第十八章「お前らの強引さに俺は逃げた(その4)」

 ニーバカルへ戻った勇とランスロットは市民会館や両陣営が宿泊してるホテルには寄らず、人目を憚りながら繁華街の一角にあるビジネスホテルが密集してる地区へとやってきた。


ランスロットが事前に連絡をいれていたのか、十数も密集している中の一つに彼は勇を連れて迷いもせずに入っていく。


 数ある宿泊施設の中では比較的地味な造りであるが、殺風景ながらも清潔さを重視した部屋と、金銭の支払い如何で様々な用件を承る事が売りであり、その売りのお陰でちょっとした穴場となっている場所であった。


 ランスロットはホテル関係者には「気晴らしのお忍び」と、勇が居る理由をでっち上げ、正規の五割増しの料金を支払うことで口止めを約束させた。


売りが売りであるだけに、権威と金銭双方を振りかざした効果でホテル側の態度もビジネスホテルでは信じられない程恭しいものとなった。


「なんでだ」


 卸したてのように汚れ一つないシングルベッドに腰を下ろした勇は、責任者に強い口調で再三注意を促して退室させたばかりのランスロットに声をかけた。


不快気に肩越しに振り向く赤毛の重臣を勇は力なく見上げる。


「アンタ、俺の事嫌いだったんじゃないのか。どうして俺にここまでしてくれるんだ」


「大嫌いだ。つーか、今すぐ八つ裂きにして亡骸を汚物処理場に叩き込んでやりたいよ」


 吐き捨てるような口調で即答した。


「同胞を大量殺戮した勇者というだけでも憎たらしいというのに、今では我らの陛下の婿の座にいる。俺が軟弱者ならば婚礼の儀の時点で憤死してるぞ」


「アイツの事好きって公言してるからな。本人にはイマイチ伝わってねぇけど」


「あぁそうだ。俺は陛下をお慕い申し上げている。全身全霊を賭けてあのお方に忠誠を尽くすのだ。天界に居る神よりも神々しく、気高く、力強く……それでいて、時折垣間見せる無垢なる感情、心地良い熱風のような暖かい優しさ。俺如きの語彙では語り尽くせない素晴らしさを持つ尊き存在。それこそセリス・ヴィシャル・ファラ・ル・ド・ダクプリズム十三世陛下であらせられるのだ」


 相手の言葉に負の感情を刺激されたのか、夢見るような顔で熱くセリスの事を語るランスロットを勇は皮肉っぽい顔を閃かせた。


「想いの押し付けは迷惑なだけだぞ。アイツだって嫌がってるんじゃないのか」


 怒るかと思われたが、ランスロットは怒りもせず「そうかもしれんな」と頷いた。


「だが陛下は嫌なら嫌とハッキリ仰られるお方だ。たとえ相手が誰であろうとも、ご自分の思いをお告げになられる。無論社交辞令や気遣いなどは怠りはしないが、言うべきことは言うことこそ自分にも相手にも悪い事ではないというお考えを持っておられる。俺の気持ちは届いてないだろうが、何も言われてないということは疎まれてるわけではないという証だと思うのだ」


「……アイツといいアンタといい、魔界の住人は前向きな奴が多いな」


「お前がウジウジと後ろ向きなだけだ絶望勇者。お前も陛下を見習って今回の件を収めてみせやがれ」


「収めるって……」


 力の無い呟きのような声。肩を落とした姿は弱弱しく、雷電の勇者や大魔王の婿と言われる男とは到底思えなかった。


 床に視線を落として口を閉ざしかけた勇であったが、ランスロットが部屋を出て行こうとする気配を見せたところで声を上げた。視線は床に落としたままである。


「まだ質問に答えてもらってなかった。なんでアンタが俺を嫌うのにこうまで構ってくれるのか」


 その問いかけに、近衛衆筆頭である男は当然のように言ってのけた。


「お前がいなくなれば陛下が悲しまれるからだ」


「えっ」


「陛下の幸福を第一に考える者として最善の処置をとっただけだ。陛下を幸福にすることこそ貴様の存在価値だ。俺としても、こんな形で消えるより俺の手で打ち倒したいのでな。早いところ殺し甲斐のあるぐらいには立ち直ってみやがれよ。短時間で色んな情報流れ込んできたんなら、頭ん中休ませた後で考えろ。時間作ってやったんだからな」


 冷たい目で憎き勇者を一瞥してランスロットは部屋を出て行った。


室内にただ一人残された勇は、瞼を閉じてベッドに仰向けに寝転んだ。


 一人で寝るのも久方ぶりだ。と、どうでもいいようなそうでないような事が頭の隅に浮かんだが、脳の大半は別のことに意識が向いている。



 ―ありのままブチまければいいだろう。



「勝手に言ってくれる……」


 侮蔑の言葉を口にしてみるものの、深さも重さも伴わないソレは心に反芻する前に霧散してしまう。


 浮かんでは消えていく言葉の数々。


 フロアスタンドの灯りが横顔を照らす中、勇は独り心の中を彷徨っていた。それは、今まで経験してきたどのようなダンジョンよりも難解であり、やり直しの利かない無情で危険なものであった。


 言い知れぬ熱が体内を脈打っている。勇はいつしか気にならなくなっていた。


 気にならなくなってることにも気づいていなかった。






 ホテルを出たランスロットはその足で市民会館へと向かっていた。


 時刻は既に深夜と区分される時間帯。既に会談参加者は宿泊場所へ帰っており、会館は閉館となっている。警備の者もいないひっそりとしたその場所をランスロットは意に介することなく正面玄関の前まで来た。


 玄関まで辿り着くと、懐から小型通信機を取り出して特殊な周波を放つ暗号電波を発信させた。


 電波を発生させて間を置かずに玄関の鍵が開錠され、稼動音を立てて自動ドアが左右に開く。ランスロットが周囲を窺いながら館内に入っていくと、再びドアは閉じられ鍵がかけられた。


 照明が点いていない館内を歩調を乱すことなく闊歩していき着いた先は、地下にある社員専用食堂。当然ながら閉館に伴い閉鎖されている筈だが、食堂内に灯りが点っており人の気配もあった。


 それを確認したランスロットは躊躇うことなく室内へと踏み込んだ。


「ただいま戻りました」


「ご苦労様」


 よく透る低い声に穏健さを含ませてランスロットを迎えたのは、セリスが信頼している執事ケィルであった。合金製の椅子に腰掛け、手には酒の満たされたショットグラスを持っていた。


 勇を尾行する直前、ケィルから事が済んだ後に落ち合うように言われてここまで来たランスロットである。


 彼は中性的な執事の他に顔見知りを見かけて歩を止めた。


 彼の左右の席にはランスロットの同僚であるガヴェインとホールズが先客として座っていた。手には同じくグラスが握られている。


 見れば円卓には酒の他にチーズやクラッカー、サラミソーセージに数種類のスナック菓子など、近場の二十四時間営業商店で買い込んだものが山と詰まれていた。


 ランスロットは円卓にある酒宴の品々と同僚の顔を均等に眺めて額に手をやった。人が不愉快な仕事をしてる時に何を暢気に酒を飲んでるのだ。そう言ってやりたい衝動に駆られるのは無理からぬことであった。


「お前ら……」


「ケィル様が、用意、してくださったのだ。応じなければ、非礼で、あろう」


「そうですよ。仕事が終わった後の一杯というのは、宮仕えする身の数少ない楽しみです」


 グラスを掲げて悪びれた様子もなく答えた同僚二人をどう言い返してやろうか。と、考えるランスロットであったが、ケィルに席を勧められて発言のタイミングを逃してしまう。


 座った後には酒を満たしたグラスを手に持たされてしまい、ついに言い返すのを諦めて一息に飲み干した。


 熱い呼気を吐き出してグラスをやや乱暴に卓に置く。間髪いれずガヴェインが再び酒を注いだ。何も言わず、ランスロットは再び飲み干す。


「さて、一息吐いたところで話を聞こうではないか」


 赤毛の近衛衆筆頭がグラスの縁から唇を離したと同時に、ケィルは話題を切り出した。


 ランスロットに勇を追うよう指示を下したのは、何かと謎の多い執事であった。


 熱い液体が体内へ嚥下していくのを感じながらランスロットは先程の出来事を語りだす。


 異世界側に動きがあった事も同時に報告するのも忘れなかった。話が続く間にも各々酒食は怠らなかった。


 卓上に置かれた酒とツマミが半分まで減った時点でランスロットは語る事を語り終え、手にした酒をあおって喉を潤した。報告を終えるまで口を挟まなかったケィルが発言をした。


「勇様の変化は悪化しつつあるのは間違いなわけだね」


「はい。人間達の死体の山を目の前にしても一言もないどころか眉一つ動かしませんでした。幾ら動揺してるからといっても、普通ならば見過ごすことはないものです」


「身体は熱かったかね?」


「確証は持てないですが、触れた感じでは熱病のような熱さが。少なくとも、人間の体温としては高すぎに思われます」


「勇様は気づいてるのだろうか」


 ショットグラスに注がれた酒の芳香をかぎながらガヴェインが二人の会話に加わる。


「ご自分の御身体の事だから変化には敏感になってるでしょうけど、肝心の記憶が欠落されてるから」


「変化の、原因を、知らずじまいで、その苛立ちが、更に、変化を、煽る。悪循環、では、あるな」


 重々しくホールズが言葉を引き取る。声には深刻な響きがあった。


「記憶が戻ったところで変化など起きんさ」


 相手の深刻さを笑うというより苦々しさ込めてランスロットが反論する。スモークチーズを指先で弄りながら、赤毛の青年はこの場に居ない悩み深き勇者を罵った。


「思い出したところでアイツ一人が問題一つ片付いただけのこと。制御出来なければ意味なんぞもたん。陛下の加護を受けたことも知らずにここまで来てるとは、無知は罪とはよく言ったものだ。さっさと消えてしまうなり服従の意を示すなりして誠意を見せてみろというんだ」


「今の陛下ならばそんな婿殿でもまったく問題なく愛すでしょうけど、あの直後からそんな態度を取るお方だったらとっくに誅されておられるわよ」


「陛下も、もったいぶらずに、教えてやれば、よいのにな」


「我らが婿殿に思い出してもらってからが勝負だと思っておられるのさ。この世界の支配者に待ってもらえるとは、魔界一の果報者だな異世界の勇者様は」


 ランスロットは好意が原子レベルにすら含まれない声で冷然と吐き捨てた。三人は肩を竦めあうことで彼の毒素が強い発言を受け入れることとした。


「まぁ婿殿にはお一人で考える時間を与えたとして、異世界側との開戦は避けられないかもしれませんね」


「我らは、陛下に、従うだけとして……」


「ケィル様は如何なされるかお考えはあるので?」


「私はあくまで執事だよ。主の命ずるままに動くだけ」


 少年のような溌剌さと少女のような無垢さを併せ持ったなんとも言えない笑顔を閃かせ、自らを一介の執事と称する男は語を続けた。


「夜が明けたら私はニーバカルを発つよ。今回の件は血生臭さは多少あれども馬鹿馬鹿しい喜劇で終わるだろうが、こんなものは一度で充分。再発防止に努めてくることになる」


「陛下からの勅命でございますか」


 ガヴェインの問いには答えず、ケィルは三人の若者を等分に見やった。


「数ヶ月前の勇様との死闘に比べたら大した事態にはならないだろう。それでもセリス様のご身辺は油断なくお守りしてもらいたい」


「今更ですな」


 執事の発言に、近衛衆筆頭は気負いを感じさせない口調で応じた。


「我ら近衛衆、恐れ多くも陛下に御厚恩賜りまして、青二才の身でありながら過分な地位を頂きました。それに報いる為に非才ではございますが、最善を尽くして陛下の剣となり盾となりましょう」


「そうか。そうだな、よろしく頼みますぞ」


 そう言ってケィルはグラスを置き、ささやかな酒宴の場から立ち去っていった。残された面々はそれぞれの個性にて執事を見送る。


「……とは、言うものの」


 気配が完全に遠ざかったのを確認してホールズは暗澹たる気分で呟いた。


「我らの、力のみで、あの方々を、どうこうできるもの、なのだろうかな」


 呟きを聞いた二者は返事を控えて何杯目かの酒を危惧と苛立ちと疲労と一緒に飲み干した。


 彼らがグラスを傾けながら今後に思いを馳せている頃、破局の鐘が鳴り響いていたことを知ることになったのはそれから数時間後のことであった。

 





 周囲の思惑、それぞれの想いは真摯で誠実なものであったが、顔を合わせればたちまちぶち壊しになるのは喜劇ならば笑いどころと称されるだろう。しかし、喜劇と言うには笑えない事態へあっという間に発展する。


 本人らは大真面目に取り組んでいるのだが、突き詰めれば「シュールな喜劇」と称されるかもしれない。それが現実というものの無粋さであろう。


 二千年ぶりの他世界からの侵攻及び異なる世界の軍が魔界にて矛を交えるという出来事は、歴史上嘆くべき事態であり、十万単位の生命が権力者の欲を乱す道具となる忌むべき事柄であった。


 その筈なのだが、後に「血生臭いお祭り戦争」と俗称されるとおり、緊張感という点においては甚だ乏しい会戦の幕開けは、この日からクライマックスへ向けて加速し出したのかもしれない。


 勇が失踪したことはたちまちセリスに伝わった。


 ニーバカル市民からの通報が数多く寄せられ、仰天した役人らは泡を食って女帝陛下に報告へ参上したのだ。


 同時に気を利かせて都市周辺の捜索も行われたが、捜索に派遣された兵士らが見つけたものは、異世界の兵であった数十もの肉塊と、騎手を失って途方にくれたまま繋がれていた四十八頭の馬だけであった。


 報告を受けるまでもなく、セリスは勇の不在にいち早く気づいて宿泊しているホテル内を探し回っていたのだ。


 最初は「リアルな鬼ゴッコ遊びか? 魔界では桜上という姓は勇ぐらいだぞ?」などと冗談を口にしていたが、分刻みで口数は減っていき、ついには一言も発しなくなった。


 ドアというドアを開け、ベッドをひっくり返し、伝説の傭兵よろしく通風孔を這いずり回ってダンボールを全て解体した。そうした試みが行われても探し相手は見つからなかった。


 並行して行っていた情報収集によって、清掃員の一人が屋上へ向かう婿殿を見かけているのが判明した。


 行ってみると、最上階の緊急時用非常階段の錠が魔法で焼き切られているのが発見された。彼がわざわざ人気の少ない屋上まで行き、そこから非常階段を使ってホテルを抜け出したのは明白であった。


「若さが罪と罰を背負ったから階段からジャンプしたのか」


 居なくなった現実をようやく受け止めたのかそうでないのか、非常階段から夜景を見下ろしながら誰も分からないような呟きをしたきりセリスは茫然としてしまった。


 その直後、検問所の兵士からの連絡により、異世界軍の騎馬団が市街へ出て行った事が判明した。


 自失の時間が過ぎ去ると、美しき大魔王は銀の瞳に炎を宿らせ、すぐさまべんつゴーロクマルに乗り込んで、クゥらが宿泊するホテルへと急行した。


 数分もしないうちに目的地に着いたセリスはべんつを駐車する暇も惜しむように正面玄関に停め、女帝の前触れない来訪に慌てふためく周囲を無視して目指す先である彼女らの部屋を向かった。


「ぶるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 奇声を上げてドアを蹴破ってきた大魔王に当然ながら飛び上がって驚いたクゥと姫子は、それぞれの武器を引き寄せて臨戦態勢をとって襲撃者を見据えた。


「ななな、なんですか突然! ついに本格的に発狂されたのですか!?」


「どこかの人造人間ばりのシャウトでしたよ!? 私たちを吸収して完全体にでもなるんですか!?」


「やかましいわファッキンビッチ! 一昔前ならこの泥棒猫呼ばわりしてるぞ!」


 二人の常識的な質問を一喝によって弾いてセリスは怒りを震わせて姫と女勇者を指差した。


「不利だからといって人の旦那をかどわかすとは正義が聞いて飽きれるぞ! 昼ドラばりの略奪愛実行した度胸を褒めてやるから貴様らの肉体を今すぐ調理前のハンバーグみたいにさせろ!!」


「いきなりなんですか! 桜上くんがどうかしたんですか!?」


「白々しいわ小娘! 勇を拉致監禁して穴という穴を性感帯にしてアヘ顔させようと考えてるのだろうがそうはさせんわ! 夫の卑猥な姿を見る権利は妻のみだ! 『でる、しろいのが……』と切なげに言わせていいのは妻だけなのだぁ!」


「際どい妄言は慎みなさい! まずは私たちに何があったのか事情をお話なさいな。そうでないと答えれるものも答えられません!」


「スカート捲りで世界救ったり、青春の一ページ的に風呂覗きが有りなのだからこの程度の発言は普通にOKに決まっておろうが!!」


「意味が分かりませんわ!!」


 白皙の頬を朱に染め上げセリスは足を踏み鳴らして怒りの声を上げ続ける。それに対して二人は怒気を刺激されながらも彼女の言っていることを把握しかねて戸惑っている。


 勇が失踪したのが分かったのは、セリスが懐から取り出した数枚の写真と共に事情をようやく話したからであった。


 写真に写っているのは、ランスロットに秒殺された異世界側兵士の惨殺死体だった。


 写真を見て絶句して固まる二人にセリスは鋭い声を叩きつける。


「勇をどのようにして攫ったのだ。数十人の犠牲を払った後で我が夫をどのようにして抵抗を放棄させたのか興味深いものだな。えぇ?」


「こ、こんな捏造で言いがかりなど……」


「望むのなら今から現場を見せてもいいぞ。大体、我に仕える者らがニーバカルを出て行く騎兵の一団を確認しているのだ。勇が巧妙に都市を出て行ったのを何かしらで知って追ったのだろう。そうだろうが」


 勇は堂々と検問所のある門から出て行ったのだが、当直の役人らはケィルとランスロットから責任を持つと約束を貰った上で勇を見逃していたのであった。これに関してはセリスの過大評価であるのだが、彼女はその事には気づいていない。


 決め付けられて弾劾されたクゥはガーオネ王子の顔を思い浮かばせ、姫子の方は去り際に見せた勇の様子のおかしさを思い出していた。


 自分らの知らないところで善からぬ目論みをしている事に薄々気づいてはいたが、よもや自分達が取り戻すべき雷電の勇者を拉致しようと兵を動かしていたというのは当惑を誘うには十分過ぎた。


 セリスはといえば、こちらはグルだろうかなかろうがどちらでも構わない心境だった。勇が自分に何も言わず出て行ったという衝撃が、明敏な大魔王から一時的に理性と思考を略奪していた。


「お前たちに残された選択肢は二つだ。勇を返して殺されるか、勇を返して死ぬかだ」


「ちょっとまってください選択肢にもなってませんよそれ!」


「なら三つにしてやる。勇を返して殺されるか、勇を返して死ぬか、勇を返してグロテスクに殺されて死ぬか」


「いっそ潔いとは思いますけど結局選択肢になってませんってば! どこの学校の生徒の発言ですかそれ!?」


「お止めなさい姫子さん」


 杖を床に打ち付けて抗議する姫子を制止したクゥは、眼前に立つ大魔王に非友好的な視線の刃を投げつける。


「勇さんを渡す気がないからと、言いがかりをつけて戦争を起こしたい魂胆なのでしょう。追い詰められてるからと随分粗雑な策ですね。いいですよ。あえてそのお粗末な策に乗ってあげましても」


「貴様、我を愚弄するか」


「傍若無人なお方は一度痛い目みせないとご理解してくださりませんからね」


 影の薄さを利用して陰謀を働いている兄の顔が脳裏に浮かんでいたが、破局が回避されないことを悟ったクゥの決断は早かった。


 弁明を聞く気が無い相手に言葉を費やしても無駄ならば、一度思い知らせるべきなのだ。そして正々堂々と勇を取り戻す好機とすべきなのだ!


 王女の言葉にセリスは怒りをみせなかった。寛容だからではなく、激怒という名の紅蓮の炎が限界突破状態で思考回路がショート寸前だったからだ。


「よろしい、ならば戦争だ」


 短くも重い沈黙の後、押し殺した声で大魔王は宣言した。


 この場にもしも彼女らが争う元となった男が同席していたならば、彼は怒りを通り越して引き攣った笑みを口端に刻んでこう言ってたかもしれない。


「人の苦悩台無しも極まれりだな。つーか深刻に悩んでる俺が馬鹿みたいだな」

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