第30話 神、時々、死神【4】
陽葵が目を覚ました後、体に異常が無いことが確認取れて安堵した総士。無事……とは違うけど、会話するごとに陽葵が陽葵であることを確認取れただけで充分だった。
だが、陽葵は少し違ったようで、二人で交わした約束を破って一人で行動したことをひたすら謝っていた。それに対して総士は「近くにいながらごめん」とだけ伝えて話を終えた。
いくらあーちゃんのおかげで息を吹き返したとしても、それは人としてではなく、死神としてだ。死んだ事実は変わらないし、死んだときの恐怖や苦しみまでしっかりと覚えていたのだから、陽葵が自分の口で語る時以外、この話は無かったことの様に扱おうと心に決めた。
そんな総士と陽葵を横目に、陽葵が総士に取られたので手持無沙汰になったあーちゃんは胡坐をかいてできたくぼみの部分にユイを乗せて愛でていた。その横では同じ姿勢でイナミをこねくり回すいーちゃんがいた。
横目にそれを見ながらも少しだけ寂しい気持ちになったのは心にしまっておくことに決めた総士。これがバレたらいけない気がする。すごく。
しばらくそうしていたあーちゃんといーちゃんは、ひとしきり堪能したのかイナミとユイを開放すると同時に走り出すイナミとユイ。行き先は言わずもがな、総士の両腕である。
ぐいっと引っ張られた腕はゴキッなった音と同時に走る痛みに、さっき流した涙と刃違う潤いが目に産まれる。
イナミは掴んだ腕に頬をこすりつけ、珍しく腕をぎゅっと握って離さないユイの頬が軽く火照っていた。たぶん、ユイは普段から大人びているぶん、少し気恥しかったのかもしれないと思うと、気の毒に思えた。
その姿を見ていたあーちゃんといーちゃんは、どこか寂し気に笑みをこぼしていた。
「さて、ぬし達も帰らねばならないのだろ?」
まぁ、と思いながらここに来る前の事を思い出して憂鬱になる。そして、既に消えてしまった和馬が物となった場所に視線を向ける。
和馬が物言わぬ肉塊になったあと、存在自体が希薄になっていった肉塊はその姿を消した。総士の見たその光景が神々でいう ” 死 ” らしい。現世に帰れば起き上がった傍で、息の引き取った和馬が総士の腕を握ったまま横たわっているのだろう。
さらに人質に取られた神蔵、その父である結蔵。問題はそのまま。
総士はどうやら顔に考えが出やすいのだろう。総士の様子を見て、いーちゃんが浮かない顔で視線を総士へと向けた。
「まさか……あやつがぬしの親だったとは知らなかった。だが、私達の子らを亡き者にした奴を放って置くなど………私達には選べない」
和馬が養護施設を始めたのは、家族を失ったあとのこと。佳奈美の記憶を奪った時は総士たちと出会っていないのだからいーちゃんが知るはずの無い事。
それでも、和馬が行った百に満たない実験で失われた子らを見てきたいーちゃん達からすれば、許すなんて言葉はとうの昔に消え去っている。
「いえ、俺も殺す気でしたから。ただ……ちょっと
涙が出て来たことは総士も予想外だったけど、殺す気でいたのは噓偽りのない事実。総士は唐突に訪れた和馬の死を自身の中で消化しきれないままだった。そんな想いをどう言葉にすればいいのか分からない総士は別の心配で上書きしていた。
「ほぉ……」と目を細めたいーちゃんに
「………人は学ばぬ動物なのだな」
「いいえ、ソウの様な人もいるじゃない。人と括るのは少し可哀そうよ」
「だとしても、また私達の子らが酷い目に遭うと考えるだけで体が沸騰する思いだ」
「それは……私も同じね」
俯いたいーちゃんとあーちゃんだが、少しの間をおいていーちゃんが顔を上げる。
「……まぁ、元から気にもなっていたしちょうどいいだろう」
「いーちゃん?」
あーちゃんが首を傾げていーちゃんを見るが、その視線を無視してイナミの前で向かうと膝を折り、視線を合わせる。
「私の愛しい子よ。家族を守るため、ソウとその子らを一度だけ私に預けてくれないか?」
「うんっ! その代わり変なことしちゃだめだからね?」
だいぶ懐いたものだ……と感じながらイナミを眺めていた総士。
いーちゃんはイナミの了承が得られたことに大きく頷くと、今度は総士に目線を合わせる。
「私達が来た時に握っていた刃、あれを出してもらえないか?」
総士はなぜ? と考えながらも「これのことですか?」と迦具耶と御津羽を両の手に顕現させ、柄をいーちゃんへと向ける。差し出された二本のうち、迦具耶を手に取ったいーちゃん。深紅の刀の腹を愛おしそうにゆっくりと撫でながら見定めるかのような視線を向けた。
「イナミから話を聞いた時から少し不思議には思っていたが………」
そう呟いたいーちゃんは刀の腹を撫でていた手を刃の部分に滑らせる。絹の様に滑らかな指は当たり前の様に斬れ、そこからつぅーっと垂れる赤い血が刀を濡らしていく。
「一体なにを───っ!?」
自虐的な光景に不安を感じた総士は口を開くも、途中で噤んだ。
いーちゃんの血を浴びた深紅の刀からは、血管の様に真っ赤な筋が無数に産まれ、いーちゃんの指が刀の先端まで行く頃には、ドクンっと脈打つかのように明滅し始めたからだ。
「いくら私の子だとしても、分け与えた血など高が知れている。そのイナミが神を創造するのはいささか早すぎたのだろうな。───うむ、少しは元気になってくれたようだ」
明滅が落ち着いてきた深紅の刀を総士へと戻すと、ほら、次。と言わんばかりに手を差し出してきたので、反対の手に持っていた秒針にも似た剣を渡す。
剣を受け取ったは同じ様にゆっくりと撫でた後、やはり同じように自身の指で刃をなぞる。違いがあったのは、御津羽に産まれた血管の様な筋が真っ青だったことくらいだろう。
御津羽を総士に戻したいーちゃんだが、その眼は値踏みをするがごとく、総士の体をくまなく見ていた。その視線に得も言われぬ恐怖を感じた総士は「今度は何ですか?」と顔を歪めながら聞言いてみるが、それに対していーちゃんは「いや、なに……」と呟き、総士の体をまさぐり始める。その直後、総士の体の中にいーちゃんの手が吸い込まれる様に消えていた。
「────えっ!?」
「慌てるでない」
驚く総士を横目に体の中をまさぐるいーちゃん。
血が出るでもなく、痛みを伴う訳ではない。ただ体の中を這いまわる異物感が気持ち悪くすらある。
「この子は体に直接力を貸しているのか……。ソウに肉体に近い分、なじんでいるのだろうな………。少し駄々っ子なのだな………ふんっ!」
「おうっ………」
体の中で何をしたのか、いーちゃんの気合を込めた様な声のあとに繊細な部分を握られ、ぐりんっとひねられた様な感覚は痛いとかではなかったのだが、自然と声が漏れた。
総士のその姿に心配してくれるのはユイだけで、イナミと陽葵が興味津々で総士を見ている姿を見る余裕が総士にはなかったのだが。
ふぅっ、と息を吐きだしたいーちゃんが総士の体から手を引き抜く。それと同時に襲ってきた脱力感に膝から下がふらっと揺れたが、陽葵が支えてくれた。
「もう大丈夫だ」と言いながら微笑むいーちゃん。
何をされたのか分からなかった総士だったっが、時間の経過と共に、活力が体から湧き出てくるのを感じ、自分の体を眺める。
「イナミに分け与えた血の量だけでは他の神まで繋ぎ止めるには弱かったのでな、私の血を他の神に直接分け与えたよ。少し違和感は残るかもしれないが、イナミも我が子たちも含め、次第に体は前よりも楽になるだろう」
「そう……だったんですか」
ちょっと情けなさを感じながらも、自分の体を眺める総士。
ずっと力ばかり借りていて、それにも関わらずどんな状況にあったのかさえ知らなかった。もっと迦具耶達にも目を向けようと心に決め、いーちゃんへとお礼を言う。
「時間を取らせてすまなかったな。皆ここにいるのは私達の子だ。また気が向いたらいつでも来るがいい」
「そうよ、いつでも来て頂戴ね?」
二人の笑顔に心が溶けていくのを感じた。こんな感覚は何度目だろう、そう思わずにはいられなかった。
「………簡単には来れないけど、暇見つけてまた来ます」
目に熱を込めたまま、軽く頭を下げる総士に苦笑いを返すあーちゃんといーちゃん。そんな総士の腕の裾をくいっと引っ張る陽葵。
「……ソウ、私が連れてく」
「あぁ、頼んだ」
再度目の前の二人に会釈をし、総士はその場で目を閉じるのだった。
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