◇05.とりあえず二人で暮らすことになったんですけど。
「えーと、どちらさまですか……?」
思わずかしこまって聞いてしまった。
銀の髪に蒼い瞳。肌が透けそうな薄い魔法衣もあいまって、まるで物語から抜け出てきたような美しい少女だった。
彼女は俺の質問に恥ずかしそうに肩を縮こまらせて言う。
「あ、あの、私、あなたに助けられた……竜なんです……」
……マジか。
「に……人間だったの? 今まで正体を隠してたってこと?」
「それもあるんですが……私、竜人族の巫女なので……。だから、竜の姿も本物で……どちらにも変身できるというか」
竜人族……聞いたことあるぞ。確か北の最果てに住む亜人の種族で、なんでも神代の竜の末裔だとか。
そして巫女というのは、一族の中でも特に魔力に秀でた者が選ばれるとかで、人間ならばそれは聖女のポジションにあたるという。
(じゃあ、召喚は成功してたのか……? いや、異世界からの召喚じゃないから、完全な成功ってわけでもないのか)
今となってはどちらでもいいことではあるんだが。
竜の少女はリリアと名乗り、俺も改めて自分の名を教えた。
互いの自己紹介が終わった後、俺は一番気になっていたことをリリアに尋ねる。
「えーと、リリア。どうして今まで人間の姿にならなかったんだ?」
竜の時でも念話でしゃべれるみたいだし。
てっきり人語を話さない魔獣に近い種族かと思っていたんだが。
「信用できなかったからです」
「信用?」
「ええ。強い力で強制的に呼ばれたことはすぐにわかりましたから。信用できる人の前以外では、人間の姿にならない方がいいと思って」
……まあ、それはそうか。
いきなり拉致も同然で呼び出した相手を信じろという方が無理な話だ。
むしろあの場でこちらが殺されなかっただけ運がいいと言える。
慎重な性格なんだな、この子は。
「でも、それなら俺の前でそんなことをしゃべってしまって大丈夫なのかな」
「はい。あなたは信じられる人だと思ったので。なのでこうして、正体を明かさせてもらいました。電撃を打ち消してくれたことも、私を殺さないよう進言してくれたことも……とても感謝しています」
別に大したことはやってないんだが。
けど、それで警戒を解いてくれたのなら何よりだった。
「というか、君が魔獣じゃないのならあれだな。洞窟とかに住まわせるわけにはいかないよな」
いや、そもそも故郷に帰れるようにしてあげないといけないのか。俺たちが勝手に召喚してしまったんだし。
そう思って明日以降、最寄りの町まで送ろうかと俺が提案すると、しかしリリアはその申し出を却下する。
「あの、もしあなたさえよろしければ……このまま森に置いていただきたいのですけど……。ダメでしょうか……?」
「いや、別に構わないけど。何か故郷に帰りたくないわけでもあるのか?」
「はい。実はそちらと違って、私の国での巫女というのは……どちらかというと軽視される存在なんです」
リリアはおずおずと説明する。
なんでも竜人族は魔力よりも肉体の強さの方に重きを置いているとのことで、小さな身体のリリアはこれまでずっと見下されてきたという。
巫女の役目も、聖女に似ているとはいえ結界を張るわけでもないため、実際のところは名ばかりの称号にすぎないらしい。
「魔力以外に取り柄のない私は、これまで何の役にも立てなくて……。なまじ王族の血を引いているせいか、皆からの風当たりも強くて……家にも居場所がなかったんです」
「それは気の毒なことだな……」
自分にはどうしようもないことで、責められたり白眼視されるのはあまりにも苦しい。
俺も自身で経験しているからよくわかる。
「……辛かったよな」
俺のつぶやきに、リリアは涙目になってこくこくとうなずいた。
「にしても、こんな森の奥で暮らしたいって、君はそれでいいのか? 今からでも王都に戻れば、もっといい暮らしができると思うんだが」
竜人族ではあるにせよ、聖女として呼ばれたのだ。魔術師なら、彼女がかなりの魔力を備えていることはすぐにわかる。
そのことを明かせば相応の待遇で迎えられるだろう。
だが、俺がそう言うと、リリアは頑として首を横に振った。
「嫌です。竜だったとはいえ、自分で召喚したくせに私を殺そうとした人たちのところになんて戻りたくありません」
「確かに……それはそうだな」
しかし、それならリリアが聖女であることは秘密にしておいた方がいいだろう。
王都の奴らがそれを知ったら、おそらく力尽くでもこの子を連れていこうとするに違いないからだ。
王都に残ることに特にこだわるつもりもなかったけど、彼女のためにも俺は追放されたままの方がいいのだろうなと思った。
「ああ、でもさ、先に断っておくけど、この森での生活はかなり地味なものになると思うよ。だからもし君が嫌になったら、遠慮なく言ってくれ。その時は外での仕事が見つかるように、俺も手伝うからさ」
「いえ、私……前から薬師のお仕事をしてみたいと思ってたんです。なので、カイトさんがそうだとお話しされた時、ぜひお手伝いしたいと思って。それに、私としてはおうちに置いていただけるだけでもありがたいんです。あ、あと、そうでなくても……」
「何?」
「……い、いえ……。やっぱり、何でもありません……」
何故かリリアはそのまま顔を赤くして、うつむいてしまった。
まあ、俺みたいなおっさんには女の子の気持ちなんてわからないよなと思いつつ、俺は彼女を自宅へと招かせてもらった。
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