第二十三章「大魔王(バカ)と勇者と召還神(その5)」
クゥと姫子は合流を果たして肩を並べてセリス目指して暴れまわった。
彼女らと共に突入した騎士らは後退か戦死かの道を辿っており、二人は敵中で孤立した。
本来ならば絶望のあまり力尽きてでもすることだろう。しかし、二人は前後左右を敵兵に囲まれながらも闘志を衰えさせるどころか、益々燃え上がらせて己の武器と魔力を駆使して前進を続けていた。
「勇さんは私の婿ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「桜上くんは私のラブパートナーぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
張り合うように自らの気力が奮い立つ言葉を叫び続ける。
彼女らの気迫に呑まれたのか、はたまた気味悪く思ったのか、死守すべき場所にも関らず一歩、また一歩と魔族達は後退していく。
武器を構えつつ、遠巻きに人の形をした二つの暴風を囲むが、それ以上の行動に移れずに彼女らの攻撃を受けてはまた退いていく。
魔界側の動揺を見逃す筈もなく、勇んで進もうとした姫と勇者の前に、深紅の甲冑を着た、鎧と同じ髪と瞳をした青年と、銅色の甲冑を着込んだ巨漢が立ちはだかった。ランスロットとホールズである。
「魔王近衛衆筆頭ランスロット・マーテル・アラストル。人間風情が陛下に害意を働こうとするとは不逞極まりない。ここで狼藉者を成敗してくれよう」
「魔王近衛衆が、一人、ホールズ・ドッ・ガ・トール。個人的に、恨みは、ないが、覚悟、してもらう」
ランスロットは双刀を鞘から抜いてクゥと、ホールズは巨大なハンマーを引っさげて姫子とそれぞれ対峙した。
近衛衆の登場に動きを止めたクゥと姫子に発砲しようとする兵士らを止めたランスロットは、彼らを更に後方へと下がらせた。
男女四名の半径百m以内には誰も居なくなり、兵士の壁で作られた闘技場と化した。
「お退きなさい。私はあの銀髪を討ち取るか勇さんを連れ出すかするまで歩みを止める気はないのです」
「アタシも同じです。桜上くんをクゥ様とあの大魔王の淫らな手から救って元の世界へって、痛ぁ!? クゥ様の剣の先っぽが仮面貫通して刺さって痛いです!! あと色んな血が臭ったりこびり付いてたりしてて気持ち悪いです!!」
「勇勇勇……あんな野郎のどこがイイってんだ。男の趣味を是正したほうがいいんじゃないのか。あぁでも陛下に対して不敬になりかねない発言だなこれは。ったく、居なくても癇に障る野郎だぜ」
「婿殿も、苦労の、種には、困らないなぁ」
各々この瞬間に思っていた事を口にする。それが、精鋭の中の精鋭である魔王近衛衆と異世界の姫君、勇者を救う勇者の激突を告げる合図であった。
ゲート守備隊司令部を本陣としているガーオネ王太子は、戦況の著しい不利に内心舌打ちを禁じえなかった。「こんな筈では」という思いが苦さを増して胸中に広がりつつある。
損害は覚悟していたが、一時間もしないうちに全兵力の三分の一以上が使い物にならなるのは予想外であった。
魔界軍の近代装備や動員兵力を過小評価した結果であり、全権を任された王太子は責任の半分は確実に負うことだろう。
逃げてくる将兵を収容しつつゲート内に立てこもりを続けるが、このままでは全滅もそう遠くないものと思われた。
中枢部の高官らが青ざめる中、内心を巧妙に隠してガーオネは声を張り上げた。
「勇者殿は必ずやってくる! 我らの世界を救った男は我々を見捨てることは断じて無いのだ。最後に勝利の栄光を掴むのは我々なのだ!!」
己の計画にも不可欠な存在であるだけに、語調は真剣味を帯びている。ガーオネの叱咤は浮き足立っていた人々には心強い説得力を感じさせ落ち着かせる作用をもたらした。
動揺は鎮めたものの、事態が改善されたわけではない。銃声が絶え間なく聞こえる中でガーオネは施設内にいる魔導師らにゲートをいつでも起動出来るように準備を命令する。
天界で畏怖されていたという兵器の凄まじさを思い描きながら、野心を燃やす王太子は人と魔の戦いを観戦している。
「まだだ、まだ終わらんよ」
兵士が死に絶えようとも最後に自分が勝者として立っていれば問題ない。
異世界も魔界も征服すれば他世界へ攻め込む兵力はすぐにでも集められる。
重要なのはガーオネ・ガユウキ・マックスという存在が無事であることだ。神となるべき男がこんなところで敗れたりはしない。完全無欠全知全能となるべき自分がこんなところで終わるわけがないのだ。
願望を焼いた餅のように膨らませながら、同時にかなり利己的な感情を抱いて勇の到着の遅さを罵りつつ待ち焦がれていた。
必ず来ると確信していた。それは妹のような想いからではない。己の魔力探知能力が大きな力が迫っているのを敏感に察知していたのだ。
それがガーオネの未だ理性を保たせている要素であったのだ。
比類なき武勇を誇る者同士が激突していた。
俗に「竜殺しの剣」と呼ばれる巨大な剣を、クゥは羽ペンを持つかのような軽やかさで風車のように振り回している。
大きく空を切り、あらゆる物を破壊するように縦横無尽に動く殺戮の旋風を前にすれば即死は免れないであろう。
けれども正面から立ち向かっているのはただの魔族ではなかった。
双刀を振るって大剣を跳ね除けているランスロットは、魔界軍でも指折りの実力者が選ばれる近衛衆にて筆頭に任じられている男である。一歩も退くこともなく、二本の剣を巧みに操って相手へ致命傷を与えようと機会を窺っている。
ランスロットの巧みな技の前にクゥは巨大な剣を持っているとは信じられない軽少さで回避していく。宙を舞い、一閃一閃を受けては押し返す。剛と柔の激突を周りを固めている魔界軍の兵士達が固唾を飲んで見守っている。
一方のホールズと白金卿の戦いも熾烈を極めていた。
構ってられないと言わんばかりに姫子は杖に埋め込まれている宝玉に魔力を込めようとしたところ、ホールズは外見と手にしてる武器からは想像しえない素早い走りで相手との距離を詰めた。
下から掬い上げるようにハンマーが降りあがる。
金属が砕け散る音が甲高く鳴った。
跳びずさってホールズの攻撃範囲から遠のく姫子は、半ば吹き飛んだ白金仮面に触れて愕然とする。紙一重とはいえ回避したものの、ハンマーの角の先が仮面に引っかかった。掠っただけで仮面が破壊されたことに、マトモに当たった時を想像して姫子は血の気が引いた。
乱暴に仮面の残骸を外して地に叩きつける。ホールズは無言のままハンマーを大きく振りかぶって再び姫子に襲い掛かった。
危うげながらもそれを回避して反撃に転ずるも、防御力に自信があるのか、ホールズは避けもせずに彼女の繰り出す槍を真っ向から受けた。
鎧から火花が散るも、貫通には至らず弾き返される。厚さ数十cmの鉄板を一突きしたような手ごたえに腕が痺れを感じる間もなく、姫子はホールズが繰り出すハンマーに押し潰されぬように身を翻して反撃の機会を懸命に探る。探りや魔法発動をさせまいと、ホールズも絶え間ない猛攻にて追い詰めていく。
両陣営を代表する者同士の白熱した死闘は後々の語り草に値するものである。戦っている姿のみ見れば誰もが同じ感想を抱くであろう。
そう、姿のみを見ていれば。
ホールズを除く三名は武器を振り回しながらも口と舌の稼動を停めようとしなかった。
「あの色情狂から勇さんを取り戻すのだからそこを早く退きなさい!」
「女ぁ! 陛下に対してなんたる無礼な口上を! あの腰抜けといい、人間はどこまで傲慢な野蛮人なんだ!?」
「勇さんが腰抜けですって? そちらこそ無礼じゃないですの!? 上が上なら下も下ですわね。下品で粗暴で口汚いくて最低ですわ!!」
「そっくりそのまま返すぞ下等生物風情めが!!」
「うぅー、魔法が使えればもう少し有利になれるのに。この人、隙がないよ」
「……」
「早く桜上くんに会いに行かなきゃ。クゥ様があの赤毛の人に阻止されてる機会を無駄にしないようにしないと!」
「……」
「ちょっと何か言ってくださいよ! 一人で叫んでるみたいで馬鹿みたいじゃないですか!?」
「そうだ。何一人だけカッコつけてんだ!」
「そうですよ。少しは話されたら如何ですの!?」
「えっ…………あっ、すまん…………」
正直過ぎる台詞を言い合う三名に馬鹿らしさを覚えたホールズはその三名から苦情を言われ、重厚で無愛想な顔に辟易した表情を閃かせた。「婿殿は、こんなのに、追い回されて、大変な、ものだ」という思いをしみじみと再確認しながら。
舌戦は低水準であったが、激しさを増す戦いは並みの者では入り込めない高水準であった。
輪の外では異世界軍は損害を増やしつつ後退していってるが、今のクゥらの眼中にはなかった。
実力は伯仲しており、ランスロットもホールズも人間の女をどこかで侮っていた自分を密かに恥じながらも、攻撃を強めていく。
戦闘全体が終わるのが先か四名の闘いが終わるのが先か。それほどまでに先が見えない戦いにも変化が訪れた。
魔界軍本営に駐車している移動型オペレータールームに詰めている一人が主戦場外周から強大な魔力反応を確認した。
監視カメラと魔法にて反応元を探った全員が文字通り椅子を蹴飛ばして立ち上がった。慌てて女帝陛下へ報告しようと彼女の居る司令部に赴いたものの、そこには空の司令官席と、顔を見合す幕僚達の姿だけであった。
ランスロットらの死闘を見守っていた兵士らの耳に、大地を揺るがしたような音が上空から聞こえてきた。
空を見上げると、厚く閉ざされた雲の隙間から雷光が渦巻いている。
予報では雷雨という知らせはなかった筈だと怪訝に思った時である。戦場の一角、混乱により空白地帯となっている場所に空から雷火が叩きつけられた。
ミサイルを落としたように大地が抉られた威力と轟音が響いて間もなく、戦場の隙間という隙間に雷の矢が降り注いでいく。
雷は決闘中の四名の下にも落ちた。
今まさに百十数合目が打ち交わされようとしたとき、それを阻むかのようにそれぞれの中間に狙い済ましたように落ちてきた。
眼前で炸裂された雷に動きを止めて立ち竦むランスロット達は、この雷を発生させた人物を求めて周囲を見渡した。彼らにはこれが誰の仕業なのか分かっていた。
崖の上にも空にも姿を見かけない。突飛な登場を予期していた面々は、ざわめく人垣が左右に割れ、その中からしっかりとした足取りで歩んでくる一人の青年を見出した。
風が止み、荒れた大地はこの瞬間のみ息を潜めたかのように音を失くした。
至る所で行われたいた銃撃も砲撃も刀槍の音も止み、百万近くの人が居る戦場を黙らせた。
「勇さん」
「桜上くん」
「婿殿」
勇の姿を見た人々が彼を呼ぶ。ランスロットは不愉快そうに舌打ちをするに留まった。
彼らに対して勇は硬い表情を崩さぬまま片手をあげて反応を示してみせた。
「来てくださったのですね。私達を救う為に勇者として」
「助けに来た方が助けられるというのも変な話ですね」
歓喜の声を上げるクゥにそう言い捨て、勇は気難しい顔をして戦場を見渡す。
彼が姿を見せたことを敵味方問わずたちまち広まっていき、武器の音の代わりにざわめきが血臭漂う場を席巻した。
老若男女人間非人間、この場に居る者全てが注目する中、勇者であり大魔王の婿でもある男は視線を近衛衆とクゥと姫子に固定させた。
突然の登場に武器を振り上げた体勢のまま止まっているクゥと姫子。対峙する相手との距離をさり気なくとりつつ構えを解くホールズ。現れたのをこの目で確かめて双刀を下げて睨みつけるランスロット。
この中で赤毛紅目の将軍が口を開いた。
「答え決めてきたから来たんだよな?」
「……」
「で、お前は小せぇ脳みそで考えた末にどんな結論を出したんだ?」
「……それは」
硬い表情のままであるが、ゆっくりと、澱みのない目をして勇は口を開いた。
二人の女性は目を血走らせて耳を皿のようにして彼の言葉を聞き逃さぬよう身構える。ホールズも野性味溢れる厳つい顔に興味の色を満面に浮かべた。
生死を賭けた戦の中ということも忘れて周囲の兵士達も婿殿の言葉を待った。
「俺は……」
勇の一言で状況が激変する。緊張が、決壊寸前の堤防のように張り詰めている。
「俺は」
「勇ーーー!!!」
天上の調べ、心揺さぶる豊穣なるアリアのような大音声が勇の言葉を遮った。
勇は声の主の方へ振り向かなかった。場違いなほどに陽気な声の主が誰だか知っている。美しい声で全てを破壊する、自由すぎる呼吸する天上天下唯我独尊。
「ゆーーーううぅぅぅぅぅぅ!!!」
驚異的な身体能力と魔法を使って十重二十重とひしめき合う兵士の頭上を飛び越えてきた銀髪銀瞳の美少女セリスは、感極まって勇に抱きつき、締め上げんばかりに強く抱きしめた。それはまるでジー○ブリー○ーのような強さであり、鎧を着ているというのに勇は凄まじい圧迫感に息を詰まらせた。
「妻を放り出してどこで油売っていたのだ!? 焦らしプレイ最長記録更新だぞ。放置された妻を陰からニヤニヤしながら見ていたのだろう。『ナズェミデルンディス!』と言うまで妻が色んなモノ持て余すのを楽しんでいたのだろう!! まったく、我が夫は好きモノであるな!」
「うぉっらぁ!!」
締め付けと妄言に耐えかねてガンドレットを嵌めた手で躊躇いなく妻を殴り倒す。
地面に倒れたセリスを勇はすかさず足蹴にし始めた。
「空気読め! 人が折角真面目な顔して姿を見せたつーのに反応が斜め上で泣けてくるわ!! なんで戦争やってんだ。戦争は最後の手段だろうに、人が居なくなって二日三日で起こすとかどんだけ!?」
「いやぁそれほどでも」
「褒めてねぇ! テメェの脳みそはラグドゥネームでも詰めてんのか!?」
「あぁ、咄嗟に出てこないような最も甘い物質の名前を口走るとは、夫の博識ぶりに妻は益々惚れてしまうではないか」
「おぃぃぃぃぃ!! どこに惚気る要素あるの!? Mもそこまで暴走してると病気ってレベルじゃねーぞ!」
突如開始された大魔王夫妻によるドツキ漫才が場の空気を変えた。
殺伐とした戦場を往来していた兵士らは毒気を抜かれた態で顔を見合わせ、中には失笑を堪えて肩を震わす者もいた。近衛衆も例外ではなく、ランスロットが「無礼者めが!」と喚き、ホールズは苦笑を浮かべて頭髪を掻いた。
夫婦のやりとりに免疫の無いクゥと姫子は空気の変わりように面食らって言葉も出ない状態であったが、なんとか我を取り戻して大魔王を指差して弾劾し始める。
「馬鹿大魔王はいつまで勇さんとじゃれついてるんですか!? いい加減離れなさい!!」
「そうですよ! 時と場所と場合を考えてくださいよ!」
二人にとっては当然の要求。けれどもそんなものに恐れ入るセリスではなかった。踏まれるだけ踏まれた肢体を立ち上がらせ、尚も襟首掴んで殴ろうとする勇に身を任せながら嘲笑を吹き鳴らした。
「夫婦の幸せなひと時を邪魔する無粋な輩がTPOを語るとは片腹痛いのう。みよ、この仲睦ましさを。これを見てもまだ諦めぬか」
「桜上くんに容赦なく頭を殴られてる姿をどうすれば仲がイイって解釈出来るんですか!?」
「世の中には様々な愛が存在するのだぞ。これだからネンネな小娘は識見が足りないというか」
「偉そうに語る前に、頭から流れてる血をお拭きなさい。平然とした顔との差が不気味ですわ」
一気にグダグダな空気となりかけたとき、頃合を見計らったように事態が急変することとなる。
『よく来てくれたね勇者殿』
一同の騒ぎを中断させたのは上空から聞こえた男の声だった。
仰ぎ見ると、そこには立体映像が浮かび上がっており、被写体として映っているのは、ゲート施設内に立て篭もっている最中のガーオネ王太子の姿であった。
瞬く間に広まった勇の登場の報は当然ガーオネにも伝わり、すぐさま施設内にあった通信設備と投影魔法を使用して彼らの前に姿を見せた。
『クゥ、白金卿』
貴族の令嬢から庶民の娘まで、国内の女性達を魅了したであろう貴公子然とした微笑を張り付かせた王太子は、一同を見下ろしながら自信に満ちた声で語りかけた。
『喜びなさい。これで我らの勝利が約束されたのだから』
「どういうことですの兄上?」
『言っただろう。勇者殿が我らに勝利をもたらしてくれると』
勇が来る前まで内心焦っていたことなどおくびにも出さず、ガーオネは傲然と胸を反らしながら得々とした調子で妹の疑問に答えてやった。
『勇者殿の力を使ってゲートから神々が封印した闘神を引き摺り出す。いかに魔王や魔族とはいえ、神の力の前ではどうなるだろうな。ふふっ、この力を私が手にしたとき、魔界なぞ瞬く間に支配することなど造作もないのだよ』
「ふ、ふざけないでください! 桜上くんがそんなことに協力するわけないじゃないですか!」
『白金卿、彼の意思は関係ないのだよ』
相手の抗議を馬鹿にしたように鼻で笑ったガーオネの視線は、黙って上を見上げている雷電の勇者に止まった。
『勇者殿も喜んでくれたまえ。君の尊い犠牲によって我が世界は再び救われる。いや、それどころか幾つもある世界を支配することで富み栄えて平和な世の中になるのだから』
「力によって搾取して自分らが富むことに異世界の人達が賛同してくれてるんですか。民衆の羞恥心や良心を過小評価されてるのでは?」
『想像力の欠けた無知な民衆は生活が豊かになれば無条件で私を支持してくれるだろう。他の世界のことなどに思いを馳せるような人々に見えたのかね君には? 国どころか近場の町や村以外の世界があることも見えてない愚者が多いあの世界を旅してきた君はあんな無知無学で蒙昧な連中に期待してるのかね?』
「……」
露骨な民衆蔑視に対して勇は反論出来なかった。
勇者時代、旅を続けてきて確かにそのような一面があることを身をもって体験している故にガーオネの言葉を強く否定出来なかった。幸いというべきか、反論に窮した点を王太子は無視して話を続け出した。
『元々君には漠然としたものを感じていたのだよ』
妹と同じエメラルドグリーンの瞳が勇に蔑むように見下ろす。
『何の力もなかった無力な青少年が、会う度に力をつけていったことを不思議に思っていてね。勇者の秘められた力などというのを私は最初から信じてなかったよ。妹が当てずっぽうに呼び出したどこの馬の骨も知らないような人間が勇者などという大層なものであるわけがない』
語を紡ぐにつれて温和な貴公子という印象だった男の表情に隠しようもない悪意が滲み出てきたようだった。侮蔑を含んだ声音には一片の情愛もなかった。
『君のような奴が勇者として祭り上げられるのは不愉快だったよ。その名声も栄光も私のような人間が相応しい。少なくとも、穢らわしい魔の血が流れている半端者には不釣合いだ』
「勇さんが!?」
「どういうことなんですか!?」
無形の爆弾ともいうべき発言に反応を示したのは人間側だけであった。セリスをはじめとする魔族側は今更といった態でさり気なく婿殿を横目に見た。
当の勇は一言も言わず、剣を握る手に力を込めただけであった。
『どういう経緯でそうなったか知りようがない。しかし魔力を探知する私の力が君の不純物を微かに混ぜたような魔力を感知した。初めて感知したときから、私は己の理想とすべき世界に向けて計画を考え出した』
大仰な仕草で両腕を広げ、ガーオネは熱っぽい声で告げる。
『君の力を贄として、天界が封印した禁忌の神々を召還させる。私はクゥのような強大な魔力を持たないが、君の魔力を糧にしてゲートを暴走させるぐらいの芸当は出来るのだよ。この力さえあれば魔王も神も恐れることはない。全ての世界を統べるというのも絵空事でなくなるのだよ!!』
ガーオネの熱弁に応えるように、ゲート全体がプラズマを撒き散らしながら歪みを見せ始めた。本営のオペレーターから魔力濃度が危険水域に達したという報告が入り、ランスロットとホールズは互いに顔を見合わせて頷きあった。
「ランスロット」
「あぁ。全将兵に伝達! 戦闘態勢を維持しつつ第十四地点まで急いで後退せよ!」
「既に伝えましたよ」
語尾に妙齢の女性の声が重なった。台詞を挫かれたランスロットが声の主の方を向く。姿を見せたのは薄紫色の鎧を纏ったガヴェインであった。後方支援部隊総指揮官として本営に居残っていたが、ゲート暴走の兆候が高まった時点で全軍に後退命令を下し、すぐさま現場へ駆けつけてきた。
「天界はこちらの要請をマトモに聞かなかったのでしょうかね」
「ケィル様に、限って、そのような、失敗を、犯すとは、思えないが……」
整然と後退していく兵士らを見守りつつも二人は疑問を持たずにはいられなかった。ケィルは主の命令でニーバカルを出立した。それは天界に赴き封印作業に関しての交渉と思っていた。
封印の度合いにもよるが、ゲートの力をもってすればある程度の封印はこじあげて転送は可能であった。それを危惧したセリスは強度を上げるよう伝えよと命じている筈であった。
しかし現実としてゲートから何かが出てこようとしている。勇者を糧として、ゲート一つを確実に潰すぐらいの暴走を行って。
「計画は他力本願主体で雑だけれども人間にしては大それたことをしでかしたものね」
「起きたことは、仕方がない。我らは、阻止する、だけだ」
「あっちも修羅場こっちも修羅場。昼ドラも顔負けのこの状況でどっちを優先すべきやら」
皮肉気に呟き、ランスロットは主君と婿とその他の方へ身体ごと向き直った。
彼らの眼前にて、今まさに修羅場というに相応しい事態が起ころうとしていたのだった。
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