第十九章「大魔王(バカ)と勇者と召還神(その1)」
「会談は決裂。明後日正午より、第二十四ゲート奪還の為異世界軍と戦端を開きこれを殲滅する事を、魔界の統治者にして偉大なる大魔王の称号を帯びた唯一絶大の存在であらせられる女帝セリス・ヴィシャル・ファラ・ル・ド・ダクプリズム十三世陛下の御名においてここに宣言するもの也」
TVの臨時ニュースにて陰気な表情と陰気な口調にて陰気な決定事項を報告した報道官。
それを観て、会談開催地であるニーバカルの市民を初めとして魔界全土がざわめきに満ちた。
「開戦だとよ。やっぱこうなるんじゃないかと思ったよ」
「幾らアッチで英雄だからって婿殿一人の為にご苦労なことだ」
「お前馬鹿だな。女同士の戦いに理性なんざ求めるのが間違いなんだってば」
「困ったわねぇ。治安維持優先とか理由でしばらくニーバカルから出られないのかしら。隣の都市に用があるのに」
「なぁかーちゃん。どっちが勝つか賭けようぜ。俺は女帝陛下の勝利に今月の給料賭けるぜ」
「んなの賭けにもなりゃしないよ。そんなことよりアンタ早くその給料袋渡しな」
「おい、戦場で何か売りつけれるもんないのか!? 商売出来るぞコレ」
「まったく、長生きするもんじゃないのう。また他世界の軍が魔界で戦争を起こすなんざ」
「いやいや、前向きに考えよう。長生きしてたからこんな珍しいもん拝める機会が出てきたんじゃと」
家で職場で商店で酒場で道端で、人の集まる所ではこの話題で持ちきりであった。
魔界が統一されて二千年。侵略する側に二度三度なってるとはいえ、侵略されることもなく過ごしてきた時間が長かった民衆には動揺は少なく、寧ろこれから起こる戦争に興味を隠せない様子が見受けられた。
往時を知る年老いた魔族の中には群雄割拠時代の混乱を思い出して溜息を吐く者もいたが、それは極々少数であった。殆どの者らは人間の無謀を笑い飛ばして深刻には考えていなかった。
行動力のある者は野次馬根性丸出しに戦場となる場所へと撮影機器を持って駆けつけようとしたが、こちらは周辺を警戒していた兵士らによって追い散らされている。
TV報道での布告と前後してガーオネ王子、クゥ姫、姫子らは三千の護衛を率いてニーバカルから退去している。占領したゲートに戻るまで一切手出しすることをセリスが禁じたのでクゥらは一騎の脱落者もなく無事にゲートまで戻ってこれた。
開戦に先立って主要人物である三名を討ち取っておくべきだ。と、会談場所として使用されていた会議室で行われた御前会議上にて主張する部下もいたが、銀髪の大魔王は口元を冷笑に歪めてこう答えた。
「どうせ明後日には冥界へ案内してやってるのだ。遺言を考え遺書をしたためる時間を与えてやる余裕ぐらい我が軍にはあるのだからな」
この場に居ない者達に向けて絶対零度の冷笑を投げかけたものの、主だった部下らを下がらせた後、たちまち片頬を膨らませて不機嫌な顔へと変貌させた。
感情の切り替えを察したガヴェインが内線連絡で部下らに用事を言いつけて会議室への出入りを禁止させた。室内に居るのはセリス以外にはガヴェインとホールズの両名だけであった。
セリスの傍らに居て会議をリードすべき近衛衆筆頭の要職に就いているランスロットは、迎撃軍の副司令官に命じられるや、職務を理由に今朝からセリスの御前に姿を見せていなかった。
セリスの私生活面を支える執事ケィルも会談決裂直後になにやら密命を受けたとかでニーバカルを出立している。
当然ながら、彼女が愛してやまない夫である勇は今だに姿を見せていなかった。
セリスをなだめる、或いは気を紛らわせれる相手が尽く不在な状況がセリスの不機嫌さを秒刻みで募らせている。
柳眉は不快気に上へ釣りあがり、眉間の縦皺が珠のような肌に深く刻み込まれている。全身から滲み出ている苛立ちは、いつ殺意の波動に変換されてもおかしくはない。
人間がこの場に居たら、彼女が正真正銘の大魔王であると魂の底から震え上がりながらも納得することだろう。
ホールズは重厚で謹厳な表情をして沈黙しているが、内心ではこのような状態の主君にどう接していいのか悩みに悩んでいた。
これならばまだ単騎で異世界軍を壊滅させてこいと言われた方がマシであった。元来口下手な彼は語彙の量は少なくはないものの、気の利いた言葉が瞬時に思い浮かぶ程ではない。
彼は隣にいる深い紫の瞳をした同僚の対応に期待せざる得なかったが、彼女は巨漢の同僚の期待に応える素振りを見せず、恭しく主君に一礼して口を開いた。
「苦虫を数十匹纏めて噛み潰しながらスペ○ンカー二十四時間連続プレイの罰ゲームを実行されたようなお顔をしておられますね」
「おまっ……!」
セリスの形のいい眉が更に釣りあがるのを見たホールズは焦りを隠そうとして失敗した。
ガヴェインが空気を読めるのにあえて空気を読めない発言をした。彼はそう思い凍りついたのだ。
女帝陛下は長年の臣下である妖精族出身の女将軍の無礼を咎めはしなかった。されども並の人間なら恐怖のあまりショック死するかのようなドライアイス級の冷たさを孕む視線を彼女に向けた。
視線に感応しなかったのか表面に出さないのか、ガヴェインの表情も態度も平然としてるようにホールズには思えた。
「苛立ちに満ちたお顔もお美しいですが、どうかもう少し落ち着かれてくださいませ」
「これが落ち着いていられるか」
視線に勝るとも劣らない声が端整な口唇から漏れる。
そのような声すらも音楽的な響きがあるのだが、受ける相手の大半はそう感じる余裕などないであろう。それほどまでに滲み出る怒りは皮膚を恐怖に撫で上げるのだ。
主君の不機嫌が熱血レベルMAXというのは目に見えて明らかである。ガヴェインは爆発させないようにさり気なく気を遣うように、明るい声で語りだした。
「物は考えようでございます。愛しさと切なさと心強さ―もとい、愛しさと切なさを感じるのです。募らせるのです。さすれば再びお会いになられたときに、婿殿のお姿が一段と眩しく見えること間違いありませぬ。一語一句一挙一動が新鮮に感じられ、夫婦の絆はより強固なものとなり綻ばないことでしょう」
「そういうものか?」
「そういうものでございます。私の祖母の友人の叔母の夫の姑が申しておりました」
ガヴェインの言葉にセリスが疑問を呈すると、彼女は追撃とばかりに熱弁を再開させた。
「それに婿殿が異世界側にも居られないということは、未だニーバカルやその周辺に居られるということでしょう。ここは我らにとって住み慣れた故郷でありますが、婿殿にはいささか不慣れな場所。まだ失踪から一日と僅かしか経過しておりませぬ。巧妙にお隠れになられているにしても近いうち尻尾が掴めることでしょう」
「……ガヴェインの言うとおりかもしれんな」
釈然としないものを感じながらも、そう言い聞かせながら心を落ち着かせようとしてセリスは脚を組みなおした。
瞼を閉じてしばし瞑目する。
宝玉のように輝く銀の瞳が再びガヴェインとホールズを見据えた時には、想い人絡みで余裕のない言動を取っていた乙女の顔はなく、広大な領土と膨大な数の民衆と五千万近くの将兵を統べる若き大魔王の顔となっていた。
「目下のところはそう考えることにしよう。それはそれとして、至近に迫った戦の状況はどうなっているのだ?」
「はっ。ゲート周辺は既に包囲下に置きました。ご命令通り、近在してる軍団を集結及び編成も既に完了しております。数は七十三万。更に予備兵力として帝都とゲートの中間地点に二十万の軍を駐留させまして、ご命令があればいつでも出撃可能です」
魔界軍の正規兵は四千四百四十三万五千五百五十六名。これを六千六百六十六の軍団に編成して帝都やゲートなど魔界各地に配置させている。これらに貴族達の私兵を加えると更なる数となるが、あくまで個人の兵なので正規兵として数にはいれられていない。
異世界侵攻において二百万の兵を率いたが、異世界側というより、ほぼ勇との戦いで十五万の兵を失った。それもこの数ヶ月で数字上では回復されている。質量共に数の上では相手側を確実に圧倒出来る。
装備においても、民間の普及が著しいのだから当然のように軍隊の近代化は行われていた。
将兵らは剣や斧、槍という元来の武器と共に、銃器を専門に扱う銃兵以外にも重火器が支給されている。
兵器の見本市のような大量の重火器類は各世界から輸入したもので、日本の自衛隊が使用しているサブマシンガンもあれば、SF作品に登場するようなレーザーライフルやハンドレールガン、超軽量キャノン砲もある。体格の良いギガンテス族やオーガ族の兵士は鉄の棍棒を腰に差して重機関銃を担いでいたりして、種族の数だけ武器も多種揃えられていた。
魔法を扱う魔族は魔法使いという自尊心があることから重火器使用を避けているが、それでも護身用として短剣と共にブラスターや火薬式拳銃を大事そうに懐に忍ばせていた。
通信、防御、補給など、およそ軍事に関係するものは機械化の洗礼を多かれ少なかれ受けている。
ただし、移動に関しては移動魔法や巨大生物を好んで使用している者が多数おり、車や航空機は殆ど見かけられることはなかった。
敵よりも多い兵力、豊富に整えられて最短な補給線、天の時、地の利、人の和も不安要素はない。駄目押しとばかりに大魔王自らが指揮をとり、側近中の側近である魔王近衛衆が三名も戦列に参加している。
「油断さえしなければ勝利は疑いない」
銀髪銀瞳の女帝は誇らしげに言わず、淡々とした口調で断言した。彼女は願望を述べたわけではなく、定まった未来の事実を述べただけである。そしてそれは魔界側共通の見解であった。
ただ一つ、不安要素を挙げよと問われれば、こちらも主君と臣下らが共通の答えを持っていた。
雷電の勇者、大魔王の婿、都立善正高校2-A所属図書委員。様々な肩書きを持つ男、桜上勇。
彼の所在を知る者は、ケィル、ランスロット、ガヴェイン、ホールズの四名のみ。彼ら以外、魔界の支配者であり勇の妻であるセリスすらもその事を知らずにヤキモキしていた。
事の原因なだけに誰もが勇の動向に関心を持つのは無理からぬことである。
今は大魔王の婿として憮然としながらもその地位に甘んじてるとはいえ、ほんの数ヶ月前までは魔族や魔物らにとって不倶戴天の敵として立ちはだかった人物であるのだ。これを機会に異世界側へ逃げ込み、彼らの為に剣と魔法を振るうのではないかと危惧する声もあった。
異世界側の実力が伴わない強気も勇をアテにしてのものと思われた。五千万近くの魔界軍尽く殺すのは無理だとしても、現在ゲートに展開している七十万の軍勢ならば撃退してのけるだろう。
大魔王と相打ち寸前まで持ち込んだ実力は魔界軍将兵を戦慄させ、異世界軍に頼もしさをもたらす事は明らかであった。
両軍の主だった者らは勇がどちらに助太刀するのか考え込んでいる。どちらについてもおかしくはない人物だからこそだ。
セリスはというと、彼女個人は勇はどちらか一方に手を貸すことはしないと信じてる。というよりも既定の事実としてるので問題などにはしなかった。
「どちらにも味方しないか、どちらにも攻撃を仕掛けるかだな。余としては勇にはこちら側に味方してもらいたいものだが」
本音を混ぜて己の意見を語るセリス。
ここまでは真面目さを保っていられたが、そこから先は情緒不安定ならぬテンション不安定へと突入していった。
煌びやかな頭髪を掻き毟り、議長席で身をもだえさせながら思いの丈を口走る。
「うぅぅ~勇勇勇勇勇勇勇勇勇勇勇勇勇勇勇勇勇勇勇勇~! 妻に何か落ち度があったのか、不満があったのだろうか。妻の愛が足りなかったのか!? 勉強不足というのか! 妻の属性的に何が足りないというのだ。巫女、獣耳、スク水、ニーソ、セーラー服、姉、妹、百合、眼鏡っ娘、ヤマトナデシコ、ロリ、無表情、ロボ娘、メイド、ボクっ娘、電波、男装、委員長、幼馴染、ドジっ娘、病弱、チェキ、ナース、ツルペタ、触手、ツンデレ、クーデレ、教師(以下略)……勇は妻にどんな属性を求めておるのだ!?」
「陛下、全てを兼ね揃える存在は魔界はおろかどのような世界においても居りませぬ。居たら寧ろ怖いです」
「ちなみに余は人妻、サディスト、マゾヒスト、ヤンデレ、オタク、お嬢様、魔法少女属性は持ってる自信があるぞ」
「それだけあれば充分でございます。ただ非礼を承知で申し上げるならば、魔法少女は如何なものかと愚見する次第であります」
「二十歳未満ならまだ魔法少女と呼んで差し支えないのだぞ。勇の居た世界には十九歳でも魔法少女と主張してる作品もあるぐらいだ。二十五歳になれば戦記モノに昇格するのだぞ」
「婿殿の故郷は狂っておりますな」
ガヴェインの感想は主君の耳を右から左へと通過していった。
「あぁ、勇はどうして出て行ったのだ。一体どうすれば我が夫は喜んでくれるというのだ」
「婿殿が、出て行ったのは、そのような、問題では、ないと、陛下は、ご存知の筈で、あります」
「……」
ホールズの意見にセリスは秒で不機嫌になり黙り込んだ。やがて、銀髪の大魔王は手を振って二人の退室を促した。ガヴェインとホールズは恭しく一礼して命令に従ったのは言うまでもない。
会議室を出た二人は互いの顔を見て肩を竦めあった。
「婿殿の煮え切らなさも問題だけど、陛下も陛下でどうされたいのか不明瞭な気がするわ」
「愛したいが、ただ普通に、というわけでは、ないのだろう。我らには、窺い知れぬ、想いを、秘められて、いるのだろうよ」
「首の傷や婿殿の変化がそれだと思うの?」
「さぁな。そこまでは、知らん上に、断言は、出来ない。ただ」
「ただ?」
「大魔王と勇者という、本来ならば、相容れぬ立場が、経緯や実際はどうあれ、夫婦として、過ごしている。婿殿が、逃げずに、ここに居るのは、何か、理由が、あるのだろう」
巨漢の同僚の意外な言葉に、常に己の調子を崩さず泰然としているガヴェインは珍しく小さく声を上げて相手を見上げた。
「何故なの? 婿殿はいつも隙あらば逃げていたじゃない。その都度陛下に捕まってはお仕置きを受けていて」
「変に、思わなかったか? あの、お二人が、本気で、逃げたり、追いかけたり、すれば、部屋の一つや二つの、破壊だけでは、済んでない筈だぞ。我ら、近衛衆が、追跡に、借り出されたことも、今までで、まったく、例がない。まるで、追跡という、行為を、楽しんで、いるように、俺には、思える」
同僚の指摘にガヴェインは考え込んだ。
言われてみれば不審ではあったのだ。今までの夫婦漫才じみたやりとりを見ていて軽視していたかもしれない。
強大な力を持つ同士が逃走なり抵抗なりすれば周囲の被害は小さくはない。
セリスが手加減するのは周囲への配慮と解釈出来るが、魔界に大した愛着の無い勇が力を振るう事に遠慮する必要はないのだ。もしかしたら、勇の逃走は彼自身が思うよりも比較的容易かもしれないのだ。
「……もしかしてあれじゃないかしら。ホラ、婿殿の世界で言うところの、ストックホルム症候群だったかしら。ああいう心理状態だから逃走が鈍ってるというのはありそうじゃない」
ストックホルム症候群とは、被害者が犯人と一時的に時間や場所を共有することによって、好意など特別な依存感情を抱く精神医学用語の一つである。
ガヴェインは可能性の一つとして提示してみせたが、ホールズは頭を振って相手の意見を否定した。
「もっと、深いものが、ある。と、俺は、見るな」
「どんなものが?」
「それが、分かれば、苦労は、せんさ」
分厚い肩を揺すり、ホールズは歩き出した。ガヴェインも数歩遅れてついて来る。
並みの大臣や将軍よりも上位である魔王近衛衆ともなれば大小様々な仕事がある。憶測だけで会話する愚を犯す前に、やるべき仕事が意地悪そうに待ち受けているのであった。
なるようにしかならない。思考停止としか解釈しようのない結論にて二人は目前に控えた問題に対して匙を投げたのであった。
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