年でもないぞ、俺は。
「娘さん……っていうには歳が離れた感じでもないし……。妹さん、というほどには似てないですよね……。じゃあ……姪っ子さん?」
「むぅ」
そんな返答を耳にして、リリアは何故か不機嫌そうに唇を尖らせた。
彼女の顔を見た冒険者の女性は、「あら」と首をかしげるしぐさをする。
それからすぐに何かを察した様子で「あ、お嫁さん」と、つぶやく。
するとリリアはパッと表情を輝かせた。
「はいっ、おまけでもう一個、丸薬もサービスしちゃいますね!」
こらこら。何勝手に増量してるんだ。
まあ、一個くらいなら誤差の範囲だし、別にいいんだけどさ。
「……というか、瓶が見つからないんだが……。すみません、ちょっと探してくるのでもう少し待っててもらえますか」
「あ、別に他のに入れてくれればいいですよー。そこに置いてある黒い布で包んでもらうとかで」
彼女の返事にやや間があって、その時すでに店の奥に入ってしまっていた俺は、聞こえてきた声に黒い布なんて置いたかなと首をかしげる。
……って、黒い布じゃなくて、それ闇魔法で生成した魔力の塊じゃないか。研究のために試作しただけで、包装用の布じゃないんだけど……。
止めようと戻るが、一足早くリリアがその布状の塊に包んで渡してしまっていた。
「ありがとうございました、またいらして下さいね!」
カウンターに戻ってきた時には、時既に遅し。
リリアは女剣士を見送り、彼女は俺が追いつく前に店を出て行ってしまう。
(あー……しまった。人目につくところに置いてたのはまずかったな……)
事前にちゃんと伝えていなかったし、布を使わせてしまったのは完全に俺のミスだった。
(とはいえ、特に害があるわけでもないし……『闇属性』だと知られなければ大丈夫か……?)
しかし、この時の行き違いが、後日予想しない形で俺の今後を決定づけることになるのである。
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