第八章「人間来ちゃったけどいいよね? 答えは聞いてない!(その4)」

 慣らされていく日々の中で気づくべきだったのかもしれない。


 もっと疑問を持つべきだったのかもしれない。


 何も考えられなくなる存在を前にして、結局は流されるがままの弱い自分。


 人は誰しもが満たされぬ心を抱えている。


 漠然としたソレは、形として意味を成さず、表に出る機会もなく抱き続けていく。


 あえて言葉にするならば本能というべきだろうか。満たされているようで底が見えないソレは満たされたくて恋焦がれている。


 漠然としたソレが形となってソレを満たす方法が目前にあったならば、どこまで求めていくのだろうか。


 放り出された世界は、日常という殻から開いた新たな道だと気づいた頃からの、答え難い問い。






 翌朝、魔界の女帝セリスは帝都郊外まで先行していたランスロット、ボールスと合流。二将を率いて帝都を進発した。


 留守を近衛衆の一人ガヴェインと文官らに任せ、快速移動型生物騎兵のみで構成した約二万七千、正確には二万六千六百六十四の兵を統率してのことであった。


 動員をかければこの数の十倍百倍はすぐさま集まるものの、事件の全容が解明されるまでは過剰な召集は控えていた。それでも現地の兵力を合わせれば五、六十万の兵が集結することになるだろう。


 軍の中心部。『べんつゴーロクマル』と名づけられている巨大ブラックタイガーの背中に輿がくぐりつけられており、そこには椅子が備え付けられており、それに腰掛けてセリスは管区司令官からの報告書に目を通していた。


 報告は吉報ではなかった。


 第二十四ゲート及びその周辺は依然占拠されており、守備隊の様子を探りにと向かわせた二百の兵士も敵との遭遇を告げる連絡を最後に通信途絶となった。相手が軍隊の類であるのは判明しているが、どこの世界からというのは不明。


 昨日は出兵準備及び魔界と国交や通商を結んでいる各国や各世界へ問い合わせなどで時間を費やした。結果、確認しうる限りの世界や国ではそのような行為をしていないという回答を貰っている。


 もし虚偽の返事だったとしても、言質を取ったのなら謎の軍に対してどのように料理しようとこちらの勝手である。


「我が世界に対して大胆な事をするものだ。もっとも、その代償は何十倍にして返済してもらうとしよう」


 まだ見ぬ敵へ冷笑を浮かべる大魔王セリス。典雅と鋭気に満ち、それが体外に溢れ出るような支配者の微笑みであった。


 恐れを抱くことなく、負けるなどと思っていない傲然としてる姿は、将兵らに安堵感を与え、士気は否応なく上がった。ことに、つい数ヶ月前に異世界にて味わった敗北を晴らす機会を与えられたこともあり、戦意の旺盛さは疑いようもなかった。


 魔界に朝、昼、夜は存在しても、四季は存在しない。年間を通して、季節でいうところの秋のような気候が全土を覆っている。


 種族によっては肌寒く感じる涼やかな風が吹き、整備された道路に溜まっている砂埃を舞い上がらせる。


 魔界に住む者にとっては見慣れた風景―殆ど草木の生えぬ荒涼たる大地を、帝国旗を靡かせて軍隊は車よりも早く進んでいく。


 女帝が乗っている輿には、もう一人の人物が座っていた。雷電の勇者という異名を持ち、現在は大魔王の婿として遇されている桜上 勇である。


 贅の尽くされた弾力性のある革張りの椅子に腰を下ろしている大魔王の婿は、腰に鎖を巻かれて椅子にくぐり付けられ、手には複合レアメタル製の手枷を嵌められており、必ずしも快適な気分とは言えない状況であった。


「なんでんなことになってんだよ……」


 異形の軍隊に囲まれながら荒野を移動している自分に対して、彼は軽い頭痛を覚えて額を押さえた。






 遡る事五時間前。


 寝室の時計は地球時間で午前六時を少し過ぎた頃であった。


 睡眠を貪っていた勇は、いつものようにセリスに起こされて目を覚ました。


 いつもと違うのは、いつもなら毎朝一糸纏わぬ姿である彼女は既にズボンスタイルの軍装に身を固めており、表情を引き締めて夫のねぼけ顔を見つめていたのだ。


「おはよう愛しい我が夫よ」


「……んっ、おお、おはよ」


 低血圧気味な勇はまだ完全に覚醒しきってないのか、靄のかかったような顔でぼんやりと妻に挨拶を返した。


 貴重な無防備な夫の姿に内心胸キュンしつつ、セリスは勇の上半身を起こし、控えていた侍女が持っていたワイングラスを彼の手に握らせた。


 グラスには一口分の赤ワインが既に注がれている。夫が持ったのを確認し、セリスも同じグラスを手に取った。


「妻はこれからでかけてくる。出陣の儀式として、勝利を願う乾杯を行うから、勇も一緒にやってくれないか」


「……俺、一応未成年なんだけど」


「一口だけ、一口だけでいいから。終わったらまた寝ててよいぞ」


「…………しゃーねーな……」


 勇は承知した。ツッコミよりも眠気が勝っている現在、さっさと面倒な事を済ませて二度寝したかった。


「では、ルネッサーンス」


「……かんぱーい」


 しっかり目が覚めているときならば「どこの世界征服企むカリスマ主夫の持ちネタだよ」と言っているところであるが、気にも留めずに妻の声に合わせてグラスを掲げた。


 縁と縁があたり、ガラスの澄んだ音が小さく鳴った。


 緩慢な動作でふちを唇に触れさせようと近づけようとした、そのときだった。


 セリスは自分のグラスを放り投げ、素早く一粒の錠剤を口に入れ、勇の手首を掴んで彼のワインを奪うように口に含んだ。何が起こったか把握出来ていない勇に有無を言わさず、セリスは乱暴に唇を重ねた。


 突然のセリスの行為に、勇は呆然とした。空になったグラスがシーツの上に落ちる。唇を重ねたまま。口移しされたワインを勇は飲み下すこととなった。


 深く貪るようなキスはしばらく続き、息が苦しくなってきたころ、ようやくセリスは艶やかな唇を離した。


 息と息が触れ合う距離で、セリスに間近で見つめられながら、勇は怪訝な表情を浮かべる。


「……何がしたいんだお前」


 疑問を口にする勇をセリスはひたむきな眼差しで見つめている。


「夫婦は一蓮托生、運命共同体と言っただろう」


「……」


 セリスは微笑を浮かべている。


「どこでもいっしょだ。妻は勇を連れて行く」


「なに、いって……っ!」


 不意に眩暈を覚え、勇は前のめりに突っ伏しそうになった。


 セリスは勇を受け止め、背中に手を回して包むように抱きしめる。


 身体が痺れてくる。勇は眉根を寄せて必死に抵抗する。


「てめぇ、なに、のませやがった……」


 セリスは答えずに、黙って勇を見つめている。


 再度力を振り絞って詰問しようとする勇に、セリスは答えた。


「愛している……」


「脈絡の無いことほざいてんじゃねぇよ馬鹿!」


 怒鳴りつけた直後、勇の意識はブラックアウトしたのであった。






 眠気が完全に遠ざかった時には、勇は寝巻き姿で帝都の外へと連れ出されていた。


「薬飲ませてまで何しやがりたいんだお前はよぉ」


「妻としては愛読書を忠実に再現してもう少しドラマチックに薬を飲ませたかったが、この際贅沢は敵だな」


 そう言ってセリスが懐から取り出して勇に見せたのは、地球の一国、日本国で販売されている女性向け長編サイキックアクション小説であった。どうやら今朝のはその作品のワンシーン再現らしい。


「朝も早くからパロディしてまで何がしたいのか俺は聞いてるんだよ」


 半ギレして歯軋り交じりに言う夫を宥めるように、セリスは夫の肩を叩いた。


「勇は妻が留守中に逃走しようなどと不埒な考えをするからな。その防止というわけだ。決して、妻が夫を片時も放したくなくて手元に置いておこうというだけが理由ではないぞ」


「あぁそうだろうよ。お前の判断は正しいだろうな」


 己を呪い殺したい気分を胸中に抱き、憎悪を搾り出すような声で答えた。


 逃げるなどと放言していたことではなく、セリスが自分を同行させようという可能性を軽視していた自分の認識の甘さを悔やんでいた。


 相手は自分の事を見越して先手を打ったというのに、自分はその相手の強引さをまだ把握しきれていなかった。


 思えば、昨日浴室でやけに聞き分けのよかったのも、コレを狙ってのなら頷けた。まったく油断ならない奴だった。


 屋敷の外に出られたから逃走するチャンスは寧ろ増えた。と、思わないでもないが、妻である大魔王は自分の傍らに寄り添うように居座ってる上、今のところは周りを軍隊が囲んでいる。機会を必死で見つけようとするが、今は駄目である。


 鎖で締め付けられている為にいささか苦労しつつ腰を浮かして椅子に座りなおす。天使族の羽毛で作られたクッションの弾力を身に感じながら、勇は過ぎた事をとやかく言うのは諦めた。


 こうなれば何が何でも逃げる。場合によっては謎の軍隊とやらに逃げ込んで味方になってでも元の世界へ帰ってやる。


 ゲートへの距離が縮まったと前向きに考える事にした勇は、手枷の嵌められた手をセリスに突きつけた。


「もう納得したからいい加減外せ」


「逃げるからダーメ」


 大魔王は報告書を片付けながら夫の要求を明るい声で拒絶した。


「逃げ切れないから逃げないんだ。安心して外せ」


「勇の事は誰よりも知ってるぞ。勇は折れない心と不屈の根性、可能性を秘めた実力の持ち主だからな。少しでも逃げられそうと判断すれば逃げ出そうと試みる男だ。普段なら良いが、今は駄目。何せ移動中だからな。ここで遅れては現地の部隊との合流に遅れるのだ」


「お褒めに預かり光栄だ。なら言い方を変えよう。ここで騒ぎ起こされたくなければ早く自由の身にしろや。これぐらいの鎖と手枷で完全に拘束出来たとは思ってねぇだろ。このまんまで一暴れしてもいいんだぜ?」


「ふむ。そこまで言われると仕方が無いな。では鍵を自力で取れたら好きに外せばよい」


「どこだよ鍵って」


「ここだ」


 セリスは自分を指差す。意図を掴みかねた勇は困惑と猜疑が混ざった顔をして妻の顔を見据える。


「すまん。馬鹿な夫にも分かりやすく解説を頼めないだろうか奥さん」


「妻自身が鍵だ。妻の声に反応して取り外せるように細工していてな。妻を満足させることが出来たら外してやろう」


「……聞きたくないが、一応聞いておかないといけないな。どうやって満足させろと?」


「そりゃもうあれだ。甘い言葉を何万回も囁いて、優しくも激しいキスを蕩けてしまうぐらいにして、壊れてしまいそうなぐらい抱きしめてから……どうした勇? なんで顔は笑ってるのに目は笑ってないのだ? どうして勇は脱獄犯なマスクドライダーのように首を回し始めるのだ? どうして勇は妻との距離を縮めるのだ? 妻はウェルカムではあるが、やはりいざ勇から迫られるといささか心の準備が欲しいぞ。まずカーテンを閉めて、声を消すためにピー音代わりに剣戟の音を用意してからだな」


「貴様の頭を俺の頭突きでカチ割ってやるわぁぁぁぁぁぁ!!!」


 数秒後、硬いものがぶつかり合う音を、べんつゴーロクマルの周辺を警護しながら疾走していた兵士の何名かが聞いた。


 同じ頃、一人の男が二人のやりとりを見て呪詛の声を上げている。


「きぃー!! あんのクソ虫が、陛下とイチャイチャを面前で見せつけおって。この私をそれ程までに嫉妬で狂い殺したいのか……!」


 魔王夫妻のやりとりを、隣接し併走して走る魔獣に乗って見ていたランスロットは、唇と目から血を流しつつ手に持っていたハンカチを引き裂いた。彼の座る椅子の下には、既に何十枚ものハンカチが無残にも引き裂かれている。


 同じ魔獣に同乗していたボールスは、同僚の反応に賛同しかねると言った風に夫妻のやりとりを見ていた。勇が手枷を嵌められた手でセリスを殴打し、殴られた彼女は幸せそうな顔をして血を流して倒れ込む光景が展開されていた。


「お前は、アレを見て、本当に、そう思うのか?」


「お前はアレを見て本当にそう思わないのか!?」


 心底信じられないというような目で睨んでくるランスロットに、野性味溢れる巨漢は生暖かい視線にて見つめ返す。長い付き合いなので相手の気性を理解していても、時折苦言の一つも言いたくなるものだった。


「陛下にとって、お前は、有能な重臣に、過ぎないのだ。叶うわけもない、不相応な想いなど、抱かなければ、お前ならば、華を、好きなだけ、選べるだろうに」


 仲間の親切な言葉を近衛衆筆頭は一笑した。


「お前は馬鹿か。私は陛下が幼い頃からお仕えしておるのだぞ。常に傍に居て、あの方の美しく生命力に溢れたお姿を常に慕い続けた。私が陛下に想いを寄せる理由を問うのは、生き物が何故呼吸するのかと問うぐらい愚かしい事。私の忠誠と愛情は麗しきセリス陛下の為にあり! あぁ陛下、お慕い申し上げております。そしてあの人間は今すぐ死んでしまえ!! てかぶち殺してやる!!」


「わかったわかった。もう、何も言わない。好きに、すれば、いいさ」


 相手にするのも疲れたボールスは、先頭の部隊に休憩地設営の指示をする為に無線機に手を出した。


 女帝の率いる魔界の軍隊は、目的地を目指して行進速度を速めていった。






 一時間の小休止の後、更に二時間の移動を経て、セリス率いる機動部隊は目的地である駐留部隊が陣を構える地に到着した。


 徒歩でなら最短でも十日はかかる地である。将兵全てが快速を誇る魔獣に搭乗したお陰で半日もかからずに到着出来たのだった。


 迎えの部隊に案内され、セリスらは管区司令官の居る仮設司令部へ足を運んだ。問題のゲートはこの地から更に徒歩で三日半はかかる所にあった。


 司令部へ足を踏み入れた大魔王を待っていたのは、跪いて頭を垂れている人狼族出身である壮年の司令官だった。


「陛下おん自らお越しになられるとは、まこと恐れ多いことでございます。御身を煩わせてしまった事は万死に値する罪ではありますが、何卒部下らには寛大な御心を与えてくださるよう深く願いまする」


「よい。少数とはいえ決して弱兵ではないゲート守備隊を壊滅させるほどだ。お主の手に余るとしても致し方がない事。責任を感じるのならば、これからの働きで取り戻す事で償うがよい」


 熱い汗と冷たい汗で全身を濡らしながら土下座する司令官をセリスは怒るどころか労わるように声をかけた。司令官は主君の寛大さに感謝し、更に深く頭を下げた。


 そのようなやり取りの後、改めて司令室にて現在の状況が討論された。


 勇は大魔王の婿という立場であるので会議に同席したものの、話に加わる気はないのでセリスの後ろにてパイプ椅子に座りながらお茶汲み担当の兵士から貰ったお茶を飲んでいた。


 ランスロットらと共に地図へ指を走らせて配置を決めていく妻の威厳ある姿を見物しつつ、勇はこの地にやってきた勢力の無謀さに哀れみを感じていた。


 何を好き好んで喧嘩を売りに来たのか。狙うなら別の所を狙えばいいのに。


 昨日も思った事である。今更新たな感想を抱きようもない。


 大魔王一人でも捻じ伏せれる。やらないのは大魔王の力の余波を受けてゲートに被害が及ぶ可能性があるからだ。


 ゲートの被害を考慮しなければ、セリス一人で一時間もあれば解決させている。と、直接刃を交えた経験のある勇者は確信に近い思いを抱いている。


 移動中は頭に血が上っていたから「逃げてやる」と息巻いたが、少しでも冷静になると常識的な判断力が回復した。


 自分の出る幕はなさそうである。


 逃げる暇もなく敵は蹴散らされてしまうことだろう。支配者自ら討伐に来たのだ、生ぬるいことせず号令一つで打ち滅ぼされるのがオチというもの。


 となると、自分は薬飲まされてわざわざこんな所まで連行されてきた意味はないではないのか。やられ損というやつか。そう結論を出すと、勇は正体不明の勢力に対して腹ただしさすら感じる。


 勇が勝手に不機嫌となってる中、セリスらは戦死した将兵の遺体を検分することとなっていた。


 命じられて運び込まれてきた死体は奇妙なモノであった。


 血は一滴も流れてなく、目立った外傷もない。その死体は、全身が白金となっており、戦死者と説明されなければ、白金で造られた彫像と認識してしまうであろう。


「石化魔法の応用だな。石になるかわりに鉱物になるわけだ」


 白金の塊を指でなぞりながらセリスは断言した。ランスロットらも主君の意見に同意するように頷きあう。


「このような死に方が大半だと聞くが、連絡する暇も与えずに魔法を発動させるとはかなりの手腕かもしれませんな」


「先に、情報封鎖を、狙って、情報施設を攻め込んだ、かもしれん。そうだとしても、迅速さは、注意すべき、だな」


「情報ですと、相手側は人型ばかりだそうで。今のところ他種族の兵士は確認されておりません」


「もっと情報は無いのか? 鉱物魔法使いが居るのと、人型中心の兵力かもしれないの二つしか判明してないではないか」


「申し訳ありませぬ。何分電波妨害が激しい上に、伝令を送っても真っ先に討ち取られる有様でありまして、ゲートを中心とする一帯は陸の孤島と化しております」


「守備隊もこの分だと全滅したかもしれぬな……」


「陛下、如何、致しましょうや?」


「如何も何もない。各軍の配置を完了させ次第攻め込むぞ。敵の電波妨害が激しいのならば、管区部隊に所属している魔導師や魔法使いを集めて反電波妨害工作を行わせろ。数で圧倒して妨害を無力化させる。先陣はランスロット。ボールスは……」


 指示を下すセリスの下へ情報収集担当士官の一人が駆け込んできた。


 銀色の瞳で射すくめ無言で用件を促す女帝に、士官は荒い息を吐きながら告げた。


「も、申し上げます! 敵勢力に動きあり! およそ二千の兵が動き出しました。大将と思われる女が先頭におりまして、そ、その……」


 セリスの背後に勇が居るのを視界に止めた士官は途端に言いよどんだ。視線を受けた勇は不思議そうに自分を指差し、セリスも肩越しから振り向き夫の姿を見た。


「早く陛下に報告せぬか。敵に動きがあるなら一大事ではないか」


 ランスロットが咎めると、士官は短く息を吸い込んで報告を再開させた。


「その女、陛下の婿殿を返せ、勇者様は自分らの英雄なのだ。と、叫びたてながら大剣を振り回しておりまして」


 セリスの柳眉が僅かに険しくなった。勇も自分には関係無いと思い込んでいただけに驚きを隠せずに目を見開く。


 二人には分かった。いや、ランスロットとボールスにも敵の正体が分かった。


 勇の事を勇者と呼び、彼の返還を要求する。そして魔法を使い、人型、つまり人間で構成された軍隊。


 セリスと勇は肩を並べて司令室から出て行った。数秒送れてランスロットが後を追って出て行く。残されたボールスは管区司令官と報告に来た士官に第一級臨戦態勢を発令して指示を飛ばす。


 慌しく軍内が動く中、陣頭に立った大魔王と勇者は、砂塵を上げてこちらを威嚇するように動きを見せる集団の掲げる旗を見た。


 青の生地の中央に白十字架の紋様。その旗の紋章には見覚えがあった。


 特に雷電の勇者であった勇は忘れる筈もなかった。


 その紋章を掲げる国と、その国に住む人物により、己の人生は一変した。初めて対面した、世界の始まりの象徴と言ってもようなものだった。


 先頭には、白馬に跨り、成人男性ほどの大きさを誇る大剣を振り回して叫んでいる気品ある見目麗しい女性が居た。


「勇者様を出しなさい! 邪魔立てするならば、マックス国王女クゥ・ラーイ・マックスが切り倒してあげますわよ!!」


 マックス国の旗を靡かせ、クゥ・ラーイ・マックス姫は闘志を秘めた瞳を魔界の軍隊に向けていた。

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