第二十二章「大魔王(バカ)と勇者と召還神(その4)」

 統一暦二〇〇九年。第二十四ゲート及びその周辺において魔界軍と異世界勇者救出義勇軍は激突した。


 全てにおいて不利な立場にある異世界軍はゲートと付属施設郡に立てこもるかと思われたが、その予測は外され、全兵力の八割にあたる十万が魔界軍の前面に展開していた。


「第二十四ゲート攻防戦」「血生臭いお祭り戦争」「狂乱婿取り合戦」と、後日幾つもの名称を付けられる事となる会戦に参加した兵力は、魔界軍七十三万八千、異世界軍十二万四千。セリスが発言したとおり、油断さえしなければ勝利は疑いない兵力差であった。


 異世界軍総大将であるガーオネ王太子は、逆転の策があるので恐れるなと将兵らに言い聞かせていたが、眼前に展開している異形の兵士の群れ、コンクリートとハイブリット・メタルの壁と構築された防衛陣、自分達の世界では見たことが無い重火器の数々がこちらに向いている光景が死の恐怖で全身が撫で回されるかのようであった。


 それでも彼らは逃げなかった。


 彼らは雷電の勇者が自分達を助けてくれるのを信じていた。


 王太子の策とは勇が駆けつけてくるものだと考えていた。人間を救い、魔を退ける偉大なる英雄。大魔王の婿となっていても、正義の心は常に異世界の人々を救う為にあるのだ。彼を信じて、彼が来るまで持ちこたえてみせようではないか!


 クゥと姫子は兵士達のように英雄待望論に傾倒しなかったが、勇が勇者という立場から自分達に助太刀してくれるに違いないと信じてはいた。


 前者は彼の騎士道精神と誠実さを、後者は彼の優しさと同じ世界の人間としての連帯感を根拠として。


 ガーオネがどのような策を持っているかは知らないが、策が実行されるにしろ勇が来るにしろ、結局は大軍相手に一定時間善戦して時間を稼がねばならない。


 防御の要は障壁魔法を発動させる魔法使い達であるが、攻撃の要は武力と魔力を兼ね揃えたマックス王国の王女と、勇者を救う勇者として呼び出された白金卿の二人にかかっていた。


 一方の魔界軍はというと、総司令官、つまりセリスの機嫌が不安定であることを除けば、彼らに心配すべきとこはなかった。


 相手がどのような手段を行使しようとも、大魔王陛下という歩く究極兵器、呼吸する最終兵器、ドラゴンも跨ぐどころか這い蹲って道を譲る絶対的な支配者が正面から粉砕するであろう。


 婿である勇が万が一にも人間の味方をするにしても、やはりセリスが一手に引き受けることになろうから、戦況に差ほど影響は無いものと思われていた。その間の指揮は近衛衆の三名に任されることになるので戦闘継続に問題はない。


 油断するな。と、セリス直々に再三に渡って注意が喚起されている。


 古今東西、様々な世界の歴史を見れば、圧倒的優位にあった軍隊が慢心が原因で敗北した例はあるものだ。ありふれた注意ではあったが、万全に対して心砕くことに労を惜しんではならないのだ。


 それでも七十三万もの人数がいれば注意を重くみない者も出てくる。


 レーザーライフルを構えて開戦合図を待つ鴉族の兵士は、隣で弾倉のストックを数えている馬頭のケンタウロス族の兵士に小声で話しかけていた。


「アイツら、銃を見ても攻め込んでくる気かな。白兵戦に持ち込めば勝てるとか思ってたりよ」


「銃を見たことが無い奴が大半なんだろ。知らないとはいえ、何が楽しくてこんなとこまで来て挽肉になりにきたのやら」


「魔法で弾防げるんだろうな。魔法便利だよなー」


「だとしても陛下や重臣の方々じゃないんだ。ミサイルやランチャーまでアイツらが防げるとは思えんね」


「それどころか普通の銃も怪しいもんだし。おい銃弾何発耐えられるか賭けてみるか?十発以下なら俺の勝ちで以上ならお前の勝ちでよ」


 馬鹿にしたような口調に釣られて鳥族の兵士も馬鹿にしたような笑い声を異世界軍に向けて上げてみせた。


 悲壮な思いを抱いてる側とちょっとした事件としか思ってない側。両陣営の温度差は夏と冬、太陽と宇宙空間ぐらいの差があったかもしれない。


 だが、どれほど温度差があろうとも、開戦は不可避な事態であり、緊張は刻一刻と高まってはいる。


 時計が正午を指した。


 時計を確認したセリスはしなやかな腕を振り上げ、一瞬の間を置いて鋭く振り下ろした。


「撃て!」


 指令はセリスから幹部らへ、幹部らから兵士へと瞬く間に伝達された。


 兵士らは支給された火器の引き金を引く。魔法と共に放たれる質量兵器の塊が容赦なく火を噴いて異世界軍へ叩きつけられる。


 数秒後には大地へ着弾すして乾燥した地面と共に敵兵を吹き飛ばして爆発していく。三方面からの集中砲火に対して、異世界軍は魔法で防御するしか身を護る手段はなく、彼らにとっては地獄の雷雨となった。


 最初の斉射で三千の兵が即死した。戦闘力を失った負傷者はその倍に上り、開戦開始から僅か一、二分で展開させていた兵力の一割が死傷してしまった。


 轟音と爆発にやや怯みながらも、クゥは姫子と共に本営を目指して突撃を敢行した。


「全軍抜刀! 突撃せよ!!」


 砲撃が止んだ隙を見て、勇ましき女性二人に率いられた異世界軍は行動を開始させた。


 遮蔽物のない平地の戦場において、異世界軍は大魔王セリスただ一人に狙いをつけて本営へ斬りこもうと錐行陣をとったのに対し、魔界軍は三方面から異世界軍を半包囲下においていた。


「区々たる用兵は必要無し。兵力と火力を持って押し潰せ」


 総司令官の簡潔な指令はすぐさま伝達され、弓矢よりも射程と威力が優れている火砲が異世界の兵士や騎士を蹴散らしていく。


 どれだけ勇猛を誇ろうとも、それを発揮する暇も与えられないのならば無力に等しいものであった。


「卑劣な悪魔達め! 正々堂々と戦え!!」


 異世界の兵士が憎悪を込めて吼えようとも、魔族らは聞く気がなかった。


 武器を持たない者を無用に殺すのではなく、剣や斧を持って迫ってくる兵士を相手にしているのだから卑怯もなにもなかった。


 戦争というものは、いかに効率よく敵を滅ぼすかが重要というなら、魔界軍兵士らはその重要な事を忠実に行っているだけだ。


「まるで、成長、してないな」


 二射目で更に損害を増やす敵軍の様子をモニターと遠隔映像魔法の両方で観ていたホールズが呆れ混じりに苦笑した。


 異世界侵攻時、各地の戦闘でも同じような光景を何度もみてきた。結局勇者を頼りにしたままで今日に至ったのが露見したことに、敵ながら情けなさを感じずにはいられなかった。


 二十ミリ機関砲が鉄の甲冑を着た人馬を紙を破るかのように引き裂き、ハンドレールガンが煌びやかな紋章が彫られた盾もろとも兵士に穴を開ける。カールクスタフが武勇に優れた戦士の身体を無慈悲に四散させていく。


 銃弾を凌いだとしても、後から降り注ぐ攻撃魔法が兵士らを死体に変貌させていくのであった。


 負けじと異世界軍も応戦するも、弓矢は射程範囲外なので届かず、届いたとしてもコンクリートと魔界製合金の壁に跳ね返されていく。


 魔法兵らが火や雷、水に風と魔法を放つも、魔界側の魔法使いに阻まれる。しかも防御に専念せねばならないので有効には程遠かった。


 ゲート占領時に守備隊から取り上げた重火器類も、使い方が解らず殆どが放置され、なんとか扱える物は全て王太子の命令でゲート防衛に当てられている。十万の兵士は圧倒的な不利の前に成す術がなかった。


 日本でいうならば、戦国どころか鎌倉時代の武士が現代の自衛隊と正面から戦闘しているようなものだった。


 しかもこの場合、戦○自衛○と違い、近代兵器を持つ方が圧倒的兵力と短くて豊かな補給線を有している。


 三回目の斉射が終了した時点で、異世界軍は十万中四万強の死傷者を出していた。魔法使いらの防御がなければ倍以上の損害が出ていたのでコレはまだマシ……とは誰も思わなかった。一時間どころか三十分も経過していないというのに兵力の四割強が消えたのは恐怖すべき事実である。


 文明の違いが露骨に出た結果となった。


「何がしたいんだアイツら」


 勇嫌いの延長で人間に好意的ではないランスロットすらも思わず同情を込めて呟く程だった。


 彼でさえそうなのだから、将兵らも引き金を引き、弾を補充し、魔法を発動させながら、赤毛の筆頭と似たりよったりな感想を抱いた。


「何がしたいんだ俺達は」


 損害に耐えかねた異世界軍の兵士らはそんな思いに捕らわれた。王太子の策とやらを信じて時間稼ぎの戦いに身を投じているが、一向に気配が見えず、ただただ銃火に薙ぎ倒されていく。そんな無情な立場においてそう思うのは仕方が無いことである。


 一方的に打ち倒されていくかに見えた戦況に動きが生じたのは、四回目の一斉射撃が行われようとした直前であった。


 最初に気づいたのはセリスであった。


 異世界軍の先頭集団の中央部で強い魔力反応を感知した。最初は防御かと思ったが、魔力の波に攻撃的なものを察知したセリスは攻撃を中断させ防御を固めるよう指示を出そうとした。


 しかし、時既に遅かった。


「敵先頭部隊より魔力の発動確認!」


 オペレーターの報告と閃光が放たれたのは同時であった。まばゆい光は最前線一帯を包み、兵士らが眩しさに目を腕で防護する。差ほど時間を置かず防護は必要なくなったが、魔界軍は声をあげることとなった。


 彼らより前にいて攻撃を行っていた兵士らが鉱物の塊と化していた。


 兵だけでなく、銃火器、車両代わりの移動用生物、最前線を固めていた防御陣など、ありとあらゆる物が白金で作られた像となっていた。


 突然の事に呆然としていた兵士らは、陣地に斬りこもうと突撃を再開させた異世界軍の馬蹄の響きに我に返り、慌てて白金の塊となった僚友の方へ駆け寄って応戦を開始する。


 被害状況を聞きながら、セリスは髪を掻きあげて舌打ちした。


「インスタントの分際で小賢しい真似をしてくれる」


 大魔王の怒りの対象となった白金卿こと姫子は深呼吸を一つして杖を握りなおした。


 開戦時から魔力をチャージさせ、味方に防御を任せて呪文詠唱に集中したことで敵味方判別式広域魔法の発動を成功させる。


 その甲斐あって、ようやく一方的に殺戮される事態は収まり、本営に斬り込む機会を見出せた。


「白金卿着いてきなさい!!」


 彼女の傍らを疾風のように駆け抜ける一騎の騎士。


 己の身長よりも大きな大剣を振り回しながら敵陣へ突入していく騎士は、クゥ姫その人であった。異世界の姫君の言葉に姫子は仮面の中で小さく頷いて杖を片手に持ち馬を前進させた。


 彼女らを護るように一騎、また一騎と隣接していき、一団となるぐらいに数が揃ったときには敵は目前に立っていた。


 馬蹄の轟きが魔界軍兵士らの至近で聞こえたとき、クゥと姫子を先頭にした一団は空白地帯となった陣地内への突入を果たしていた。


「迎撃せよ!」


 士官の命令下、兵士達は銃や剣を構えて態勢を整えた。


 その中を二人の女性は速度を落とさず前進していく。使い古された表現を用いるならば「引き絞られた弓から放たれた矢のよう」というほどのものだ。


 数十ものライフルがクゥ目掛けて火を噴いた。クゥの馬は鎧を着込んでいたが、矢なら弾き返せても至近からの銃弾には無力であった。馬が悲痛な嘶きと共に崩れ落ち、血と砂埃が小さく舞う。


 馬と同じ運命を辿るかに見えたクゥは、だがそうはならなかった。自分に向かって来た銃弾全てを大剣の平で防いだ上に、馬が崩れ落ちる寸前に鞍から跳躍していた。


 降り立った先は魔界軍が密集しているど真ん中。兵士らは突然降ってきた女騎士の姿に驚きのあまり動作を止めてしまった。


 その刹那、鋭い刃音と一条の閃光が走った。


 クゥの大剣が魔族らを薙ぎ倒した。


 一振りで十名近くが絶命するほどの剛剣である。自失から立ち直った兵士達が射殺しようと銃を構えるも、そうはさせじと積極的に踏み込んでは力任せに周囲の敵兵を剣で血煙を上げさせていく。


 自分の背丈以上の大きさを誇る剣を振るいながら、クゥは丹田に力を込める。


 彼女の周囲に直径五十cm程の大きさがある火の玉が六つ浮かび上がり、火花を散らして魔界軍の中目掛けて放たれていく。着弾した先で爆発と共に複数の断末魔が戦場を木霊した。


 クゥは王国一の魔力の持ち主として国家の象徴となっている。


 しかし平和の象徴として遇されていたので攻撃魔法の類を学習する機会を中々得る事はなかった。ゲートを開けて勇を召還出来たのも、ゲート起動時の動力源としての役割が主であった。


 付け焼刃での会得では太刀打ち出来ないと判断した彼女が覚えた唯一の攻撃は、勇がセリスとの生活において頻繁に使用していた魔力を固めてぶつけるというものだった。どこを見渡しても敵という乱戦の中では非常に役立つものであることを行動によって証明させた。


 火球を生み出し四方八方乱射しながら大剣を振り回す。鬼神の如き暴れっぷりにて彼女は大魔王が居る本営をがむしゃらに目指した。


「貴女のような人に勇さんは渡しません! 勇者様は人間の為に存在する御方なのです!! 魔族が欲していいものでは断じて無いのです!!」


 雄たけびと共にそう叫びながら、マックス王国王女は魔族を手当たり次第蹴散らしていく。


 同じ頃、クゥから少し離れた場所にて姫子も単騎で群がる敵兵を倒して目的地へ向かっている。


 杖に魔力を込めて振りかざせば、宝玉が淡い輝きを放ち、姫子に襲い掛かる魔物や魔族を鉱物の塊へと変えていく。


 三叉の槍の形をしている杖は、魔法発動の隙を突いて襲ってくる相手を切り払い、貫いていく。


 勇者短期育成計画で僅か三ヶ月にて勇者を名乗ることとなった。それまでの道のりは言葉では簡単に表せず険しかったが、それでも姫子は歯を食い縛って耐えてきた。


 勇の為に。その彼と一緒に元の世界へ帰る為に。


「桜上君まってて! アタシ、絶対魔王を倒して解放してあげるから! こんな危険で非常識な世界から連れ出してあげるから!!」


 叫びに呼応するように光が放たれ新たな犠牲者が生み出されていく。


 戦況は逐次セリスの下へ届けられていた。モニターに映る二人のライバルを氷点に達する冷たい目で見つつ報告に耳を傾けていた。


 陣営に一部兵力の侵入を許したものの、戦況は概ね魔界軍優勢で運ばれていた。


 異世界軍の死傷者は既に四万を越えており、期待されていた白兵戦でもクゥと姫子のような戦果を挙げられずにいる。魔族一名討ち取るのに人間側は六。七名の犠牲者を出す有様だった。


 斬り込んできた一部兵力を除いた軍勢は、魔法障壁にて必死の防御を行いながらゲート方面に繋がる細いルートへ退いていっている。


 突出した部隊の退路を確保しつつとはいえ、それを維持する時間は一秒ごとに危うさを増していっている。


 一方、ゲート方面は本隊と守備隊をつなぐ正面以外で小競り合いが続いている。


 ゲートと施設の損害に注意しつつの戦闘なのでミサイルや迫撃砲、攻城戦用の魔法の使用は控えられている。それを知る異世界軍は数少ない使用可能な火器を使って防御に専念していた。


 そのゲートでは魔力の乱れが感知されており、相手の策とやらに対して少なからず警戒を抱いている。


 分単位どころか秒単位で目まぐるしく変わる戦況。


 勝利は着々と魔界軍へと寄ってきているものの、開戦から四十五分が経過した時点で、一歩ずつ本営へと接近しているクゥと姫子の存在が気がかりとなっていた。既に千名近くが彼女らによって戦死者遺族年金資格対象者となっている。


「大人しく異世界で同胞相手に武勇を振るっておればよいものの、才能の無駄遣いだな」


 彼女らの勇戦は認めつつそう罵ったセリスは左翼司令官ランスロット、右翼司令官ホールズに指令を出す。命令は以下のようなものだった。


「生死は問わん。あの似非ヒロインらが二度とオイタ出来ないようにしてこい。なんならエロゲみたいな目に合わせても構わないぞ」


 発言に関して一言も語らず、命令を受けたランスロットとホールズは指揮を部下らに委ねて現場へ急行することとなった。

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