第六章「人間来ちゃったけどいいよね? 答えは聞いてない!(その2)」

 誰か武器の心得のある人物と模擬戦をやって感覚を維持させようと考えていた。


 最初は実力的に心当たりのあるセリスや近衛衆の誰かを考えたが、全員多忙な為に不可と分かり、次にセリスに頼んでみて手の空いてる武官を幾人か派遣してもらったが、実力の差が激しく練習にならない。


 どうしたものかと頭悩ませていたところ、身の回りの世話をしてくれているケィルが武芸の心得があるので何か手伝えないかと申し出てきたのだ。


 勇は相手を見た目で判断する方ではないが、それでも最初は年齢不詳の執事に一抹の不安を感じた。しかし物は試しにと剣を交えたところ、その力量は驚くべきものであり、セリスや近衛衆に見劣りしないものがあったのだ。


 過去、軍部に在籍して勇猛を誇ったに違いない。勇はそう考えている。


 調べようと思えばすぐに調べて判明するだろう。しかしケィルは鍛錬の相手をする条件として、自分への詮索をしないで欲しいと頼んでいた。


「今の私はどこにでもいるただの執事でございますよ」


 なんとも謎めいた執事である。勇は好奇心を擽られていたが、そう言われたので大人しく従うこととした。待望の練習相手を得たのだから良しとしなくてはならない。


 柄を強く握り締め、距離を縮めていく。己が確実に一撃を叩きつける事の出来るとこまで間合いを詰める。


 沈黙は長くはなかった。


 最初に動いたのは勇からだった。


 ケィルの胴を狙って斬撃を叩き込もうとする。


 烈火の如く荒々しい一撃を受け止めようとせず、巧みに刃を逸らして受け流したケィルは、勇の顎に白刃で斬りつける。受け流された剣を強引に振り戻して顔面を防御した勇は足払いにて転倒させようとするも、素早く後退されて空振りに終わる。


 右、左、上、下、右斜め、左斜め……あらゆる角度から打ち合う両者。剣だけでなく、時に手足を使い相手に一撃を叩き込もうと試みるも、剣と同じように攻撃と防御を繰り返す。


 火花を散らし、刃音が木々の静寂に波紋を投げかける。


 このまま続くかと思われた攻防は突然の終わりを告げた。


 勇とケィルの剣が正面からぶつかり合った時、剣が悲鳴を上げたのだった。


 重い衝撃は一瞬で、後には空振った手ごたえを感じた。


 力を加減しているとはいえ、一撃で並ぐらいの魔物なら即死させることが出来る力で打ち合っている。五、六十合も打ち合いを続け、鉄の剣は負荷に耐えかねて音高く真っ二つに折れていた。互いの手元に残ったのは、刃が三分の一しか残っていない残骸であった。


 舌打ちしたげに折れた剣を見る勇はケィルに肩を竦めてみせた。


「また折れましたよ。いつも思うんですけど、鉄の剣なんかすぐ折れるんでもう少し硬度のある剣にしてもらいたいんすけど」


「それはご無理というもの。あまり耐久性に優れたモノをお渡しになられますと、勇様はそれをお使いになられて逃げられようとされますからな」


「……」


 ケィルの言う事が半分当たっていたので、勇は何も言わずに使い物にならなくなった剣を地面に放り投げ、木の根元に置かれている予備の剣を手にした。


 剣の丈夫さだけで脱出の可能性が上がるとは思っていない。精神的なもので、鉄よりか銀、銀よりかは金の剣の方が心強さは違ってくるものだ。


 理想的なのは、勇者時代に使用していた装備があることだ。アレがあれば逃げ切る希望も湧いてくるというもの。


 数千数万の大軍を切り伏せても刃こぼれ一つしない神剣「アンス・グラム・カリバー」


 どのような剣や魔法からも防護可能な難攻不落の防御力を誇る鎧「ヒヒイロカネの鎧」


 あらゆる毒や呪詛を打ち消し、意志表示一つで自動でフルフェイスメットとなり顔を庇ってくれる冠「魔人帝の冠」


 賢者の石の欠片で造られたという、あらゆる毒や幻覚を中和し、少量ずつながらも魔力を回復させる魔法アイテム「賢石の腕輪」


 伝説の盾や装飾品の破片を混ぜて編んだと伝えられ、絶対零度の冷気や灼熱の炎を通さない万能マント「イージスのマント」


 黄金竜の骨と牙で作られ、振るうだけで闇に潜む魔物を打ち払う短剣「黄金竜の短剣」


 中学二年生が考え出しそうなチートアイテムの数々だが、異世界では実在して勇の冒険を助けてきた。孤軍奮闘してきた勇者としてはまさに頼れる相棒ともいうべきものだ。


 これら勇者の装備は現在行方不明である。魔界に連れてこられてからまったく見たことがない。


 複数の証言からどうやら破棄はされてないようだが、手元になければ破棄されてるも当然であった。


(まっ、逃げるとなれば身ひとつでもやってやるんだがな)


 少なからず未練を感じるものの、勇は下手に希望を持つことをせず割り切る事にしていた。


 新たな剣を二度三度振り、勇は再びケィルと相対する。


「もう一本お願いします」


「かしこまりました」


 同じく予備の剣を手にしたケィルは疲労の色がまったく見えない微笑を浮かべ剣を無造作に構えた。


 裂帛の気合を込め、勇は剣を振り上げて突進した。勇者時代、数え切れない程多くの魔物を倒してきた気合の一撃がケィルの刀身に叩きつけられる……筈であった。


「!」


 背後に気配を察知した勇は突進の勢いを止めようと片足に力を込めて踏み止まろうとした。


 前進は止まるが、上半身の勢いは止められず前のめりになるも、それに構わず半身を捻って斬撃をケィルから無理矢理逸らし、背後に振りかぶった。


 庭園内に一際大きな剣撃が響き渡った。


 振り向いた先に、勇の一撃を己の剣で受け止めている紅髪紅目の青年が居た。


「ランスロット?」


 今朝方顔を合わせた近衛衆筆頭の登場に勇は目を丸くした。


 目を丸くされた側はというと、相変わらず敵意に満ちた目を主君の婿に遠慮なく向けている。


「気配隠して後ろから斬りつけてやろうとしたが、まさか気が付いていたとはな。人間の分際で生意気な」


 大きく舌打ちの音を立てランスロットは勇の剣を弾き返す。


 押し返されよろめいたが、なんとかバランスをとって体勢を立て直した勇は、半ばヒビの入った己の剣を見ながらランスロットの方へ向き直った。


「アンタ仕事中じゃないのか?」


「貴様の許可がないと行き場所一つ決めてはならんのか穀潰し」


「そういうわけじゃねぇけどさ。馬鹿魔王の傍に侍ってるのがアンタの仕事じゃないのか?」


「愚問じゃボケ。あのお方のお傍こそが私の生きる場所。高貴で尊き空間。貴様なんぞ同じ空気吸ってるだけで全身が病魔に冒されそうなぐらいに気分が悪くなるわカスめが」


「だからさ、なんでそういう奴が俺んとこに来てるのか訊ねてるわけだよ。人の話まったく聞かないとか、アンタは酸素欠乏症かなんかか?」


「誰が時期外れの役立たずパーツを息子に送りつける能無し技術者親父だ!? 誰がブレーキの壊れたダンプカーだこの野郎!?」


「そこまで言ってねぇし。てか、俺には意味の分からない単語口走ってるあたり、アンタもあの馬鹿銀髪魔王と同じでオタクに片足突っ込んでんなー」


「陛下に向かって馬鹿だと!? 口を慎めよ虫けら!! 死ね! 貴様は今すぐ死ね!!」


 怒りが頂点に達したランスロットが収めた剣を再び抜刀しようとするのを察した勇は先制攻撃に出た。


 今にも折れそうな鉄の剣の平部分にて相手の顔面に容赦なく強く叩きつけた。


 衝撃で剣は折れ、叩きつけられたランスロットは今朝と同じように地べたに這い蹲る羽目となった。


「何がしたかったんだコイツ?」


「勇様もお人が悪い。怒るとご承知の上でおちょくられたのでしょうに」


「毎度毎度まさかここまで沸点低いとは思わないですよ」


「おやまぁ、折角の色男も台無しになってしまって……」


 ケィルが困惑した笑みを浮かべて筆頭を見下ろす。勇は折れた剣を弄びながら倒れている相手を足先で突いた。


「おーい、俺に用でもあったのか? それともケィルさんにか? 死ぬなら用件言ってから死んだ方がいいぞー」


「軽い口調で重い事を仰らない方が……まぁ、用件はそこの片割れのほうに訊ねるとしましょう」


 そう言ってケィルが指差す方向に居たのは、軍服を纏った二メートルを越す巨漢。近衛衆の一人ボールスの姿があった。二人の視線を受け、ボールスは深く頭を下げた。


「婿殿、ケィル様、お邪魔致して、申し訳ない」


 ゆっくりと、噛み締めるように話すボールス。


 この独特な話し方を生来の物と勇は勝手に思っていたが、後日セリスから聞くところによると、口下手故にしっかり話そうとする現われであるという。


 意外な理由に、勇は敵対していた相手にもそのような一面があるのかと笑ったものであった。無論、本人の前では笑うことはなかったが。


 顔立ちは悪くなく、ランスロットが恋愛映画栄えするなら、ボールスは泥臭いアクション映画栄えしそうな野性味溢れる風貌をしている。見た目を裏切らぬパワータイプであり、棘のついた巨大鉄槌の破壊力は近衛衆一であろう。


 力だけでなく思慮深くもあり、力攻め以外で敵を下す術も心得ている、単なる猛将肌の男ではなかった。


 しかし、ランスロットと同じで最終決戦時では差ほど苦戦されず撃破された為、勇には独特の話し方の印象が強かった。


 ボールスもそう思われてるのを知っているが、思われても仕方がないと考えており訂正を求めはしなかった。


 そんなワイルドな巨漢が、勇とケィルに促されて庭園まで足を運んできた理由を語った。


「陛下からの、伝言を、お二人に、お伝え致します」


「何か起きたのかね?」


 ケィルの問いにボールスは重々しく頷いた。


「第二十四ゲートに、異常が発生したと、管区司令官から報告があり、午前中に、行われた会議にて、第二級臨戦態勢が、発令されました。私とランスロットは、これから、四個軍団を率いて、ゲートへ向かうことになります」


 魔力を動力とした巨大な時空転移装置ヘルアンドヘブンゲート。


 魔界各地に複数存在しており、大小百基存在する。その全てを国が管理しており、国の礎に必要な要素として重要視されていた。


 長年稼動していれば小さなトラブルは必ず起きるものである。


 他世界での接続不良に装置自体の故障、偶然迷い込んだ凶暴な生物がゲートに出現する事態もあるものの、それらは駐留している守備隊や専属技師によって大抵は解決するものであった。


 遥か昔、サタンやアスタロトなどと、勇の居た世界でも有名な悪魔が統治していた頃に他世界の軍隊が侵略に来たこともあったが、そのような事態は先々代が即位する前までにはなくなっており、至って平穏なものだった。


 それがここに来て帝都から軍を派遣する事態となった。


 何が起きたのか不明だが、第二十四ゲートを管理する守備隊からの連絡が途絶えがちとなり、今朝方ついに通信途絶となった。


 管区司令官は偵察隊を向かわせると同時に宮廷へ報告を行ったのは言うまでもない。連絡を受け、皇帝であるセリスは近衛衆に出動命令を出したのだった。


 話を聞き終え、勇は口元に手を当てて考えこんだ。


「……守備隊の手に余るような獰猛な怪物が出現したという可能性を除けば、まずゲートに軍隊ないしそれに近いものが現れたんだろうな。単なる電波障害なら人力使って連絡すりゃいいわけだし」


「侵略ですか。先々代からここ二千年はそのような事もなかったのですがね」


「流石の俺でも無謀だとは思いますよ」


 勇は呆れて嘆息した。常に逃げようと行動を起こしているが、魔界という世界を甘くは見てなかった。


 更に言えば二年も死闘を繰り広げてきた身だからこそ、魔界軍の精強さは骨身にしみている。


 セリスの統率と指揮があったとはいえ、異世界の半分を半年で占領してのけたのだ。並大抵の軍隊では太刀打ち出来ない。


 守備隊を倒せたとしても、その後待ち受けているのは守備隊に勝るとも劣らない錬度を誇る六千六百六十六の軍団で構成された四千四百四十三万五千五百五十六名の魔族の軍隊だ。返り討ちにあうのがオチであった。


「どこの世界から来たか知らないが、命知らずな事をするもんだ」


 異世界でもクゥ姫というお姫様が単身でゲートを開いたものである。


 ゲートを開く程の魔力を持つ人物が他に居るのは凄いと思うが、ハッキリ言えば無駄な行い。と、勇は冷静な決断を下した。


 返り討ちだけで済めば運が良いもので、最悪の場合、報復という名目でセリスがその世界へ侵略を行うということもありえるのだ。侵略行為に良心が痛む事のない大魔王である。さぞかし盛大な事をしでかすであろうと予想される。


 勇にとっては、知らない世界の行く末よりも、しばらくセリスの姿を見ないで済む事実の方に関心があった。


 厄介な妻が家を空けるのは清々しいぐらいに嬉しい。何者かは知らないが、無謀さの代償として大人しく受け入れてもらうしかない。その分自分は一息吐こう。あわよくば留守中に逃げ出す事も視野にいれよう。


 勇者にあるまじき考えをしている勇はケィルとボールスの視線を受けてることに気づき軽く咳払いをした。流石に少し不謹慎であったと内心反省する。


「で、お前らの大魔王さんはどうするって? このままお前さんらとゲートに向かうとか言うんじゃねぇだろうな」


 半ば願望の混じった勇の質問であったが、ボールスは首を横に振った。


「陛下の、ご出陣は、明日の予定。本日、陛下は、いつもより、少し遅くなるだけ。婿殿は、先に、夕食を済ませて欲しい、と、仰られてた」


「あっそ」


 失望の表情を隠しもせず、勇は両腕を上に大きく伸ばした。それを観てボールスは苦笑しかけたが、任務があることを思い出し表情を引き締めた。


 ホールズは片手で未だ倒れている同僚の襟首を掴み上げ、もう片方の手で敬礼をすると、足早に勇らの前から立ち去っていった。


 二人が立ち去った後、勇は軽く溜息を一つ吐いた。


「アイツも忙しいことで……」


 勇の呟きを耳聡く聞きつけたケィルは、地面に落ちている剣の欠片を片付けながら朗らかな笑みを浮かべた。


「奥様のご心配とは、勇様もようやく旦那様らしいとこが出てきましたな。それともセリス様がしばし家を空けられるのがお寂しいですかな」


 ケィルにそう言われた勇は心底嫌そうな顔を向けた。


「冗談。俺は一般論言っただけっすよ。過労死するぐらい働いてればいいんだあんな奴は」


「ではそういうことにしておきましょうか」


「勘弁してくださいよマジで」


 これ以上何を言っても誤解されかねないと判断し、勇は短く言い捨てて三本目の剣を手に取り素振りを始めた。

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