第二十七章「クライマックスは続くのどこまでも!?(その4)」

 上空の爆発はゲートからである。


 石とも金属ともつかぬ特殊な素材で建造された柱の一部が粉々に砕け散った。「あっ、やばいんじゃね?」という声は誰が上げたかは不明であるが、この場に居合わせた九十九%の者が抱いた思いを代弁したものであった。


 地上の爆発はというと、ラストシューティングが失敗に終わったゴクアークにランスロットとクゥが攻撃をしかけたからだった。


 クゥの大剣が上がっていた腕を両断し、ランスロットが折れてしまった愛剣に魔力を込めて巨神の頭部に投げつけて諸共爆破した。


 相応の報いをくれてやったのを確認したランスロットらは、駆け出した。彼らの先には、剣を引き抜き、負傷した大魔王を抱えて地上に降り立つ勇者の姿があったからだ。


 降り立った勇の姿は、周囲が見慣れた人間の姿をしており、装備一式も漆黒からそれぞれ元の色に戻っている。本人はそれに関しては何も語らず、先程まで居た場所を見上げて嘆声を漏らす。


「まいったな。咄嗟とはいえ払ったのは浅慮だったなぁ。まったく最後の最後で格好つかないことだ」


「妻を護る為に身体が反応したのだな。わかるぞ。妻としては夫の愛が無意識レベルにまで浸透してるようで嬉しい限りだ!」


「お前の戯言はいいよもう!」


「しかし決着つかなかったな。もう少しで勇は私を殺す代わりに身も心も私しか考えられない肉人形になるかもしれなかったのに」


「無茶苦茶な約束にも限度つーもんあるだろコレ……思い出したからいいが、そうじゃなきゃどうなってたことやら」


「勇さん!」


「桜上くん!」


「陛下ぁ! ご無事でございますかぁ!」


 言い合いしてる内に二人の周りには近衛衆の面々、クゥと姫子が駆けつけてきた。


 クゥと姫子は駆けつけたものの、今の今での出来事が脳裏を掠めてかける言葉に迷って口を閉ざしてしまう。


 ランスロットらも同じらしく、セリスに気遣う視線を送りつつも咄嗟に賭ける言葉が浮かばず二の句が繋げないでいる。


 勇もセリスも心情を察せれるので積極的に声をかけようとはしない。


 寧ろセリスは、このときあることを実行に移す決断を下していた。


「なぁ勇」


「なんだ」


「ほんの十数分前のことになるが、聞きそびれていた答えを聞こうじゃないか」


「……あぁ」


 出すもの出して気分が落ち着いたのか、動揺も迷いも見えないようにセリスからは見受けられた。


「俺は」


「ふむ」


 勇者であり大魔王の婿である男は重々しい口調と厳かで真面目な顔で次の言葉を紡いだ。





「俺は、保留する」





 セリスが刺されたときとは違う意味で場が凍った。


 ある意味で絶対零度に等しい凍りつきであったが、勇は無視して己の考えを述べていく。


「元の世界へ帰る決心もまだ固まってない、異世界にもこんな事になった以上行けるわけもない。かといって今の立場に納得してるわけでもない。俺の望みは、もう少し、考えること。いつ結論出すかは分からないが、とりあえず今はまだ保留だ」


 勇の発言に虚を突かれ、豪胆なセリスを初めとする面々は次に言うべき言葉がすぐには出せなかった。


 脇腹から血が流れ続けるのも厭わずに、麗しき大魔王は自分を抱きかかえている夫の腕の中で抗議の声をあげることとなる。


「散々引っ張った挙句の返事がそれか!? 冗談はヨシコさんだぞ! 勇はどこの電車に乗るライダーなのだ。そこは妻と共に死ぬまえどころか死んでも一緒に居ると宣言するとこだろうが!!」


 セリスの抗議を皮切りに、他の面々も止めていた口を好き勝手に動き出させたて勇に詰め寄った。


 畏怖も躊躇いも、勇のあんまりな発言が鼓膜を叩いた瞬間に弾けとんだようだ。


「勇さん! そこは魔の力に打ち勝ったのですから、人間として勇者として私と共にという流れでしょう!?」


「桜上くんは帰りたかったんじゃないの!? このままだと留年しちゃうよマジで!」


「貴様ぁ! 陛下を殺害しようとしたばかりか、そんないい加減な返事をしよってからに!! 俺はそんな答え出す為にお前を助けたわけじゃないのだぞ!! この忘恩の徒めぇ、成敗してやる!」


「ランスロット落ち着きなさい。今のあなたの身体じゃいつも以下の末路が目に見えてるわ」


「気持ちは、わからん、でも、ないが、落ち着け」


 肩書きだけ見れば天上人のような立場の面々が、まるで市井の者と似たような水準の口論を展開してる様は、周囲に居る兵士らの苦笑を誘う。捕虜として連行されていく異世界の人間達ですら、力無い笑みを浮かべるぐらいであった。


 周囲の反応など眼中にない勇者と大魔王とそれらを取り巻く人物らの言い合いはしばらく終わりそうな気配を見せなかった。


「十九で今後の一生決めるような決断を簡単にしてたまるかぁ!」


「古今東西、勇よりも年下の身で決断をしてきた者は大勢いるのだぞ。ネットサーフィンしてる妻はマルッとお見通しだ!」


「過去を持ち出せば恐れ入ると思うな阿呆!」


「陛下に阿呆とはなんだ阿呆とは! お前みたいなイカレにだけは言われる筋合いないぞ!!」


「勇さん話をお聞きなさい! 今後の対応に関して私達は真剣に話し合うべきです。その身柄、私に預けなさい!」


「桜上くんがどんな存在でもいいから、せめてちゃんと答えは出してよ! 人の純情を嘲笑ったんだから少しは責任感じてさぁ!!」


「あーもう、コレこんな結末でいいのかよぉぉ!!」


 大騒動の幕を閉じたのは、責任と返事を先延ばしにした男のもっともな叫びであった。





 赤茶色の乾いた大地を一騎の騎馬が走り抜けていた。


 煌びやかな装飾品で飾られた鎧を身に纏っている貴公子然とした男―マックス王国王太子であるガーオネは、燃え上がる炎と煙から背を向け、アテもない荒野を一人駆け抜けていた。


 手綱を握る手は震え、顔面は死者のように蒼白であった。


 魔界をはじめとするあらゆる世界を征服する切り札と信じきっていた三体の闘神が、いとも容易く勇によって潰された時、司令部内に充満した空気は絶望だけではなかった。


 大言壮語の上に数多くの将兵を時間稼ぎの捨て駒として使った挙句のあっけない幕切れ。


 いかに王国時代からの側近らといえども、主君に対して不満と不信を抱かせるには充分なものだった。


 魔界側と違い、ゲートを上手く制御出来ない異世界側にとってこの戦は一方通行。魔族に勝利を収めなければ帰れる望みが薄い博打のようなものだった。


 魔界側のゲートと制御技術を奪取しなければ帰れない中で王太子の策を信じたからこそというのに、結果は大敗北。となれば保身に関して抜け目の無い人物が次にすることは語るまでもなかった。


 不穏な空気を察知したガーオネは、魔界軍が突入してきた混乱に乗じてゲートから逃げ出した。妹も側近らも兵士達も見捨てて必死になって戦場から離脱してきた。


 セリスと勇の激突に意識が向いていたらしく、魔界軍将兵からの追跡はなかった。戦闘後の混乱もあり、ガーオネは無事に逃げ切れたと思っていた。


 追手が掛かってない事を確認して乗馬の速度を緩めつつも走り続けるのはやめなかった。無人の荒野を護衛もなく独り駆けながら、恐怖と敗北感に全身を振るわせた。


「おのれ桜上勇! おのれ大魔王! よくも私の邪魔を、私に逆らうとは!! 今に見ておれ。この復讐は必ずしてやる。人間は魔族になぞ屈したりはしないのだからな!!」


 安っぽい呪詛を言い立てながら戦場から遠ざかろうとしていたガーオネの前に一人の男が前に立ちはだかった。


 男はガーオネが馬を止めるよりも速く、落ち着いた様子で人差指を横に滑らせた。


 瞬間、ガーオネの乗っていた馬は四本の足と首が刃で切断されたように刎ねられ、短い断末魔を揚げて解体させられた。


 胴体だけとなった馬と共に地に投げ出されたガーオネは、地面に叩きつけられて息を詰まらせた。


 痛みに呻きながら砂と汗で汚れた顔を上げると、彼の前に居たのは執事服を着た、少女と見舞うような中性的な容姿の少年であった。


 大魔王一家に仕える執事ケィル・ベロスは翡翠色の瞳に冷ややかな色を浮かべながらガーオネを見下ろしている。


「だ、誰だ!?」


 問いには答えず、ケィルは丁重に一礼して敗残の王太子に語りかけた。


「捻りも知性もない力任せの策でしたが、人間にしてはこれだけ騒ぎを起こせれば上等な部類になるでしょうな」


「な、なにを言ってるんだ……」


 動揺する相手を無視し、ケィルは傍に置いていた皮袋をガーオネの前に投げ出した。


「しかしながら、魔界が統一されて二千年余。統一後初の事は最初で最後に致したいと思っておりまして。事故承諾で大変恐縮ではありますが、相応のケジメをつけさせてもらった事をご了承くださいませ」


 淡々と語るケィルの言っている意味を掴みかね、ガーオネは中身が詰まってずっしりと重い皮袋の中身を恐る恐る見た。


 覗き観た途端、喘ぎ声をあげて皮袋を放り投げた。


 袋の口からこぼれ出したのは、ガーオネの父であるマックス王国国王の生首。他に主だった大臣らの首も袋に詰められていた。


「ご安心ください。無辜の民衆には手を出しておりません。ただ、城を完全破壊して王を初めとして要職に就かれていた方々に責任をとってもらいました。マックス王国は現時点で無政府状態故に混乱が起きてるでしょうが、それも軽挙の報いとして甘んじてもらえたらと」


 罪悪感の欠片もなく、寧ろ一仕事終えて一息吐いてるような態度と口調にガーオネは一時的に恐怖を忘れて激昂した。


「ま、魔族めが! 元はといえばお前達が我らの世界に攻め込んできたから悪いのだろう!? 被害者ぶるのはあまりにも傲慢ではないのか! どうなのだ!?」


「私はあくまで執事です。上の命によって動いたにすぎませぬ」


 王太子の激昂にケィルはまったく感応しなかった。


「水掛け論になると分かっていているのに議論をするなどという不毛で無駄な真似は行いません。こちらは我が世界の婿殿にちょっかいをかけたこと及びそれによって陛下の御心を騒がせ奉った罪に対しての責任を取ってもらっただけ。それ以上のことは公式の場での話し合いでやってもらいたい」


「悪魔どもめ! 貴様らなぞに安楽を貪らせないぞ!! 人間のみにその権利が与えられるのだ。悪しき魔族や魔物らにそんな権利はないのだ!!」


「あなたのような方とこれ以上話しても実りある会話は望めませんな。なのでこれ以上の会話は打ち切らせてもらいます」


 抑揚の無い事務的な声でそう告げ、ケィルは口早に呪文を呟き、指先で空を切った。


 切った先がパックリと裂けていき、やがて人が一人入り込める大きさの穴となった。穴の中は様々な色彩が混ざり合う混沌とした空間で、ガーオネには不吉極まりないものに見えた。


「な、なにを……」


 腰を抜かして動けないでいるガーオネの首根っこを掴み、ケィルは有無を言わせず異空間の中へとゴミ袋を投げ込むように放り投げた。


 絶叫が聞こえたが、それも穴が閉じられると遮断され、その場にはケィルが居るのみだった。


「時空の裂け目に放り込みました。運が良ければ生きてどこかの世界に流れ着くでしょうな……高重力の波に身体が耐えられたらの話ですがね」


 穴のあった所に向けてそう呟く。無論、聞こえていないことを承知の上だった。


 声さえ出さなければ性別も不詳な執事は、生首と馬の屍骸を一つに纏めて荼毘に付す作業を手際よく済ませた後、己の背後に居た初老の巨漢に向き直った。


「このようなものでよろしいでしょうか先代」


「あぁ、ご苦労だった」


 先代大魔王は親子二代に渡り仕えている執事に労いの言葉をかけた。


 ケィルが命で動いていたのは、セリスの方ではなく先代の方だった。


 今回の件で禍根を残さぬよう釘を刺すよう命じた先代は、ケジメをつけさせるということで反対派を引き下がらせ、異世界側に必要上の報復を行わない事を告げた。


 マックス王国はケィルが単身で王都へ攻め込み、一時間もせぬうちに王都を陥落させて王らを処刑した。その有様を勇奪還に参加した国々に見せつけ、以降このような軽挙を行わないことを確約させてきたのだった。


 大仕事を一人でやってのけた執事は顎を撫でながら困ったような笑みを浮かべた。


「後でセリス様にお知らせしたら、さぞ拗ねられるでしょうな。今の大魔王より先代の命令を優先するのかと」


「あんな骨董品如き三体が三十体だろうとも娘の敵ではない。ソレよりも今後の事を考えて異世界に対して釘を刺す方がまだ重要だ」


「と、私は仰ればよろしいので?」


「いや、ほとほりが冷めたら私がそう言っておこう。すまないが、少しの間だけ娘に怒られてくれ」


「主の命ずるままに」


 恭しく先代の命を受けたケィルは、半壊したゲートの方へ視線を転じた。


「それにしても、勇様のあれは答えになってるのでしょうかね。単に先延ばししただけのような気も致しますが」


「今までの事を考えれば半歩でも前進は前進だ」


「先代はセリス様だけでなく勇様にも甘いところがあるようで。元とはいえ統治者としては如何なものですかな」


 三体の闘神と勇の暴走をあえて放置したことを言外に指摘した。先代は忠実な執事の指摘に答えて曰く、


「……雨降って地固まる。と、地球にはそのような諺があるそうだ。あれはあれで本音をぶつけ合えばもう少し仲睦まじくなるだろうよ」


「なりますかな果たして」


「なってもらいたいものだ。魔界の統治者にも一人ぐらい毛並みの違う奴が居たらなにかと面白いかもしれぬしな。この先も、隠居の身であるが、可能な限りぷろでゅうすしたいものだ」


 先代の脳裏には、娘と共に数百数千億の魔族の上に君臨する、勇者であり人間である婿の憮然とした顔が浮かんでいた。


 寄り添ってくる妻を邪険に扱いながら、あれこれ文句を言いながらも歓呼に嫌々応えてる異色の帝王。


 容易に想像出来る可笑しな光景に、強面な口端に微かに笑みへと動いた。


 それを見た執事は、敵にまわしたくない大魔王父娘に気に入られている勇の運命に思いを馳せて笑いを必死に堪えていたのだった。






 「第二十四ゲート攻防戦」「血生臭いお祭り戦争」「狂乱婿取り合戦」などと後々呼ばれる事になる会戦は終結した。


 地球時間にして正午から開始され午後十三時十五分頃には完全に決着がついたこの闘いに参加した兵力は、魔界軍七十三万八千名。異世界軍十二万三千名。死者、魔界軍千六百名、異世界軍六万二千名。負傷者、魔界軍千九百五十名、異世界軍四万五千名。クゥ姫と白金卿こと華野姫子は捕虜となり、総大将であり責任者であるガーオネ王太子は行方不明となる。目的である勇も残留の意思を示したことで奪還失敗は決定的となる。


 異世界軍の惨敗であり、異世界の人間達はこの会戦以降魔族に対して武力行使を行うことは無くなった。


 魔界側は戦には完勝したものの、小型ながらもゲートを一つ半壊させ、周辺施設の半ばを破壊という被害を被ったのだった。

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