◆06.公爵令嬢は不安なんですけど。


 王太子ヨハン・グラフィアスは上機嫌だった。

 自分と恋仲にある(と彼は思っている)公爵令嬢アンリエッタ・ヴァネストが、ようやく聖女として認められたからだ。

 彼女が聖女になれば、誰にもはばかることなくアンリエッタとの婚約を主張できる。

 そのことを考えるだけで、彼は口元がにやけて締まりのない表情になってしまう。


 ヨハンがアンリエッタを聖女にすることにこだわったのは、単に肩書だけを求めたからではない。

 実を言うと、次代の聖女は王太子と結婚する決まりとなっているのだ。

 ヨハンの母親である今の王妃も、数十年結界を張り続けた聖女だった。


 すなわち、結婚相手を無理矢理決められたくないヨハンは、何としてもアンリエッタを聖女にしようとさまざまな策を弄したのである。


「ですが、殿下……良かったんでしょうか?」


 次の聖女を決める会議のさなか、アンリエッタはヨハンに耳打ちした。


「何がだい? アンリエッタ」


「魔力が十分に足りていない私なんかが聖女になってしまって……。それに、殿下の命令で召喚の魔法陣が書き換えられて、聖女を呼べないようにしたとも聞きました。竜が出て来たのはそのせいなんですよね。そこまでして私が聖女になる価値なんてないと思うのですが……」


「何を言っているんだ。君は自分で思っているよりずっと素晴らしい女性なんだよ。あらゆる属性の魔法を使いこなし、その中でも聖属性の魔術は随一じゃないか。潜在魔力の量だって、女で君を上回る者はいない」


「でも、代理で結界を張られていた方は、私の何倍も……」


「あんな男と君を比べることなんてないんだよ、アンリエッタ」


 ヨハンは気取った声でアンリエッタにささやく。

 アンリエッタは戸惑っていたが、それに気づく様子もなく、王子は周りに同意を求めた。


「なあ、みんな。色々あったが、やはり僕のアンリエッタこそが聖女になるべきだと思わないか?」


「まさにおっしゃる通りですな、殿下」


「アンリエッタ様、代理の魔術師は異国あがりの蛮人です。奴のことなど数に入れる必要はありません」


「そうそう、あいつなんて魔力が高いだけの能無し野郎なんですから」


 宰相が同調し、カイトの同僚や上司だった魔術師が口々に彼を侮辱する。

 それらの雑言は王子のご機嫌取りでもあったが、彼ら自身の本音でもあった。

 魔術師たちは、異国からの亡命者であるカイトが自分たちを差し置いて、聖女の代理という栄誉ある役目を与えられたことに内心嫉妬していたのだ。

 そして、そんなカイトが竜とともに国を追われたことで、彼らは一様に暗い喜びを感じていた。


(でも……私に結界を維持できるのかしら……)


 アンリエッタは言葉には出さず、漠然とした不安を覚える。

 しかし、召喚魔術は膨大な魔力とそのための準備を必要とするため、もう一度行うにはある程度の年数を置かなければならない。

 結局、代わりの聖女を再度呼び出すことはできず、次の聖女はアンリエッタに決定したのだった。

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