第十章「カワイイは正義というなら誰が正義になるのだろうか(その1)」

 幾度かやりとりが行われた後、翌日には会談場所が決められ、更に翌日には会談が行われる運びとなった。


 前線基地から距離にして三十㎞後方に、人口五十万前後の都市があった。


 都市の名はニーバカルといい、後に「お祭り騒ぎ発生都市」と呼ばれる街となる。


 会談はニーバカルの中で一番大きい建物である市民会館内の大会議室で行われることとなった。


 元々は市民が集会を開いたり、役人達が公開会議を開いたりという目的で使われてるもので、大会議室と言うことで広さはあるものの、百人も入れば窮屈となるのだった。


 都市を治める役人らは「このような汚く手狭な場所へ女帝陛下をお迎えするのは恐れ多い上大変心苦しい」と選定されたとき辞退したものであるが、セリス直々に「ここでよい」と言われ、恐縮の土下座をしつつ市民会館を明け渡した。


 最初から最愛の夫を渡すつもりはないセリスである。形式も最小限度に留めるつもりであったし、扱いの低さに人間側が激怒して会談を自らの手で中断してくれる事を期待しての処置でもあった。


 魔界の総人口からすれば、人口五十万規模の都市というのは田舎町に等しいものである。そんな田舎町が会談場所に選ばれ、それを知った住人らはにわかに活気付いてきた。


 市民らは様々な催し物を開き、街頭の至る所に露店が立ち並ばせた。どこから聞きつけたのか、主君の婿殿を巡る会談ということで、まだ会談が始まってもないというのに、それに関連する菓子や土産物が様々な場所で売り買いされ始めている。


 会談の内容など二の次であった。会談を祭りの一種とみなして飲めや謡えやの騒ぎである。


 都市住人らのお祭り騒ぎをセリスは止めなかった。それどころか、非番の兵士らにも羽を伸ばすようわざわざ布告を出し、その為の金銭まで支給した。


 兵士らは美貌の主君の気前のよさに喜び、節度を乱さぬよう気をつけつつも、賑やかな喧騒の中へ飛び込んでいき、街は益々賑やかとなる。


 これもまたセリスとしては、人間側の真剣さに対して「ほれ、この話し合いなぞこの程度だぞ」と嘲弄すると共に、こちら側の余裕を見せて相手を萎縮させるのが狙いであった。


 勇者を巡り異なる世界の代表が話し合う。本来なら緊迫すべき厳かなものである筈が、あっという間に内容とそぐわない活気が会談場所選定地に湧き上がっている。


 二十階建ての市民会館。その十二階に会議室はあった。


 窓から地上を見下ろすと、市民会館周辺は警護の兵と祭りに浮かれて行きかう住人らの姿が小さく見えた。楽しげな様子を、勇は複雑な表情で見下ろしていた。


「どうした勇?」


 会議室の議長席にて足を組んで座っているセリスが声をかける。


「お祭りに参加したいのか? ニホンジンとやらは祭りが大好きな民族というらしいが、勇も血が騒ぐか」


「どんな世界でも祭り好きな奴なんて居るだろ」


「ではどうしたというのだ。妻の浴衣姿でも拝みたいのか? 勇はうなじフェチとかチラリズム信望者だったのか? 着物着るときは下着着用するなと鼻息荒く主張する助平さんか?」


「少しは緊張感持つ気ないのか馬鹿魔王」


 額を押さえて大仰に溜息を吐く勇であった。


 渡す気はないので手を抜く事で激発を招こうとしている。


 セリスの意図は理解してはいるが、それにしても露骨し過ぎではないか。見え透いてて逆に冷静になるんではないか。そんな考えを抱くのである。


 無論、助けてもらえるなら助けてもらいたい。顔見知りが助けに来てくれたのは素直に嬉しい。


 しかし現実は非情なものであることも経験から学んでいるので手放しには喜べないでいる自分がいることに、勇は僅かながら自己嫌悪を感じていた。


 依然として第二十四ゲートは異世界軍に占拠されている。


 異世界軍―厳密には勇者救出義勇軍と名乗っている―の指導者であるガーオネ王子とクゥ姫は十万の部隊から最精鋭三千の兵を護衛として引き連れてニーバカルへやってきた。もう少しすれば魔族側人間側両陣営がこの会議室へ集う。


 話し合いといっても、内容は「返せ」「返さない」と単純明快なもの。交渉において大切な要素である妥協点を探るというのも最初からされるわけがない。行き着く先は一大会戦であろうというのは誰の目にも明らかであった。


 勇自身も破局を一時的に先延ばし出来たとしか思ってなく、自分に出来る事は会談中にどうにか穏便に撤退してもらえないものか掛け合うぐらいしかないと考えている。


(話し合いで引き渡すぐらいならコイツは俺にそこまで執着しねーもんな)


 僅か数ヶ月とはいえ結婚して同居してる身だ。その程度の結論は容易に出せる。


 となると自分は不毛な議論を板ばさみになりながら拝聴する羽目となる。自分が損な立場に立たされていることに理不尽を禁じえない。


 自分は被害者の筈だ。と、喚くことが可能ならば気が楽になる。


 けれども異世界を救った勇者であり大魔王の愛すべき婿という二重の鎖が言論の自由など容易く縛り上げてしまうのだ。


 そんなわけで、勇の心境は明快さとは無縁であり、懊悩との友人付き合いを続けているのだった。


 夫とは正反対に妻の方はというと、懊悩とは交友関係を築いておらず、余裕綽々を満面に浮かべている。


「他は殺すにしてもクゥ姫とやらは助命してやってもよいな。なにせその者が居なければ、私は勇と出会えてなかったのだから。妻はそのぐらいの慈悲は持ち合わせてるから、勇は無用な心配はせずともよいぞ」


「殺しはしないが殺されそうになっても助ける気はないんだろ。お前が見逃したところでお前以外の奴に討たれるのがオチとちがうか」


「おや分かったか。勇は妻の考えをお見通しとは、以心伝心にまた一歩近づけて嬉しいぞ」


「大魔王のやりそうなことだよまったく」


 忌々しげに舌打ちをして勇はセリスの方へ振り向いた。


「いいか。どうせ俺を渡す気がないんだから返す気ないことだけ主張しろよ。変な挑発して必要ない敵意買うことないんだからな」


「妻はそれでもいいが、臣下らが納得してくれるかどうかだな」


「どういうことだ」


「妻は帝位に就いてる身であるが、臣下の意見を無視するほど暴君ではないのでな」


 そう前置きしてセリスが説明するにはこういうことである。


 他世界の軍が魔界の地に侵略目的で来たのは大昔幾度もあった。


 天界や冥界、高度な文明を築き上げた人間達が攻め込んできたこともあったという。当時の魔界は様々な大悪魔が群雄割拠しており、徹底的な取り締まりが不可能な状況だった。


 それがようやく無くなったのは、初代皇帝であるセリスの曽祖父が魔界を統一に持ち込んでからだった。それがざっと二千年前。これは以前も彼女から聞いた覚えがあった。


「魔族と人間では寿命の長さが違うからな。人間でいうなら百年前ぐらいと思っておけばよい。分かりやすく喩えるならば、勇の世界で言うならそうだな……曽お祖父様がこの世界を統一したのが第二次世界大戦終結ぐらいの年と考えて、今は戦後七十年近く経過してるぐらいのようなものだ」


「それでも長いような気もするな」


 大魔王が第二次世界大戦などという単語を使う事に軽い違和感を覚えたが、口には出さなかった。妻が時間を見つけてはネットや雑誌で地球の勉強をしているのを勇は知っていたので今更言うことではなかった。


 セリスは艶やかな紅い口唇に人差し指を当て説明を続ける。


 寿命の長い魔族でも二千年という歳月は長い。侵略はしても侵略はされなかった月日が長ければ、それが自慢ともなり優越感の元ともなる。二千年前を知る魔族は殆どいなくなり、語り継がれるか文章上データ上で記録されるだけであった。


 侵略された事のある時代を知らない者が大半を占めてる中で今回の騒ぎである。ゲートとその周辺という極一部のみとはいえ、彼らに与えられた衝撃は少なくはなかった。


 寸土といえども我らが地を制圧するべき輩には死の制裁を与えるべし。


 血の気の多い若手を中心にそういう声が上がるのは必然であった。


 自分らが侵略してもよいが、侵略されるのはよくないというのは身勝手極まりない言い草ではあるが、魔界においては真面目に主張されているのだ。


 しかも攻め込んできたのは、ほんの数ヶ月前まで自分らが半分制圧していた異世界からの軍隊である。我らを退けたことで増長したかと気色ばんでおり、セリスには攻撃命令の嘆願書がこれまでに二十以上送られてきている。


 更にこの件と関係して勇に関しての批判めいた意見も上がっているのだった。


 結婚当初から一部の廷臣が、人間であり同胞を殺戮してまわった勇者を婿として迎えることに反対していた。セリスのやることなすこと無条件に肯定する重臣であるランスロットもこれに関しては反対派に属していた。


 それも現大魔王と先代大魔王が睨みを効かせ、婿肯定派が大半の現状では問題なかった。一意見としてそのような声もあるという事でセリスから咎めを受けたこともなかった。


 今回の件にて反対派は言う。


 勇者なぞがいる為にそれを奪還しようとする輩が来たのだ。二千年近く侵されることなかった領土が寸土といえども占拠されるという不名誉の責任、その一端は婿殿の存在が原因なのではないか。と。


 肯定派もこの意見に頷く者も少なくはなく、婿廃絶を目論む動きはないものの、人間側に制裁を加えないと収まりがつかない空気が渦巻いていた。


 臣下らの間で主戦論が渦巻いてる現状を無視出来ない。故に会談をしつつもその辺りも考慮にいれなければならない。


「とまあ、簡単に説明したが理解したかのう」


「理解した。ちなみに一言で纏めるとどうなる?」


「とりあえず人間死ね」


「身も蓋も底もあったもんじゃないな」


 槍玉にあがっている婿は憂鬱を隠そうともせず首を左右に振った。


 先行き不安を隠そうともしない勇の態度にセリスは忍び笑いを漏らす。


「勇は心配さんだな。世の中なるようにしかならないのだぞ」


「一歩間違えれば戦争起こりそうな事態なのにか」


「戦争? 戦争か」


 勢いをつけて席から立ち上がり、セリスは勇が立つ窓際へ歩みよる。


「戦争なんかさせんよ。一方的に蹴散らすだけだ。戦争なぞしてこれ以上民衆に不安を与える気はないからな」


「だとしたらお前は虐殺でもやるってか。んな馬鹿げたことを俺が見過ごすとでもおも……っ!」


 反論を許そうとしないのか、前触れもなくセリスは勇の唇を塞いだ。驚いて突き飛ばそうと腕を振り上げる夫の機先を制し、唇を重ね合わせたまま身体をぶつけて床に押し倒す。


 床に倒れた痛みを感じる暇すら与えないような口付けは、酸欠寸前まで続けられた。


 ようやく唇を離したセリスは、互いの唾液で濡れた唇を拭おうともせず、勇を昂然と見下ろす。


「妻は勇を奪う相手には容赦しない。それだけの理由でなんでもやる女だぞ。勇も判ってる筈だ……」


「……」


「嫌ならば妻を殺すか? それもよかろう。妻は勇になら殺されてもいいぞ」


「……」


「出来ないわけではあるまい」


 耳元へ唇を寄せ、誘惑とも挑発ともとれる囁きにて鼓膜を舐る。


「今の勇ならば、妻への……私への衝動によって」


「……どういう、こと、だ?」


 セリスの言葉を遮って勇はようやく言い返した。


「さぁてなぁ」


 それに対する返答は、不誠実を堂々と押し出したものであった。


 荒い息をようやく落ち着かせ、勇は馬乗りになってるセリスを押しのける。


 つい数十秒前までの出来事など起こってないかのように、二人は服の乱れを正して向き合った。


「とにかく、最善尽くしてくれよ。一応世話になった相手の死体なぞ見たくないしな」


「支払いは何で返してくれるのかな我が夫は」


「一々見返り求めるな強欲妻めが」


 勇はセリスの額にデコピンを一撃喰らわせてたしなめた。





 異世界側の代表らがやってきたのはそのようなやりとりが合ってしばらくしてのことだった。


 セリスらが居る会議室へ入ってきたのは、ガーオネ王太子、クゥ王女、彼女らから「白金卿」と呼ばれている白金仮面、将軍やら書記官などを含めて三十名。


 魔界側からは女帝セリス、ランスロット、ガヴェイン、ボールスら近衛衆をはじめとして四十名。その他に王宮専属報道官に引き連れられた報道局代表や記者団代表ら二十名が入室した。


 勇は今回の話し合いの原因の為、当然ながら同席を命じられている。


 しかし、自分がどこに座るかで双方が揉めるのを避けようと、会議室の片隅にパイプ椅子を置いて座ることにした。


 一同が着席し、代表者双方から形式的な挨拶が交わされる。


 かと思われた。


「遠路遥々よくぞ来られたな人間の王族とその付属物らよ。下等な人間の分際でこのような愚かしい戦を起こした無謀さと合わせて誉めて遣わすからありがたく思うがよい」


 着席して開口一番、セリスは不遜な表情で言い放つ。


 異世界側の幾人かが突然の非礼に怒気を揺らめかせたが、大魔王の発する威圧感に身を硬くして黙り込む。


 小動物ぐらいならば生命活動を止めてしまいかねない威圧感を包み隠すことなく曝け出す魔界の女帝に、ガーオネ王子は圧迫感を覚えて息苦しげな表情を浮かべながらも、一国の王子らしい気品ある微笑を口端に刻んだ。


「大魔王陛下。これは話し合いの席でございます。そのように威嚇するかのようなお言葉は建設的ではないと私としては思われます。ここは統治者として理性的な会談を望みますれば、どうか落ち着いてくださいますよう」


 相手のお澄ましぶりを気障ったらしいと思ったのか、セリスはわざとらしく柳眉を歪ませた。


「呼んでもないのに押しかけてきた連中が偉そうに要求か。覚悟あってのことか、それとも人間の神経は樹齢数千年の霊木並に太いのかな。どちらにしろイイ度胸だな」


「恐縮でございます。では陛下、早速でございますが」


「断る」


「はっ、いや、その」


「断ると言ってるのだ。我は夫である桜上勇をお前らなどに引き渡す気はない。この会談も、我が夫がどうしてもと頼んだから聞き届けただけのこと。話し合いという形式を整えただけであり、最初から我は交渉する意思はない」


 もっとも。と、セリスは殺気と鋭気を漂わせた笑みを王子らに浮かべてみせた。


「力づくで奪うというのなら今すぐでも受けて立とう。我がお前らの世界へ侵攻したのと同じだ。持てる力を駆使して欲するものを奪い取ってみるがいい」


 異世界側の面々は恐怖に青ざめ、言葉どころか呼吸すらも忘れたかのように沈黙を余儀なくされた。代表であるガーオネ王子も口元を引き結んで黙ってしまった。


 大魔王の迫力に屈したかと思われたが、そうでない者も存在した。


「お黙りなさい悪魔の長めが!!」


 マックス王国王女クゥ・ラーイ・マックス姫は、正義と敵意に燃える碧の瞳にて、魔界側というよりも、セリス個人を睨みつける。


「私たちの世界に来て無法の限りを尽くしていた輩が被害者顔とは笑止千万! あまつさえ勇者様を拉致して己の囲い者とするという悪趣味な所業。神と正義は許されないでしょうし私たちも許しはしません! 塵ぐらいの良心が魔族にもあるというなら、今すぐ悔い改めて悪行を償うことを行動によって示しなさい!」


「それがどうした」


 伊達とか酔狂とかいう単語が好きそうな銀河の軍人が言いそうな台詞にて、セリスは相手の断罪の言葉を一蹴した。


「恨むなら弱い自分らを恨め。責めるならば、勇を一人で我が軍の根拠地へ赴かせた事を責めろ。我らは自らの力を行使しただけに過ぎない。罪悪感というのが欠片でもあるのなら最初から行っておらんよ。そこは置いとくとして、今のお前らも他世界へ武力侵略してるのではないだろうか。そんな奴らに説教される気はないな」


「私たちには大儀があります。勇者様を救うという正義の使命によってです。私利私欲な貴女方と一緒にしないでください」


「一緒だよ。理由はともあれ、やってるのは似たようなものだ。大体、正義とか大儀とか大声で主張する奴など、裏であくどいことをやってるような小悪党だしな。視野が狭い小者ほど正義という単語が大好きだからな」


「貴女の偏見で決め付けないでくださいませんか。とにかく、今すぐ勇者様を返しなさい」


「断ると言っただろうが。悪いのは耳か? 頭か? まったく、これだから無駄に歳をとった奴というのは」


「誰が歳ですか!? 私はまだ二十一歳です!」


「私は人間でいうなら十八、九歳だ。私の方が年下なのだから、上にどうこう言える権利はあるぞ」


「年下ならば年上を少しは敬いなさい。これだから教育の行き届いていない野蛮な種族は」


「ふふん、なら敬ってやるさ。ただし貴様は駄目だ。貴様を敬うぐらいならば迷うことなく犬か猫を敬うわ」


「言いましたわね色魔!」


「黙るがよいぞ正義病患者。大人しく自室で脳内麻薬分泌させながら空想の世界で正義振りかざして悦ってろ!」


 ある意味で場の空気が重くなる中、ガーオネ王太子は代表者としての義務感からか、軌道修正を図ろうと睨み合う二人の間に入った。


「女帝陛下、少しばかり議題からずれつつありますので、ここで仕切りなおしを致しましょう。クゥ、お前も一国の代表なのだからそろそろ自重しなさい」


 もっともな忠告であったが、受けた側がまったく聞く耳を持たず、それどころかセリスから睨みつけられた挙句、妹のクゥに突き飛ばされてよろめく体たらくであった。


 部下に支えられた王太子は処置なしと言わんばかりに頬を歪ませてうな垂れた。


 積極的に制止する者もいなくなり、二人は席を立って舌戦を再開させたのだった。


 二人の乙女の罵り合いに聞き耳たてながら、所有権争いの対象はどうすることも出来ず見ているしかなかった。


 ヒートアップする口論の中、時折異世界側の随員らに視線を向けられる。


 勇は軽く頭を下げるだけで、それ以上の意思表示を見せることはなかった。心ならずも板ばさみの身である以上、身を謹んで大人しくしていたほうが無難であろうと判断してのことだった。


 参加してないので退屈と思わないわけでもない。ただそれ以上に目の前で繰り広げられている女帝と王女の低レベルな会話にはある意味ハラハラさせられていた。


 始まる前から和やかな空気とは無縁と承知していたが、今や会議室内に充満する殺気と怒気は流血という名の見えないカクテルを生成しそうな程で、危険と険悪な雰囲気が漂う嫌な空間となっていた。


 この状況に異世界側の随員らが勇に再度視線を集中させる。傍観者に徹している英雄を非難するようでもあり、二人の女性が本格的な闘争を行うのを阻止してくれと頼むかのような視線であった。


 魔界側からも同様の視線が向けられているが、数は少なく、大半は相手側の激発を今か今かと待ちわびているような風情であった。


 勝手にしてくれ。と、勇は投げやり気味に言いたかった。


 だが、自分の身にも危険が及ぶのは確実なのを考えると、この辺りで一旦落ち着かせたほうがいいかもしれないと考え直す。


 決断した勇はパイプ椅子から勢いよく立ち上がった。


 睨み合って罵り合う大魔王と姫君の元へ行くため一歩踏み出そうとしたときである。


 勇の前に、白金卿と呼ばれている小柄な仮面の騎士が立ちはだかった。


 白金卿であった。

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