第31話 神鬼、時々、一般人【0.5】


 「……もう大丈夫」


 陽葵の言葉に目を開ける。月明かりが照らし、周りの木々が風に揺れては音楽を噛奏でる。そんな心地の良い夜を全身で感じながら目を覚ました。


 「ありがと。………それにしても静かすぎないか?」


 風が木々を揺らして奏でる音楽もあるが、総士の予想としては千刻の義を終えた時の様に、全身を縛り付けられたり銃口を向けられていたり……と、考えていたのだ。


 だが、辺りを見渡して見ても、総士達4人がいるだけで他には誰もいない。ご丁寧に神蔵さえいない。


 「ん、誰もいなかった」


 陽葵の言葉に「そうか……」と答え、辺りを確認しようと一歩踏み出すとバキッと音が足元から聞こえた。その音を辿って足元に視線を向ければ、総士と陽葵のスマホがバキバキに割れていた。


 咄嗟に足をどけて「ごめんっ!」と言った総士に陽葵が「……違う」と言い、何が違うのかともう一度バキバキになったスマホを見れば、中心辺りにちょうど小指程の穴が開いていた。


 「………まぁ、逃げるならそうするよな」


 「ん」


 スマホが無い以上、空璃達や思想省に連絡を入れることが出来るはずもない。神蔵がいないのは人質として連れて行かれたか、神の眼を欲して連れて行かれたのかしたのだろう。


 神蔵が和馬へと叫んだ瞬間が頭によぎる。


 「………とりあえず神蔵を探しに行くか」


 「ん」


 そう言って総士が歩き出すと、陽葵が総士の中へと姿を消した。


 (………おぉ)


 陽葵の感嘆の声が中から聞こえる。


 (あれだな、なんかこそばゆいな)


 普段だったら隣から聞こえてくるはずの声が自分の内側から聞こえてくる違和感にムズムズとした総士は少しだけ体をくねらせる。


 (なんか……ぶよぶよ? ……ふわふわ?)


 (俺の中ってどうなってんだよ……)


 陽葵の言葉に身震いをした総士は、神蔵を探すために走り出す。



 林道をひたすらに走った総士だが、林道とアスファルト舗装の道路がぶつかる場所で足を止めた。


 総士としては、ここに来るまでに使用したタクシーに乗って逃げたのだろうと予測していたのだが、林道に残る無数のタイヤ痕を見て、意識を失う前に見た人数を思い出した。そして案の定、林道からアスファルトに向けて土がや石が作ったタイヤ痕は、左右にいくつも伸びていて、どれを追えばいいかなんてものは分からなかったのだ。


 どうするか……と、悩む総士。


 「総士殿………」


 急に聞こえてきた声に総士は、反対側の道路の方へと飛び退いて声のした方に目を凝らす。見渡す限り木々が覆い、さっきまで歩いてきた林道だけが寂し気に木々の中へと姿を消している場所。その林道の横にある一本の木陰から、ぬっと姿を現した人影があった。


 「誰だ?」


 短く言葉を吐き出した総士だったが、人影が林道へと歩を進めると差し込んだ月明かりが人影を照らし、総士の眼が見開く。


 「……某……、空璃様の命令において……参上つかまつった」


 「マジで心臓に悪いな………で、なんでここが分かったんですか? 桑折さん」


 夜だから気にしていないのか、それとも普段から気にしていないのか。氷は腰に挿した脇差を隠すことなく、いつもの袴姿で総士の元へと歩み寄る。


 「……これを」


 眼前に来た桑折が差し出したのは通話画面になっているスマホ。電話相手はどうやら郷の様だった。


 訳が分からず、とりあえずスマホを預かって耳に持っていった総士は「もしもし」と声を出す。その声に「お疲れ様です」という丁寧に一言で生きた心地がしたのは前門で待機している戦闘狂へんたいとは違って普通に会話ができるからだろう。


 総士は郷に「何でここが?」と聞いてみると、総士が空璃と別れて自宅へと向かうときから、念のためにと複数の監視をつけていたという。その内の一組は連絡が途絶えたのだが、それがきっかけとなって本腰を入れたとのこと。


 「………ありがたいですけど………なんか釈然としないっすね」


 監視役をつけるのなら声を掛けてくれればいいのに。これではまるで泳がされた様な気分だ………と、考えながら口にした。連絡が取れるようになったこと自体は非常にありがたい話なのだが。


 ははは……、と電話越しに聞こえてくる申し訳なさそうな郷の微笑。


 「申し訳ありません。今回の主犯である神蔵結蔵は敏い所がありまして……声にせずとも表情の変化で露見する恐れもありましたので。それに………」


 やたらと口ごもる様な声を出した郷が、ごくりと唾を飲み込んだ音が聞こえた。


 「実際に居場所が特定できた時には……すでに間に合いませんでしたので……。こちらの力不足で申し開きようがありません」


 陽葵の事だろう。どこまでが空璃達の掌で、どこまでが結蔵や和馬の掌だったのか。気にならないと言ったら噓になるけど………いや、許せない。許せるはずがない。自分を。


 「………次は、次に俺の家族に何かあったら絶対に守りきります。だから気にしないでください」


 総士は拳を握りしめながら言葉を吐き出した。

 陽葵の感じた恐怖を無かったことになんか出来ないし、陽葵の変化を見逃したのは自分。でも、自分たちの事を家族だと言ってくれる二人と出会えたのは、まぎれもなく今回の一件のおかげでもある。だから今回の事を全部否定なんて出来るはずがない。出来るのは、同じことを繰り返さない様に自分を成長させるしかない。


 「それよりも神蔵の居場所は分かってるんですか?」


 これ以上は自身の問題だと胸にもう一度刻み込み、話題を変える。


 「えぇ。今は私がそちらに向かっています」


 「じゃあ場所だけ教えてもらえば俺も向かいますよ。一応は陽葵の事で世話になったんで」


 「それならば………もう少しそちらでお持ちいただけますか? 15分もあればそちらに迎えにいけるかと思いますので」


 ピッ、ピッとナビをいじる音が耳に届き、その後には迎えに来ると言った郷に素直に「お願いします」と伝えると、桑折への伝言を頼まれて通話を終えた。スマホを桑折へと渡すついでに伝言を伝えておかなくてはいけないだろう。


 「郷さんから伝言です。” 空璃様がお持ちです ” だそうですよ」


 「………つかまつった」


 伝言を聞いた桑折は軽い会釈をすると、颯爽と走り出す。

 まるで消えるかのように走り始めた桑折は総士でさえ見失い、辺りを見渡して見るが姿が見えない。その光景に「あの人って……」なんて新たな疑惑を胸に、郷が来るまではやる事も無いな……などと考えてふと空を見上げる。


 優しく肌を撫でる風を感じながら闇夜を払う月明かりへと視線を向けると、なぜか月の光に動く一つの影。


 ────うん、見間違いだろう。


 そうして現実逃避をこなした総士は、郷が来るまで自分の中に住む住人達との会話を楽しむのだった。




 一方で同時刻、幹線道路上を走る一台の車があった。


 その車は一般道を走るにしてはいささか大きかった。一つの車線にギリギリ収まる車幅を有し、車高だけでも人の膝位はあるだろうか。箱型のその車は、防塵メーターやらコンバットタイヤが装着されており、どう考えても道なき道を走るとしか考えられない。


 そんな車の車内、左右の窓側に席が付いている場所に3人の男達と、体をロープで縛られ、更に猿ぐつわをされた巫女服姿の女性がいた。


 一人はタクシーの運転手の様な装いをした男───結蔵。巫女服姿の女性は結蔵の娘である芽愛。もう二人はフルフェイスを被ってはいるが、身に纏っている服装は軍人のそれだった。


 「今のところは順調です。このままいけば順調に埠頭に入れるかと」


 フルフェイスを被った男の内、一人がくぐもった声で告げる。それをちゃんと理解した結蔵が大きく頷く。


 「分かりました。ただ、私達が敵に回しているのは神鬼たちです。くれぐれも取引が終わるまでは慎重に行動するよう、各員に通達しておいてください。それと、取引終了後の合流地点は状況によって変更する可能性がある事をもう一度通達しておいてください」


 結蔵は頷く二人を見て満足げに頷き、もう一度思考を働かせる。


 今回の動きの発端となった森崎和馬が、神鬼である神童治総士と神の再抽出として実験をした後、一刻も経たないうちに息を引き取ったのを確認してすぐさま作戦の変更を伝えた。


 ただ、これ自体は慌てる必要性を感じるものでもなかった、元から実験なのだ。組織内でも優秀だと言われていた和馬だが、結蔵の眼にはどこか焦っている様に見えていた。それにも関わらず補佐役兼、事後処理として命令が下った時は憤りを感じずにはいられなかった。


 だからこそ、今がある。


 結蔵は前々から気になっていた事があった。それは娘である芽愛に神の眼があると知った時、それがどんなもので、どれだ稀有なものなのかという事。芽愛が思想省に保護をされた時分には既に信じぬ者達ノーフェイスとして活動していた結蔵は組織の情報網を駆使して神の眼を調べた。


 結果として芽愛の持つ神の眼は、他に類を見ない能力だった。


 似た様な力を持つ者がいない訳ではなかったが、自分の意思で的中率が100%なんて人は誰もいなかった。その芽愛の能力の劣化版ともいえる力の持ち主でさえ、知られているのは片手で足りるほどしかいないのに。


 (………芽愛の幸せは私が守る)


 この事を知った時、結蔵の心はその言葉で埋め尽くされた。


 娘がどれだけ稀有な存在なのか、思想省が知らない訳がない。それでもなお、保護と言う名の名目で、実の親である自分達すらも監視下に入れながら遠ざけたのは、独占を避けるため。


 神の眼は使いようによっては、どんなものよりも強力な武器となりえる。

 願った物全てを見通す眼。どんな状況下においても正確な情報が手に入り、相手を丸裸にする眼。さらに地球上に存在する全てのものであれば、願っただけで全てを手に入れられるのだ。


 これ以上の物が世界のどこに転がっているのだろうか?


 ただ……、と緩みそうな頬を引き締めて思考を続ける。


 問題があるとすれば、やはり空璃と神童治総士の二人。

 その昔、” 狂人 ” として名をはせた老人もだが、総士の存在も目を見張るものがある。


 思想省の命令とはいえ、千刻の義を次々と妨害し、その場にいた全ての人間を一刀のもとに殺害してきた少年。どう考えてもただの高校生が出来る行為ではない。だが、それは他人に興味がないのと同義。それは結蔵にとっては隙となりえる。


 結蔵の集めた情報通りであれば芽愛と総士は仕事の付き合いで仕方なく、と言うような情報ばかりだった。今のこの現状に関わってこない可能性は充分に考えられるだろう。結蔵は理想のシチュエーションの一つとして考えている。


 逆に言えば、空璃と総士の二人が出て来た時が試練だ。


 もちろん、結蔵もその為に出来る限りの事をしてきた。


 今も合計6台の車が散り散りになって移動している。5台の車は結蔵が乗っている車と同じ車、もう一台はログハウスまで走らせたタクシーだ。


 総士達の連絡手段であるスマホの通信履歴は全て確認後に破壊し、発信機の類が無いのも確認した。普段なら監視者がいるが、それは森崎和馬が処理したのを確認している。


 他に見落としが無いだろうか。結蔵はそれだけに思考の全てを傾ける。


 「んぅぅぅぅーーーーっ!!!」


 未だうーうーと唸る娘へと視線を向ければ、仇を見る様な視線を向けている。


 なんて嘆かわしい姿なのか。

 結蔵は娘に視線を合わせる。


 「芽愛、覚えているか? 幼い頃に神の眼が発現した時、お前は父にこう言ったんだよ。” なんでこんな体に産んだのっ!! ” って……。そうだな。本当にすまなかった。これからはみんなに必要とされ、幸せな毎日が待っているからもう少し我慢しなさい」


 そう言った後、「すまない」と一言付け加えた結蔵は、芽愛の腹を思いっきり蹴り上げると「うっ……」という声を最後に静かになる娘。


 結蔵は静かになったのを確認した後、再び思考を巡らすのだった。


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