第37話 家族、時々、他人【3】


 「……はぁ」


 惟神大社内にある客間の一つ。その扉を前に小さくため息を吐き出す。


 今日ここに来たのは瞳と錬に会うためだ。

 あの倉庫での一件以来、総士がむやみに迦具耶達を使ったせいで、倉庫内にいたメンバーは全員例外に漏れることなく同意書を書く羽目になった。


 そして先日の埠頭からの帰り道、空璃から電話が入ったと思うと「二人が会って話をしたいと言っとるんじゃが……」と言われ、すっかり忘れていた総士は開いた口が塞がらなかったのだ。


 忘れていたことにもだが、自分の失態で巻き込んでしまった親友と合わす顔が無いというのが最もだった。


 さっきから襖の取っ手に手を掛けているのだが、どうにもその手を動かそうと思うとため息が出てしまう。


 そんなことを繰り返していると、ゆっくりとではあるが取っ手に引っ掛けている手がすすっと動くのを感じ、「ん?」と言いながら顔を上げれば、瞳が目の前に立っている。


 「あ」


 「あっ……じゃないでしょ。さっきから溜息ばっかり聞こえてきて気持ち悪いんだけど」


 聞こえない様に気にしていた総士だが、どうやら自分が想像していたよりも遥かに大きなため息が漏れ出ていたらしい。


 自分のタイミングでもなく覚悟も出来ていなかった総士は、瞳のアースアイから視線を逸らしながら「えっと……」と漏らしながらどうしていいか分からずに視線が泳ぐ。初めて見た瞳のジト目は今の総士には特大ダメージである。


 「とりあえず入って」


 総士の手首を握りしめた瞳が総士の体をグイッと引っ張り、なすがままに対面式のソファーに座らせられた。


 瞳が総士の座った反対側にどかっと腰を降ろす。もちろんその隣には錬もジト目を向け、腕を組んで総士を見ている。まるで悪いことをした子供をしつける両親さながらの状態である。


 「……で、説明は受けたけど、ソウの口から何も聞いてないんだけど?」


 それはそうですとも。言ってませんもんね。


 総士は二人を前に覚悟を決め、勢いよく頭を下げる。


 「ごめん」


 頭を下げているから二人の表情は見えないのだが、放たれている雰囲気に変化が無い様に思える総士。


 二人はそんな言葉じゃ納得しません。特に瞳さんが。


 「悪いと思ってるなら……説明してくれるんだよね?」


 もう言葉から怒気が感じ取れるほどの瞳さん。その隣で頑固おやじの様に見守る錬さん。


 総士は頭を上げ、大きく深呼吸を一つ。その位しないと話せる気がしないからだ。


 そして、総士は自信の中にいる陽葵へと声を掛ける。

 総士の横に一つの暗闇が現れると同時に親友が表情を変えていくのを見ながら。


 「………やっほ」


 陽葵になりに現状を気にして発した言葉は空を切る。


 「………なんで陽葵ちゃんが何もない所から……」

 「ソウ、まじで何がどうなってんだよ」


 陽葵が死神となったのは二人が説明を受けた後で、陽葵が人でなくなったことを知らないのだ。


 「………ん、死んじゃった」


 さくっと言葉にしたのは陽葵さんで、それに総士は頷く。

 それからは中学校を卒業してからの出来事を二人に説明したのだが、説明終わる頃には顔がくしゃっとなっていた。


 「なんで黙ってたのよっ!!?」


 目尻に雫を溜めた瞳が叫ぶ。

 不謹慎ながらも顔がにやけてしまう総士。


 あぁ、やっぱり二人は親友なんだな………と、心が温かくなる。


 「………ごめん」


 「謝ってんのになんで笑ってるのよっ!!?」


 「はは……なんでだろうな。───錬、瞳、本当に悪かった」


 もう一度、今度はゆっくりと深く頭を下げる。


 「別に悪くはないわよっ! ………だって今回のが無きゃ……私達ずっと知らないままだったじゃん……」


 さっきまで真っすぐに総士を見据えていた瞳は顔を俯かせ、溜まっていた雫がぽつ、ぽつ、と床を濡らす。


 「まぁそれは言えてるよな。こんな状態じゃ隠す以外の選択肢なんてないだろうしな。今回のでもなきゃ俺達が知ることなんてなかったんだろうな……って言っても、あんな鮮烈な光景を目にするなるなんて思ってもみなかったけどな」


 錬の言葉でふと思い出す。


 「そういえば……あの時なんであんな状況になってたんだ? 聞いた話だとあそこにいたの、みんな錬の友達なんだろ?」


 二人が会いたがっている事を空璃から聞いた時、大まかな話は聞いている。倉庫での一件は全て片付いて問題が無いことも。その時は二人にどう謝ればいいのかという事で頭が一杯だったのだが、あの時の状況は普通ではありえない。


 総士の声を聞いて錬が瞳を一瞥すると、今度は瞳の視線が泳ぐ。


 「………俺には隠しごとか?」


 その後、瞳があたふたととごまかそうとして、途中で「っていうか考えたの錬じゃんっ!」とキレにキレたのは言うまでもない………。



 その日の夜………。


 自宅へと戻ってきた総士達4人は濡れ縁に腰を落としていた。相変わらずイナミは総士の腕をがっつりと抱き締めていて、その横にはユイが、反対側の腕には陽葵といった並びで。


 単純に外の空気を吸いたいと思った総士の後ろをくっついてきた3人なだけなのだが、昨日から気になっていたことを口にすることにした。


 「そういえば陽葵もイナミもユイも………何かやりたいことってあったりするのか?」


 「………急」


 陽葵が少し戸惑ったように言い、反対を見ればイナミもユイも軽く首を傾げていた。


 「実はさ………」


 確かにいきなりだったか………と、反省しながらも3人に昨日の神蔵との会話で自分が感じたことを掻い摘んで伝えた。


 この4人の中で人として生きているのは総士だけなのだが、だからこそ気になってしまったこと。


 当たり前であるはずの《命の期限》。それを忘れていたのかもしれない。


 陽葵の死体を目の前にした時、理不尽な理由で怒りを感じた。

 でも「死にたくて死んだ奴なんて誰もいない」なんて言葉を吐き出した日、寝る前に殺していった人たちの顔を思い浮かべてみた。


 苦痛、後悔、未練。中には覚悟の様な強い意志を持って死んでいった人たちもいる。


 だから笑って死ねる様に、死ぬまでにやりたいことを決め、それを可能な限りやるしかないのだろうと、総士はそう考えた。


 そして、いーちゃんが言っていた言葉と和馬が言っていた言葉をそのまま飲み込むのなら、この3人は総士が死ぬと同時にこの世界から姿を消すのかもしれない………と。


 後悔は残るのかもしれない。でも、何もしなきゃ始まらないし、死んだことが無いのだから分からない。


 それならば自分が出来るだけ長生きすると言うのとは別で、陽葵達にも楽しい思い出を一杯持って欲しいと思う。どちらに転がったとしても、笑っていて欲しいから。


 「………って訳でさ、楽しんどけばいいんじゃないかと思ったんだけど、今までは一緒にいること位しか頭になくってさ……。だから陽葵達もなにかやりたいことあるのかなって気になったんだけど………なにかある?」


 もちろん3人が何かやりたいことがあれば、それが叶うよに努力するつもりでいる総士だったが、いきなりの話で思いつかないのか、それぞれが少し悩んだように顔をしかめていた。


 「………ソウは?」


 一番初めに口を開いたのは陽葵で、それも自分のことじゃなくて総士に問うものだった。


 以前だったら「働きたい」と言う漠然とした願いだった。どこかの名も知れぬ会社員となって、平日は働いて土日はみんなでのんびりと過ごす。ユイがいるから月一位でユイの実家に顔を出して、他愛のない会話をしながら時を過ごす。


 でも今は違う。


 「俺は思ってたよりも単純だったみたいでさ、陽葵とイナミとユイ、それに迦具耶や御津羽に龗も。欲張ればいーちゃんとかあーちゃんとかもさ、笑っててくれるなら何でもいいかなって思ってる」


 総士の言葉を総士を見上げながら聞いていた陽葵が一つ頷いてから口を開く。


 「………ん、私もそれがいい」


 「………ん?」


 その場合はどうしたらいいのだろうか?


 二人が二人の笑顔を見たいからと、相向かいでお互いの顔を見続けている光景を想像した総士は思わず苦笑いになる。


 「じゃあ俺と陽葵でイナミとユイの願い事を叶えるってことにしようか」


 なぜか顔をしかめた陽葵にビクッと体を震わせてしまった総士だが、とりあえずは「………ん」と言った陽葵が総士に頭を預けてきた。


 そんな陽葵とは少し違ったのがイナミとユイ。


 イナミは目を輝かせながらも言うのが恥ずかしいのか、少しだけ頬を赤くしている。


 対してユイは真剣身を帯びた表情で隣にいるイナミの様子を一瞥してから口を開く。


 「わたしは……まだ何がやりたいか分からないので、とりあえず色々としてみたいです」


 なんとも子供らしく真っすぐな答えに総士の頬が緩む。


 「あぁ。じゃあこれからも遠慮なく言ってくれ。一緒にやってみよう」


 ユイが笑みを零しながら「はいっ」と元気な声を返し、それに満足したように頷いた総士。


 これでイナミ以外の面々は一応は答えを出した訳で、そうなると必然的にみんなの視線がイナミへと集まる。


 「イナミ、何でもいいから言ってみてくれ」


 「えっとね………」


 もじもじとしながら顔を総士に向けたり地面に向けたりと、見たことの無いイナミがそこにいた。


 そんなイナミが覚悟を決めたのか、総士にバッと顔を向けたイナミは頬を真っ赤にしながら目をぎゅっと瞑ると────。


 「ソウとの子供が欲しいっ!!!」


 ────さて、うちの子は何処でそんな事を覚えてきたのだろうか。


 そんな総士とは違って目を剝いた陽葵とユイ。手を口元に持っていた姿をしたユイも身を乗り出した陽葵も動揺がまるで隠せていない。


 「……ちょ、ちょっとそれは早い」


 ────陽葵さん、早い遅いの問題ではないでしょ。


 「イナミちゃん………大胆……」


 ────頬を真っ赤にして……思春期ですか?


 「イ、イナミ。慌てることはないだろ。ユイと同じでいろいろとやってみたら何か見つかるかもしれないぞ?」


 総士の言葉を聞いたイナミは頬をムスッと膨らませ、ぎゅっと瞑った目を見開くと思いっきり釣り上げる。


 「ソウとの子供産みたいのッ!!!!」


 「イ、イナミ落ち着け、とりあえずこの話の続きは別の日にゆっくりしような」


 なにせ今は監視役が24時間見ている訳で、こんな夜更けに大声だしたら否応なしに報告がいく訳で………。


 「やだっ!! 絶対ソウとの子供作るの!!!」


 完全にムキになったイナミを止めるのにどれほどの時間がかかったのか、その翌日にはニヤニヤとした神蔵にジッと見られるのも、総士の望んだ未来なのかもしれない。










─────本編 完。



 最後まで読んで頂きありがとうございます。


 本編としてはこれで終了となりますが、この後には《gap story》として、本編では書いていない《あの時、あの人達は?》的な話を数話は掲載する予定です。


 気になった方はそちらもお楽しみください。


 また、面白かったなどの意見、感想はもちろん、否定的な意見なども随時募集しています。


 それ以外にも気軽に評価をして頂けるように各話毎の一番下ににて3段階の評価ができる様になっていますので、読者様の素直な見解で評価して頂けると幸いです。


 繰り返しになりますが、最後まで読んで頂きありがとうございます。


 

 


 



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