第26話 遅刻、時々、希望【3】


 「あぁ。俺の家族だ。イナミも、ユイも、陽葵も。だから返してもらう」


 「……何の権利があって俺の娘を家族だと呼ぶ?」


 静かにコート裏に両手をクロスさせるようにして入れた和馬。総士はすぐに二つの軌跡を描く───が、和馬が取り出したのはナイフではなく、手の平にすっぽりと納まるサイズで、リボルバー式の銃。曲線ばかりが目立つそれは、月明かりを浴びて銀色に輝いて見えた。


 「………じゃあ家族の知らない一面を見てもらうとしようか」


 二丁の銃を総士に向けた和馬に躊躇いなどは無く、総士へと向かって引き金を引く。


 パンッ、と破裂するような音と共に射出された二発の弾丸。それはナイフの時と同じで、後ろに光る銃弾と同様の大きさの光の玉を引き連れ、その数を増やしていく。


 すぐさま水の軌跡を螺旋状に眼前へと展開し、軌跡を断ち切ると同時に龗の雪華で自身を覆う程の大きさの氷を作った総士は、それ押し出す様に前方へと蹴り飛ばす。


 小指程の大きさで、殺傷能力は十二分に持った無数の光の弾丸。ナイフですら全て撃ち落とすことが出来なかった総士では処理することが出来ない。


 それに咄嗟に御津羽と龗で氷の塊を作成したものの、初めて作った氷の壁がどれだけ耐えられるかなど想像が出来なかった。


 蹴り飛ばした氷が音を上げながら勢いを無くしていく。

 総士側からはピキッ、パキッなどの音が連鎖的に響くばかりで、氷が視界を防いでしまって状況がいまいち分からない。実際に和馬から見ても想像以上に氷の壁で防がれている。


 そのはずなのに、口角をわずかに上げた和馬は、またしてもコートの内側に手を伸ばす。取り出したのは拳よりも一回り小さい鉄球。それをピッチャーの如く大きく振りかぶると、氷の壁目掛けて投げつける。


 投げつけられた鉄球は真っすぐに氷の壁へと向かう途中、やはり鉄球と同じ大きさの光の玉が無数に湧き出てくる。


 ───バキーーーンッ!!


 一際大きな音を上げながらガラガラと瓦解していく氷の壁。総士の眼に飛び込んできたのは銃弾などではなく、拳よりも一回り小さい無数の光の玉だった。銃弾よりは明らかに速度は落ちているが、密度が銃弾の比ではない。それこそ一つ一つの光の玉の区別が取れない程に視界を埋め尽くしていた。


 咄嗟に描いた二つの軌跡を後ろに身を投げながらも断ち切り、今日何度目かの水蒸気爆発を起こすと、いくつかの光の玉がぼとっと地面にめり込むが、それは全体の3割にも満たなかった。


 「総士っ!! あんたなんとかしなさいよっ!!」


 気付けば神蔵の声がすぐ後ろから聞こえてきた。神蔵たちがいたのはログハウスから出てきてすぐの場所。総士にこれ以上後退するという選択肢は無くなった。更に言えば、迦具耶と御津羽を使った水蒸気爆発、あれを使えば神蔵まで巻き込みかねないという状況。


 自分の失態と考えの甘さを嘆く暇などない。すぐに迦具耶と御津羽を自身の内側へと戻し「少し我慢しろよっ!」とだけ言って神蔵たち3人を乱暴に抱える。


 龗から流れ込んでくる力を全て足に集約し、ドンッ、と大きな音と共に作り上げたクレーターを残して上空へと跳ねる。


 周りの木々を足元に見ながら月明かりと空だけが広がる場所で少しの間滞空する。総士のこれはただ力に任せてジャンプをしただけ。次には自然落下が始まる。


 「ちょっ、ちょっと!!? あんた何考えてんのよっ!!」


 陽葵を左肩に乗せ、神蔵ともう一人の見知らぬ女性を纏めて右の脇に抱えて飛び上がった総士へと向かって叫ぶ神蔵。このまま自然落下に任せて着地すれば神蔵は腹で全ての衝撃を吸収。良くても臓物を口から吐き出すかもしれない。更に言えば着地の衝撃は神意などではないのだからイナミの力をもってしても治せるはずもないのだから必死になるのも頷ける。


 「だから少し我慢しろって言っただろっ!」


 「我慢する前に死ぬでしょうがっ!!」


 実にならない話が繰り返されそうになるも、総士は地面の方で光る塊を見つけて口を噤む。総士達が飛び上がったのを見て、ただ降りてくるのを待つことはなく、和馬は再び掌に納まる二丁の銃を空へと向かって引き金を引いていた。


 「じゃあ死なない様に祈っとけっ!」


 そう言って、総士は抱えていた3人を一度上に投げる。


 「───っ!!?」


 仇を見る様な視線を向ける神蔵には構うことなく、空いた両手には二つの刃が握られていた。


 まずはこちらに向かってきている光の塊に向かって二つの軌跡を走らせ、その二つを断ち切る。結果を見るよりも早く、水の軌跡を螺旋状に走らせた総士は「龗っ!」と叫びながら水の軌跡を断ち切ると、それと同時に大地へと延びる雪華の渦が水の軌跡を凍らせ、小さいながらにも氷の滑り台を作り上げる。


 再び二本の刃を自分の中に戻した総士は上空から落ちてくる3人をできるだけ優しくキャッチし、作ったばかりの氷の滑り台を滑り落ちる。


 途中、あまりにもうるさかったのが一人いたが、そんな話を聞いてる余裕など今の総士にある訳もなく、ひたすらに無視をしていると途中で気を失ったようなので幾分か気が楽になった事は本人に言う事は無いだろう。


 滑り台で降下途中、幾度となく光の玉が狙ってくるが螺旋状の滑り台を器用に飛び移り難を逃れた総士は再び大地へと降り立つ。


 「本当に報告通り以上の事も出来るんだな~。流石にこれは驚いた」


 やれやれと言った感じで和馬が首を軽く左右に振る。驚いたと言われても、総士自体が御津羽と龗で滑り台を作ろうなどと考えたのは今日が初めてで、和馬よりも本人が無事に乗り切ったことに驚いている。


 総士は和馬の言葉に反応する前に抱えていた3人をログハウス前へと置き、和馬の元へと歩み寄る───が、その足はすぐに止まる事となった。


 「少しおふざけが過ぎませんか? 森崎さん」


 和馬の後ろにある森林から静かに歩いて来る男。月明かりに照らされた男の格好は、どう見てもタクシーの運転手の装いをしていて、その声を聞いた和馬は振り返ることなく大きな溜息を吐き出す。


 「終わるまでは静観。事後処理に務めるって約束だったでしょ? 神蔵さん?」


 タクシーの運転手は深く被っていた帽子を脱ぎ捨てる。


 「あんた……。やっぱりそっち側だったんだな」


 顔を見せたその男は神蔵の父である結蔵だった。


 「神鬼様、お久しぶりです」


 淡々とした様子で頭を下げる結蔵。神蔵が気を失ってくれたのは不幸中の幸いだったのかもしれない。それでも憤りは感じた。


 何故こうも大人達は身勝手なのだろうか?

 実の娘を拉致監禁した組織に肩入れし、今は気を失っている娘の事など一切視界に入っていない。


 「どうしてそっち側に立ってるんだ?」


 「それはすごく簡単です。私達が信じぬ者達ノーフェイスだからですよ。私と森崎さんはスパイの様なものです」


 「いつからだ?」


 「少なくても総士様が神鬼となるよりもずっと前の話ですよ。それよりも───」


 結蔵は辺りに視線を配りながらも、右手を頭の高さまで上げる。それを合図にガサガサと音を立て、土地を囲んでいる森林から人影が現れる。その数は二十人はいるだろうか。


 「……神蔵さん、事後処理で人を使う事は聞いてましたが……これはどういうことですかねぇ?」


 辺りを確認しながらも体の重心を落とした総士とは違い、和馬は体を捻って頭だけで結蔵へと振り返った。


 和馬の聞いていた話では結蔵達は事後処理と自分のサポートに徹するという話で、決して武装をして人質を取るような真似をするためではなかったはず。


 「保険……とまでは言いませんが、何があるかも分からない状況で神意を持たない私が力を保持するのは当たり前じゃないですか。それと安心してください、これは私の私兵なのでノーフェイスには所属しておりません。ですので、組織の規約は守らせて頂いてますよ」


 総士と和馬の距離は未だ5mはあったが、それでも総士の耳には「チッ」という舌打ちが耳に届いた。そして最悪なのは和馬が言った通り、出て来た結蔵の私兵たちが総士や和馬ではなく、ログハウス前にいる神蔵に向かって銃口が向けたことだろう。


 どこか諦めたように大きな溜息を吐き出した和馬は、俯いたまま頭をポリポリと搔きながら、動くに動けないでいる総士の元へと歩み寄る。


 「ソウ、事情は向こうで話す。今は俺の言うとおりにしておけ」


 総士にだけ聞こえるように声を押さえながら話しかけた和馬。


 「……平気なんだろうな?」


 さっきまで殺し合おうとしていたのだ。いきなり信じろと言う方がおかしい。


 「あぁ。っていうかここでそれ以外の行動を取ってみろ。俺とソウはまだいいけど、神蔵の娘まで殺されちまうだろ。正直どうでもいいっちゃいいんだが……その後の事を考えると今は抵抗する場面じゃねーだろ」


 和馬が気にしているのは、神蔵が死ぬことではなく、この場を突破したところでノーフェイスまで敵に回してしまう事。今この機を逃してしまえば、娘を取り返すという和馬の夢は実現困難となってしまうのだから。かという総士も、神蔵が人質に取られた以上、従う以外に選択肢が存在しない事には気付いている。


 眼前まで歩み寄ってきた和馬に「手を出せ」と言われ、右手を差し出す総士。

 すると和馬は反対の手で総士の手首をぎゅっと掴む。


 「これから千刻の義みたいなもんをする」


 説明するかの様な声音で真剣な眼差しを向けてくる。


 「ここにきて千刻の義かよ」


 「安心しろ。ソウが体験したのとは違って一刺しで終わる。これは死と生の狭間にさえいければ問題は無いからな」


 「和馬、ふざけんのも───っ!!」


 千刻の義を体験した事のある総士からみたら、和馬の言っている事はただの自殺だ。真司や空璃、今日に至っては和馬までもが神鬼となった訳だが、もしも成功率が高い儀式だとするならば保護されるような事にはならない。


 総士が怒りを露に声を荒げようとした瞬間、和馬の開いている手が口を塞ぐ。


 「だから安心しろって。向こう側にいったとしてもだ、こちらには神が3人もいる。戻ってこれないって事は無いだろうし、千刻の義と同じで神意が絡むからイナミ様でも治せるはずだ。それと……だ、細かい説明は向こうでしてやるが、ソウが本当に陽葵を取り戻したいのだとしたらそこに行かなきゃ取り戻せねーんだよ」


 その言葉に総士の目が見開く。

 自分の口を塞いでいる和馬の手を強引に引きはがし、目の前の和馬にだけ聞こえる様に口を開く。


 「……和馬を殺したら戻って来るんじゃなかったのか?」


 「ありゃ嘘だ。それに言っただろ。” どうだろうな? ” って。例え今俺を殺した所で、陽葵はソウの元に戻ってなんか来やしねーよ。………まぁそれも向こうで説明すっから………ほら」


 和馬が総士に剥がされた手を今度はコート裏に入れ、二本の小さなナイフ状の物を抜き取る。刃渡が4cm位しかなく、何よりも色が毒々しい。


 「このナイフは儀式用に作ったナイフだ。ちょっと特殊なナイフでな、刃自体に強力な麻酔効果がある。これを体に刺し込んじまえば刃の麻酔が体に回って仮死状態、あとは生と死の狭間へご招待ってやつだ」


 和馬は一本のナイフを総士に、もう一本を空いた手で握る。


 「せーので肩に刺すぞ」


 和馬が握ったナイフを総士の肩に、総士はそれを見て和馬の肩にナイフを当てる。


 「じゃあ行くぞ? せーのっ」


 「───勝手に話ばっか進めやがってっ! 後でちゃんと説明しろよなっ!」


 肩にチクリと痛みを感じた直後、まるで自分の体が脳から切り離されるような錯覚に陥り、もつれる様に倒れた和馬と総士は意識を手放した。


 



 


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